御嶽山噴火事故にみる火山噴火警戒レベル運用と国家賠償法1条1項責任

御嶽山噴火事故の概要

この事故は、平成26年9月27日正午前、御嶽山山頂の地獄谷付近において水蒸気爆発が発生、広範囲に噴石が飛散、登山者58 名が死亡、5名が行方不明、61名が負傷したもので、戦後最悪の火山災害といわれています(以下、当該噴火事故を「御嶽山噴火事故」、その噴火を「平成26年噴火」といいます。)。

御嶽山の火山活動は、休止期と活動期を繰り返してきていましたが、長らく休止期であったところ、昭和54年ころから活動期となり、昭和59年10月28日には、有史以来の水蒸気噴火が発生、火山灰が広範囲に飛散、甚大な被害が発生しました(以下、当該噴火を「昭和59年噴火」といいます。)。

しかし、平成26年噴火は、昭和59年噴火とは異なる火口での水蒸気噴火でした。

この御嶽山噴火事故により死亡した登山者の相続人、負傷を負った登山者らは、

国に関しては、気象庁地震火山部火山課(以下、「気象庁火山課」といいます。)の職員が、噴火警戒レベルをレベル1からレベル2に引き上げて噴火警報である火口周辺警報を発表する注意義務に違反したこと

御嶽山が所在する県に関しては、御嶽山に設置した地震計の維持管理の義務怠ったため、地震計の観測データが気象庁に配信されず、そのため噴火警戒レベルが引き上げられなかったこと

を違法行為として、国および県に対し、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求め、訴訟を提起しました(長野地裁松本支部判決令和4年7月13日)。

訴訟の判決の概要について

この裁判では、国(気象庁火山課)と県の国家賠償法上の責任が問題となり、裁判所は、

国に関しては、違法性は認定したものの、損害との間の相当因果関係を否定、請求を棄却、

県に関しては、違法性も相当因果関係も否定し、請求を棄却しています。

ここでは、主に国の責任についてみていくこととします。

噴火警戒レベルについて

判決では、前提として、噴火警戒レベルについて、

・・・気象庁は、火山現象を含む地象等についての一般の利用に適合する予報及び警報をしなければならず、予想される現象が特に異常であるため重大な災害の起こるおそれが著しく大きい場合として気象庁が定める基準に該当する場合には、その旨を示して、地象等についての一般の利用に適合する特別警報をしなければならない・・・噴火警戒レベルが運用されている火山(レベル対象火山)について、噴火予報、噴火警報及び噴火特別警報をする場合は、噴火警戒レベルに定める用語等を用いてするものとされており・・・必要な防災対応として避難などの具体的な対応を促す用語を予報又は警報の本文に記載する・・・噴火警戒レベルは、火山活動の状況に応じて、警戒が必要な範囲と防災機関や住民等がとるべき防災対応を5段階に区分して発表する指標で・・・レベル対象火山ごとに定められ・・・御嶽山の噴火警戒レベルにおいては、レベル1は、噴火予報という名称で、予想される火山現象の状況が静穏である場合その他火口周辺等においても影響を及ぼすおそれがない場合に、レベル2は、火口周辺警報という名称で、火口周辺に影響を及ぼす噴火が発生、あるいは発生すると予想される場合に、それぞれ発表するものとされ・・・気象庁は、噴火警戒レベルの引上げ又は引下げの判断に当たり、レベル対象火山ごとに噴火警戒レベル判定基準を定めており、御嶽山についても、本件噴火当時・・・判定基準が定められていた・・・御嶽山では、歴史上、本件噴火以前に昭和54年・・・平成3年・・・平成19年・・・の3回、水蒸気噴火が発生・・・本件噴火の発生前、御嶽山の噴火警戒レベルはレベル1であり、火口周辺警報が発表されることはなかった。

長野地裁松本支部判決令和4年7月13日

として、

気象庁は、自らが定める基準において、火山現象で重大な災害が発生するおそれが著しく大きい場合、特別警報を噴火警戒レベルに定める用語等を用いておこなわなければならないこと

噴火警戒レベルは5段階に区分して、レベル対象火山(噴火警戒レベルが運用されている火山)ごとに発表する指標が定められていること

御嶽山もレベル対象火山であり、御嶽山噴火事故当時、レベル1(火山現象の状況が静穏である場合、その他火口周辺等においても影響を及ぼすおそれがない場合に発せられるレベル)とされていたこと

などを認定しています。

事件の争点について

この裁判では、

国との関係では、

ア 気象庁火山課の職員が平成26年噴火前にレベル2に引き上げなかったことの違法性

イ 違法行為と原告の被害との間の相当因果関係(および損害額)

