相続

形見分けと相続放棄および形見分けを受ける期待権

形見分けの問題

AさんとBさんの形見分けに関するトラブル

故人の所有していた動産を形見分けとして近親者間で分けることがあります。
この形見分けは、相続との関係でどのように考えれば良いのでしょうか。

Aさんは、25年位前に父親が2万円程度で購入し、その後愛用し、使い込んでいた一般縦走用のピッケルを1本(特にプレミアムの付くようなものではない)を通夜に形見分けとして持ち帰り、その後、相続放棄しました。そうしたところ、ピッケルを持ち帰った行為は単純承認に該当するとして、父親の債権者から、父親の借金を返済するよう求められています。

Bさんは、同居していた母親が亡くなった後に、母親が残した古い服を処分したところ、妹から形見分けを受ける期待権を侵害されたとして慰謝料の請求を受けています。

AさんとBさんはそれぞれ、返済金の支払い、または慰謝料の支払いをしなければならないのでしょうか。

問題の所在

Aさんの場合は、形見分けが単純承認になるのかが問題となり、Bさんの場合は、妹の形見分けへの期待が法的に保護されるものなのかが問題となりそうです。

形見分けと相続放棄および単純承認

形見分けと単純承認

まず、形見分けが単純承認になるのかの問題ですが、単純承認に関しては、民法921条1号に、

第九百二十一条 次に掲げる場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなす。

一 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし、保存行為及び第六百二条に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない。

民法921条1号

と規定されていることから、Aさんの形見分けが、上記の「処分」に該当すれば、Aさんは単純承認をしていたこととなります。そして、単純承認していたとされますと、民法920条において、

第九百二十条 相続人は、単純承認をしたときは、無限に被相続人の権利義務を承継する

民法920条

と規定されていますので、形見分けした時点で被相続人である父親の借金を含むすべての権利義務を引き継いだこととなりますので、その後の相続放棄の申述は効果が生じないこととなります。父親の債権者は、このような理屈で貸金の返済を求めてきているものと考えられます。

裁判例

形見分けと単純承認に関しましては、東京高決昭和37年7月19日において、

・・・相手方・・・がその元使用人に与えたのは既に交換価値を失う程度に着古したボロの上着とズボン各一着であつたというのである・・・右古着は使用に堪えないものではないにしても、もはや交換価値はないものというべきであり、その経済的価値は皆無といえないにしても、いわゆる一般的経済価格あるものの処分とはいえないから、前記規定の趣旨に照らせばかようなものの処分をもつてはいまだ単純承認とみなされるという効果を与えるに足りないと解するのが相当

東京高決昭和37年7月19日

としています。
また、東京地判平成21年9月30日において、

民法921条1号の規定にいう「処分」とは,一般的経済価額のある相続財産の法律上又は事実上の現状・性質を変ずる行為のことであり,一般的経済価額のない物の廃棄はもとより,経済的に重要性を欠く形見分けのような行為は,同号の「処分」には当たらないと解するのが相当である。

東京地判平成21年9月30日

と判示しています。
このように、「形見分け」とは、高い経済的価値を有するものではないものを分ける「経済的に重要性を欠く」ような行為と考えられています。このように経済的重要性を欠く行為であることから、民法921条1号の「処分」に該当しないと考えることが出来ると言い得ます。
この2つの裁判例からしますと、経済的価値の高いものを「形見分け」と称して相続人が持ち出した場合、そのような行為は、形見分けが民法921条1号の「処分」に該当しないとされる前提を欠くように考えられます。
この点につきましては、相続放棄の申述の後に「形見分けと」称される行為がなされ、その行為が民法921条3号の「隠匿」に該当し、単純承認が認められるのではないかということが問題となった、被相続人の残した毛皮のコート、カシミアコート、靴、絨毯等の一定の経済的瑕疵のあるもののほぼ全てを相続人が持ち帰ったという事案(東京地判平成12年3月21日)において、

被控訴人が・・・二度にわたって持ち帰った・・・遺品は、一定の財産的価値を有していたと認めることができる・・・遺品のほとんどすべてを持ち帰っているのであるから・・・その持ち帰りの遺品の範囲と量からすると、客観的にみて、いわゆる形見分けを超えるものといわざるを得ない

東京地判平成12年3月21日

と裁判所は判断し、相続人の持出行為を単純承認と認定しています。

形見分けの範囲と単純承認について

これらの裁判例から分かりますように、一般的には、形見分けは民法921条1号の「処分」に該当せず、形見分けの行為から単純承認が認定されるものではありません。しかし、一定の財産的価値があるものを「形見分け」と称して持ち出した場合、法的には「形見分け」には該当しないとされ、単純承認が認定されるおそれがあります。
そこで、被相続人が債務を負っており、相続放棄を検討せざるを得ないような状況で形見分けをする場合には、その行為から単純承認が認定されないかを十分に検討する必要があります。

形見分けを受ける期待権

次に、近親者の形見分けに対する期待権が争点のひとつとなった裁判(東京地判平成28年8月9日)をみてみます。
この裁判では、請求のひとつとして、相続人のひとりが、被相続人の所有していた和服等の動産一切を被相続人の生前に被相続人に無断で処分したことが、同じく相続人である原告らの形見分けの機会という法的に保護されるべき利益を侵害する不法行為であるとして慰謝料請求をしています。
判決では、この点について、

・・・形見分けは我が国において慣習上広く行われているものであるものの,形見分けを受ける期待権が法的に保護される利益であるとは認められないから,被告の行為により原告らが形見分けを受ける機会を失ったとしても,これにつき不法行為が成立するとは認められない

東京地判平成28年8月9日

と判断しています。
この裁判は、被相続人の生前に被相続人の動産を処分した事案で、相続開始後に被相続人の動産を処分したものではありません。
しかし、判決において、「形見分けを受ける期待権が法的に保護される利益であるとは認められない」としていることからしますと、相続開始後に被相続人の動産を処分した場合も同様に形見分けを受けることへの期待権は法的に保護されるものではないと考えられます。

AさんとBさんの場合

これらのことからしますと、Aさんが貰ったピッケルは25年前に25000円で購入された使い込まれたもので経済的価値の高いものではないと考えられます。したがいまして、Aさんがピッケルを貰った行為は「形見分け」であり、民法921条1号の「処分」に該当せず、単純承認が認定されるものではないと考えられます。したがいまして、Aさんは、相続放棄の効果として、父親の借金の返済をする義務を負うものではないと考えられます。

一方、妹の形見分けを受けることへの期待権は法的に保護されるものではないことから、Bさんは、妹に対し慰謝料を支払う義務はないと考えられます。

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