山岳地帯における引率者の河川増水に対する注意義務

この記事で扱っている問題

ガイド、教員などが引率する登山、キャンプにおいて、山岳地帯の河川増水により水難事故が発生した場合、引率者には、どのような場合に注意義務違反が認められるのでしょうか。

ここでは、山岳地帯の河川増水時に引率者が負う注意義務、および河川増水前に引率者が負う注意義務について裁判例をもとに解説します。

山岳地帯の河川の増水事故

下記の記事では、山岳地帯の河川の増水に起因する事故に関する刑事事件の裁判として、31)青井岳キャンプ場事件をみましたが、この事件では、引率教員に対する業務上過失致死罪の成立は否定され、無罪判決が下されています。

今回は、同じく山岳地帯の河川の増水事故において、

  1. 刑事裁判において、引率者の注意義務違反が認定され、業務上過失致死罪の有罪判決が下された事件(鹿児島地判平成18年2月8日、以下「屋久島沢登りツアー事件」といいます。)
  2. 民事裁判において幼稚園の園長に注意義務違反が認定され、幼稚園の運営者である学校法人および園長個人に対する損害賠償請求が認容された事件(松山地裁西条支部判決平成30年12月19日、以下「お泊り保育河川水難事故」といいます。)

の判決をとおし、引率者の山岳地帯における河川増水に対する注意義務を考えてみます。

尚、お泊り保育河川水難事故は登山事故ではありませんが、山岳地帯の降雨を原因とする増水事故時の引率者の注意義務の認定が具体的にどのようにおこなわれるかの参考になるものと考え、ここで取り上げることとしました。

屋久島沢登りツアー事件

事件の概要

まず、32)屋久島沢登りツアー事件からみてみます。

この事件は、山岳ガイドが募集、引率した屋久島沢登りツアーにおいて、降雨により増水した河川を渡渉する際にツアー参加者3名が溺死、1名が負傷した事故で、起訴された山岳ガイド(以下「甲」といいます。)に対し、業務上過失致死罪の有罪判決が下されたものです。

事件の発生状況

この32)屋久島沢登りツアー事件の発生状況は、裁判所の認定によれば、

甲は・・・ホームページを開設し,登山ツアーなどの参加者を募集するとともに,山岳等において同人らを引率するなどの山岳ガイド業に従事していた・・・平成・・・年5月2日から同月5日までの3泊4日の行程により,「屋久島・沢登り」ツアーを実施・・・ツアーに応募したA(当時5△歳),B(当時5●歳),C(当時3〇歳)及びD(当時5▲歳)・・・4名を引率し,3泊4日の行程で屋久島にある・・・川の沢登りツアーを実施・・・3日目にあたる平成・・・年5月4日の朝,折からの降雨により河川が増水して(いたが)・・・甲は,鉄砲水等が発生するまでには,なお2時間程度の余裕があり,被害者らの沢登りの力量から見て,20分ないし30分程度あれば,河川の渡渉を完了することは可能であると・・・(考え)河川右岸から左岸への渡渉を開始した。しかし,渡渉の途中で,Bが足を滑らせて河川に転落したため,甲が,Bを引き上げ,意識を失っていたBに対し,中州にある岩場の上で人工呼吸を行った。その後,甲は,意識を回復したものの朦朧としていたBをAに委ね,自らは,河川左岸に渡り,立木にザイルを結びつけるなど,渡渉を完了させるための準備に取り掛かっていた。ところが,再び,AとBが河川に転落したため,2人の救出を試みたが,既に増水が始まっている中で,ザイルにつながれた2人を引き上げることができず,やむなくザイルを切断し・・・,岸に漂着することに一縷の望みを託したが,かなわず,2人は溺死した。そうしているうちに,河川の水位が急激に上昇し,中州にある岩場に残されたC及びDが,河川に流され,その結果,Cが溺死し,Dは,一命を取りとめたものの,全治1か月の重傷を負った。

鹿児島地判平成18年2月8日

というものです。

ガイドの注意義務

裁判所は、甲の注意義務に関し、

折からの降雨により前記河川が増水し,短時間のうちにいわゆる鉄砲水等の急激な水位の上昇が発生すると予想されたのであるから,このような場合,山岳ガイドとしては,前記河川の渡渉を行うことなく,前記河川右岸の水面から約7.1メートル上方にあるテント設営地に待機し,前記Aら4名の生命及び身体の安全を確保すべき業務上の注意義務がある

鹿児島地判平成18年2月8日

とし、降雨により増水があったことから、山岳ガイドである甲には、
テント設営地に待機し、引率するAらの生命及び身体の安全を確保する業務上の注意義務
があったとものと認定しています。

