登山事故

山岳地帯での事故における法的責任について(その3)

これまでに登山中の雪崩事故としましては、高校の登山部顧問の雪山初心者教員が部員を引率して参加した講習会で雪崩に巻き込まれ死亡した山岳総合センター雪崩事故についてみました。
今回は、登山中の事故ではありませんが、22)スキー場のパトロール員が、勤務先のスキー場で発生した雪崩の現況の確認及び堆積物の処理中に新たに発生した雪崩に巻き込まれ死亡した事故(スキー場雪崩事故)をみてみます。
この事故では、スキー場の管理運営者が地元の地方公共団体(以下「甲」といいます。)であったことから、国家賠償法に基づく損害賠償も問題となりました。
遺族は、甲に対し、①スキー場に瑕疵があったとして国家賠償法2条1項に基づく損害賠償、②雪崩の発生に係る情報収集、雪崩発生時の対処方法を設備・周知すべき義務を怠ったとして国家賠償法1条1項に基づく損害賠償及び③安全配慮義務違反に基づく損害賠償を選択的に求めて提訴しました。
第1審では、①国家賠償法2条1項による損害賠償請求を認容し、②及び③に関しては判断を下しておりません。

22)スキー場雪崩事故の1審では、国家賠償法2条1項の瑕疵の法的判断の枠組みに関して次のように判示しています。

国家賠償法二条一項にいう公の営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいう。この営造物責任の制度趣旨は、国家賠償法一条一項のそれが公務員による違法な公権力の行使に基づく違法行為につき責任追及を認める点にあることに対し、その設置管理者の行為の違法性を問うことなしに、被害者保護の観点から、危険性の高い営造物から生じた損害の填補を認めた点にあると解される。したがって、その瑕疵は、営造物の客観的性状から判断されるべきであって、営造物の設置管理者の予見可能性を前提とする結果回避義務違反(過失)を問題とすべきではない・・・(最判昭四五・八・二〇民集二四巻九号一二六八頁参照)・・・営造物の瑕疵は、通常予想される危険に対して通常備えているべき安全性の欠如を意味するから、第一に、具体的に問題となった危険をいったん視野の外に置き、事故当時の「通常予想される危険」は何か、第二に、第一の危険に対し、「通常備えているべき安全性」は何か(物的設備のみならず、人的態勢も含めて判断すべきである。)、第三に、現実の営造物が、第二の安全性を欠いているか否かという観点から、瑕疵の存否を判断すべきで・・・(そ)の判断は、その事故当時における当該営造物の構造、用法、場所的環境、利用状況等の諸般の事情を総合考慮して個別的具体的に判断すべきで・・・事故による具体的危険性は、営造物の設置管理者にとって、予見が不可能であるなど、不可抗力といってよい程度に達している場合には、その不可抗力であることが免責事由となる・・・(・・・ので、営造物の設置管理者にとって、事故が予見可能であることが請求原因なのではなく、それが不可能であることが不可抗力を基礎付ける抗弁になる・・・)。

尚、甲は、瑕疵について次のように主張していたとされています。

被告は、国家賠償法二条一項の瑕疵は、義務違反という観点から捉えられ、この義務違反を施設管理の面から捉え直したものが、上記瑕疵にほかならない旨主張する

この主張は、前回の記事でみましたように、21)えびの高原噴気孔転落事故の1審で、

公の営造物の設置・管理の瑕疵とは・・・設置管理者・・・に、Aのように本件遊歩道から外れて歩行する者を予測して何らかの安全性確保の措置を採るべきことが要請されるか否かにある

とし、同事件の控訴審で

丙には・・・本件のような態様の事故発生の危険性を具体的に予見することはできなかったと認められ・・・事故発生の防止措置を当時採っていなかったことをもって、直ちに・・・設置管理の瑕疵があったとはいえない

