芦別岳滑落事故にみる課外活動での登山事故における引率教員の刑事責任

学校の登山事故に関する刑事裁判

引率教員が起訴された山岳事故

学校の登山事故のいくつかについては、学校設置者に対し、民事上の損害賠償請求訴訟が提起され、提起された訴訟のいくつかにおいては、引率教員の過失が認定され、学校設置者への損害賠償請求が認容されています。

しかし、学校における山岳事故において、引率教員が起訴された刑事裁判の事件数は少なく(明確にはわかりませんが、公開されている情報などから数件と思われます。)、その起訴された事件のうち、下記の記事で解説しました27)朝日連峰遭難事件(刑事事件)においては、引率教員の過失は否定され、無罪判決が下されています。

更に、下記の記事で解説しています青井岳キャンプ場事件も、引率教員を被告人とする業務上過失致死事件の刑事裁判において無罪判決が下されています。

一方、現時点で判決文が一般的に公表されており、確認可能な学校の山岳事故の刑事裁判において、引率教員に有罪判決が下されたのは、下記の記事で解説していますスキー場で学生が雪崩に巻き込まれ死亡した栂池高原雪崩事件と、この記事で扱います芦別岳で生徒が岩場から滑落死した芦別岳滑落事故の裁判において、引率教員に業務上過失致死罪の有罪判決が下された2件に過ぎません。

刑事裁判の有罪率について

このように、確認できる範囲では、学校の山岳事故で起訴された裁判4件のうち、2件が無罪であり、有罪率は50%となります。
令和2年度の犯罪白書によれば、令和元年(同白書の最新統計年)の刑事事件の確定事件数は245,537件で、うち無罪件数は96件とされていますので、有罪率は99.96%となります。
この有罪率からしますと、学校の山岳事故に関する刑事裁判における有罪率は相当低いものといえそうです。
尚、同白書によれば、令和元年の刑法犯の起訴率は38.2%とされており、検察受理事件(人数)の6割強は不起訴あるいは起訴猶予となり、起訴されていません(告訴取下げ、心神喪失による処理もありますが、件数的には少ないものとなっています。))。

このように、起訴される事件も限定されていること、他の類型の刑事事件との有罪率の比較、民事裁判において引率教員の過失が認定されている事件数などを考えあわせますと、山岳事故の刑事裁判上での立証のハードルはかなり高いものと思われます。

芦別岳滑落事故の刑事裁判について

事件の概要

今回は、29)高校登山部の課外活動としての芦別岳登山において、生徒が岩場から滑落死した事件(以下「芦別岳滑落事故」といいます。)をみてみます。
この事件では、引率教員が業務上過失致死で起訴され、罰金刑の有罪判決が下されています(札幌地判昭和30年7月4日)。
尚、事件の検討に際し、この事件が昭和20年代後半に発生したものであり、登山事情も今日とは相当異なる点には留意が必要です。

事件の発生経緯

この29)芦別岳滑落事件の発生経緯について、裁判所は次のように認定しています。
尚、以下、引率教員を「甲」、事故の発生した芦別岳登山に参加した山岳部員生徒6名のうち、滑落した2名を「A」および「B」といいます。

