登山事故

ツアー登山事故における法的責任について(その3)

前回、前々回の記事でみたようにⅰ)事件は事前に天気情報を収集する義務及びその情報に基づき天候が悪化し暴風雪になった、あるいはなる前に引返さなかったことを注意義務違反行為にあたるとして過失を認定し、ⅱ)事件では、参加者が登山経験豊富とは言えず、ロングコースで疲れが見えてきた状況でありながら、トラバースルートが残雪で覆われ滑落などの危険があるにもかかわらず参加者に対し適切なアドバイスをしなかったことを注意義務違反行為として過失を認定しています。

ⅰ)事件とⅱ)事件とを比較すると、ⅱ)事件の方が過失の認定が容易に思われます。しかし、ⅰ)事件当時の白馬岳周辺の暴風雪は相当なもので(翌朝、白馬岳頂上宿舎では屋根まで雪が積もっていたようです。)、また祖母谷温泉の出発時には関係者から出発を見合わせることを検討するよう勧められているようです。

ここでは、登山事故でも民事訴訟を中心に扱うことから、細かい考察は加えませんが、刑事事件としては、平成21年7月の北海道のトムラウシ山遭難事故が不起訴とされています。この不起訴とⅰ)事件の有罪判決との違いがどこにあるかを考察するのは、ツアーの同行ガイドの法的な注意義務の範囲を理解するのに役立つのかもしれません(尚、ⅰ)事件でもガイド見習いは刑事上も民事上も責任を問われていません。)。検察は不起訴理由を通常公表しないことから、トムラウシ山遭難事故でも正確な不起訴理由は明らかではありませんが、ツアーリーダーを務めたガイドは事故当時に死亡しており、ツアーリーダーに刑事責任を問えなかったのが一番の理由だと一般的には言われています。やはり、同行ガイド(ツアーリーダーを含めて3名のガイドが同行していました)の中でもツアーリーダーとその他の同行ガイドとでは、決定権限等が異なることから責任の範囲も異なり、課される注意義務の範囲も異なってくるのだと考えられます。尚、トムラウシ山遭難事故に関しては、日本山岳ガイド協会が詳細な事故調査報告書を作成し、ネット上で公開していますので、当該報告書を読むことにより事故ツアーの構成員の関係及び役割が分かるかと思われます。

これらの事故の裁判から、商業ツアーのツアーリーダーに対しては、有償で引率していること及び参加者のリーダーに対する信頼・期待等から通常のパーティー登山でのリーダーと比べて相当程度高度の注意義務が課されていると思われます。

ところで、上記のⅰ)及びⅱ)の事故と異なり、ツアー登山事故で過失が民事訴訟上否定された事故もあります。まず、前述ⅻ)のアコンカグア遭難事故ですが、判決文が公表されていないことから、判決文の引用は出来ませんが、ⅰ)及びⅱ)の事故とは登山の難易度の次元が異なり内在するリスクも格段の差があると言えます。またアコンカグア登山にそのような大きなリスクが内在することは一般的に知られており、登山経験豊富な参加者もかかるリスクを事前に知り得たものでした。このように内在するリスクを知っていたのであれば、予想し得る危険を回避のための準備を参加者もすることとなりますし、参加者がツアーリーダーに対し期待する危険回避行為の程度も異なってくると考えられます。商業ツアー登山の場合、ツアーリーダーと参加者との関係はツアー契約より発生しているのですから、ツアー契約に向けた契約当事者の合理的な意思の解釈として、ツアーリーダーに課される注意義務も一定の範囲において参加者の期待の範囲及び内容に左右されると考え得るからです。このように考えると、参加者がツアーリーダーに対し期待する危険回避行為の程度が低ければ、ツアーリーダーの注意義務も一定範囲で軽減されるとも考えられます。これは、次に述べるⅺ)事故のように被害者側がツアー契約の契約責任としての安全配慮義務の不履行を理由として損害賠償請求をおこなった場合の安全配慮義務の内容を画する場合に明確になります。

尚、刑法では、このような場合、「危険の引受け」があったとして、違法性が阻却される場合もあると考えられていますが、民事では危険の引受けの法理は一般的ではありません。また、ツアー行程の難易度により参加者の技術レベルが異なることもツアーリーダーに対し求められる注意義務の程度・内容の違いに影響が出ると考えられます。このようにツアーに内在し、また事前に認識されていたリスクの差が具体的事実経過の認定とあいまってⅰ)及びⅱ)事件とⅻ)事件の間の過失認定の相異につながったものと考えられます。

次にⅺ)ですが、この事故は、平成27年10月31日に尾白川渓谷のトレッキング(往復約5km)日帰りバスツアーに参加し、健脚チームを選択した70歳位の人が渓谷道から足を踏み外して約50m滑落して死亡したものです。被害者(以下「A」といいます。)の遺族が当該バスツアーの企画・募集会社(以下「甲」といいます。)に対し、旅行契約上の債務不履行(安全配慮義務違反)に基づく損害賠償請求を求めたものですが、1審裁判所はこの請求を棄却しています。