と瑕疵の認定に際して、過失に際しても検討される予見可能性を検討している点では、21)えびの高原噴気孔転落事故の判断枠組みと22)スキー場雪崩事故1審における甲の主張は近いものと言い得ます。
元々、国家賠償法2条1項の瑕疵の解釈に関しては、瑕疵とは安全性を客観的に欠いていることと考える客観説と安全性を確保する義務であると考える主観説が学説上対立していましたが、上記の22)スキー場雪崩事故の判決の中で裁判所が引用している最判昭和45年8月20日(高知落石事件)客観説に近い立場を示したとされ、その後の裁判では、22)スキー場雪崩事故の1審裁判所が採用していると思われるような客観説に近い立場をとる判決が多いとされてきました。しかし、21)えびの高原噴気孔転落事故において裁判所が採用している枠組みあるいは、22)スキー場雪崩事故での被告の主張のように、国家賠償法2条1項の瑕疵の認定に営造物の設置管理者の主観的とも言いうる予見可能性を考慮する判決も少なくないと言われています。
実際に、22)スキー場雪崩事故においても上記引用のように、

営造物の設置管理者にとって、予見が不可能であるなど、不可抗力といってよい程度に達している場合には、その不可抗力であることが免責事由となる

と判示しており、予見可能性が瑕疵の認定に影響を及ぼし得るとしており、学説のいうところの純粋な客観説を採用しているとは言い切れません。
ただし、予見可能性が不可抗力であるときに瑕疵の成立を免れ得るとし、また、一般的には立証のハードルが高い予見可能が困難であることの立証を被告側に課していることからすると、22)スキー場雪崩事故の1審は、実質的には客観説に近い立場を採っていると言えそうです。
これまでみました国家賠償法2条1項に基づく請求がなされた事故の判決からしましても、国家賠償法2条1項に関しても、裁判所は典型的な学説を採用しているわけではなく、事案ごとに妥当な判断を導くことが出来る判断枠組みを採用していると考えた方が良いものと思われます(以前みました(11)積丹岳遭難事故の1審と控訴審判決における段階的過失における過失の検討方法の違いも参考になるかと思われます。)。

22)スキー場雪崩事故の1審裁判所は、上記の瑕疵認定の枠組みを述べたあと、

スキー場において、通常予想される危険の一つは、スキー場の構造、自然の斜面を滑走して利用するという用法、積雪のある山岳地帯に存するという場所的環境、不特定多数の利用客がその自然環境を利用するという利用状況に照らすと、雪崩の危険であって、スキー場の利用者を雪崩による被害から守ることは、スキー場が備えるべき安全性の基本的部分で・・・通常備えているべき安全性は・・・雪崩に対する危険に対して、物的設備(雪崩用防護柵、気象観測システム、雪庇の監視カメラの設置、雪崩ビーコンの装備など)及び人的態勢(雪崩対策の権限を持つ部署の設置、指揮命令系統の整備など)を整えておくことである・・・

とし、具体的な事情を検討した上で、

スキー場が、本件事故当時、通常備えているべき安全性を欠いた状態にあり、その設置及び管理に瑕疵があったものと認められる

と瑕疵を認定しています。その上で、

なお、自然の状態で管理される河川における設置又は管理の瑕疵は・・・管理開始後の治水事業によって順次達成されていくことが予定されていることに照らし、過渡的な安全性で足りるとされ・・・財政的・技術的・社会的諸制約が働くものとされているが・・・スキー場は・・・河川管理とは異なり、スキー場開設時から、本来、安全性が確保されてしかるべき施設であり、その財政的制約等によって直ちに瑕疵が否定されるものではない・・・

としております。
つまり、スキー場に関しては、開設時に安全確保のための諸施策をおこなうことは可能であり、また、そのような対策が取れないような予算等の規模であれば、スキー場を開業すべきではないという考えが根本にはあるものと思われます。
河川対策のように既に存在する危険の防止という性質からすると、極端な言い方をすれば多少でも効果があるものであれば、完全なものでなくとも現状よりは良くなるとも考え得るのに対し、スキー場は既にある危険の防止のための設備ではなく、むしろスキー場を開業し、集客することにより新たな危険性が生じ得るものである点で性質を異にするとの考えに基づくものとも言えそうです。

