学校の責任が否定された3つの裁判にみる教育活動の登山事故での法的責任

法的責任が認定されなかった登山事故

ここでは、教育活動の場での登山事故の裁判において、過失あるいは安全配慮義務違反が認められなかった事件の判決を、教育活動としての登山における教員あるいは指導者に課される注意義務、安全配慮義務の範囲を意識しながらみてみることとします。

教育活動としての登山事故のうち、裁判において学校の法的責任が否定された事故として、ここでは、
m)高校の特別活動としておこなわれた六甲山登山での落石事故(以下「六甲山落石事故」といいます。)
n)高校の課外活動での只見のメルガ岐沢における渡渉時の事故(以下「メルガ岐沢渡渉事故」といいます。)
o)大学の登山部の冬季涸沢岳西尾根での滑落事故(以下「涸沢岳滑落事故」といいます。)
の判決をみていくこととします。

六甲山落石事故について

六甲山落石事故の概要

m)六甲山落石事故は、私立高校の校外行事としておこなわれた六甲山登山において、生徒が落石事故により死亡したものです。

この事故に関し、死亡した生徒の遺族は、クラス担任教諭(以下「教諭」といいます。)と校長に過失があるとして、高校の設置者である学校法人に対し、安全配慮義務違反による債務不履行責任に基づく損害賠償、および使用者責任に基づく損害賠償を求め訴訟を提起しました(神戸地判平成4年3月23日)。
この訴訟では、教諭と校長の過失は否定され、学校法人に対する請求も棄却されました。

この事故が発生した校外行事では、高校から提示されている5つの登山ルートの中から、生徒がグループごとに一つのルートを選択し、事前に学校にコースを届け出ることとなっていました。
しかし、死亡した生徒(以下「A」といいます。)のグループは、学校に届け出たのとは異なるルートで登ることを登山前の早い段階において生徒間で決めていました。
尚、Aらのグループが実際に登ることを計画していたルートは、学校が選択肢として示していた5つのルートのいずれとも異なるルートでした。

Aらのグループは、登山当日、学校に提出したのとは異なる、事前に計画していたルートで登りはじめ、登りの登山道においてAは落石事故にあい死亡することとなりました。
尚、教諭も校長も登山当日、Aのグループに同行してはおりませんでした。

裁判における過失の判断について

教諭の過失に関し、裁判所は次のように判示し、その過失を否定しています。

本件登山・・・の主体は高校三年生で・・・心身発達の程度が一般に成人のそれにほぼ匹敵する・・・から、かかる生徒に対しては自己の行為について自主的な判断で責任を持った行動をとることを期待することができ・・・同高校の教職員としては、生徒が右のような能力を有することを前提とした適切な注意と監督をすれば足り・・・生徒が通常の自主的な判断及び行動をしてもなお生命、身体等に危険を生じるような事故が発生することを客観的に予測することが可能であるような特段の事情がない限り、教職員は生徒の行動について逐一指導監督するまでの義務はないものと解するのが相当

神戸地判平成4年3月23日

ここでは、高校三年生は、「自己の行為について自主的な判断で責任を持った行動をとることを期待することができ」ると成人に近づけて考えています。

これを前提として「特段の事情がない限り、教職員は生徒の行動について逐一指導監督するまでの義務はない」としています。

その上で、

高校としては、指定した各登山コースを生徒が登山する際に発生することが予想される生徒の生命及び身体等に対する各種の危険につき、事前に十分に検討し、同校三学年生徒の一般的な能力に応じた適切な計画をたてたものと認めることができ、本件登山計画それ自体に特段の問題があるとは解されない

神戸地判平成4年3月23日

と特段の事情の存在を否定しています。
このように、特段の事情の存在を否定し、

事故の発生につき、予見可能性はなかったから、本件事故の発生につき、被告には帰責事由がない

神戸地判平成4年3月23日

と事故発生の予見可能性はなかったとして、教職員の過失を否定しています。

判決では校長の過失も否定し、学校法人への損害賠償請求を棄却しています。

メルガ岐沢渡渉事故について

事故の概要

次にn)メルガ岐沢渡渉事故の判決についてみてみます。

この事故は、公立高校の山岳部の行事としておこなわれた、只見白戸川メルガ岐沢から丸山岳へ登る7月下旬の夏山山行において、部員の高校1年生(以下「B」といいます。)が梅雨前線の停滞のため増水していたメルガ岐沢を遡行中、転倒し流され死亡した事故です。

