登山事故

登山道整備不良に起因する事故の法的責任について(その1)

登山道の整備不良が原因の事故

事例

今回は、(f)登山道の整備不良に起因する事故で施設管理者に対し責任を追及した登山事故についてみてみます。この類型で裁判にまで発展した登山事故としては、13)黒金山から西沢渓谷へ下山してきた4名のパーティーの内1名が西沢歩道に設置されていた柵の横木に体重を掛けて下方を流れる谷川を見ようとしたところ横木が折れ、谷川へ転落し即死した事故(西沢渓谷転落事故)、14)3人で尾瀬地域に入山し、尾瀬の山小屋で宿泊した翌日に尾瀬の木道を歩いていたところ、内1人の頭部にブナの枝が落下、直撃し、その場で頭蓋底骨折により死亡した事故(尾瀬木道枝落下事故)などがあります。

登山道の管理上の過失について

ところで、登山道に設置された鎖、梯子、ロープ、ベンチ等の整備不良に起因する事故に関しては、登山道の管理上の過失が問題となり得るとされています。

この登山道の管理上の責任に関しては、一般的には民法第717条(土地の工作物等の占有者及び所有者の責任)の問題となり得ます。ただし、国・地方公共団体が所有・管理している登山道に関しては、民法第717条の特則的な性質も有する国家賠償法の第2条(及び3条)の問題となり得ます。
まず、民法第717条には、次のように規定されています。

第717条 土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたときは、その工作物の占有者は、被害者に対してその損害を賠償する責任を負う。ただし、占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは、所有者がその損害を賠償しなければならない。

2 前項の規定は、竹木の栽植又は支持に瑕疵がある場合について準用する。

3 前二項の場合において、損害の原因について他にその責任を負う者があるときは、占有者又は所有者は、その者に対して求償権を行使することができる。

民法717条

この第1項(条文の第1項は、第2項以下が条文の冒頭に「2」「3」・・・と記載されているのと異なり、冒頭に採番されていませんが最初の項が第1項となります。以下、法律の条文番号の「第」は省略します。)の「土地の工作物」には、登山道の鎖、梯子、ロープ、ベンチ等が含まれます。
一方、国家賠償法2条は次のように規定されています。

第二条 道路、河川その他の公の営造物の設置又は管理に瑕疵があつたために他人に損害を生じたときは、国又は公共団体は、これを賠償する責に任ずる。

② 前項の場合において、他に損害の原因について責に任ずべき者があるときは、国又は公共団体は、これに対して求償権を有する。

国家賠償法2条

自然状態の登山道で自然落石などの事故が発生しても、通常は管理上の過失の問題は発生しません。なぜなら、自然状態のままの登山道であれば民法717条の「土地の工作物」に該当しないでしょうし(尚、国家賠償法2条では「道路」の解釈の問題となります。)、地形、地盤の構成等により元々落石が多発している場所であれば、落石が生じる地形、地盤の現状にそもそも民法717条及び国家賠償法2条のいう「瑕疵」(欠陥)があると言えないと考えられるからです。しかし、これが、一般車両が普通に通行する道路であれば、道路として使用するための工事がおこなわれていれば「土地の構築物」に該当するという解釈も成り立ちうるでしょうし、法面に落石防止の何らかの工事をおこない、落石の発生を防止する対策がなされていませんと、その道路には瑕疵が存在するとも言い得ます。この違いは、道路の形状・性質・使途・利用状況等によるものと考えられます。これを登山道について考えてみますと、登山道でもいわゆるバリエーションルートと北アルプス・南アルプスの市販の登山地図に実線で描かれているルート、高尾山の登山道、栂池自然園の観光道では何が瑕疵になるかは異なってくると考えられます。
尚、「瑕疵」という用語は、法律上様々な局面で使用されますが、この場合は他人に危険を及ぼすような欠陥があることをいいます。

西沢渓谷転落事故の概要

ここでは、この類型の登山事故が裁判にまで発展した13)西沢渓谷転落事故、14)尾瀬木道枝落下事故の判決における管理者の法的責任についてみてみます。

まずは、13)西沢渓谷転落事故についてみていきます

13)西沢渓谷転落事故は、徳和から乾徳山・黒金山を経て西沢渓谷へ下山してきた4人組パーティーのうち1人(以下「A」といいます。)が、西沢歩道の途中で谷川の流れを見ようとして、観光協会の関係者によって設置されていた柵の横木に寄りかかりあるいは横木の上に両手を置き体重をかけたところ、横木が折れ、谷川へ転落して死亡した事故です。Aの遺族は、地元県(以下「甲」といいます。)に対し、西沢歩道の設置、管理者として国家賠償法2条に基づく損害賠償を求め、また、国(以下「乙」といいます。)が国立公園である西沢歩道について一般的事業執行権限を保持しているとして、乙に対し、国家賠償法2条の責任に基づき、あるいは、仮に国家賠償法2条の責任を負わないとしても西沢歩道を含む一帯の施設整備費国庫補助金を支出していることから国家賠償法3条の責任を負うとして損害賠償を求め、甲及び乙に対し訴訟を提起し、1審で一部認容されたものです。

裁判所の判断

柵の瑕疵に関する責任

第三者が設置した柵の瑕疵

この事故について、まず疑問に感じるのは、損壊した柵は観光協会の関係者が設置したものであって、甲あるいは乙により設置されたものではないことから、そもそも、甲、乙に柵の瑕疵について責任があるのかということです。この点について裁判所は次の様に判示しています。

本件柵は同被告が直接設置したものではないとはいえ、同被告は・・・らによる設置を黙認して昭和四三年の末以来右山道の施設の一部として使用されてきたことが認められる以上、西沢歩道は本件柵のをも含めて甲の設置管理する公の営造物と解するのが相当