 続いて、事故の予見不可能性による免責について、まず、①全層雪崩と表層雪崩の違いについて述べた上で、スキー場雪崩事故の原因である表層雪崩は、事故現場周辺では、比較的珍しいタイプの雪崩であること、気象台のなだれ注意報は、雪崩の種類ごとに発令されるものではないこと、②事故前日からは強い冬型の気圧配置となっており、事故現場のあった日本海側を中心に雪となっており、地元気象台は、スキー場の位置する町に対し、事故当日未明から夕方までを注意期間する大雪注意報、着雪注意報及び注意期間を翌日までとするなだれ注意報が発表し、後に、大雪注意報から大雪警報に切り替えられたこと、③事故現場の近くのスキー場において事故当日の午前7時から午後1時までに合計53cmの降雪を観測するなどスキー場一帯で積雪が多かったこと、④事故当日の午後12時40分ころ、スキー場の利用者からスキー場の最上部のコースの上部で第一雪崩が発生したとの情報がパトロール員に寄せられ、その状況の確認等のため第一雪崩発生現場の人的被害の確認・封鎖作業がおこなわれたこと、⑤午後1時5分ころ、第一雪崩の東側の斜面に第二雪崩が発生し、パトロール員ら4名が第二雪崩に巻き込まれ2~2.5mの深さの雪中に埋没、午後2時半頃発見されたものの全員の死亡が確認されたこと、⑥第一雪崩及び第二雪崩は面発生乾雪表層雪崩(煙型)であること、⑦第二雪崩のように約800m下方にまで流下する雪崩が生ずることは、予期しにくい場所であったが、事故当日の急激な降雪と北西風により、風下斜面に雪の吹きだまりが生じ、雪庇が発達して、これが崩落し、表層雪崩を引き起こしたことから、大規模な第二雪崩が生じたと推測されること、⑧スキー場においては、少なくとも本件雪崩と近接した時期に第二雪崩と同規模の雪崩は発生していなかったこと等を認定した上で、

・・・本件事故をその発生機序を含めて、相当の蓋然性をもって、具体的に予見することは困難であったものと認められる。しかしながら、そこでの予見可能性は、相当の蓋然性を伴った具体的な可能性である必要はなく、一般人であれば、危惧感を抱く程度の可能性をもって必要十分なものと解されるところ、上記・・・によれば、本件事故当時の降雪は、観測史上まれにみる降雪であり、一般的な注意喚起に過ぎないとはいえ、その降雪に伴い、なだれ注意報が発令されており、現に、本件事故現場付近では、第一雪崩が発生していたことが認められるのであるから、後続する雪崩(本件事故)が本件スキー場の設置管理者である被告の・・・長、あるいは、F(前記のとおり、Fの辞令上の地位は、索道安全統括管理者であるが、現場の責任者としては、Fしかおらず、実質的には、現場責任者としての役割も期待されていたものと認められる。)において、その危惧感すら抱き難いほど、予見が全く不可能であって、およそ不可抗力の事故であったといえるものではなかったというべきである。よって、被告主張の本件事故の予見不可能性は、認められない。

として予見可能性の欠如を否定し、瑕疵を認定しています。そして、

第一雪崩後、雪崩に対する人的態勢が整えられ・・・そのことを前提として、Fがもう少し慎重に行動していれば・・・被害者の本件事故への遭遇を回避し得たものと認められ、また、物的設備の設置がなされていれば、それが大規模な第二雪崩を予防し得なかったとしても、ビーコンの携帯などによって早期の救助が期待され、最悪の事態を回避し得た可能性は高かったものと認められるから、本件スキー場の瑕疵と損害との間の相当因果関係を認めることができるというべきである

と瑕疵と損害の間の因果関係を認定し、国家賠償法2条1項に基づく請求を認容しました。

この事故では、上記の②及び③の事情及び実際の被害者の死亡原因となった第2雪崩の前に第1雪崩が発生していたことからすれば、少なくとも第2雪崩の予見可能性を完全に否定することは困難であったと思われ、その点が本件事故で瑕疵の認定につながったものと考えられます。

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