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ツアー登山事故における法的責任について(その1)

パーティ登山での事故として裁判にまで発展した事故は大きく分けて、(a)商業ツアーでの事故、(b)教育活動での事故、(c)山岳会での事故、(d)その他のパーティに分類することが出来ます。

尚、ここでは、単独行の対義語として、2人以上での登山をパーティ登山と呼び、パーティ登山中の登山事故をパーティ登山事故ということにします。

パーティ登山事故においても、単独登山と同様な事故も生じます。

例えば、パーティ外の第三者の登山者が起こした落石による死傷事故、登山道の梯子、柵等の瑕疵による事故などが考えられます。これらの事故に関しては、単独行とパーティ登山で法的には原則として異なるものではありません。確かに、パーティの同行者(以下単に「同行者」と言います。)にも「危ないよ」と他のパーティの構成員に注意する義務が認められるような例外的な場合には、当該同行者と落石をおこした第三者(ここでは、パーティの構成員以外の者(部外者)を意味することとします。)あるいは梯子、柵等の管理者との間に客観的関連共同を認定し、民法719条により当該同行者と第三者あるいは管理者の双方に共同不法行為による損害賠償責任が生じることは法理論的には考えられます。しかし実際に双方に責任が認定されるのは、かなり例外的な場合に限定されるものと思われます。
ここでは、上記の客観的関連共同が生じる場合を除く、事故の被害者と他のパーティ構成員及びパーティの主催者が別に存在する場合のその主催者(以下単に「主催者」といいます。)との法的関係について触れることとします。

まず、(a)商業ツアーでの事故での裁判について見てみます。

(a)商業ツアーでの事故の裁判としては前回の記事でも触れましたⅰ)2006年白馬岳遭難死事件、ⅱ)残雪の八ヶ岳縦走遭難事件がありますが、この2つの事件では民事裁判上、いずれも被害者の家族の請求が(一部)認容されています。前者はツアー登山を主催・同行したプロの登山ガイドに損害賠償責任が認定され、後者では、同行したツアーリーダー個人とともに主催者団体及び主催者団体でツアー事業を掌握していた個人に対し損害賠償責任が認定されています(尚、主催者団体の代表者個人への請求は棄却されています。)。

一方、トレッキングツアーではありますが、ⅺ)平成27年10月31日に尾白川渓谷の渓谷道からツアー客が滑落し死亡した事故で、遺族がツアーの企画団体に対し安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求を求め訴訟を提起した事件において、地裁は請求を棄却しています。ⅻ)平成25年1月に募集ツアーに参加しアコンカグアで負傷したツアー参加者がツアーを企画し同行した山岳ガイドに対し安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求をおこなった事件で地裁は請求を棄却しています。

この4つの事件のツアーの位置づけですが、ⅰ)及びⅱ)は、一定程度登山経験があり、ある程度体力のある者向けの登山ツアーであり、ⅻ)に関しては相当高度な登山技術を有する者向けのツアーということになろうかと思われます。一方、ⅺ)は、登山経験のない者でも参加できる軽いトレッキングツアーという位置づけになろうかと思われます。
そして、主催者の性質という点では、ⅱ)とⅺ)は団体が主催者、ⅰ)とⅻ)は個人主催となっています。

まず、これらの事件の中で損害賠償請求権の存否の検討が比較的容易なⅱ)の事件から見てみます。

この事件は、静岡県の団体が主催し30名程度が参加した昭和48年4月末の残雪期の八ヶ岳を麦草峠から編笠岳を経て小淵沢へ縦走するツアー(前日車中泊、赤岳石室(現:赤岳展望荘)1泊予定)において、4月29日の午後に横岳稜線付近で20歳代の方が登山道から滑落あるいは転落して死亡したものです。
硫黄岳方面から赤岳方面へ向かう途中、横岳の主峰を超え鉾岳の手前の稜線から行者小屋側(茅野側)へ鎖を使って下降した後、水平にトラバースする積雪のある登山道から被害者が滑落あるいは転落したものですが、被害者はアイゼンを装着しておりませんでした。この年は、例年に比べ積雪が多く、滑落による死亡等の遭難事故が多発していたことから、県警本部を含む長野県の各団体より警告が出ているような状態でした。

