雇用

研修費・留学費用・修学費用の退職時返還の問題

研修費用・留学費用・修学費用の返還の問題

一定期間の勤務を条件として、会社から費用を出して貰い外部研修へ出かけた社員、留学費用を出して貰い海外留学後した社員、あるいは、病院から修学費用を出して貰い看護学校に通学した職員たちは、条件とされていた期間が経過する前に退職する場合、必ず研修費用、留学費用あるいは修学費用を返還しなければならないのでしょうか。

法的性質と返還請求の問題の所在

これらの費用は多くの場合、会社・病院等から従業員に対し貸付金として給付され、本来は負うその給付金の返還義務に一定期間勤務すれば免除するという停止条件を付している返還免除特約付金銭消費貸借契約の形態をとっています。
しかし、形式的に返還免除特約付金銭消費貸借契約が成立しているとされても、労働法との関係で、契約の全部または一部が無効とされることがあります(労働基準法13条参照)。
期間経過前に退職すれば、期間満了まで勤務するという条件が成就せず、免除特約の効力が発生しないこととなります。そうすると、条件とされた期間の満了まで勤務していれば返還せずに済んだ給付金について、期間満了前に退職したことにより返還義務を負うことになり、結局のところ、返還金は期間満了前に退職したことに対する一種の違約金と同視し得るのではないかとも考えられます。そうしますと、労働基準法16条の

使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。

労働基準法16条

という規定に実質的に抵触するのではないかとも考えられます。
この労働基準法16条に抵触すれば、給付金の契約の全部または一部が無効となり得ます。
そこで、具体的事情から契約内容を検討し、違約金と同視され、労働基準法16条に抵触するものなのかを検討する必要があります。

会社の研修費返還請求について

返還請求が棄却された裁判例

会社から海外の企業に派遣され、海外において派遣先企業の社員と同様の勤務を経験することを通じ能力向上を図る業務研修をおこなった社員に対し、会社が研修費の返還を求めた裁判(東京地判平成10年3月17日)において、裁判所は、

・・・本件派遣前に、原告(会社)と被告A(海外派遣された社員)との間で、Aが研修終了後五年以内に退職したときは、原告に対し派遣費用を返済するとの合意が成立していたことが認められる。しかし、Aは、自分の意思で海外研修員に応募したとはいえ、前記認定事実によれば、本件研修は、原告の関連企業において業務に従事することにより、原告の業務遂行に役立つ語学力や海外での業務遂行能力を向上させるというものであって、その実態は社員教育の一態様であるともいえるうえ、被告Aの派遣先は・・・本社とされ、研修期間中に原告の業務にも従事していたのであるから、その派遣費用は業務遂行のための費用として、本来原告が負担すべきものであり、被告Aに負担の義務はないというべきである。そうすると、右合意の実質は、労働者が約定期間前に退職した場合の違約金の定めに当たり、労基法一六条に違反し無効であるというべきである

東京地判平成10年3月17日

と判示し、会社の返還請求を棄却しています。

返還請求が認容された裁判例

一方、タクシー乗務員として雇用するに当たり、2種免許取得のための自動車教習所通学費用を貸し付けた会社が、乗務員に対し返還を求めた訴訟の控訴審(大阪高判平成22年4月22日)では、

・・・自動車教習所の授業料及び交通費については,自動車教習所の教習を受けることは控訴人ら(乗務員)の自由意思に委ねられ,被控訴人(会社)の指揮監督下にもないから業務とはいえず,また,2種免許の取得は控訴人らに固有の資格として,控訴人らに利益となることであるから,本来控訴人らが負担すべき費用であって,元々賃金的性格を有するとはいえない・・・これらの費用については,被控訴人が消費貸借の対象とすることも許されるというべきである・・・

大阪高判平成22年4月22日

として、授業料と交通費に関しては、有効に消費貸借契約が成立していることを認めています(尚、教習費及び就職支度金に関しては賃金的性質を有するとして返還義務を否定しています。)。

2つの裁判例の結論が異なる理由

この2つの判決の結論の差は、前者は研修の実態が社員教育の一態様であるのに対し、後者は研修が社員自身の能力開発目的であるという違いから生じたものと思われます。
冒頭の留学費用と修学費用は、従業員本人の能力開発のための費用といい得る点では、上記の2つの判決の中では、後者に近いといい得ます。

会社の留学費用返還請求について

留学費用に関する裁判としては、留学期間中、あるいは留学終了後5年以内に、会社を特別な理由なく退職あるいは会社から解雇された場合、留学費用を弁済するという内容の誓約書に署名していた社員が、帰国後5カ月弱で退職したことから、会社が留学した社員に対し留学費用の返還を求めた裁判(東京地裁令和3年2月10日)があります。この裁判では、消費貸借契約の成立は認定されましたが、労働基準法16条との関係については、

