目次
民事訴訟の判決と控訴・上告について
日本の裁判制度は三審制を採用していることから、登山事故の裁判でも控訴、上告が認められています。
原則として、訴額(登山事故では、通常、損害賠償の請求額)が140万円を超える場合、訴状を提出する1審の裁判所は地方裁判所となります。
登山事故の場合、多くの場合、損害賠償の請求額は140万円を超えます。
そこで、多くの登山事故の裁判の1審裁判所は地方裁判所となっています。
尚、民事裁判の場合、判決に至らず、裁判の途中で和解が成立するケースが相当割合にのぼり、実際に判決に至るのは、半数以下とされています。
1審判決に不服がある場合、控訴が検討されることがあります。
しかし、控訴審において1審の判断が覆されることはあまり多くはありません。
ただし、判断が覆される裁判も一定数存在しています。
この判断が覆される事件において、その判断の変更も、単に請求の認容額(登山事故の場合、多くは損害賠償の認定金額)が変更されるだけのことが多いのですが、損害賠償請求権の存否の認定自体が変わり、裁判結果としての勝訴と敗訴が変わるケースも一定数存在しています。
ここでは、後者の勝訴と敗訴が変わった場合を、裁判所の判断が分かれた・覆された・変わったということにします。
登山事故の裁判における審級間の判断
ここでは、登山事故の民事裁判について考えてみますが、民事裁判では、控訴審(登山事故の場合、主に高等裁判所)は、1審(主に地方裁判所)で提出された資料に、控訴審で提出された新たな資料を追加して判断する続審制を採用しています。
控訴審において、訴訟当事者が新たな主張をしたり、またはあらたな証拠を提出したりすることにより裁判所の判断が変わることもあります。
しかし、決定的に判断が変わるような、あらたな主張・証拠の提出がない場合にも、判決が覆されることはあります。
尚、1審では訴訟を提起して訴えた側が原告、訴えられた側が被告となりますが、控訴審では控訴をした側が「控訴人」、その相手側が「被控訴人」となり、原告が控訴人となるとは限りません。
被告が控訴した場合は、被告が控訴人、原告が被控訴人となります。
同様に上告審では上告した側が上告人、その相手側が被上告人となります。
判断が覆される場合については、
- 事故発生時刻の認定が変化するなど事実の認定が変更されるケース
- 事実の認定は変わらないが、同じ事実経過における過失の認定など、法的評価が変更されるケース
が考えられます。
裁判所により判断がわかれるような事件の事実経過は、過失などの法的評価の限界に位置するものであると考えると、後者の法的評価の変更によって判断が異なっている各審級の判決を比較することは、具体的な登山事故において過失などの法的責任が成立し得るかを検討する際に役立つものと思われます。
また、上級審の判決文において、判断が異なるに至った理由に言及することから、過失などの法的評価のポイントを把握することができ、登山事故における損害賠償請求の可能性を検討する際に役立つものと考えられます。
これらのことから、このサイトでも、下記の上級審で判断が覆された登山事故の判決に検討を加えています。
審級間で判断が異なった登山事故
木曽駒ヶ岳雪崩事故(一次訴訟)
上級審において判断が覆された登山事故としては、18)3月末の木曽駒ケ岳において、高等専門学校山岳部の10名のパーティーが下山中に表層雪崩に巻き込まれ、7名が死亡した事故(木曽駒ヶ岳雪崩事故)があります。
この裁判では、1審は請求棄却、控訴審で原判決変更、請求一部認容後、上告棄却されました。
尚、木曽駒ケ岳雪崩事故に関しては、死亡した学生のうち1名の親が訴訟提起(一次訴訟)したあと(下記のひとつめの記事で扱っています。)、他の6名の亡くなった学生らの親が同様な裁判を提起しました(下記の2つめの記事で扱っています。)。
ここで言及しているのは、前者の先行して提起された一次訴訟についてです。
堂倉(大杉谷)吊り橋事故
また、下記の記事で扱っています、19)大台ケ原の堂倉吊り橋を登山サークルのパーティーが通りかかったところ、メインワイヤーのうち1本が切れ、足場が傾き、メンバーの一人が谷底に転落して死亡した事故(堂倉(大杉谷)吊り橋事故)の裁判において、1審、控訴審は請求を一部認容、上告審で原判決破棄、1審判決を取り消したものがあります。
審級で裁判所の判断が分かれた理由
上記の2つの裁判において、審級で裁判所の判断が変更された理由は、下記のように異なっています。
まず、18)木曽駒ヶ岳雪崩事故(一次訴訟)において、裁判所の判断が1審と控訴審で異なった主な理由は、控訴審が過失認定した事実行為の認定の相違ではなく、同じ事実経過に対する過失認定という法的評価の違いによるものです。
一方、19)堂倉吊り橋事故の場合、事故の具体的な事実関係の認定、あるいは具体的事実が瑕疵に該当するかといった要件該当性の認定の相違というよりは、国家賠償法3条1項の費用負担者の法的意味に関する解釈の違いによるものといえます。
詳細につきましては、上記の記事をご覧いただければと思います。