教育活動での登山事故の法的責任~引率教員の過失および学校設置者の責任

教育活動での登山事故について

ここでは、(b)教育活動での登山事故について考えてみます。

教育活動での登山事故が民事訴訟にまで発展したものとしては、

  • 学校行事では、ⅲ)石鎚山転落事故(中学)、m)六甲山落石事故(高校)
  • 課外活動では、ⅳ)朝日連峰熱射病死亡事故(高校)、18)木曽駒ヶ岳雪崩事故(高専)、n)メルガ岐沢渡渉事故(高校)、o)涸沢岳滑落事故(大学)、24)冬季石鎚山滑落事故(大学)、34)那須雪崩事故(高校)
  • リーダー養成講座では、ⅴ)大日岳遭難事故(大学)
  • 正規授業では、25)金華山転落事故(大学)

などがあります。
尚、カッコ内は、当該事故が発生した学校の種別となっています。

これらの教育活動での登山事故については、主に下記の記事で扱っています。

ⅲ)石鎚山転落事故

ⅳ)朝日連峰熱射病死亡事故

18)木曽駒ヶ岳雪崩事故(一次訴訟)

同(二次訴訟)

ⅴ)大日岳遭難事故

m)六甲山落石事故、n)メルガ岐沢渡渉事故、o)涸沢岳滑落事故

24)冬季石鎚山滑落事故

25)金華山転落事故

34)那須雪崩事故

学校教育行事としての登山での事故の特殊性

上記のⅲ)石鎚山転落事故が、法的側面から見た時に、下記の記事で扱っているⅰ)2006年白馬岳遭難死事件、およびⅱ)残雪の八ヶ岳縦走遭難事件の事故と最も異なると思われるのは、ⅲ)石鎚山転落事故が学校教育行事(遠足)としておこなわれた登山における事故であるという点です。

最初に、学校教育の特殊性を確認するために、登山事故の裁判ではありませんが、教室内で他の生徒から投げつけられた箒により目を損傷、視力低下等の後遺症を負った公立中学の生徒が、教員の安全配慮義務違反を理由として、学校設置者である地方公共団体に対し、国家賠償法等に基づく損害賠償請求をおこなった事件の判決をみてみます。

この事件において、裁判所は次のように判示しています。

・・・校長及び・・・担任教諭・・は、学校教育法上、あるいは在学関係という生徒と学校との特殊な関係上生ずる一般的な安全配慮義務として、生徒である原告の生命、身体などの安全について万全を期すべき義務を負っていたというべきところ、それが学校教育活動の特質に由来する義務であることから、その義務の範囲も学校における教育活動及びこれと密接に関連する学校生活関係に限られるべきもの・・・

仙台地判平成20年7月31日

このように、教員は生徒に対し、学校教育法上、あるいは在学関係から一般的な安全配慮義務を負っているとされます。

このことは、学校教育行事としての登山においても妥当し、登山時の引率教員は、他の形態のパーティ―登山のリーダーとは異なる高度な安全配慮義務、注意義務を参加者(生徒)に対して負うこととなります。

また、学校教育活動での登山では、生徒は自らの意思とは離れた一定の強制のもとで参加していると言い得る点も、上記のⅰ)およびⅱ)事件のようなツアー登山とは異なります。

ツアー登山の場合、参加者とツアーリーダーとの間の関係は契約に基づくものであり、注意義務の程度とその範囲はツアー契約に関する契約当事者の合理的意思に左右される部分もあります。
これに対し、学校教育行事としての登山では、生徒の合理的意思は、生徒の年齢面からも学校教育行事という性質からもあまり問題となり得ません。

また、ツアー登山においては、参加者が自由意思で一定範囲の危険を承知しながら参加しているのが通常であることから、ツアーリーダーの注意義務の範囲も一定範囲に制限され得ることとなります。
これに対し、学校教育行事の登山では、生徒は登山への参加を自由意思に基づき希望しているわけでもないことから、同様な理由により引率教員の注意義務、安全配慮義務が制限されることはなく、引率者の注意義務の範囲もツアーリーダーに比べて広いものになり得ます。

教員の注意義務の登山類型による相違

しかし、同じ教育活動としての登山でも、課外活動、リーダー養成講座としての活動においては、生徒、学生の自由意志による参加という側面もでてきます。
この点につきましては、ⅴ)大日岳遭難事故、n)メルガ岐沢渡渉事故において問題となっています。

また、同じ教育活動としての登山でも、小学、中学、高校と、大学、専門学校とでは、生徒、学生の判断能力の違いもあり、引率教員、学校の注意義務の程度は異なってきます。
この点につきましては、18)木曽駒ヶ岳雪崩事故(一次訴訟)、25)金華山転落事故、o)涸沢岳滑落事故、24)冬季石鎚山滑落事故などにおいて問題となっています。

更に、高校くらいになりますと、生徒の自主性を重んじ、直接教員が同行しない学校教育行事(遠足)あるいは課外活動としての登山が催行されることがあり、その場合は、教員に要求される注意義務(安全配慮義務)の水準も異なってきます。
この点につきましては、m)六甲山落石事故、n)メルガ岐沢渡渉事故において問題となっています。

登山事故における教員の注意義務

ところで、教育活動での登山において引率教員は、観念的には、教員としての注意義務と、一般的なツアーリーダーとしての注意義務を負うものと考えられます。

この二つの注意義務について、教育活動での登山事故についてみてみます。
ここでは、学校行事での登山事故であるⅲ)石鎚山転落事故、課外活動での登山事故であるⅳ)朝日連峰熱射病死亡事故、およびリーダー養成講座での事故であるⅴ)大日岳遭難事故の3つの登山事故の判決をみてみますと、中学の特別活動での登山事故であるⅲ)石鎚山転落事故、および高校の課外活動での登山事故であるⅳ)朝日連峰熱射病死亡事故においては、学校教育活動において教員が生徒に対して負う高い安全配慮義務または注意義務から過失の認定がなされ、教員がパーティーのリーダーの立場から負うであろう注意義務は、裁判上、あまり問題とはなっていません。

これは、学校教育活動において教員が負う注意義務の程度は、ツアーリーダーが参加者に対して負う注意義務の程度より類型的に高いものであることから、ツアーリーダーの立場としての注意義務を検討する必要がなかったためと考えられます。

一方、大学のサークル活動に関連した学外での研修時の事故であるⅴ)大日岳遭難事故においては、学校教育活動において教員が負う注意義務は引率者には求めらず、一般的なツアーリーダーとしての立場から生じる注意義務の水準から過失認定がなされるようにも思われます。

しかし、ⅴ)大日岳遭難事故においては、相当レベルの難易度の冬山登山でありながら、参加者の中に冬山未経験者まで含まれるような、構成員間の登山の技術レベルのばらつきが大きいパーティー構成となっていました。
このような、構成員間の登山の技術レベルのばらつきは、講習会の特徴であるとも考えられます。
このような事情もあり、ⅴ)大日岳遭難事故の引率者には、通常のツアーリーダーに比べ高度な注意義務が課さたと思われます。

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