Bの遺族は、山岳部の顧問教諭には、この登山プランを山岳部員へ許可したことに対する過失、および登山部の指導監督の過失があったとして、高校の設置者である地方公共団体に対し、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求め訴訟を提起しました(京都地判昭和61年9月26日)。

尚、この高校の登山部では、伝統的に顧問教諭の指導面での関与を敬遠する傾向がありました。
事故のあった山行に関しても、顧問教諭への山行計画提出後に日程を短縮する計画変更をおこなっていましたが、その計画変更を顧問教諭へ報告せず、実際の出発日さえ顧問教諭に報告しておりませんでした。

裁判における過失の判断

この事故の1審の裁判で、裁判所は顧問教師の過失判断に際し、事故の原因について、

・・・行動の遅れによる焦りから、パーティーが昼食や十分な休息をとることなく降雨の中で長時間の遡行を続けたこと及びBが渡渉する際にパーティーが二つに分かれており、救出に十全を尽せなかったこと、すなわち、パーティーの具体的な判断、行動の誤りにあると認められる・・・もっとも・・・事前の計画修正段階あるいは出発直前に適切な助言、指導があれば、本件事故はあるいは防止できたと考えられなくもない

京都地判昭和61年9月26日

としています。
このように、ここでは、事故の原因については、「パーティーの具体的な判断、行動の誤りにある」としています。

しかし、「事前の計画修正段階あるいは出発直前に適切な助言、指導があれば」事故は回避できた可能性もなくはないともしています。

ただし、この点につきましては、

計画の変更は(顧問)教諭には報告されず、また、実際の出発日も同教諭に報告されないまま、本件山行が実行に移されたものであるから・・・同教諭に指導、監督義務違反があったということもできない

京都地判昭和61年9月26日

として、顧問教諭に事前に山行予定が報告されていなかったことを指摘し、顧問教諭の過失を否定しています。

これらのことから、高校の設置者である地方公共団体への国家賠償法1項1条に基づく損害賠償請求を棄却しています。
この1審判決に対しては、控訴がなされましたが、控訴は棄却されています。

涸沢岳滑落事故について

涸沢岳滑落事故の概要

最後に、o)涸沢岳滑落事故についてみてみます。

この事故は、国立大学の登山部が冬季合宿として実施した、年末・年始の新穂高温泉から涸沢岳西尾根を経由して奥穂高岳を往復する山行において発生しました。
この大学登山部パーティーは、1月1日に涸沢岳直下まで到達した時点で登頂を断念、下山を開始しましたが、下山途中の蒲田富士直下の岩稜帯において部員のひとり(以下「C」といいます。)が滑落、死亡しました。
尚、参加した部員はザイル、シュリンゲ、カラビナ等の登攀用具を持参していませんでした。
涸沢岳直下で登頂を断念した理由の一つも、アイスバーン状の雪面が続きザイルなしでの登頂に危険を感じたためであったとされています。

Cの遺族は、当該山行でリーダーを務めていた同大学の登山部部長、山行に参加せず緊急連絡先を務めた登山部員、および登山本部を務めた登山部OBに対しては、債務不履行または不法行為に基づく損害賠償を求め、大学の設置者である国に対しては、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求め訴訟を提起しました。

裁判における過失の判断

この事故の第1審の判決では、まず、

・・・再び下降を始める際,足下に対する注意をおろそかにしていたことにより,トレースを踏み外したこと,あるいは露出した岩にアイゼンを引っかけてつまづいたことをきっかけとし,3点確保の姿勢をとっていなかったこともあって滑落したものと認めるのが相当

名古屋地判平成13年10月26日

として、足下に対する注意不足により、トレースを踏み外し、あるいはアイゼンを岩に引っ掛けつまづいたところ、3点確保の姿勢をとっていなかったことから滑落したことにより、この事故が発生したと認定しています。

