ツアー募集会社の参加者への旅行実施可能性に関する情報収集、提供義務

※作成時の法律、判例に基づく記事であり、作成後の法改正、判例変更等は反映しておりません。

問題の所在

海外のツアーに参加したところ、出発前に現地で地震が発生しており、それを知らずに目的国入りしたものの、目的地までたどり着くことができずに、帰国せざるを得なくなった場合、ツアーの募集をおこなった会社は何らかの責任を負うのでしょうか。

ツアー募集会社の情報収集・提供の裁判例

このような事案の裁判としては、大阪地判平成31年3月26日があります。

事案の概要

この裁判の事案は、歩くことなくヒマラヤ山脈の8000mを超える山の展望を楽しめることがセールスポイントとなっていた、「歩かずに行く 8000m峰五座大展望」という募集型企画旅行契約(以下「旅行契約」といいます。)を、当該ツアーの募集会社(以下「旅行会社」といいます。)との間で締結した人たち(以下「Aら」といいます。)が、出発予定日の4日前に目的地近くで発生した大地震(以下この地震を「大地震」といいます。)により、主目的であったヒマラヤの山を見ることが困難となったことを、日本から出国後に告げられ、ツアーの途中で諦め帰国したというものです。

大地震が旅行に及ぼす影響について、ツアー担当者が十分な情報を収集せず、出発前にツアー客に対して情報提供をおこなわなかったとして、Aらは、使用者責任、および旅行契約上の債務不履行に基づき、旅行会社に対し、損害賠償を求め、提訴したのがこの裁判となっています。

裁判で争点となった2つの情報収集、提供義務

この裁判において、Aらは、大地震に関する情報収集、提供義務について、次の2つの構成を主張しています。

ひとつは、①このツアーの旅行契約では、天災地変等でツアーの安全・円滑な実施が不可能、あるいはそのおそれが極めて大きくなった場合には、旅行開始前に取消料を支払うことなく旅行契約を解除できるものとされていたことから、その解除権の行使の検討に必要な情報を収集・提供する義務が、ツアーの担当者および旅行会社にはあったにもかかわらず、その義務を怠った点に、会社の使用者責任あるいは債務不履行責任が成立するとするものです。

もうひとつは、②旅行契約では、(①の取消料が発生しない契約解除とは別に、)所定の取消料を支払って旅行契約を解除することができることとなっていたことから、旅行会社は、旅行計画に基づく旅程の遂行を依頼された専門家ということもあり、ツアー参加者が旅行契約の解除の検討等をおこなうために、ツアーの安全性や中断の可能性についての問い合わせを、ツアー参加者がしてきたときには、準委任契約上の善管注意義務に基づき、正確な情報の収集・提供を行う義務を負っていたといえるにもかかわらず、その義務を怠ったという点に、会社の使用者責任あるいは債務不履行責任が成立するとするものです。

裁判所の情報収集・提供義務に関する判断

裁判所は、まず、上記①の主張に関しては、

・・・本件旅行の出発前の時点では,「旅行の安全かつ円滑な実施が不可能又は不可能となるおそれが極めて大きい」といえる客観的な状況にあったとは認められず・・・本件約款16条2項3号(注:上記①の取消料のかからない契約解除を定めた条項のこと)による解除権行使が可能な客観的状況にあったとするその前提が認められないから,その余について判断するまでもなく理由がない

大阪地判平成31年3月26日

として、旅行出発前の時点で、解除権行使が可能な客観的状況になかったとして、その主張を退けています。

一方、②の主張に関しては、

募集型旅行契約は,旅行者が所定の旅行日程に従って,運送,宿泊その他の旅行サービスの提供を受けることを目的とするもので・・・旅行会社は・・・旅行者に・・・旅行サービスを手配し,旅程を管理する債務を主たる債務として負って・・・旅行者は,安全かつ円滑に旅程が実施されることを前提とし,それを期待しているといえ・・・旅行は,その性質上,旅程先に天災地変,戦乱,暴動,運送・宿泊機関等の旅行サービス提供の中止,官公署の命令その他の事由が生じることによって,旅程の実現自体が困難になったり,その安全かつ円滑な実施に支障を来したりすることで,旅行自体の中止,旅程先や旅程内容の変更,それに伴う旅行参加の中止(解除)といった事態が少なからず生じるもので・・・本件約款では,①旅行の安全かつ円滑な実施が不可能か不可能となるおそれが極めて大きいという要件を満たす場合には,取消料なしで旅行契約の解除ができるとし,②そうでない場合でも旅行者が所定の手数料を負担すれば,旅行契約の解除ができるとしている・・・そうすると,旅行の安全かつ円滑な実施の可否に関わる情報は,旅行者にとって,旅行に参加するか解除するかに関わる基本的かつ不可欠の情報であるところ,旅行会社は,旅行に関する専門業者として高い情報収集力を有するのが通常であり,旅行会社と旅行契約を締結する旅行参加者は,旅行会社に適時適切な情報の収集と提供を期待しているといえ・・・以上のような約款内容を含む旅行契約の趣旨・内容,旅行会社の地位・能力に鑑みれば,旅行会社は,旅行者に対し,旅行サービスの手配及び旅程管理という旅行契約上の主たる債務に付随する義務として,旅行の安全かつ円滑な実施の可否に関する情報について,適時適切にこれを収集・提供する義務を負うものと解するのが相当