県との関係では、

ウ 御嶽山に設置した地震計の維持管理を違法に怠ったか

エ 違法行為と被害との間の相当因果関係(および損害額)

が争点となっています。

これらの争点については、裁判所は、上記のとおり、アを認定したものの、イ、ウ、エは否定し、原告の請求を棄却しています。

レベル2に引き上げなかったことの違法性

違法性の判断枠組みについて

上記の争点ア(気象庁火山課の職員が平成26年噴火前にレベル2に引き上げなかったことの違法性)について、裁判所は、違法性の判断枠組みについて、次のように判示しています。

噴火警戒レベルの引上げ・・・に当たっては、気象庁が確立し維持する観測網による観測に基づくことが予定されており・・・観測にはその性質上専門的技術を要すると解されるほか・・・観測データを評価、解析することが必要であるが・・・噴火予測については、現時点においても手法が確立されているとはいえず、予測精度に限界があるもので・・・その時点における火山学の専門的知見を前提としたものにならざるを得ない・・・したがって、噴火警戒レベルの発表基準の該当性判断は、気象庁の専門技術的判断に基づく合理的裁量に委ねられているものと解される。
そうすると、気象庁が噴火警戒レベルの発表基準に該当しないと判断して、噴火警戒レベルを引き上げず、噴火警報・・・を発表しないまま、結果的に噴火が発生したとしても、直ちに気象庁火山課の職員の同判断が国賠法1条1項の適用上違法となるものではないが、同判断時点における火山学の専門的知見の下において、気象業務法(法)等関係法令等の趣旨及び目的並びに気象庁火山課の職員が行うべき職務の性質等に照らし、気象庁火山課の職員の判断の過程及びその結果が、その許容される限度を逸脱して、著しく合理性を欠くと認められるときは、国賠法1条1項の適用上違法と評価されると解するのが相当である(最高裁平成元年(オ)第1260号同7年6月23日第2小法廷判決・民集49巻6号1600頁参照)。

長野地裁松本支部判決令和4年7月13日

ここでは、

噴火警戒レベルの発表基準の該当性判断は、専門的知見を要することから、気象庁の専門技術的判断に基づく合理的裁量に委ねられている

とした上で、

クロロキン薬害訴訟上告審(最判平成7年6月23日)における厚生大臣(当時)の権限不行使という不作為行為の国家賠償法1条1項上の違法性判断枠組みを採用し、

「許容される限度を逸脱して、著しく合理性を欠くと認められるとき」に国賠法1条1項の適用上違法と評価されるとしています。

ここでは、レベル1からレベル2へ引き上げなかったことは、レベル引き上げという作為行為をおこなわなかったということであり、不作為行為に該当すると判断したものと考えられます。

尚、クロロキン薬害訴訟、国家賠償法1条1項における不作為行為の違法性判断の問題は下記の記事で取り扱っています。

国の違法性に関する裁判所の判断

原告は、レベル2へ引き上げなかったことについて、

主位的には、火山性地震の回数が1日当たり50回を超えた時点で噴火警戒レベルを引き上げなかったことが違法であるとし、

予備的には、諸要素を総合的に判断することが許容されるとしても、遅くとも平成26年9月25日までに噴火警戒レベルを引き上げなかったことは違法である

と主張しています。

これらの原告の主張に対し、裁判所は、まず、主位的主張に関し、次のように判示しています。

・・・御嶽山については、本件判定基準が定められ・・・本件判定基準は、外部の火山学の専門家の意見を募らずに制定されている・・・が、過去の噴火事例での火山活動を踏まえたもので・・・本件噴火後の検証においても基本的に合理性を有するものとして維持されていること・・・からしても、制定当時の火山学の専門的知見に照らし合理的なものであるといえ・・・気象庁火山課の職員は、本件噴火当時、本件判定基準に従い、専門技術的に噴火警戒レベル引上げの判断をすべきであったのであり、かつ、基本的にはそれで足りたはずであると解される。
本件判定基準は、「火口周辺に影響を及ぼす噴火の可能性(次のいずれかが観測された場合)」が認められる場合に噴火警戒レベルをレベル2に引き上げるものとし、「火山性地震の増加(地震回数が50回/日以上)」等の事象(本件列挙事由)を掲げている。この部分のみを文字通り読めば、1日当たり50回以上の火山性地震の発生等の本件列挙事由が一つでも発生すれば、噴火警戒レベルをレベル2に引き上げなければならないと解することもできなくはないが、本件判定基準の欄外には、「これらの基準は目安とし、上記以外の観測データも踏まえ総合的に判断する。」との記載があることを踏まえると、基準の明確性という点から、この記載の当否の問題はあるにしても、少なくとも本件噴火当時、気象庁火山課の職員に本件列挙事由を一つでも観測した場合には、直ちに噴火警戒レベルをレベル2に引き上げるべき職務上の注意義務があったということはできないといわざるを得ない・・・気象庁火山課の職員が、本件噴火当時、1日当たり50回以上の火山性地震の発生が観測された場合に直ちに噴火警戒レベルをレベル2に引き上げるべき職務上の注意義務を負っていたということはできない。
・・・平成26年9月10日に52回、同月11日に85回の火山性地震が発生したことをもって、気象庁火山課の職員が、遅くとも同月12日の早朝には噴火警戒レベルをレベル2に引き上げるべき職務上の注意義務を負っていたということはできず・・・火山課長が噴火警戒レベルをレベル2に引き上げず、噴火警報を発表しなかったことを違法と評価することはできない。