季節を問わず八ヶ岳を縦走したことのある方であればお判りになるかと思いますが、車中泊明けで麦草峠から赤岳展望荘まで1日で縦走するのは結構大変です。特にゴールデンウイーク初めは麦草峠~高見石~中山峠及び夏沢峠手前の樹林帯に残雪のある可能性は高く、残雪の踏み抜きがあれば更に体力・気力が奪われますし、根石岳付近及び硫黄岳~横岳は風が強いのが常態です。

この事件においても、参加者に疲れが見え、硫黄岳石室(現:硫黄岳山荘)で宿泊しようという話が出ていたようです。

計画上、事件の翌日、地蔵の頭近くの赤岳石室から赤岳山頂を超えてキレット~権現岳~編笠山を経て小淵沢へ下山することとなっており、時期的に考えても当該ツアーは相当程度の体力のある経験者向けのものと言えます。

このように、参加者の登山レベルから見た日程的な問題もありますが、この事件で最も問題だと思われるのは、参加者の多くがアイゼンを持参していなかったという点です。
被害者は一応アイゼンを持参はしていましたが、未装着のままで死亡しています(尚、当時も稜線からトラバースの登山道へ下降する岩場には鎖が張られていたようですが、事件現場であるトラバース箇所には鎖、ロープは張られておらず、主催者もロープを出しておりませんでした。)。尚、被害者が持参していたアイゼンも4本爪の軽アイゼンであり、残雪期に計画されたルートを縦走するにふさわしいものとは言い難いものでした。
翌日も赤岳をキレット方向へいく計画となっていたことから、多くの参加者は赤岳~竜頭峰付近もアイゼン未装着で通過する予定となっていたこととなります。
このような、登山計画を立てながら、主催者の職員であるツアーリーダーは、参加者からの事前の問合せに対し、ピッケル・アイゼンは不要と回答しています。
勿論、昭和48年の登山装備及び技術事情と今日のそれとを同視することは出来ませんが、雪の多い年のゴールデンウイーク初めにアイゼン未装着でピッケルもなしに横岳及び赤岳のトラバースルートを通過するのは相当な危険があることは確かです(今日では、一般の登山者でアイゼンを持参せずに当該時期に当該ルートを通過する登山者は大変稀だと思われます。)。

このように事前のツアー計画にも相当な問題があったこともあり、当日の具体的な行為と考え併せ、ツアーリーダーを務めた主催者の職員に過失が認定されています。少し長くなりますが、判決文の過失認定箇所を引用します。尚、判決引用部分の甲は主催者団体、乙は甲の職員であるツアーリーダー、Aは被害者となっています。

参加者を募集して残雪期に標高二九〇〇メートルに近い八ケ岳登山を企画、実施する者としては、参加者らの装備、技術、経験及び体力等に相応した登山コースを選択し、日程を組まなければならないことは当然のことである。しかしながら、以上に認定した本件登山のコース、日程、参加方法等をみると、本件登山は右のような点を検討して企画されたものであるとはいえないのであつて、参加者らが相応の装備、技術、経験及び体力等をもつ者であれば格別、これらの劣る者が参加するときは、前記春山情報の指摘にあるような残雪期の登山に伴う滑落等の遭難事故が発生する蓋然性の高い企画内容であつたといえる。本件登山は・・・甲が主催し、参加者が・・・登山コース、日程等を承知したうえ自主的に参加した登山であるとしても、その参加者は広く・・・法人又は個人事業所の従業員や一般個人であつて、当然には一定水準の登山技術、経験及び体力や必要な装備等をもつ者が参加すると期待できないのであるから、被告甲は本件登山を企画、実施するに際して責任のある相当の登山経験、技術を具えた者にこれを担当させるべきであり、その担当者は参加申込者に対し右装備、技術、経験及び体力等の有無を審査し、不適当な者の参加を拒絶するとともに、参加を許した者に対し登山計画の具体的内容及び八ケ岳の状況等を説明し、必要な指示、助言を与えるなどして十分な登山準備をさせたうえ、登山中の参加者らの状態、動静を十分掌握できる体制を作り、山の気象状況にも留意し、慎重に登山を実施すべきである。更に登山中リーダー等は装備、技術、経験及び体力等の劣る参加者の動静に関心を払い、特に危険箇所を通過する際にはその者の動静を十分注視し、かつ同人が危険の意識を欠くときには注意を喚起し、安全な通過方法を指示し、場合によつては助勢する等適切な措置をとつて、参加者の安全を確保する注意義務があるものといわねばならない。