そして、

山岳ガイドとして,ツアーに参加する者の生命を預かる立場にある甲としては,渡渉の最中に,何らかのトラブルが発生し,渡渉に通常より時間がかかっても,最悪の事態だけは避けられるように,安全かつ慎重な方策を採るべきで・・・屋久島は峡谷が急峻で・・・雨が岩盤質の地盤に染み込むことなく一気に河川に流入し,短時間のうちに鉄砲水が発生することで知られているから,特に慎重さが求められる。甲は,鉄砲水の予兆を察知しながら,まだ2時間程度の余裕があると考えたのであるが,そのような予測も確実なものであったとはいえない・・・から・・・増水した河川の渡渉を決行した被告人の判断は,山岳ガイドとしての注意義務に違反する軽率なものであったといわざるを得ない

鹿児島地判平成18年2月8日

として、
甲が鉄砲水の予兆を察知しながら、2時間程度の余裕があると考え、増水した河川の渡渉を決行した判断は、上記の注意義務に反するとしています。

注意義務に関して判示している上記の2つの引用部分の最初の引用部分において、
「渡渉の最中に,何らかのトラブルが発生し,渡渉に通常より時間がかかっても,最悪の事態だけは避けられるように,安全かつ慎重な方策を採るべき・・・」
と判示されていることからしますと、ツアー参加者に何らかの重篤な症状がみられる等のトラブルにより一刻も早く下山することを要するような場合でなければ、ツアーガイドは、安全を優先し、確実な方法で行動すべき法的な注意義務を負っているといい得ます。

お泊り保育河川水難事故

事故の概要

次に、お泊り保育河川水難事故についてみてみます。

この事故は、登山口近くの山間のキャンプ場でおこなわれた幼稚園のおとまり保育において、キャンプ場脇に流れる河川で園児を水遊びさせていたところ、降雨の影響から河川が増水し、複数の園児が下流に流され、死傷したものです。

この事故の後、死傷した園児の家族らは、幼稚園を運営する学校法人(以下「X」といいます。)、幼稚園の園長(以下「Y」といいます。)および引率していた複数人の教諭(以下、複数人の教諭をまとめて「Zら」といいます。)に対し、不法行為に基づく損害賠償などを求め提訴しました。
この事件の1審では、XおよびYに対する請求は一部認容されましたが、Zらの注意義務違反は否定され、Zらに対する請求は棄却されています。

予見可能性について

この事故の裁判において、被告らのお泊り保育の計画段階での注意義務違反に関し、予見可能性について裁判所は、

(ア) 増水するなどの河川の変化についての予見可能性
・・・川は・・・山系から山間部を流れる河川で,本件活動場所の上流域では,複数の支流が交わっており,このことは,地図を見れば容易に知ることができ・・・山間部の天候が変化しやすく,これを流れる河川の状況も,周囲の環境や天候等により変化しやすく,水量は上流域での降雨に影響され,遊泳場所付近が晴れていたとしても,上流域での降雨により遊泳場所付近で増水が生じることがあることは,一般的にもある程度知られていると考えられる。特に,・・・地方に居住するY、Zらにとって・・・山のように標高の高い山においては,山頂付近とそれ以外の場所では天候が異なることがあり得,例えば,麓付近が晴れていても,山頂付近で降雨となっている可能性があることは,比較的容易に認識可能であると考えられ・・・これに加え,本件当時,・・・センターがインターネットで公開していた・・・ハンドブック・・・では,・・・今いる場所が晴れていても,上流の雨で一気に増水する可能性があることや事前に予測できない気象変化があることが指摘されていた。公益財団法人である・・・センターの性格や人の身体の安全に関わる上記情報の性質も踏まえれば,インターネットを利用できる環境にある一般人が河川の安全について調査すれば,上記情報又はこれと同様の情報を困難なく知ることができ,本件幼稚園にもインターネットに接続されたパソコンが設置されていた・・・ことから,Y、Zらもこれらを知ることができたものといえ・・・本件当時,Y、Zらと同様の立場にある一般人であれば,本件活動場所(注:事故当時園児らが水遊びしていた場所)付近において,同所付近が晴れていても,上流域の降雨によっては,本件活動場所付近において,河川の変化が生じ,ある程度の水量や流速の増加(以下「増水等」という。)の危険性があることを予見することができたものといえる。
(イ) 増水等が生じた場合の危険性の予見可能性
・・・本件活動場所の水深は,増水が生じていない場合でも,深いところで園児らの胸辺りとなることが想定され・・・本件増水直前に撮影された写真によると,下流側石段直下における水深は,場所によっては成人女性の膝まであり,下流側石段から川の中央へ入った地点の水深は場所によっては成人女性の股下まで,園児は腰まで水につかる状態であり,こうした本件活動場所の状況は,これまでのお泊り保育の経験や下見により,Y、Zらにとって認識可能であった。このように,本件活動場所は,園児らからみれば,増水前でも相当程度の水深となることが想定されていたことからすれば,Y、Zらは,本件活動場所の水位がある程度上昇することにより,園児らが流されたり溺れたりする危険性があることは認識し得たものということができる(・・・センターの職員は,未就学児が遊泳する場合には,大人と比べて浅いところであっても増水によるリスクがあり,川遊びをさせる際の望ましい水位は膝下ぐらいであると指摘していること,・・b施設の従業員も,下流側石段から対岸に渡る際,園児の腰位の水深であっても,流れが集まる場所であるから,園児が渡るのは難しいと思っていた旨供述している。)。
また,本件活動場所は,川幅は十数mあり,右岸は護岸堤防で,下流側石段付近には苔の生えた大きな石もあり,足下が悪く,滑りやすくなっており・・・必ずしも速やかに川から退避できる状況ではない・・・上,園児らの半分以上は泳ぐことができず・・・泳ぐことができる園児らについても,その年齢を踏まえると,十分な泳力があったものとは考え難く,園児らが自ら速やかに川から退避することは困難で・・・Y、Zら8名で,園児31名を監視することが想定されていたことからすれば・・・全ての園児らを速やかに川から退避させることも困難な状況であったといえ・・・Y、Zらは,本件お泊り保育の計画準備段階において,本件活動中に,・・・増水等が生じることにより,園児らを安全に退避させることが著しく困難な状況となり,これにより園児らの生命・身体に重大な危険が及ぶ蓋然性が高いことを予見できたものというべきである。
・・・本件事故の当日,県内全域に雷注意報が発令され・・・地方の天気予報では,降水確率が50~60%などとされており,こうした天気予報は,インターネット,テレビ,新聞などでも確認することができた。こうした事情も踏まえれば,本件事故の当日においても,Y、Zらにおいて,本件活動場所の上流域において降雨があり得ることは十分に予見できたものということができ,前記(イ)の予見可能性は,本件事故の当日においても継続していたものというべきである。