そして、リーダーを務めていた登山部部長、連絡先を務めた部員および登山本部を務めたOBの責任に関し、

(原告は、)本件山行は,力量の上の者が下の者を引き上げることを目的とする合宿であり・・・現に(リーダー)と他のメンバーとの力量には格段の差がある点,・・・実質的な決定者は(リーダー)である点において,「引率登山」・・・ないしこれに準ずるものに分類され・・・また,他のメンバーは登山者としての通常の体力,技術力,判断能力を有しているとはいえないから「未成年型」であり,かつ,「非営利型」の登山であるから,リーダーには最も高い注意義務が要求される旨主張し(ているが、)・・・自分より経験・力量とも劣るとはいえ,共に引率・指導する立場にあったCに対してまで,格別高い注意義務を負っていたとはいえない。また,一行の4人は,本件山行状況からして,体力的には問題がなかったものと認められる上,いずれも既に成人またはこれに近い年齢に達した大学生であることにかんがみれば,それ相応の判断能力が求められるのは当然であり,体力や判断力の未熟な児童生徒と同列に扱うことはできず,技術不足の一事をもって,本件山行を「未成年型」と評価することもできない

名古屋地判平成13年10月26日

と判示し、部員が成人あるいはこれに近い年齢の大学生であることから、部員に相応の判断能力が求められていたとしています。

これらのことから、他の部員およびOBの責任を否定し、国に対する損害賠償請求も棄却されています。

1審判決後、遺族は控訴しましたが、控訴は棄却されています。

その控訴審において、裁判所は、大学の課外活動としての登山パーティーのリーダーの注意義務について、

大学生の課外活動としての登山におけるパーティーのリーダーは,そのメンバーに対し・・・事故の発生が具体的に予見できる場合は格別,そうでなければ,原則として・・・メンバーの安全を確保すべき法律上の注意義務を負うものではなく,例外的に,メンバーが初心者等であって,その自律的判断を期待することができないような者である場合に限って・・・メンバーの安全を確保すべき法律上の注意義務を負う

名古屋高判平成15年3月12日

と判示し、大学登山部のリーダーの注意義務について

  • 事故の発生が具体的に予見できるような場合でなければ、原則として、メンバーの安全を確保すべき法律上の注意義務は負わない
  • ただし、例外的に、初心者等で自律的判断を期待できないようなメンバーに限って、当該メンバーの安全を確保すべき法律上の注意義務を負う

としています。

その上で、本件事故発生時に関して、

・・・本件事故の直接的な原因は,・・・(亡くなった学生)が下降をする際に足下に対する注意をおろそかにしたことで・・・このような不注意による滑落事故が,本件山行の出発前の段階で具体的に予見可能であったとは認められず,また,本件事故現場において,冬季に滑落事故が度々発生していたことを認めるに足りる証拠はないから,本件山行の出発前に,本件事故現場で滑落事故が発生することが具体的に予見できたともいえない。また・・・本件パーティーが本件事故現場にさしかかった際の天候や付近の斜面の状態からも,(亡くなった学生)の体調からも,具体的に同人の滑落が危惧されるような状況ではなかったものというべきであるから,本件事故の直前においても,本件事故の発生が具体的に予見可能であったとは認められない。
 次に,(亡くなった学生)が初心者等であってその自律的判断を期待することができないような者であったとも認めることはできない。なぜなら・・・(亡くなった学生)は,・・・・大学・・・に在籍し,山岳部に入部して3年目であり,夏山合宿に2回,冬山合宿に1回参加した経験があるのであって,冬山の経験は乏しかったものの,山岳部在籍の期間や山行の経験回数等に照らすと,自ら本件山行の危険性等について判断し,その力量に合わせてその計画策定や装備の決定等を行うことが当然であったというべきであって,到底その自律的判断を期待することができない者であったと認めることはできないからである。
 以上のとおりであるから,(リーダー)は,(亡くなった学生)に対し,山行の計画の策定,装備の決定,事前訓練の実施及び山行中の危険回避措置について,その安全を確保すべき法的義務を負っていたものということはできない。

