遺留分の放棄は、どのような場合、どのようにおこなえるのでしょうか

※作成時の法律、判例に基づく記事であり、作成後の法改正、判例変更等は反映しておりません。

相続人のひとりだけに相続させたいときの遺留分の問題

法定相続人が子2人のみの人(配偶者がすでに亡くなっており、子どもが2人いるような人)が、一方の子に全ての財産を相続させる旨の遺言を作成した場合、遺言自体は有効です。

しかし、民法により、子を含む、一定の相続人に対しては、遺産の一定割合が遺留分として留保されています(保障されています)。
上記のケースにおける、財産を相続させないこととした子にも、遺留分が留保されています。
そこで、その子は、遺留分侵害額の請求(民法1046条参照)をおこなうことができることとなります。
実際に、その子が、遺留分侵害額の請求をおこなうと、遺言を作成した被相続人の意思とおりに、一方の子にすべての財産を承継させることが困難となる可能性があります。

しかし、事業主で、めぼしい財産が事業用の店舗・工場等しかない場合、自分の死後の円滑な事業継続のために、財産を後継者となる一方の子に相続させることも事情によっては合理的な考えと言い得ます。

尚、遺留分に関しましては、下記の記事で詳しく解説していますので、参考にしていただければと思います。

被相続人の生前、遺留分問題をどのように解決できるのでしょうか

そこで、このような場合に取り得る有効な手段として、一方の子に全ての財産を相続させる内容の遺言を作成し、もう一方の財産を残さない子に自分の生前に遺留分を放棄してもらう方法が考えられます。
この遺留分の放棄については、民法1049条に、

(遺留分の放棄)
第千四十九条 相続の開始前における遺留分の放棄は、家庭裁判所の許可を受けたときに限り、その効力を生ずる。
2 共同相続人の一人のした遺留分の放棄は、他の各共同相続人の遺留分に影響を及ぼさない。

民法1049条

と規定されています。
この「遺留分の放棄」と似たような名前の「相続の放棄(相続放棄)」(民法938条~940条)という制度がありますが、この2つは異なります。

相続の放棄は、具体的に発生した相続について、当初より遺産を承継しなかったことにするもので、相続の開始前には出来ません。
したがって、遺言を作成する被相続人の存命中には、相続放棄の手続きを取ることが出来ません。
相続放棄に関しましては、下記の記事で解説しておりますので、参考にしていただければと思います。

一方、遺留分の放棄とは法定相続人である子が(被相続人である親ではない。)遺留分を放棄する旨の意思表示をおこなうものであり、上記に引用した民法1049条1項のように、被相続人が死亡する前(相続開始前)におこなうことが出来ます。

このように、被相続人が死亡する前(相続開始前)には、相続放棄はできませんが、遺留分の放棄はできます

遺留分の放棄には、どのような手続きが必要なのでしょうか

上記に引用した民法1049条1項からも分かりますように、相続開始前に遺留分の放棄をするには、家庭裁判所の許可が必要となります。
被相続人である親の生前に、子が家庭裁判所に対し、遺留分の放棄について許可の申立てをし、家庭裁判所から許可の審判がなされると、遺留分の放棄の効力を生じることとなります。

財産を残さない子に対し、自分の考えを説明し、納得してもらい、遺留分の放棄の手続きをしてもらうことにより、遺留分の問題はクリアにすることができます。
このように、遺留分の問題をクリアにしておけば、自分の死後、全ての財産を特定の子に承継させ、円滑な事業の継続を可能とし得ることとなります。

ただし、家庭裁判所は、遺留分の放棄の許否判断に際しては、

①遺留分権利者の自由意思に基づくものであること
②放棄理由の合理性・必要性
③放棄に対する代償の有無


等を考慮することから、遺留分の放棄も無制限におこなえるものではありません。

遺留分放棄の審判がなされていても効力が生じないこともあります

また、仮に遺留分の放棄の審判がなされても、遺留分放棄の前提となった事情が変更した場合には、遺留分の放棄の許可取消し審判がなされることもありえます。

遺留分の放棄の取消しに関しては、東京地裁令和元年11月12日においても、

被告らは、遺留分放棄が裁判所の許可を要する要式行為であることを理由に、遺留分放棄の効力は、裁判所の許可の取消しによらなければ否定できないと主張する。しかし、遺留分の放棄は、被相続人に対する意思表示であって、私法上の法律行為であるから、裁判所の許可を要する行為であるからといって、直ちに要素の錯誤の主張が許されないとはいえず、要件を満たす場合には、相続放棄と同様に、要素の錯誤の主張が許されると解される。

東京地判令和元年11月12日

と、遺留分の放棄の意思表示の錯誤を主張し得る余地があると判示されているように、許可の取消し以外でも遺留分の放棄を取り消し得る余地はあり得ます。(尚、当該裁判において、原告の錯誤無効の主張は退けられています。)

このように、遺留分の放棄の許可審判を得られていても、後日、その審判の効力が失われることがあり得ることには留意が必要です。

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