国家賠償法1項1条は、国、公共団体に対し損害賠償請求をおこなうとき、2条1項とともに用いられます。
ここでは、国家賠償法1条1項の条文をみながら、その意義、法的性質、2条との関係、要件などについて解説します。
目次
国家賠償法1条1項について
国家賠償法の基本的な位置づけ
戦前は、国家無答責の原理により、国は損害賠償義務を負わなかったとよくいわれます。
しかし、戦前においても、国家の一定の活動に関しては、民法の不法行為に関する条文の適用が排除されていないとも考えられており、大審院の判決でも、土地工作物責任に関する民法717条の適用を認めた判例があります(大判大正5年6月1日参照)。
しかし、国家の行為として損害賠償請求の対象となり得たのは、非権力的な行為に限られ、権力的な行為は国家無答責の原則から認められないとされていました。
したがって、権力的な行為に関しては、戦後、日本国憲法17条をうけて制定された国家賠償法により、はじめて損害賠償請求が可能となったといえます。
国家賠償法1条と2条について
- 国家賠償法1条は、公権力の行使の際の公務員の故意、過失により損害を受けた人に対する
- 同法2条は、建物、道路などの公の営造物に何らかの瑕疵があり、その瑕疵により損害を被った人に対する
国、公共団体の損害賠償責任について規定しています。
民法との関係からしますと、
- 国家賠償法1条は民法709条および715条
- 国家賠償法2条は民法717条
と類似したものであるといわれますが、相違点も存在しています。
ところで、国が所有、管理する建物の管理状態が悪く、階段の木造の床が抜け、利用者が負傷した場合、負傷した人は、国に対し、国家賠償法2条に基づき損害賠償をおこなうことを検討していくこととなります。
しかし、床が抜けたのが、国の建物管理を担当する公務員の管理上の過失によるものであると考えると、同法1条による請求も検討しうることとなります。
このように、国家賠償法1条と2条の保護範囲には一定の重なりはあります。
その点では、1項は公務員の故意、過失という主観面、2項は公の営造物の瑕疵という客観面から損害賠償義務を定めたものともいいえます。
尚、2条は無過失責任ともいわれており(ただし、一定の場合、予見可能性、回避可能性などが問題となりえます。この点につきましては、下記の記事で解説しています。)、1条と2条の立証の容易さには差異があります。
国家賠償法1条について
国家賠償法1条は、
第一条 国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。
国家賠償法1条
② 前項の場合において、公務員に故意又は重大な過失があつたときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償権を有する。
と規定しています。
同条1項は、損害賠償請求権に関する規定、2項は1項に基づき国または公共団体が損害賠償をおこなったときの、公務員への求償権について規定した条文となっています。
ここでは、主に1項について扱うこととし、とくに断りのない限り、国家賠償法1条とは、国家賠償法1条1項を意味するものとします。
この国家賠償法1条1項により、公務員(個人)の故意、過失に関し、国あるいは公共団体が責任を負うことについては、
- 代位責任説
- 自己責任説
があり、同条2項の公務員への求償規定の存在などを根拠とする代位責任説が有力であると考えられてきました。
この点に関しましては、下記の記事でも解説しています。
国家賠償法1条1項について
国家賠償法1条1項の条文は、上記のとおりで、その成立要件は、
- 原告に法律上保護される権利、利益が存在すること
- 国または公共団体の公権力の行使にあたる公務員により原告の権利、利益が侵害されたこと
- 2の行為が公務員の職務をおこなうについてなされたこと
- 2の行為が違法であること
- 行為をおこなった公務員に故意、過失が認められること
- 損害が発生したこと
- 2の行為と損害の間の因果関係が認められること
とされています。
上記の要件のうち、1、5、6および7に関しては、民法709条などの不法行為責任の条文とほぼ同様であることから、ここでは、主に2~4について、解説をくわえることとします。
国または公共団体の公権力の行使にあたる公務員により原告の権利、利益が侵害されたこと
国または公共団体について
同項の「国」には、行政機関のほか、立法機関、司法機関も含まれ、国会あるいは裁判所に関しても国家賠償法1条の適用はあります。
また、「公共団体」には、地方公共団体のほか、下記の記事で扱っていますように国立大学法人のような特殊法人も含まれます。
公権力の行使について
一般的には行政活動は、
- 権力的行政作用
- 非権力的行政作用
- 私経済的作用
に分類されます。
そして、「公権力の行使」の範囲に関する学説としては、
- 上記1のみを範囲とする狭義説
- 上記1および2を範囲とする広義説
などがありますが、多くの判例では、広義説が採用されているといわれますが、狭義説を採用しているとされる判例も存在するといわれています。
公務員について
国家賠償法1条1項の「公務員」とは、正規の公務員のみではなく、「公権力の行使」をおこなう者を広く含むとされています。
公務員の職務をおこなうについてなされたこと
公務員に関しては、上記のように公権力の行使をおこなうものを広く意味します。
「職務をおこなう」について
この要件は、公務関連性の要件ともいわれていますが、これには、公務遂行行為そのもののほか、それに付随する行為も含まれるとされています。
また、民法715条の「その事業の執行について」と同様に、外観法理が適用されると考えられており、公務の外形を有する行為も含まれると考えられています。
この点につきましては、最判昭和31年11月30日において、
同条(注:国家賠償法1条)は公務員が主観的に権限行使の意思をもつてする場合にかぎらず自己の利をはかる意図をもつてする場合でも、客観的に職務執行の外形をそなえる行為をしてこれによつて、他人に損害を加えた場合には、国又は公共団体に損害賠償の責を負わしめて、ひろく国民の権益を擁護することをもつて、その立法の趣旨とするものと解すべき
最判昭和31年11月30日
と判示されています。
行為が「違法」であること
不法行為責任が成立するには、客観的な「違法性」と主観的な「故意、過失」が必要とされていますが、ここで扱う「違法」は、不法行為責任の客観的な成立要件ということになります。
同条の「違法」に関しては、結果不法説、行為不法説など諸説がありますが、近時では、判例は、行為不法説を前提として、職務上尽くすべき注意義務を尽くしていたかにより違法性を判断する職務行為基準説を採用しているとされています。
この点につきましては、最判平成5年3月11日において、
税務署長のする所得税の更正は、所得金額を過大に認定していたとしても、そのことから直ちに国家賠償法一条一項にいう違法があったとの評価を受けるものではなく、税務署長が資料を収集し、これに基づき課税要件事実を認定、判断する上において、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と更正をしたと認め得るような事情がある場合に限り、右の評価を受けるものと解するのが相当である。
最判平成5年3月11日
と判示されています。
尚、違法性に関しては、行政の不作為行為が薬害、公害訴訟などにおいて争点となるケースがあります。
この行政の不作為行為の違法性に関しましては、下記の記事で解説しています。