甲は、・・・高等学校教諭として奉職中、同校生徒会山岳部の顧問を兼ねていたものであるが、昭和二十・・・年六月二十八日日同山岳部の行事として、同校生徒・・・・の六名を引卒し、空知郡山部村勇振川上流右岸、山部駅を距る西方約十粁(注:キロメートル)の芦別岳に旧道コースによる登山を実施することとなつた・・・(甲は、)・・・同年六月十四、五日頃旧道コースとは全く異る新道コースを経て同山岳に登山した際旧道コースの方向を遠望した経験と、地理調査所発行の五万分ノ一の地図による研究を基礎とし、たまたま、出発の前日宿泊した・・・中学校において同校々長・・・より、同人が十七、八年以前に、然も山頂を極めずに引き返した際の旧道コース登山の簡略な経験談を聴取したのみで登攀を開始し・・・コースを誤り、同年七月・・・日正午頃同山岳夫婦岩背面岩壁下の俗称地獄谷入口に踏み入つて・・・前進しようとしたが瀑流に進路を阻まれたため予定コースを変更し、同岩壁の直下の地点に進んだ・・・同岩壁は標高約三百米の突起した風化岩で平均五十七度位の急傾斜をなしており、右の地点からは同岩壁の頂上を見極めることが困難で僅かに上方約三十米位までより視界がきかない・・・登攀容易な岩場と誤認し、これを越えて旧道コースに合しようと企図・・・登攀を開始・・・しばらくは灌木の密生する泥つき斜面なので比較的容易に登攀し、間もなく垂直な突出岩の存在する地点に到達・・・同突出岩の両側は急峻な岩壁でありその前面は岩盤の露頭多い峻険な個所で専門登山家が充分な装備を以てしても登攀を危険視するようなところで・・・同行の生徒等は、これまで岩登りの経験もなく訓練も受けていない上岩登りに必要な装備を何ら携行していなかつた・・・登攀を継続した結果、同日午後一時三十分頃Aをして同岩壁の頂上より約三十米下方の突出岩より約二百五十米転落せしめ、同所において頸部骨折脱臼頸髄損傷に因り即死せしめ、さらに登攀を継続した結果、同日午後二時二十分頃Aが転落したと同地点よりBをして約二百五十米の岩壁下に転落せしめ、同所において頸部骨折脱臼頸髄損傷に因り即死せしめた・・・

札幌地判昭和30年7月4日

引率教員の注意義務

このような滑落事件発生経緯の事実認定をもとに、裁判所は、甲に課されていた注意義務に関し、

高等学校生徒会山岳部の行事は・・・特別教育活動に属し、正規の学校教育活動の一分野なのであるから、その引卒教官たる者は、職務上当然に生徒の生命身体を害するが如き結果の発生を防止すべき義務を負う

札幌地判昭和30年7月4日

として、学校登山事故の民事訴訟における、在学契約に基づく保護義務、安全配慮義務と同様な義務の存在について言及しています。

その上で、

・・・事前にコース、気象状態、岩質、地形等について充分な調査を遂げた上、これらの諸条件に相応する装備、食糧その他の携行品を整える等周到な登山準備をし、

登攀を開始した後であつても岩壁等の難所に遭遇した場合は、直ちに登攀することなく予め岩壁の全容を観察して前後の措置を判断し、仮りに登攀可能と判断しても途中において危険を予知する場合は潔く引き返す等、緩急に応じて応急の措置を執り、

以て事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるものと言わなければならない

札幌地判昭和30年7月4日

  • 山行の準備段階の事前調査、装備・携行品準備に関する注意義務について第1段落のように
  • 登山中のルートファインディングなどに関する注意義務について第2段落のように

それぞれ認定しています。

注意義務違反行為

そして山行の準備段階の注意義務違反行為として次のように判示しています。

甲はこの義務に違背し、同山岳の旧道コースについては一行の全員が未知なのであるから、予め各種の方法により綿密な調査をし、特に間違い易い地点および危険な個所を入念に調べて予定コースを踏み誤らないよう注意する必要があるのに、僅かに、自己が同年六月十四、五日頃旧道コースとは全く異る新道コースを経て同山岳に登山した際旧道コースの方向を遠望した経験と、地理調査所発行の五万分ノ一の地図による研究を基礎とし、たまたま、出発の前日宿泊した・・・中学校において同校々長・・・より、同人が十七、八年以前に、然も山頂を極めずに引き返した際の旧道コース登山の簡略な経験談を聴取したのみで登攀を開始した

札幌地判昭和30年7月4日

ここでは、事前のルート確認が不十分であったことを注意義務違反行為として摘示しています。

そして、上記引用に続いて、裁判所は、その事前のルート調査不足という注意義務違反行為により、登山中に道迷いにより夫婦岩背面岩壁下の地獄谷入口に迷い込んだとしています。