労働基準法16条が,使用者が労働契約の不履行について違約金を定め又は損害賠償額を予定する契約をすることを禁止している趣旨は,労働者の自由意思を不当に拘束して労働関係の継続を強要することを禁止することにある。そうすると,会社が負担した留学費用について労働者が一定期間内に退社した場合に返還を求める旨の合意が労働基準法16条に違反するか否かは,その前提となる会社の留学制度の実態等を踏まえた上で,当該合意が労働者の自由意思を不当に拘束し労働関係の継続を強要するものか否かによって判断するのが相当

東京地裁令和3年2月10日

とした上で、

本件留学制度を利用した留学は,業務性を有するものではなく,その大部分は労働者の自由な意思に委ねられたものであり,労働者個人の利益となる部分が相当程度大きいものであるといえ,その費用は,本来的には,使用者である原告が負担しなければならないものではない。したがって,留学費用についての原告被告間の返還合意は,その債務免除までの期間が不当に長いとまではいえないことも踏まえると,被告の自由意思を不当に拘束し,労働関係の継続を強要するものではないから,労働基準法16条に反するとはいえない。

東京地裁令和3年2月10日

と判示し、返還義務があることを認めています。
上記のひとつめの引用部分では、返還合意が社員の自由意思を不当に拘束し労働関係の継続を強要するようなものであれば、返還合意は無効となり得るが、そうでなければ合意は有効であるとしています。その上で、二つ目の引用箇所において、前述の研修費用の場合と同様に、「労働者個人の利益となる部分が相当程度大きいもの」という点に触れていることから、留学の能力開発側面の有無が返還合意の有効性の判断要素となることが分かります。

医療法人の修学費用返還請求について

次に、医療法人の運営する病院に看護補助として勤務していた時期に、同法人から修学費用の貸付を受け、准看護学院に通学、卒業と同時に准看護師として同病院に勤務しながら、引き続き、同法人から修学費用の貸し付けを受け看護学校に入学、正看護師の資格取得後、正看護師として引き続き同病院に勤務したものの、正看護師としての勤務開始から4年後に退職した看護師に対し、同法人が看護学校の修学費用の返還を求めた裁判(山口地裁萩支部判決平成29年3月24日)で裁判所は、

貸付の趣旨や実質,本件貸付規定の内容等本件貸付に係る諸般の事情に照らし,貸付金の返還義務が実質的に被告・・・の退職の自由を不当に制限するものとして,労働契約の不履行に対する損害賠償額の予定であると評価できる場合には,本件貸付は,同法16条の法意に反するものとして無効となると解すべきである。

山口地裁萩支部判決平成29年3月24日

とした上で、

本件貸付に係る金員の返還合意の成立自体は・・・肯定することができるものの,本件貸付規定の具体的な内容は,本件貸付②の実行時点でも被告・・・において認識しておらず,本件貸付の返還及び免除条件については,被告・・・にとって明確ではなかったというべきで・・・本件貸付規定の返還免除期間は,本件病院の近隣の病院と比較しても倍となっており,このことからも,本件貸付規定が合理性を有するとは認めがたい・・・事務長等の原告の管理職は,被告・・・が退職届を提出するや,本件貸付の存在を指摘して退職の翻意を促したと認められるのであり,本件貸付は,実際にも,まさに被告Y1の退職の翻意を促すために利用されている・・・このような被告Y1の退職の際の原告の対応等からしても,本件貸付は,資格取得後に原告での一定期間の勤務を約束させるという経済的足止め策としての実質を有するものといわざるを得ない・・・本件貸付・・・は,実質的には,経済的足止め策として,被告・・・の退職の自由を不当に制限する,労働契約の不履行に対する損害賠償額の予定であるといわざるを得ず,本件貸付・・・は,労働基準法16条の法意に反するものとして無効というべき・・・原告は,被告らに対し,本件貸付に係る貸金返還・・・の請求をすることができない

山口地裁萩支部判決平成29年3月24日

として、返還請求を棄却しています。
この修学費用は、本人の能力開発目的という点では、留学費用と類似の性質を有しています。
しかし、この事件と前述の留学費用返還請求に関する東京地裁令和3年2月10日事件の一番の違いは、修学費用返還請求事件では、医療法人が経済的足止め策として返還免除特約を利用したのに対し、留学費用返還請求事件ではそのような事実が存在していないということです。
この点が、従業員の自由意思を不当に拘束して労働関係の継続を強要するようなものであったかの裁判所の判断を異にするポイントであったと思われます。

研修費、留学費用及び修学費用返還義務の判断について

これまでにみてきました4つの裁判例からしますと、研修費、留学費用及び修学費用を使用者から返還免除特約付金銭消費貸借契約に基づき貸付金の返還として請求できるかは、貸付金の目的と返還免除特約が退職の自由を不当に制限するようなものなのかを具体的事情に基づき検討した上で判断されるものだといえます。

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