新型コロナウイルスの契約への影響

新型コロナまん延の契約への影響

新型コロナウイルスの市中まん延と係わりのある事象の影響により作業が遅延した場合、当該作業を履行する債務(以下「作業債務」といいます。)を負った契約の一方当事者(以下「作業義務者」といいます。)は債務不履行の責任を負うのが原則とも考えられます。
しかし、新型コロナウイルス感染症のまん延に関しては、誰もが予測し得なかった社会構造全体に多大な影響を及ぼす現象であるとも考え得ることから、事情変更の法理などにより作業債務の内容も合理的な内容に変更されると考えることも出来るのでしょうか。

裁判例

事案の概要

新型コロナウイルス感染症による作業遅延が問題となった裁判として、東京地判令和3年6月2日があります。
この事件は、賃貸住宅の建築を目的とした工事請負契約(以下「本件請負契約」といいます。)を締結した注文者(以下「甲」といいます。)が債務不履行により契約を解除したとして、請負者である会社(以下「乙」といいます。)と会社の代表者個人(以下「丙」といいます。)に対し、前払金の返還および甲が別業者に建築を依頼せざるおえなくなり賃貸住宅の完成が遅れ、当初完成予定日から実際の完成日までの間の賃料収入が得られなかったとして、その間の賃料相当額の支払などを求めて提起した裁判です。
尚、本件請負契約には、工程表より著しく工事が遅れ,工期内または期限後相当期間内に,乙が工事を完成する見込みがないと認められるときには、甲は契約を解除でき、その場合、工事の出来高部分を精算した上で前払金額に残額があれば前払金受領の日から利息をつけて甲に返還するという条項がありました。

工事遅延に関する裁判所の判断

この裁判において、乙及び丙は、諸事情により工事が遅れているなか、「新型コロナがはやり出し,丙自身も3月頃に発熱し,2週間の自宅待機が必要であったことなどから,容易に工事再開ができなかった」という事情もあることから、工事の遅延についての責任はないと主張しています。
また、完成遅延による賃料収入減少についても、「新型コロナの影響で,完成しても空き部屋状態であった」と主張しています。
しかし、裁判所は、工事の遅延に関しては、

・・・設計図書と異なる不具合があり,令和2年4月の段階で,基礎配筋工事の外周部以外等を取り壊し,以後,甲による解除が行われた同年8月・・・日まで工事が行われていないという事実経過からすれば,本件請負契約上予定されていた完成日までに完成していないのみならず,その後の相当期間経過時点において完成する見込みがないと認めるのが相当で・・・丙が新型コロナに罹患した疑いが生じたことがあったとしても,令和2年8月までの長期にわたって工事を再開しない理由とはいえないことからすると,本件請負契約について,相当期間経過時点において完成する見込みがないことについて,乙の責めに帰すべき事由がないとはいえない。

東京地判令和3年6月2日

と判示しています。

賃料減少に関する裁判所の判断

更に、得べかりし賃料収入に関しては、

・・・本件建物の賃料の見込み額は,ペットと共生できるというプレミアムを考慮して周辺相場よりは高めに設定されているものと認められ・・・本件工事場所が,・・・駅周辺に位置し人気エリアに該当するとしても,・・・予定していた賃料額で全住戸につき令和2年7月1日から入居する者が存在していたとみるべき蓋然性までは認められない。一方で・・・新型コロナの影響があったとしても,入居者が誰もいないという事態はおよそ考え難く・・・これらの事情を考慮し,原告の請求額の4分の3をもって,原告の損害と認めるのが相当である。

東京地判令和3年6月2日

と判示しています。

考察

この問題が生じた東京都内においては、令和2年4月7日から5月25日まで緊急事態宣言が発令されていましたが、都内の新規感染者数は、5月中旬から減少したものの、夏場の6月末から再度増加しました。
このような感染状況下でも、本件裁判では、新型コロナの本件請負契約および賃貸住宅の稼働率への影響は限定的にとらえられたと言い得ます。
ただし、本件においては、問題となる期間の一部において緊急事態宣言が発令されていたにすぎません。令和3年の第1~第3四半期のように、大半の期間において緊急事態宣言あるいはまん延防止等重点措置が発令されていたような状況下で同様な問題が生じた場合、どのように判断が下されるかは、今後の判例の集積をみてみないと明らかではありません。ただし、立証面から考えますと、新型コロナウイルス感染症が各種契約・経済活動得へどの程度影響したかの判断については、国として知見を集め判断し、法的根拠に基づき発令された緊急事態宣言あるいはまん延防止等重点措置に基づく行動制限の程度が影響するのではないかと思われます。

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