原告は、

被告は,Aに対し,本件旅行契約に基づき,Aの生命,身体及び健康を危険から保護するように配慮すべき義務(安全配慮義務)を負っていた。そして,尾白川渓谷が本件事故以前にも複数の転落事故が発生している危険性の高い登山道であることを考慮すると,上記安全配慮義務には,下記(ア)ないし(エ)の・・・義務が含まれるというべきところ・・・これらの義務に違反したものである

とし、
(ア)登山経験のない者又は高齢者の本件ツアーへの参加を制限すべき義務
(イ)尾白川渓谷の危険性を説明すべき義務
(ウ)十分な知識・経験を有する引率者及び適正な人数の引率者を配置すべき義務
(エ)ツアー参加者の身体の状況を把握し,声かけ等を行うべき義務
の安全配慮義務が甲には課せられていたと主張しています。

これに対し裁判所は、(ア)の安全配慮義務に関し、

尾白川渓谷におけるトレッキングには、滑落事故等の危険性が一定程度内在していたことは否定できない・・しかし,・・・(そ)のような内在的な危険性は,トレッキング一般につき多かれ少なかれ存在するものと考えられるところ・・・

尾白川渓谷における事故の発生率が他のトレッキングコースと比較して特筆して高いといったような事情なども認めるに足りないというほかないことに照らすと,・・・本件旅行契約に基づき「登山経験のない者又は高齢者(65歳を超える者)」のトレッキングへの参加を制限すべき法的義務を課されるほどの危険性を有するトレッキングコースであるとまでは認めるに足りない

とし、(イ)に関しては、

本件ツアーのコースに関しては,本件チラシ・・や本件案内書・・・により,トレッキングの場所が「b山麓」であること,途中に急斜面があること,「約5キロ」の行程に「約4時間」も要することが明示されており,当該コースに滑落などの危険が内在していることは,社会通念上,容易に理解することができるものというべき・・・また,この点を措くとしても,・・・出発地点の駐車場において,本件ツアー参加者を初心者チームと健脚チームに分け,分岐点においても,その先に進むか引き返すのかを参加者に確認をしたものであって,その結果,現に24名の参加者は,分岐点から先には進んでいない・・・点からすれば・・・本件ツアーへの参加者は,被告から説明されて得た情報の他,自らの体調や分岐点までの登山道の状況等を勘案し,自らの意思により分岐点から先へ進むか否かを選択し得たものといえる

とし、(ウ)に関しては、

本件事故の発生現場やAが滑落をした原因を証拠上確定することができない。そうすると,被告において,健脚チームに,本件ガイドラインに従った知識及び経験を有し,a渓谷につき充分な経験を有する引率者を,本件ガイド・レシオに従った人数配置していたとしても,本件事故の発生を高度の蓋然性をもって防止することができたものと証拠上認定することは困難であるといわざるを得ない。したがって,仮に,被告が安全配慮義務3を負っており,かつ,同義務の違反が認められたとしても,本件事故との間の因果関係を認めるには足りないものといわざるを得ない

とし、更に(エ)に関しては、

本件においては,本件事故の発生現場や,本件事故発生当時のAの体調や疲労度,直接の滑落原因を証拠上確定することができない。そうすると,・・・引率者を留まらせなければならないような特に危険な場所であったなどの事情があるとは断定し難いから・・・義務を負っていたものとは認められない

等として原告の主張する安全配慮義務を否定し、原告の請求を棄却しています。

尾白川渓谷では多くの事故が起こっていますが、有名な観光地でもあることから(近時では飲料メーカーのCMのロケ地としても知られています。)、多くの観光客が訪れております。このように、ⅺ)の事故は、これまでに取り上げたⅰ)、ⅱ)及びⅻ)の事故とは登山の難易度という点では大きく異なり、また、判決が認定するように、内在する危険性も他の事故と比べ低く、参加者の危険回避に関する主催者への期待も異なるものと思われます。参加者も他のツアーと異なり登山知識・経験が豊富な人ではないようです。

本件事件の(ア)の安全配慮義務の認定で、「内在的な危険性は,トレッキング一般につき多かれ少なかれ存在するものと考えられる」と裁判所が述べていることからすると、トレッキング、登山に内在するリスクが顕在化し死傷の結果が生じた場合においても、一定範囲内のリスクに関しては、そのリスクを回避する安全配慮義務は法的には認定されないこととなりそうです。本件では特定のツアー引率者に対する過失認定が困難であることもあり、バスツアーの企画・募集会社との間の契約責任に基づき損害賠償請求をおこなったものかと思われますが、仮に不法行為に基づく請求をおこなった場合においても、ツアーリーダー等に課される注意義務は一定程度以上の重要性・特異性があるリスクに対するものに限られることとなりそうです。

尚、本件事件では、(ウ)及び(エ)の安全配慮義務に関する裁判所の認定部分からは損害賠償請求事件における証拠の重要性について理解することが出来ます。

以上のⅰ)、ⅱ)、ⅺ)及びⅻ)の登山事故の判決からすると、ツアー登山事故でも、その難易度から類型的に過失が認定されやすいものと、認定されにくいものがあるように思われます。難易度の低いトレッキングツアーに関しては、そこまでの注意義務(安全配慮義務)が要求されないこと、難易度が極度に高いものに関しては参加者の一定以上の登山スキルを参加条件としていること等が過失の認定を難しくしているとも考えられます。

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