東京地判昭和53年9月18日

尚、本件で問題となる国家賠償法2条1項には「道路、河川その他の公の営造物の設置又は管理に瑕疵があつたために他人に損害を生じたときは、国又は公共団体は、これを賠償する責に任ずる」とあり、民法717条の「土地の工作物」という用語ではなく、「公の営造物」という用語を使用しています。ここでは「公の営造物」という用語の細かい解釈には触れず、国・地方公共団体の所有・管理する民法717条でいう「土地の工作物」のようなものと捉えておくこととします。

第三者が設置した物を管理した時に生じ得る責任

この判決によると、国あるいは地方公共団体が管理する山岳地帯に第三者が鎖、梯子、柵等を設置し、その設置物により事故が生じた場合、その設置を黙認し事実上管理している状態にあれば、国あるいは地方公共団体も国家賠償法2条1項の責任を負う可能性があるということになります。国家賠償法上2条1項の「公の営造物」とは、必ずしも国や公共団体が所有権を有している物でなく、事実上管理しているに過ぎない物も含まれると考えられ、そのような解釈による判例が散見されます。

甲の責任

その上で、甲の責任について、判決では、

・・・西沢歩道は、本件事故当時には新聞等により観光地として相当に宣伝された西沢渓谷の景観を探勝する観光客が年間一五万人も利用するかなり一般化した登山道路であつたこと・・・本件現場は西沢渓谷の景勝の一である竜神の滝の滝壺を見下す位置にあるが、事故当時有効幅員約一・〇五メートルで、路面には岩肌が所々に露出し凹凸があつて足場が悪く、山側は最大限約一〇五度オーバーハングをしており、谷側は約六〇度の角度で深さ約二〇メートルの絶壁をなしていたこと等によると本件事故現場附近は、本件柵がなくとも通行可能であつたとはいえ、本件柵が現実に設置されている以上、登山者が本件横木を握つて通行したり、これに寄りかかつて谷川の流れを見る等の行動に出ることは十分予測できたものといわなければならない

したがつて、本件現場に柵を設置する以上は、登山者がその横木に寄りかかり、体重を加えた程度で折損しないだけの強度のものを設置し、維持しなければ、柵それ自体が事故の誘因となりかねず、このような柵が放置されていること自体が国立公園の施設として通常有すべき安全性を欠くものと解すべきである

・・・ところで本件横木は・・・Aが谷川の流れをみようと柵によりかかつて体重を加えた場合に折損しないだけの強度が欠けていたものと推認されるので、本件西沢歩道は、右のような強度しかない横木をそなえた本件柵の設置を放置していた点において、少なくともその管理に瑕疵があつたと解せざるをえない

東京地判昭和53年9月18日

と判示し、甲に国家賠償法2条1項の責任を認定しています。

この判決では、上記引用の通り、施設の瑕疵の検討に際し、①来訪者の多い一般化した登山道路であること、②損壊した柵は、設置場所との関係でも登山者が握ったり寄りかかったりすることが予測できたことを柵の強度の認定に先行して検討しています。

この判決の趣旨からすると、登山道に要求される管理の程度は、㋐利用者の特性(登山技術・経験の程度等)、㋑設置場所により予想される利用方法により異なってくると考えることも出来そうです。

乙の責任

この裁判では、乙に関しては、西沢歩道の設置・管理者に該当しないとして国家賠償法2条1項の責任を否定する一方、西沢歩道の設置費用の負担者であるとして同法3条1項の責任を認定し、甲及び乙に対する国家賠償法上の損害賠償請求を認容しています。

過失相殺について

一方、過失相殺については、

西沢歩道は・・・登山者用の山道であり、登山はその性質上ある程度の危険を伴うスポーツであつて、その危険の回避については、コースの難易度、予想される利用者の多寡、その体力、知識、技術の程度に応じ国立公園管理者において登山道の整備、事故防止施設の設置管理に力を尽す必要もさることながら、他面登山者側の準備、技術、注意力に依拠すべき度合も大きく・・・木製の施設については登山者はその安全性を盲信することなく、自らもこれを吟味して事故の発生を回避するよう十分に心がけるべきであつて・・・本件柵は山道谷側に設置され、その谷は約六〇度の角度で深さ約二〇メートルの絶壁をなしており、本件柵が仮にそれに寄りかかる者の体重を支えるだけの強度に欠けるならば、それに寄りかかることで直ちに谷底へ転落する危険が生じることが容易に予想されたのであるから、Aが本件柵に寄りかかるにあたり、事前にその柵の強度を確認した形跡が全くみられないことは登山者として軽率のそしりをまぬがれず、本件事故発生の一因は本件柵の強度を確認しないままそれに寄りかかつたAの過失にもあると認めざるをえない

東京地判昭和53年9月18日

と判示して4割の過失相殺しています。

この過失相殺に関する「コースの難易度、予想される利用者の多寡、その体力、知識、技術の程度に応じ国立公園管理者において登山道の整備、事故防止施設の設置管理に力を尽す必要」との判示部分からも、利用者の特性により登山道に求められる管理の程度が異なってくることが分かります。

登山者側に求められる注意

更に、「登山はその性質上ある程度の危険を伴うスポーツであつて、その危険の回避については・・・登山者側の準備、技術、注意力に依拠すべき度合も大きく・・・施設については登山者はその安全性を盲信することなく、自らもこれを吟味して事故の発生を回避するよう十分に心がけるべき」との判示部分からは、法的にも登山道では登山者にも登山道の様子について一定の注意を払うことが求められていることが分かります。

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