登山事故の分類と民事訴訟について

法的観点からの登山事故の分類

近時において民事訴訟が提起された登山事故は、

1 パーティ登山での遭難事故として、
 (a)商業ツアーでの事故、
 (b)教育活動での事故、
 (c)山岳会での事故、
 (d)その他のパーティ登山での事故でリーダー、他の同行者、企画団体等の責任を追及したもの
2(e)遭難者の救助時の事故で救助者に対し責任を追及したもの
3(f)登山道の整備不良に起因する事故で設置・管理者に対し責任を追及したもの
4(g)その他

に、分類することができます。

尚、1と2ないし4は重畳して生じ得ますが、同時に1と2ないし4の責任が認定されるのは例外的なことと考えられます。

商業ツアーでの事故の裁判

(a)の商業ツアーでの事故の裁判としては、下記の記事で扱っています、
ⅰ)平成18年10月7日に清水岳から白馬山荘の稜線上で遭難したツアー客の内4名が凍死した事故の裁判
ⅱ)昭和53年のゴールデンウイークにツアー登山の参加者が八ヶ岳の横岳稜線から滑落死した事故の裁判
などがあります。

この形態の事故では、ツアーの引率者に対しては民法709条の不法行為責任あるいは、民法415条の債務不履行責任(安全配慮義務違反)に基づく損害賠償請求、引率者と別にツアー企画者が存在する場合には、企画者に対して民法715条の使用者責任あるいは、民法415条の債務不履行責任(安全配慮義務違反)を追及することとなります。

教育活動での事故の裁判

(b)の教育活動での事故としては、学校行事の登山での事故、登山部等の課外活動での事故、特殊なところでは学校横断的なリーダー養成講座での事故等があります。

学校行事での事故の裁判としては、下記の記事で扱っています、
ⅲ)昭和61年5月、中学の学校行事の石鎚山登山において生徒が転落、重傷を負った石鎚山転落事故の裁判

課外活動の事故の裁判としては、
ⅳ)平成6年の夏休みに、埼玉県内の公立高校における登山部の夏合宿で朝日連峰において熱射病のため生徒が死亡した事故の裁判

リーダー養成講座での事故の裁判としては、
ⅴ)平成12年3月、文部科学省の登山研修所主催の冬山研修会において、大日岳頂上付近で雪庇の崩落により発生した雪崩にまき込まれ大学の山岳部等のリーダー2名が死亡した事故の裁判

などがあります。

この類型の事故では、学校の設置者あるいは山行の企画者に対し、国公立学校・団体の場合は国家賠償法に基づく請求、私立学校の場合は民法715条の使用者責任あるいは415条の債務不履行(安全配慮義務違反)に基づく損害賠償請求をおこなうとともに、事案によっては、リーダー(あるいはリーダーに準ずる者)に対し民法709条の不法行為に基づく損害賠償請求を併合しておこなうこととなります。

山岳会での事故の裁判

(c)の山岳会での事故としては、下記の記事でも扱っています、
ⅵ)昭和60年5月、経験豊富な山岳会のメンバーと同会に5カ月ほど前に入会したばかりの新人会員の2人で、日和田山でロッククライミングの練習をしていたところ新人会員が転落受傷した事故の裁判
などがあります。

この事件では、経験豊富な会員が、受傷した新人会員を指導する立場にあったこともあり、経験豊富な会員に対する損害賠償請求が地裁で認容されています。しかし、仮に双方がともに経験者であれば、損害賠償請求が認容されたかは疑問があります。現に、地裁は判決理由において、

被告は原告に岩登りの技術を教示する立場にあり、原告は岩のぼりの初心者であったのであるから、被告は、原告に登攀の途中で両手を離させザイルと原告の足で身体の確保をする練習をするときは、まず、転落事故のないような場所を選択し、原告に事前にどのような確保体勢をとり手を離せばよいかを十分に説明し、手を離させる瞬間において、ザイルの確保をはかるタイミングがずれないように掛声をかけるなど転落事故が起こらないような措置を講ずるべきである。そして、転落事故が発生する場合に備えて、ザイルの確保を十分にしておく注意義務があるといわなければならない