と注意義務の内容を明らかにした上で、

しかるに、被告乙は、前記のとおり参加者の装備、技術、経験及び体力等を検討せずに本件登山を企画し、本件登山が滑落等遭難事故の発生する蓋然性の高い企画内容であつたにもかかわらず、装備の点で明らかに不適当な者一名の参加を拒否したものの、Aを含め装備、技術、経験及び体力等の劣る者を相当数本件登山に参加させ、また参加者らに対し登山計画の具体的内容を説明しなかつたし、必要な指示助言を与えなかつた。そのため、被告乙は参加者らに対し装備、心構え等の点につき十分な登山準備をさせることなく本件登山を実施し、また登山中の参加者らの状態、動静を十分掌握できる体制を作らず、参加者らにとつて多少ともコース、日程に無理のある本件登山を強行して本件事故直前頃はAを含む参加者に相当疲労した者が出てきたのにその認識を欠き、本件事故現場の道を渡り切つた附近で順次鎖場を約三、四〇メートル下降したうえ本件事故現場を通過して来る参加者らを待つていただけで、Aが同様にして鎖場を下降し、眼鏡をはずしたまま前記のように危険箇所である本件事故現場を通過しようとしたにもかかわらず、同所を通過し終つた者に気をとられAの動静を注視していなかつたため、Aに対し注意を喚起したり、安全な通過方法を指示することができず、同女に対する安全確保の義務を怠り、よつて、Aをして本件事故現場を通過中前記のとおり滑落させ死亡するに至らしめたものというべきである。

と具体的な注意義務違反行為及び因果関係を認定した上で、

したがつて、被告乙は原告に対し、民法七〇九条に基づき、本件事故により生じた損害を賠償する義務がある。

と原告の乙に対する不法行為に基づく損害賠償請求を認容しています。

ここで、判例の引用部分で乙の注意義務及びそれに違反する行為(注意義務違反行為)を相当程度具体的に示している点に留意していただきたいと思います。
別の記事でも触れる予定ですが、平成12年3月の文科省登山研修所冬山研修会での大日岳雪崩遭難事故の裁判においても注意義務及び注意義務違反行為を相当具体的に認定しています。

ところで、法的な観点を捨象してⅱ)の事件を俯瞰してみますと、ある程度登山経験のある方であれば、このツアーは、参加者の属性、行程、装備等から問題が多いとの印象を持つものと思われます。
しかし、その「問題が多い」という漠然とした印象から過失の認定を直ぐに導きだすことはできません。

不法行為責任を定める民法709条の「過失」のような法律要件(法律の条文で定められた一定の法律効果(ここでいえば損害賠償請求権の成立)を導くために要求される前提条件)は、実際に発生した事実ではなく、発生した事実に対し一定の評価を下した規範的要件と言われています。そこで訴訟上、裁判所に過失を認定してもらうためには、単に「被告には『過失』があった」と主張するだけでは足らず、具体的な過失行為を特定し、その具体的な過失行為を裁判上主張、立証していく必要があります。その過失行為の主張としては、具体的に当該事件において被告に求められる注意義務を措定し、その注意義務に違反する行為を特定します。

ⅱ)の事件においても、原告は、乙にいかなる注意義務が存在し、その注意義務に反する行為を乙がおこなったかを漠然とではなく、具体的に訴訟上主張しています。

ここで、問題となるのは、訴訟では、具体的な注意義務違反行為のみならず、当該事件における具体的な注意義務の存在に争いが生じ得るということです。

過失の存在に争いがある場合、訴訟上では(a)法的に具体的な注意義務が存在するか(存在したか)、(b)(a)の具体的注意義務に反する(作為)行為あるいは不作為行為(行為をしないということが「不作為(行為)」とされます。たとえば、信号無視で交通事故が生じた場合、信号を確認する行為をしないことが不作為行為となり得ます。)の存否の2点で争いが生じ得ます。
勿論、(b)の作為行為、不作為行為は(a)の法的な注意義務に反する行為のことですから、一定の法的評価を含むこととなり(例えば、求められる救護行為の不作為(行為)が救護義務違反となることから、救護義務違反に該当する不作為行為は求められる救護行為の範囲により画されることとなります。そして、どこまでの救護が求められているかは一定の法的観点に依拠していることから、結局、救護義務違反の不作為行為は一定の法的評価を含むこととなります。)、具体的行為が法的に注意義務違反行為に該当するかについて争いは生じ得ます。しかし、(b)注意義務違反行為に該当するかという争いは、法的には作為義務では生じますが、不作為行為ではあまり問題になりません。何故なら、不作為行為としての注意義務違反行為は、注意義務が課せられた行為をおこなわなかったことなので、当該行為を行ったか否かという事実の争いは生じても、法的な問題にはあまりならないからです。勿論、ある程度義務行為をおこなったが、求められる注意義務の程度に至っていなかったと評価されるかについて争いが生じることもあり得ます。しかし、その場合、注意義務の解釈の問題として(a)の問題として処理されることが多いと思われます。
ツアー登山事故の裁判では主にツアーリーダー及びその他の参加者が求められる何らかの行為を行わなかった不作為行為が問題となり、義務行為をおこなったかという問題はあまり生じ得ないことから、結局、裁判では、(a)法的に具体的な注意義務が存在するかが主に争われることとなります。

