尾瀬木道枝落下事故にみる国賠法2条の公の営造物の範囲と1条との関係

尾瀬木道枝落下事故の概要

今回は、(f)登山道の整備不良に起因する事故に関する裁判として、14)尾瀬木道枝落下事故をみてみます。

この事故は、10月初旬に3人で尾瀬地域に入山、山小屋に宿泊し、翌日、沼尻平方面に向け、木道をBを先頭に3人で歩いていた時に発生しています。

3人は、午前8時30分ころ、尾瀬沼見晴地内の見晴地区と尾瀬沼を結ぶ長蔵小屋檜枝岐田代線上を、下田代十字路から尾瀬沼林道分岐方面に約600m進んだ地点の木道を歩いていました。
その時、木道へ落下してきたブナの枝がBの頭部に直撃、Bは、頭蓋底骨折によりその場で死亡しました。

この事故の後、事故当日に行動を共にしていたBの遺族が、地元県(以下「丙」といいます。)および国(以下「乙」といいます。)に対し、
①国家賠償法2条1項の公の営造物の瑕疵に基づく責任
②同法1条1項の責任
③民法717条1項、2項に基づく土地工作物責任
④民法415条の安全配慮義務違反に基づく損害賠償
を求めて提訴しましたが、1審で請求が棄却されています。

尚、落下してきた枝は、木道から約6mの地点に位置する高さ約20m、幹の直径約55cmの立ち枯れしていることが外見から明らかなブナの木(以下断りのない限りこの木のことを「ブナ」といいます。)の枝の先端部分(枝の先端部分は事故現場から4m以上離れていました。)で、落ちてきた枝の長さは約3.6m、太さは約7cmでした。

また、現場付近では、事故前日から瞬間風速10m~18mの強風が断続的に吹き、事故発生時にも風速15m前後の風が瞬間的に吹き、休憩所に避難した登山者も多く存在する天候でした。

事故現場は、自然公園法に基づき環境大臣が指定した特別保護地区内に位置し、乙が管理する乙の所有する国有林野の土地を、丙が歩道敷として無償で借り受けていました。
しかし、ブナの木はこの借地の範囲外に位置していました。

公の営造物該当性の問題

この14)尾瀬木道枝落下事故の裁判では、乙との関係において、木道と木道の周辺の林野が国家賠償法2条1項の「公の営造物」に該当するのかが争点となりました。

裁判所はまず、「公の営造物」について、

公の営造物とは,国又は公共団体等の行政主体により,直接に特定の公の目的に供用される有体物ないし物的設備をいう

福島地裁会津若松支部判決平成21年3月23日

と定義しています。

そして、その公の営造物を国、公共団体が事実上管理していれば、国家賠償法2条1項の管理者に該当することを述べた上で、

乙は,本件木道(注:事故現場の木道)に関して,国立公園の一般的事業執行権を有しており,また,本件貸付契約(注:乙と丙の間の事故現場を含む借地の契約)においては・・・一定の範囲で,調査を行い,丙に対し報告を求め,あるいは丙の行為について承認する権限を有している。しかし・・・上記権限により乙が本件木道の管理を実質的に行うことが義務づけられているものではなく,実際に本件木道を設置し現実の維持管理を行っていたのは丙であること,・・・平成18年以前に・・・,本件貸付契約に基づいて尾瀬地域内の木道の管理に関し丙と乙との間で協議がなされたと認めるに足る証拠はないことに照らせば,乙が事実上,本件木道を管理していたと認めることはできない

福島地裁会津若松支部判決平成21年3月23日

と、乙が事故現場である木道を事実上管理していたとはいえないとして、乙との関係において、木道は公の営造物に該当しないとしています。

更に、

・・・丙との関係において,本件木道が公の営造物であることは争いがなく,本件木道は,その周囲の自然の観察,探勝のため入山者が歩行する利便を提供している営造物と解されるが・・・本件周辺林野は,飽くまでそのような自然観察・探勝の対象物にすぎないというべきであって,本件ブナを含む本件周辺林野は直接公の目的に供されているとはいえず,公の営造物には該当しない

福島地裁会津若松支部判決平成21年3月23日

として、乙との関係では、木道の周辺の林野も公の営造物に該当しないと判断しています。

一方、丙との関係では、木道が公の営造物に該当することについては、当事者間で特に争われることもなく認定されていますが、木道の周辺の林野については、丙との関係においても公の営造物に該当しないとしています。