大阪地判平成31年3月26日

と、ツアー参加者に対する情報収集、提供義務を旅行会社が負っていることを認定しています。

その上で、当該事案における具体的な情報収集・提供義務の内容を、

  • 旅行の安全面の情報
  • 円滑実施のための情報

について別々に検討しています。

まず、裁判所は、旅行の安全面の情報に関し、

・・・本件旅程地には,本件旅行の安全な実施に支障を来すような客観的状況が生じていたとは認められないから,安全面に関する情報の収集・提供としては,被告が行ったように・・・を通じて旅程地のホテルや施設に電話で確認したり,・・・社に対してメールで確認したりして,ホテル,施設及び道路の安全に関する情報を収集し・・・原告らに対し,「旅程地のホテル,道路とも問題なく,土砂崩れで通行できない道路があるが,今回は通行しないので,予定どおりツアーは実施する」旨を告げたことをもって足りるというべきであって,被告にはそれを超える情報の収集・提供義務があったとはいえない

大阪地判平成31年3月26日

として、旅行会社の旅行の安全面の情報収取、提供義務に関しては、懈怠は認められないとしています。

次に、旅行の円滑実施のための情報に関し、

・・・旅行の「円滑」な実施の可否に関する情報は,その「安全」に関するそれとともに,旅行者にとって基本的かつ不可欠な関心事であるといえ・・・本件旅程のうち,主たる目的である五座の観光のためには,国道318号線の円滑な通行が必須で・・・26日の規制は,国道・・・号線の交通規制を行うもので,その終期が明らかでなかったから,本件旅行の円滑な実施に少なくとも一定の場合によっては重大な支障を生じさせる可能性のあるものであったというべきで・・・旅行に参加する原告らにとって重要な情報であったといえる。・・・本件旅行が実現不能となった原因は,26日の規制が継続したことにあったところ,かかる交通規制は,本件旅行出発前の4月26日の時点で,既に・・・政府のホームページ上に掲載され・・・日本からも特に支障なく閲覧可能で・・・被告が・・・旅行の安全の側面だけでなく,円滑の側面すなわち交通規制があり得るとの側面をも念頭に置きつつ,現地に確認したりインターネットで情報を検索したりすれば,4月26日か翌27日頃には,26日の規制についての情報を入手できたものと認められ・・・4月29日9時の本件旅行の出発までの間に,26日の規制が発出されているとの情報を入手し,これを原告らに提供することが可能であったといえ・・・これを収集・提供する義務を原告らに対して負っていた・・・がその情報を収集・提供しなかったことは当事者間に争いがないから,被告には上記義務違反があった

大阪地判平成31年3月26日

として、②の情報収集・提供義務違反を認定しています。

ここでは、旅行の継続が不可能となったのは、大地震により発出された4月26日の交通規制が継続されていたことが原因となっているが、その交通規制の実施は、旅行出発前にはインターネットで確認することが可能であったとして、旅行の円滑実施のための情報(ここでは、4月26日に大地震により交通規制が発出されていたこと)の情報収集、提供義務違反が認定できるとしています。

旅行者の損害について

そして、Aらの損害としては、上記の26日の国道の通行規制の情報の提供があれば、Aらは旅行代金の半額の取消料を負担して本件旅行契約を解除していたと考えられるから、返金されたはずの本件旅行代金の半額の損害を被ったことになるとしています。

慰謝料について

次に、慰謝料に関しては、

・・・原告らは,被告の争点2の義務違反がなければ,本件旅行の出発前に・・・本件旅行契約を解除していたと考えられ・・・被告の上記義務違反により解除権を行使できなかった結果,本件旅行に出発したものの4日目に帰国することとなり,その間,五座を眺望することができず,本件旅行の目的が達成できなかったのみならず,出国から帰国までの4日間を無駄に過ごすことになったといえ・・・原告らは・・・旅行代金の半額の返還を受けることでは填補されない不利益を被ったといえ・・・被告は慰謝料支払義務を負うべき・・・もっとも,本件では,大地震という稀有な事態における情報収集が問題となっていて,通常業務とは異なる注意義務の履行を求めるものであること,26日の規制を発出したのが災害救助処置前線指揮部という臨時に設置された機関であったこと,地震発生から旅行の出発まで実質3日半しかなかったこと,現地の旅行会社も26日の規制を認識していなかった可能性が高いことなど,被告の義務の履行を難しくさせる一定の事情があったことも否定できない・・・各事情その他諸般の事情を考慮すれば,慰謝料額は,原告らにつき各2万円が相当である

大阪地判平成31年3月26日

とひとり2万円の慰謝料を認めています。

弁護士費用について

更に、弁護士費用に関しては、債務不履行に基づく損害賠償請求においては,弁護士費用は原則として損害に含まれないとされていますが(大審院判決大正4年5月19日、最判昭和48年10月11日)、この事案では、原告が主張立証すべき事実が不法行為に基づく損害賠償請求の場合とほとんど変わらないことを理由として、各々3万円の弁護士費用を損害として認めています。

裁判例の考察

この判決の趣旨は、天災地変の影響を受けやすい、トレッキングツアーにおいても妥当するものと考えられます。

ただし、国内のトレッキングツアーでは、ツアー客も比較的容易に現地情報を入手し得ることから、同様の事案において、国内のトレッキングツアーの募集をおこなった旅行会社に、情報収集・提供義務違反が認定されるケースはあまり多くはないように思われます。

また、ヒマラヤの五座の展望を楽しむ海外ツアーにおいて、慰謝料が2万円と認定されていることから、慰謝料の相場の感覚が、ある程度、つかめるかと思われます。

尚、損害賠償請求事件において弁護士費用が損害として認容される場合、認容される損害額は、弁護士費用以外の損害額の10%程度の金額となることが多いことから、本件の弁護士費用の損害賠償認定額は、一般的なものといえるのかもしれません(本件の損害の認容額は弁護士費用分を除くと1人30万円前後となっています。)。

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