長野地裁松本支部判決令和4年7月13日

ここでは、

  • 判定基準は、外部の火山学の専門家の意見を募らずに制定されたのではあるが、制定当時の火山学の専門的知見に照らし合理的なものである
  • 判定基準の欄外に、「これらの基準は目安とし、上記以外の観測データも踏まえ総合的に判断する。」との記載がある

ことなどから、総合的判断が許容されており、1日当たり50回以上の火山性地震の発生が観測された場合、直ちに噴火警戒レベルをレベル2に引き上げるべき職務上の注意義務を負っていたということはできないとし、原告の主位的主張を退けています。

このようにして主位的主張を退けたことを受け、裁判所は、予備的主張に関しては、次のように判示しています。

・・・噴火警戒レベルをレベル2に引き上げるべきか否かの判断に当たっては、本件列挙事由に加え、それ以外の観測データも踏まえ総合的に判断することが許容されていたというべきであるが・・・他の観測データ等も踏まえ総合的に判断することが許容されていたとしても、本件列挙事由が一つでも発生した場合には、火山活動が活発化している状態といえるのであるから、このことを踏まえて、他の本件列挙事由の発生の有無や、噴火の可能性を示唆する他の観測データ等について、気象庁火山課の職員は、静穏期に比べ、高度の注意をもって観測データを評価、解析し、噴火警戒レベルの発表基準の該当性、すなわち、噴火警戒レベルの引上げ、噴火警報の発表の要否を判断すべき義務を負うものと解すべき・・・
技術専門官・・・は、本件週検討会において・・・わずかではあるがGNSSの基線が伸びており、GNSSの変化量をベクトル表示させると御嶽山を中心に放射状に広がっているので山体膨張を示すように見えると指摘した。C解析官、D所長等、気象庁火山課の職員は、本件週検討会において・・・上記指摘について、15分ないし20分程度検討し、放射状に見えるけれども、変化量が1cmに満たないものと小さく、夏場で水蒸気量や雨量が多いことによるノイズを超えるものではないから、地殻変動と断定できないとの結論に至り、結果、噴火警戒レベルはレベル2に引き上げられなかった・・・
同日までに、御嶽山では、①10日、11日に1日当たりの火山性地震の回数が本件列挙事由に掲げる50回を超え、気象庁火山課の職員には、静穏期よりも高度の注意をもって観測データを検討し噴火警戒レベルを判断すべき義務が生じていたというべきところ、②11日、・・・教授から、低周波地震や火山性微動が発生した場合には、次の段階だと思うとの指摘があり、更に高度の注意をもって観測データを検討し噴火警戒レベルを判断すべき義務を負っていた中で、③14日に1回、16日に2回、24日に2回、それぞれ低周波地震が発生していたのであるから、更に他の本件列挙事由の発生の有無や、噴火の可能性を示唆する他の観測データ等について、相当高度の注意をもって評価、解析し、噴火警戒レベルの引上げ、噴火警報の発表の要否を判断すべき義務があったというべきで・・・このような状況のもと・・・山体膨張の可能性を指摘したのである。
本件列挙事由中には、山体の膨張を示すわずかな地殻変動が掲げられている上、山体が膨張するということは、山頂部直下に圧力源が存在することを意味するから、これは噴火の可能性を示唆する重要な指標であると考えられること・・・気象庁火山課の職員としては、噴火の前兆現象として山体膨張の発生を認識していたはずであること・・・噴火が発生すれば、その事象の性質上、国民の生命又は身体に大きな被害が生ずる可能性があることに照らすと、技術専門官・・・が、本件列挙事由の一つである山体膨張を示すわずかな地殻変動の可能性が観測されたと指摘したのであるから、気象庁火山課の職員は、噴火警戒レベルをレベル2に引き上げるべきであったということも十分に考えられる。