自生樹木の事故における民法717条2項責任

次に、ブナについて、乙と丙が民法717条2項の「竹木の・・・支持」をしていたことになるのかが争点となりました。

尾瀬のような場所において、自生している樹木により何らかの事故が発生した場合、その樹木の存在する土地の所有者が民法717条2項の責任を負うのかという問題です。

まず、

民法717条2項においては・・・天然木も同条項にいう竹木に該当すると解され・・・天然木であることは,その生立する自然的,社会的な状況に反映される限りで,その支持の瑕疵の有無を判断する要素として考慮すべきである・・・竹木の支持とは,土地工作物の保存とほぼ同義に,竹木の維持,管理を意味すると解すべきである。仮に,支持には物理的措置を講じることが必要であると解すると,倒れる危険のある天然木に支柱を施したが,その設置が不十分で倒れた場合には支持に瑕疵があることになるが,放置して倒れた場合には支持の瑕疵に当たらないこととなり,妥当とはいえない・・・本件事故当時,乙,本件ブナについて,国有林野として所有管理していたのであるから,乙は,本件ブナについて民法717条2項の竹木の支持をしていたと認められる

福島地裁会津若松支部判決平成21年3月23日

として、「竹木の支持」とは,土地工作物の保存とほぼ同義で、竹木の維持、管理を意味するとした上で、事故原因となったブナについて、国有林野として所有管理していたことを理由として、乙はブナについて支持(維持、管理)をしていたと認定しています。

一方、丙に関しては、

本件ブナは,本件貸付地外にあったものであるから,丙が,本件事故当時,本件ブナを支持していたとは認められない

福島地裁会津若松支部判決平成21年3月23日

として、貸付地外にブナが生育していたことを理由に、竹林の支持を否定しています。

設置、管理の瑕疵について

丙との関係における瑕疵について

続いて、判決では、丙との関係において公の営造物に該当するとされた木道について、設置または管理に瑕疵が存在したかという点に関し、

公の営造物の設置又は管理の瑕疵とは,当該営造物が通常有すべき安全性を欠いている状態をいう・・・と解され,その瑕疵の存否については,当該営造物の構造,用法,場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に判断すべきで①本件木道は,植生保護目的のほか自然観察・探勝の利便に供され・・・周囲の国有林野は・・・自然環境の保全が第一として管理され・・・常に周囲の国有林野の倒木や落枝等の抽象的危険が存在している一方・・・観光客は自然をあるがままの状態で観察・探勝することができ,観光客もそれを求めて訪れ・・・②尾瀬地域は標高1400mを超える亜高山帯に位置し,入山には登山靴等の装備が必需品とされ,本件事故現場は徒歩による最低数時間の旅程を要する場所に位置し・・・③本件事故現場付近は特に観光客が休憩等により立ち止まる状況にはない・・・④本件ブナは本件木道から約6m離れ・・・本件枝は高さ10m以上に位置しており本件木道に覆い被さる状況にもなく,被告県の管理範囲外に位置していたと認められることなど・・・を総合的に考慮すると・・・強い風雨等の悪天候といった例外的な条件下における事故は・・・利用者による注意によりこれを回避することが求められ・・・そのような事故の発生まで防止できる程度の安全性を備えていることが必要であるとは解されない・・・⑤本件事故当日は・・・通常とは異なる悪天候で・・・主たる要因はそのような気象状況下での強風によるものと認められること,⑥丙は・・・枝打ちや木道の補修等の管理行為を行っていたことなどを考慮すれば,本件事故は,例外的な条件下で発生したもので丙による本件木道の管理に不十分な点があったということはできず,本件木道について,通常有すべき安全性を欠いた状態にあったとは認められない

福島地裁会津若松支部判決平成21年3月23日

として、木道は通常有すべき安全性を欠いた状態にあったとは認められないとして、国家賠償法2条1項の瑕疵を否定しました。

更に、

また,丙は,本件木道について,民法717条1項の工作物として設置及び保存を行っていたと認められるものの,上記・・・の検討に照らせば,その設置又は保存に瑕疵があったということはできない