続いて、登山中の注意義務違反行為として、ルートファインディングに関し、

・・・コースを誤つたこと・・・瀑流に進路を阻まれたため予定コースを変更し、同岩壁の直下の地点に進んだところ、同岩壁は標高約三百米の突起した風化岩で平均五十七度位の急傾斜をなしており、右の地点からは同岩壁の頂上を見極めることが困難で僅かに上方約三十米位までより視界がきかないので、不注意にも同岩壁を以て視界のきく地点がその頂上に過ぎない登攀容易な岩場と誤認し、これを越えて旧道コースに合しようと企図するに至つた。このような場合、同岩壁の標高を誤認したものとはいえその岩場であることを認識したのであるし、且つコースを変更して予定外の登山路を望んだのであるから、直ちに登攀することなく、予め充分岩壁の全容を観察して登攀可能な場所とその径路を見極め、あるいは偵察員を先行させて充分な調査をなした上、一行の経験技倆、装備、体力等を勘案して前後の措置を判断しなければならないのにかかわらず、何らの措置を講ずることなく右の地点に止まり、容易にその頂上に達することが可能であると軽信して登攀を開始した

札幌地判昭和30年7月4日

と認定しています。

ここでは、登攀前にルートの偵察、十分な検討をおこなわなかったこと、安易な判断などを注意義務違反行為としています。

更に、

途中しばらくは灌木の密生する泥つき斜面なので比較的容易に登攀し、間もなく垂直な突出岩の存在する地点に到達したが、同突出岩の両側は急峻な岩壁でありその前面は岩盤の露頭多い峻険な個所で専門登山家が充分な装備を以てしても登攀を危険視するようなところで、一行中二、三の者は既に危険の切迫を感じた程であり、まして同行の生徒等は、これまで岩登りの経験もなく訓練も受けていない上岩登りに必要な装備を何ら携行していなかつたのであるから、被告人は逸早く注意力を働らかせて一行の技倆、装備を以ては危険であることを察知し、潔く引き返すべきであるのに何等の注意も払わず慢然登攀を継続した

札幌地判昭和30年7月4日

と登攀中に生徒の登攀技術に鑑み、途中で下降すべきところを登攀し続けた点を注意義務違反行為と認定しています。

注意義務違反行為の時点について

現在の事情からしますと、明らかに事前準備不足といえそうですが、昭和20年代後半の登山事情下でも、やはり、準備不足であると認定できるものであったようです。

また、ルートが明らかでないことから明確なことはいえませんが、夫婦岩背面岩壁が急傾斜であることに気付いた時点では、登攀技術もなく、登攀道具もなかったことから、すでに下降することが不可能、あるいは危険な状況となっていたのではないかとも考えられます。
もし、下降が容易な状況なのであれば、Aが滑落した時点で下降を開始し、Bまで滑落するような事態は回避していたのではないかと考えられるからです(ただし、状況がよくわからないことから確定的なことはいえません。)。

このこともあり、裁判所は、滑落事故発生時点ではなく、夫婦岩背面岩壁直下の登攀開始前の偵察、検討不足および夫婦岩背面岩壁が急傾斜であることに気付いた時点において登攀を継続した行為の双方を、甲の注意義務違反行為と認定しているものとも考えられます。

引率教員が起訴された学校登山事故

学校の山岳事故の中でも典型的な登山事故において、引率教員が刑事事件として起訴されたのは、判決文が一般的に公表され、確認可能な裁判としては、この芦別岳滑落事故と上記で紹介した記事で扱っている27)朝日連峰遭難事件の2つの事件のみです。

しかし、今回みましたように、芦別岳滑落事件に関しては、引率教員には業務上過失致死罪の有罪判決が下されていますが、27)朝日連峰遭難事件の刑事裁判では、引率教員は無罪となっています。

この2つの事件において、結論の相違が生じたのは、

  • 前者は、引率教員の能動的な行為が直接滑落事故を招いているのに対し、
  • 後者では、直接の死因は風雪という自然現象による凍死であり、裁判では、主に引率教員が凍死を回避する行為を取らなかったという不作為行為が問題となった

という点が理由のひとつかと思われます。
やはり、不作為による過失犯の認定はハードルが高いものと思われます。

尚、無罪判決が下された朝日連峰遭難事件は、芦別岳滑落事故の約15年後に発生していることから、無罪判決の下された裁判の後に、登山事故で引率教員が起訴された事件は確認できていないことになります。

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