松山地裁西条支部判決平成30年12月19日

として、

  • 山間部を流れる河川の水量は、上流域での降雨に影響され、上流域での降雨により下流域の増水が生じうることは一般的にもある程度知られていること
  • 事前に公益財団法人がネット上に公開していた情報から、上流の雨で一気に増水する可能性があることを知り得たこと

などから、「増水するなどの河川の変化についての予見可能性」が認められるとしています。

また、

  • 活動場所は、増水前でも園児らからすれば相当程度の水深となることが想定されていたこと
  • 全ての園児らを速やかに川から退避させることも困難な状況であったこと
  • 天気予報から、事故当日、本件活動場所の上流域において降雨があり得ることは十分に予見できたこと

などから、事故当日にも「増水等が生じた場合の危険性の予見可能性」も認められるとしています。

予見可能性の範囲について

この予見可能性に関しては、被告らは、

法令等には園外保育における災害防止について言及されていない上,幼稚園教諭免許状を取得するまでの過程において,園外保育における自然災害に関する知見は必要とされておらず,また,本件事故の当時の,幼稚園関係の書籍等にも,本件のような自然災害に関する言及はないことから,予見可能性がなかった

松山地裁西条支部判決平成30年12月19日

として、

  • 幼稚園教諭免許取得に自然災害の知見は必要とされていないこと
  • 幼稚園関係の書籍に自然災害に関する記載がないこと

などから、増水の予見可能性はなかったと主張しています。

これに対して、裁判所は、

幼児教育学の専門家によれば,幼稚園教諭免許の取得に向けられた大学のカリキュラムにおいて,河川や海などを保育環境としてカリキュラムを組むことは,あまりにも教育内容が広範囲になることなどから困難であると供述しているのであって・・・このような場所を保育環境としてカリキュラムを作成することが想定されていないことから言及されていないにすぎないことがうかがわれる。そして,本件事故の時点で実践されていた幼稚園教育の水準からしても,園外保育を実施する以上は,これに関連する自然災害について知識を習得すべきことは当然であるし・・・Y、Zらと同様の立場にある一般人であれば・・・危険性があることは予見できたものということができ,特別な知見等が必要であったものということはできないことから,上記事情をもって予見可能性がなかったものということはできない。

松山地裁西条支部判決平成30年12月19日

として、被告らの当該主張を退けています。

裁判所が、
「園外保育を実施する以上は,これに関連する自然災害について知識を習得すべきことは当然」
と判示しているのは、下記の記事で扱いました、同じく教育機関における自然災害事故である高校のサッカー部の落雷事故の裁判(最判平成18年3月13日)において、引率教員に対し、特定分野の指導者の間で通説とされている危険対応策だけではなく、危険対応策の一般的知見を習得し対応することまでを求めていたことと親和性があるものと考えられます。

お泊り保育河川水難事故は、高校ではなく、幼稚園での危機管理が問題となっていたことからすると、高校での同様の事案より高度の注意義務が課されていたと考えることができます。
そうしますと、狭義での幼稚園の教諭の業務ではなく、一般的な知見に基づく増水と増水の危険性への予見義務をY、Zらに求めたことは、最判平成18年3月13日からしても合理的なものと考えることができそうです。

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