もっとも・・・上記指摘があった時点で、同指摘のみをもって、気象庁火山課の職員に、直ちに噴火警戒レベルをレベル2に引き上げるべき注意義務が生じていたとまではいい難い・・・しかし、本項で検討してきた10日の火山性地震の増加から始まる御嶽山の火山活動の状況や気象庁火山課の職員の対応、それらから認められる気象庁火山課の職員が負うべき注意義務の程度・内容に照らすと、気象庁火山課の職員は、山体膨張を示すわずかな地殻変動の可能性が観測されたと指摘された以上は、現に山体膨張を示すわずかな地殻変動が認められるのかを更に慎重かつ適切に検討しなければならず、噴火警戒レベルが防災対応に直結することに加え、・・・教授からの9月11日の電子メールにおいて、熱水の活動は地殻変動に表れにくい旨指摘されていたこと・・・も踏まえると、更に検討しても地殻変動の可能性が否定できない場合には、これを生じていないものとして考慮しないのは不合理というほかなく、山体膨張の可能性を示すわずかな地殻変動という本件列挙事由の一つが発生した可能性があるという限度でこれを考慮した上、噴火警戒レベルをレベル2に引き上げることも含めて検討すべきであったというべきである。
すなわち、1日当たり50回以上の火山性地震の発生、回数は少ないものの低周波地震の発生というこの時点までに生じていた本件列挙事由等、噴火警戒レベルをレベル2に上げる基準を総合的に判断し、噴火警戒レベルの果たすべき役割も考慮した上、気象庁火山課の職員は、この時点で噴火警戒レベルの引上げ、噴火警報の発表の要否を判断し、山体膨張を示すわずかな地殻変動の可能性が否定できない場合には、「火口周辺に影響を及ぼす噴火の可能性」があるものとして、噴火警戒レベル2に引き上げ、噴火警報を発表すべき職務上の注意義務を負っていたと解するのが相当である。
気象庁火山課の職員は、平成26年9月25日に山体膨張の可能性を示す地殻変動が観測された可能性が指摘された時点において・・・わずかな地殻変動が生じたのかを慎重に検討しなければならず・・・地殻変動の可能性が否定できない場合・・・山体膨張の可能性を示す地殻変動という本件列挙事由の一つが生じた可能性があるという限度でこれを考慮した上、総合的に、噴火警戒レベルの引上げ、噴火警報の発表の要否を判断し、山体の膨張の可能性を示すわずかな地殻変動の可能性が否定できない場合・・・噴火警戒レベル2に引き上げ、噴火警報を発表すべき職務上の注意義務を負っていたが・・・更に調査し、その結果に基づく評価、解析をすることもなく、わずか15分から20分程度の検討に基づき安易に地殻変動と断定できないとの結論を出してしまったもので・・・注意義務を尽くしたとはいえず、噴火警戒レベルをレベル2に引き上げず、漫然とレベル1のまま据え置き、噴火警報を発表しなかった・・・火山課長の判断は、その過程及び結果について、その許容される限度を逸脱して著しく合理性に欠けるものとして、国賠法1条1項の適用上違法である。

長野地裁松本支部判決令和4年7月13日

ここでは、

  1. 列挙事由である山体膨張の可能性を示す地殻変動が生じた可能性がある場合、総合的に噴火警戒レベルの引上げを判断する
  2. 当該判断で地殻変動の可能性が否定できない場合、レベル2に引き上げる職務上の注意義務を負う
  3. 火山課長は、更なる調査を実施して評価、解析をおこなうことをせず、安易に15分から20分程度の検討で地殻変動とは断定できないとの結論を出している
  4. 当該火山課長の判断は、判断過程および結果について、その許容される限度を逸脱して著しく合理性に欠けるものと評価される