名古屋高判平成15年3月12日

として、リーダーの学生の責任を否定しています。

また、国の安全配慮義務に関し、

大学における課外活動は,学生による自律的な判断に基づき行われるべきであって,大学当局はこの判断を尊重すべきものである。もっとも,実施が予定されている課外活動について,学生の生命身体に危険が生じることが具体的に予想され,かつ,大学当局においてこれを認識し又は容易に認識し得た場合には,大学当局は,学生に対する安全配慮義務の内容として,課外活動を実施しようとする学生に対し・・・指導・助言をするべき義務がある

名古屋高判平成15年3月12日

と判示し、大学の安全配慮義務に関し、

  • 大学における課外活動においては、大学は、学生の自律的な判断を尊重すべき
  • ただし、実施予定の活動において、学生の生命身体に危険が生じることが具体的に予想され、かつ、大学もこれを認識し、または容易に認識し得た場合には、大学当局も安全配慮義務として、学生に対し指導・助言をする義務を負う

としています。

しかし、この事故では、「メンバーの生命身体に危険が生じることが具体的に予想されたと認めるに足りる証拠はなく、仮にこれが認められたとしても・・・大学当局が、上記危険の存在を認識し又は容易に認識し得たことを認めるに足りる証拠はない」として、本件登山において、大学に指導・助言義務は存在しなかったとして、大学の設置者である国の責任を否定しています。

尚、同様に、他の学生個人の責任も否定しています。

3つの裁判例からみる教育活動の場での登山事故の過失

これらの判決のうち、m)六甲山落石事故は、高校と中学という違いはありますが、下記の記事で扱っていますⅲ)石鎚山転落事故と同様に学校の特別活動としておこなわれた登山における事故です。
しかし、m)六甲山落石事故には教員が同行しておらず、ⅲ)石鎚山転落事故では同行していたという違いがあります。

n)メルガ岐沢渡渉事故と、下記の記事で扱っていますⅳ)朝日連峰熱射病死亡事故とは、ともに高校の課外活動の登山での事故ですが、前者には教員が同行しておらず、後者では教員が同行してパーティーのリーダーやサブリーダーを務めていたという違いがあります。

また、o)涸沢岳滑落事故と下記の記事で扱っていますⅴ)大日岳遭難事故は、ともに大学の山岳サークルあるいはその延長線上の登山における事故ですが、前者のリーダーは同じサークルの部長で、後者ではプロの登山ガイドが引率していたという違いがあります。

教員の過失を否定したm)六甲山落石事故では、その判決において、「高校三年生で・・・心身発達の程度が一般に成人のそれにほぼ匹敵する・・・から・・・特段の事情がない限り、教職員は生徒の行動について逐一指導監督するまでの義務はないものと解するのが相当」と判示していたことは、上記でも引用したとおりです。

この判示部分と、上記のm)とⅲ)、およびn)とⅴ)の事故の過失認定の違いをみますと、少なくとも高校においては、山行に同行していない指導教員の注意義務の範囲は、学校教育活動としておこなわれる登山といえども、相当程度減縮されると考えられます。

山行に同行していない教員に関しては、生徒から提出された山行計画に具体的な危険性が予期される(され得る)かを検討し、必要に応じ山行計画および準備について指導する注意義務が生じ得ますが、それ以上の注意義務に関しては特段の事情がない限り問題とならなそうです。

また、o)涸沢岳滑落事故とⅴ)大日岳遭難事故の事故におけるリーダーの過失認定の相違から、教育活動としての登山においてもリーダーの注意義務は相当限定されているものと考えられます。

尚、リーダーが学生ではなく、かつ登山の目的が研修であったときにリーダーに要求される注意義務の水準がどの程度であるかについては、ⅴ)大日岳遭難事故の判決において、当該登山が研修目的であること、および参加者の中に初心者がいたことなどを注意義務認定の際に重視していることからしますと、リーダーが学生であれば注意義務が低く、外部の者であれば注意義務が高くなるとまでは言い切れないものと思われます。

下記の記事において触れましたが、山岳会のロッククライミング練習中に滑落事故が発生し会員が受傷した事故の裁判では、指導する立場にあった会員に過失が認定されています。
このことからしますと、同じグループの構成員間でも注意義務違反が生じ得ることが分かります。


これらのことからしますと、教育活動の登山においては、リーダーが学生であっても、具体的状況においては、リーダーに他の構成員に対する注意義務が認定されることもあり得ると考えられます。

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