福島地裁会津若松支部判決平成21年3月23日

として、民法717条1項の設置、保存の瑕疵も否定しています。

更に、

・・・上記の検討を踏まえれば,少なくとも,本件木道の管理を行っていた丙の職員に過失があったとは認められず,丙は,同条(注:国家賠償法1条)に基づく責任を負わない

福島地裁会津若松支部判決平成21年3月23日

として、丙の職員の過失を否定し、丙は国家賠償法1条1項の責任も負わないとしています。

このようにして、本件事故に関する丙への損害賠償請求を棄却しています。

乙との関係における瑕疵について

一方、乙との関係における、竹木の支持に関する民法717条2項上の瑕疵の問題について、

倒木落枝等の危険をもともと内包している竹木については・・・通常有すべき安全性の程度は,それが生立する自然的環境及び社会的環境によって異なるものであるから,その支持の瑕疵の有無を判断するに当たっては,当該竹木の生立する自然的及び社会的状況等の諸般の事情を総合考慮して,具体的個別的に判断すべきで①・・・尾瀬地域は・・・事故現場も数万人が通行していると認められ・・・,尾瀬地域は標高1400mを超える亜高山帯に位置し,入山には登山靴等の装備が必需品とされ,本件事故現場は徒歩による最低数時間の旅程を要する場所に位置していること,②本件事故現場付近は特に観光客が休憩等により立ち止まる状況にはないこと,③本件ブナが本件木道から約6mの位置にあり,本件枝が本件木道上にかかっていたとは認められないこと,④尾瀬地域の国有林野については原生的な森林生態系の維持等自然環境の保全が第一として管理され・・・観光客も・・・このような雄大な自然をあるがままの状態で享受することをその目的として訪れ・・・⑤本件事故当日は・・・通常とは異なる悪天候で,本件枝が本件木道に落枝した・・・主たる要因はそのような気象状況下での強風によるものと認められることを総合考慮すれば,本件ブナの支持について,このような悪天候下における事故の発生さえも防止できる程度の安全性を備えることが社会的に期待されていたとまでは認められないというべきで・・・本件ブナの支持について,通常有すべき安全性を欠いた状態にあった,ということはできない。よって,本件ブナについて,その支持に瑕疵があったとは認められない

福島地裁会津若松支部判決平成21年3月23日

として、ブナの支持について、通常有すべき安全性を欠いた状態にあったとはいえないとして、竹木の支持に関する民法717条1項の瑕疵を否定しています。

更に、

・・・上記の検討を踏まえれば,本件ブナの管理を行っていた乙の職員に過失があったとは認められず,被告国は,同条(注:国家賠償法1条)に基づく責任を負わない

福島地裁会津若松支部判決平成21年3月23日

として、乙の職員の過失を否定し、乙の国家賠償法1条1項の責任も否定しています。

このようにして、乙に対する損害賠償請求も棄却しています。

国家賠償法2条1項と1条1項の関係

この事件の裁判において、丙との関係における木道の国家賠償法2条1項上の瑕疵の検討に際しては、
「その瑕疵の存否については,当該営造物の構造,用法,場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に判断すべき」
としています。

一方、乙との関係でブナの支持に関する瑕疵があるかを検討する際には、
「その支持の瑕疵の有無を判断するに当たっては,当該竹木の生立する自然的及び社会的状況等の諸般の事情を総合考慮して,具体的個別的に判断すべき」
としています。

このように、この2つの瑕疵の判断基準としては、
「諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に判断」
という同様な基準を用いています。

その上で、上記の判決文の引用箇所において、瑕疵を否定する事実として摘示している、丙に関する①~③および⑤の認定は、乙に関する④および①、②、⑤の認定とほぼ同じ内容となっています。
丙に関する④及び⑥の事実と、乙に関する③の事実は、木道とブナの各々の形状と管理状態に関する事実であることから、丙と乙の瑕疵・過失の認定に際しては、実質的には同様な検討を加えていると言い得ます。

このことからも、国家賠償法2条1項と民法717条2項の瑕疵は、本件においては同内容のものであることが分かります。

これは、国家賠償法2条1項が民法717条2項の特則的な性質も有することによります。
ただし、国家賠償法2条1項の「公の営造物」には、人工的な手が加えられていない河川、海浜などの自然公物も、公の目的に供されていれば含まれますが、民法717条2項の「土地の工作物」には含まれないといったように、国家賠償法2条1項の方が適用範囲が広いと考えられています。

安全配慮義務違反について

尚、安全配慮義務違反に関しては、

安全配慮義務とは,ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において,当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認められる,その生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務で・・・不法行為責任とは異なり,債務不履行責任類似の責任を生じさせるものであるから・・・当事者間に契約関係又はこれに準ずる法律関係が認められることが必要であると解される(が)・・・故人と被告県又は被告国との間に,何らかの契約関係又はこれに準ずる法律関係があったとは認められない

福島地裁会津若松支部判決平成21年3月23日

として、Bと丙または乙との間に、契約関係またはこれに準ずる法律関係が存在していないことを認定し、乙および丙の双方について、安全配慮義務に基づく損害賠償責任の成立を否定しています。

過失の前提となる注意義務と安全配慮義務は重なる(裁判例によっては、安全配慮義務を注意義務の一内容としているものもあります)ことから、過失責任と安全配慮義務違反に基づく責任とは重なることが多いこととなります。

しかし、後者は債務不履行責任であることから、事故被害者と事故に法的責任を負う者との間に、契約あるいは契約類似の関係が存在しない場合には、安全配慮義務は問題となりません。
その場合、過失に基づく不法行為責任(国家賠償法(主に1条1項)に基づく請求も含みます。)の問題が生じるにすぎません。

ツアー登山におけるリーダーあるいは主催者と参加者の間とは異なり、登山道の管理者と登山者との間においては、契約関係あるいは契約類似の関係が認められることは稀であり、過失責任のみが問題となるケースが多いものと思われます。

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