横浜地判平成3年1月21日

と注意義務の内容を認定しています。

このような山岳会のパーティ登山で損害賠償が認められるかは、会員間の関係性によるものと思われます。
もし、日和田山の事故のように、初心者の会員が、指導すべき立場の会員と行動している時に受傷した場合、具体的な過失の存否を検討の上、民法709条による不法行為に基づく損害請求を検討することとなります。また、場合によっては、山岳会への責任追及も検討することになりますが、山岳会への請求は困難な場合が多いものと思われます。

遭難者救助時における事故の裁判

(e)遭難者の救助時における事故の裁判としては、下記の記事で扱っています、
ⅶ)平成21年1月末から2月初にかけて、積丹岳で遭難し、いったんは北海道警山岳遭難救助隊によって発見・保護されたものの、下山を開始した直後の滑落等のために結果的に救助されずに凍死した事故の裁判
などがあります。

この類型の事故では、救助隊が警察、消防によるものの場合は国家賠償法上の請求を検討することとなりますが、その場合も救助隊員個人への損害賠償請求は故意による事故等通常想定できないような特殊な場合にしか出来ません。
また、救助者が民間人の場合、警察官や消防隊員のように職務上の法律に基づく救助義務を負っているわけではなく、事務管理上の義務、あるいは、遭難者捜索契約の付随義務を負っているにすぎません。そこで、通常の場合は、故意・重過失がなければ損害賠償請求をおこなうことは困難と考えられ、一般的には、民間の救助者への損害賠償請求は問題とならないものと思われます。

登山道の整備不良に起因する事故の裁判

(f)登山道の整備不良に起因する事件としては、下記の記事で扱っています、
ⅷ)昭和45年のゴールデンウイークに西沢渓谷歩道の柵の横木が折れ、これに体重をかけていた人が谷川へ転落し即死した事故の裁判
があります。

また、比較的近年では、
ⅸ)平成18年10月に尾瀬湿原内の木道を歩行中、落下してきたブナの枝が頭部に直撃、死亡した事故の裁判
がありますが、後者の裁判では、請求は棄却されています。

この2つの裁判は、他の類型で挙げた裁判と異なり、事故の発生地が比較的里に近い整備された場所となっています。

これは、この類型で法的な責任が生じ得るのは、登山道の設置・管理者が明確な場合であり、設置・管理者が不明確な場合は法的な責任(登山道の管理責任等)を追及し辛いという理由もあるものと思われます。

また、ある程度以上の山岳地帯の登山道では、登山道及び登山道に設置されている設備(鎖、鉄杭、梯子、ロープ、丸太橋等)の状態の監視、補修作業などの管理を十分におこなうことは、その所在場所からしても困難です(前述の西沢渓谷、尾瀬湿原の場所と北アルプスの稜線を比較するとお分かりになるかと思われます。)。
このような事情は、登山者は知り得ることですし、管理状態が必ずしも十分でないことがあり得ることを前提に行動することが登山者にも求められている(各種の登山書に「鎖、ロープはあまり信頼せず、全体重を掛けるようなことはせず補助程度に」といった旨の記載がなされている。)といえます。
そこで、仮に、ある程度以上の山岳地帯の登山道において同様な事故が発生しても、設置・管理の瑕疵が否定されるか、相当割合の過失相殺が認定され、損害賠償の認容額が少額になるか、あるいは、管理者の注意義務が低く認定されることにより、過失が否定される可能性が高くなると考えられます(尚、危険の引き受け法理から過失が否定されるとの見解もあるようです。)。

そのようなこともあり、ある程度以上の山岳地帯の登山道で発生したこの類型の事故の裁判が見当たらないのだと思われます。

これらの点を考慮し、この類型の事故では、まずは、事故現場となった登山道の所在場所、登山道の設置・管理者が明確なのか等の点を検討した上で、設置・管理者が国・地方公共団体等であれば国家賠償法2条1項、あるいは1条1項に基づき損害賠償請求をおこなうことを検討し、設置・管理者が民間人の場合、民法717条あるいは715条、709条等に基づき損害賠償請求をおこなうことを検討することとなります。

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