ⅱ)の事件においても、原告の、

被告乙は、本件事故現場が前記のように危険な場所であつたのであるから、Aを含む参加者らがそこを通過するに際して同所に滑落防止のためのザイルを張るとか、アイゼンを持参していたAに対しその着装等を指示し、その他適切な注意、指導を与えるなどして同所を安全に通過させるべき注意義務があるにもかかわらず、Aに対し右のような安全確保のための措置を怠つた過失がある。

との具体的な主張に対し、被告らは、

本件事故現場の道はほぼ水平であり、湿つた雪で覆われ、路面は積雪を踏み固めた状態であつたが、特に滑り易い場所ではなかつた。したがつて、同所の通過にアイゼンの着装は必要なく、通常の登山技術を有する者であれば無事通過しうる場所であつた。

と主張して、原告の主張する注意義務の存在について争っています。

裁判では、原告が具体的な注意義務の存在について主張、立証する必要があります。しかし、ツアー登山の場合、主催者側の方が、登山に関する知見が豊富な場合が多く、原告の立証は困難を伴うことも考えられます。

この問題は、登山事故のみならず、その他の損害賠償請求事件においても同様です。

それでは、具体的な注意義務の存在について争いがある場合(原告も当該注意義務の存在を認めていれば原則として立証の必要はありません。)どのように立証していけば良いのでしょうか。

まず、証拠には、大きく分けて人証と書証があり、人証は主に証人尋問の形で裁判の場に顕出されることとなります(実際には証人尋問に先行して、証人の証言内容を陳述書という書面にまとめて提出し、証人尋問の場では、その陳述書を基に証人尋問がおこなわれます。)。この人証を立証の柱とする場合、証人の人選が証拠力、裁判官の心象形成に大きくかかわってくることは否定できません。
しかし、この人選も要証事実である当該事件における注意義務の内容の立証に誰が最も適切かという観点から考えることとなります。
例えば、ⅱ)の事件でラインホルト・メスナーを証人として招聘しても(無論時代が違いますが、その点はさておき、)あまり適切とは思われません。そもそもメスナーは八ヶ岳の事件現場の状況を知らないでしょうし、ⅱ)の事件のツアー参加者の技術水準を知悉しているか分かりません。当該地域の地形及び登山事故状況に造詣の深い山小屋関係者、山岳救助関係者等の方が証人としては適切かと思われます。

しかし、実際には、このような人証に先行して、各種の書証を提出することとなります。
書証としては、ツアー及びその参加者のレベルの者が参考にするであろう登山書及び登山関係団体が公開している情報(今日ではホームページの記事)を中心に提出することを検討していきます。

実際に、ⅱ)の判決でも、

長野県山岳遭難防止対策協会、同県教育委員会及び同県警察本部発行の昭和五三年春山情報には、春山登山でも天候が悪化すれば冬山と同様であり、登山の装備、日程、心構えは厳冬期登山と同じようにすること及び春山遭難の一番の原因は雪上スリツプであつて、雪上における基本的な技術、特にピツケル、アイゼン等の正しい使用方法を身につけることが事故防止の第一歩であることを指摘し、八ケ岳連峰の状況については、積雪が一ないし1.5メートル、殊に沢筋では二、三メートルもあり、雪上スリツプを起し易い危険箇所として横岳の稜線、赤岳石室から地蔵尾根に至るコース及び文三郎新道を挙げており、市販の八ケ岳ガイドブツクにもほぼ同趣旨の記事が掲載されている。

と判決書でもそれらの書証を過失認定に際し引用しています。

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