として違法性を認定しています。

因果関係に関する裁判所の判断

上記の気象庁火山課職員の違法行為と原告らの被害との間の因果関係について、裁判所は次のように判示して相当因果関係の存在を否定しています。

前記・・・のとおり、気象庁火山課の職員には、平成26年9月25日の時点で・・・注意義務に違反した違法がある・・・
しかし、仮に気象庁火山課の職員が上記注意義務を尽くしていたとしても・・・山体膨張を示す地殻変動の可能性についての更なる検討等のために、噴火警戒レベルの引上げまでに一定程度の時間を要する可能性があ(り)・・・また、噴火警戒レベルがレベル2に引き上げられた場合には、本件関係市町村が立入規制等の措置を講ずることとなっていたが、その対応に要する時間は、最も短い想定でも5時間であり、天候や時間帯により大幅に変動することがやむを得ないこととして想定され・・・関係市町村が地域防災計画に噴火警戒レベルがレベル2に引き上げられた場合の対応を明記していたことを踏まえても、立入規制等の措置が、被害者ら登山者が本件噴火時に火口周辺に立ち入ることがなかったといえる時点までに確実にされたとまで認めることは困難・・・
以上に加え、本件噴火により死亡した原告らの被相続人又は自ら負傷した原告らの本件噴火前の行動は、必ずしも十分に明らかになっているとはいえない
・・・(そうすると、)気象庁火山課の職員が上記注意義務を尽くしていれば、死亡又は負傷の被害が生じなかったと認めることは困難といわざるを得ず、気象庁火山課の職員の違法行為と原告らに生じた損害との間に相当因果関係があるということはできない。

長野地裁松本支部判決令和4年7月13日

ここでは、平成26年噴火が9月27日の正午ころに発生していることから

  • レベル2への引上げ検討の契機となる山体膨張の可能性を示す地殻変動が観測された可能性が指摘された9月25日の段階において、更なる調査をおこなうこととしていても、その調査および分析などには一定の時間を要し、レベル2への引上げまでには、9月25日から相当な時間を要したものと考えられること
  • 噴火警戒レベルがレベル2に引き上げられた場合でも、立入規制等の措置を講ずる関連市町村が対応に要する想定時間は、最短でも5時間で、登山者が9月27日の正午ころに火口周辺に立ち入ることがなかったといえる時点までに立入規制等の措置が確実にされたとまで認めることは困難であること

などから、相当因果関係は認定できないとしています。

県の違法性と被害との間の因果関係について

続いて、裁判所は、県の御嶽山に設置した地震計の維持管理の懈怠の違法性、および違法行為と被害との間の相当因果関係について、

・・・県が、御嶽山山頂及びその周辺に設置した地震計による観測、そのデータの提供ができるよう地震計を維持し管理することについて、本件関係市町村の住民や登山者に対し具体的な義務を負っていたということはできない。
・・・山頂観測点及び滝越観測点の各地震計の維持管理について、・・・県において、原告らに対する職務上の注意義務があり、これに違反したとは認められない。
・・・仮に山頂観測点及び滝越観測点の各地震計が正常に作動していたとしても、その観測データがあれば気象庁火山課の職員が噴火警戒レベルをレベル2に引き上げたということはできない・・・そうすると、仮に・・・県が、御嶽山山頂及びその周辺に設置した地震計についての維持管理を違法に怠ったとしても、そのことと気象庁火山課の職員が噴火警戒レベルをレベル2に引き上げなかったこととの間に相当因果関係があるとはいえず、結局、原告らの損害との間にも相当因果関係は認められない。

長野地裁松本支部判決令和4年7月13日

として、違法性および相当因果関係を否定しています。

御嶽山噴火事故の判決について

このように御岳山噴火事故の1審では、国の国家賠償法1条1項責任の判断において、

  • 噴火警戒レベルの決定には専門的知見、技術を要すること
  • 噴火警戒レベル引き上げをおこなわなかったことは不作為行為としてとらえることも可能であること

などを理由として、その違法性判断において、クロロキン薬害訴訟上告審判決の判断枠組みを採用しているものと考えられます。

一般的には、専門的知見を要する行為の違法性判断に際しては裁量権限が広く認められる傾向があり、また不作為行為の違法性判断は、やはり行政裁量が広く認められ、作為行為の違法性判断より厳格な基準でなされると考えられています。

更に、原則としては、不作為行為の違法性の主張に際しては、被告の法的な作為義務行為(被告がなすべき義務を法的に負っている行為)を原告側で措定し、主張・立証する必要があります。
しかし、そのためには、被告の手元にあるデータ、および専門的知見が必要となることが多く、作為義務行為を措定し、立証していくこに多大な困難が伴うことが少なくありません。

このように、厳格な判断枠組みが採用されたこと、および主張・立証の困難性を一因として、本件裁判では、違法性に関する原告の主位的主張が退けられ、また予備的主張についても、検討された4つの時点のうち、噴火時点に最も近接した、噴火2日前の行為について違法性が認定されるにとどまりました。
このことも、相当因果関係の否定判断に影響していると考えられます。

尚、この長野地裁松本支部の判決に対しは、原告全員が控訴したと報道されています。

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