那須雪崩事故~公立高校の部活時の登山事故と指導教員個人の責任

※作成時の法律、判例に基づく記事であり、作成後の法改正、判例変更等は反映しておりません。
この記事で扱っている問題

公立高校の山岳部の活動の一環として高体連主催の登山講習会に参加した生徒およびその引率教員が、那須岳のスキー場での雪上訓練中に雪崩事故に巻き込まれ死亡した事故である34)那須雪崩事故の1審の裁判例をみながら、主に国家賠償法における公務員(教員)個人の責任について確認してみます。

那須雪崩事故の裁判について

3月下旬、那須岳のスキー場において開催された高体連主催の春山安全登山講習会(以下「本件講習会」といいます。)において、スキー場における雪上訓練中に雪崩が発生、同訓練に参加していた公立高校の生徒7名(以下当該生徒らが通学していた高校を「本件高校」といいます。)および引率教員1名が死亡する雪崩事故(那須雪崩事故)(以下「本件事故」といいます。)が発生しました。

本件事故後、死亡した7名の生徒のうち4名の生徒の親族、および死亡した教員の親族が、本件高校の設置者でもある県、本件講習会を主催した高体連、および本件講習会の講師を務めていた教員らを被告として、損害賠償を求め訴訟を提起しました(宇都宮地判令和5年6月28日、以下「本件事件」といいます。)。

被告となった高体連は、県内の高校の職員、生徒により組織される権利能力なき社団であり、競技別に専門部が設置され、登山専門部は登山種目の加盟校を構成員としていました。
被告となった教員らは、高体連の登山専門部の委員長、副委員長、副部長であり、本件講習会の講師も務めていました。
被告となった県は、本件高校および被告となった教員らが勤務する高校の設置者でした。

この裁判では、高体連および県は注意義務違反について積極的に争わなかったこともあり、注意義務違反に関する裁判所の実質的な判断は示されていません。

原告・被告ら全員が控訴しなかったことから、1審判決は確定しました。

尚、本件事故に関しては、那須雪崩事故検証委員会が事故報告書を作成しており、県がホームページ上で当該報告書を公開しています。

那須雪崩事故の概要

本件事故の発生経緯・状況について、裁判所は次のように認定しています。

・・・本件講習会は、被告高体連が主催したものであるが、同時に・・・部活動・・・として実施されたもので・・・学科を那須塩原市の・・・において、実技を那須町に位置する那須岳周辺において、平成・・・年3月25日から同月27日まで・・・3日間で開催され、27日は、午前7時から、学校別の茶臼岳での登山訓練を行うことが計画され・・・実施に先立ち、同月・・・日、本件講習会の役員2名が現地に赴き、那須・・・スキー場(以下「本件スキー場」という。)駐車場、幕営予定の・・・付近及び・・・付近の下見を行った。その際の所要時間は30分程度であり、雪上訓練の実施予定場所であった峠の茶屋付近や、3日目に雪上歩行訓練を実施した・・・ゲレンデや樹林帯付近の確認は行われなかった。・・・
・・・本件講習会は、25日に開始され・・・講義等が行われた後、本件スキー場に移動・・・テントの設営などが行われ・・・26日は、峠の茶屋付近において、班編成での雪上訓練が行われた。
・・・栃木県の北部山地では26日夜から27日昼前までにかけてまとまった雪が降り、大雪となっていた。・・・26日午前10時32分には、茶臼岳が位置する那須町に対して、大雪注意報、雪崩注意報及び着雪注意報が発令され・・・27日午後2時22分には、大雪注意報及び着雪注意報は解除されたものの、雪崩注意報については継続することが発表された。・・・
・・・参加者の多くは、27日午前5時頃の時点で積雪及び降雪を認識しており、被告・・・も、同日午前6時頃には、参加者の教員の一人から、積雪について、「テントから出てトイレに行くのも大変なので今日は無理だと思います。」との連絡を受けていた。・・・
・・・27日は、当初の計画では、茶臼岳で学校別の登山訓練が計画されていたが、前日からの積雪や当日の降雪があったことから、被告三講師は、午前6時過ぎ頃、当日の進行を協議し・・・訓練の開始時刻を午前7時30分に変更・・・茶臼岳への登山を中止・・・本件スキー場ゲレンデ周辺での雪上歩行訓練を行うという計画に変更した。この際、被告三講師は、いずれも、テレビや携帯電話等を通じて気象情報や雪崩注意報等の発令の有無の確認はせず、また、雪上歩行訓練を実施する具体的な範囲について話し合っていなかった・・・27日は、学校単位で実技講習が行われる予定であったが、装備の不十分な生徒がいたことなどの理由から、前日と同様に班編成で実施されることになり、五つの班が編成され・・・第1班は本件高校の生徒により編成され、被告・・・が主講師として第1班の責任者となり、亡・・・は引率教師として第1班に随行することになった・・・被告・・・は、第2班の主講師として同班に随行し、被告・・・は、訓練には参加せず、講習会本部付近で待機することになった。
・・・第1班は、27日午前7時50分頃から本件スキー場第2ゲレンデ内でラッセル訓練を行い、その後、縦一列になり、本件高校の生徒、亡・・・、被告・・・の順で樹林帯を登り始め・・・その後、第1班は、樹林帯を抜け、前方に見えた岩を目指して樹林帯の上の斜面を登っていたところ、午前8時30分頃から同45分頃までに樹林帯の上部の斜面で雪崩が発生し、本件被災者らはいずれも雪崩に巻き込まれ、そのころ死亡した・・・

宇都宮地判令和5年6月28日

このように、本件事故は、3月末に、相当量の積雪後、降雪時に発生した雪崩事故でした。
関係行政庁は、高校の冬山登山については、次のように原則として冬山登山はおこなわないよう通知し、降雪中とその翌日は行動を中止するようにも求めていました。

スポーツ庁は・・・「冬山登山の事故防止について」と題する通知を発し・・・平成28年11月28日付け「冬山登山の事故防止について(通知)」(28ス庁第422号)では、「高校生及び高等専門学校生(1年生から3年生まで)以下については、原則として冬山登山は行わないよう御指導願います。」とされ・・・
・・・被告県は、「冬山登山の事故防止について」(昭和41年11月22日健教第775号教育長通知)、「高校生冬山登山実施の範囲」(同年12月)及び「夏山登山の実施の範囲」(昭和40年7月)を発出し・・・「冬山登山の事故防止について」では、「冬季積雪期における登山については極力さけることを原則」とし、実施する場合には、「かなりの基礎訓練をつんだものを対象に安全確保のできる場所で基礎的技術訓練にとどめるよう慎重な態度でのぞむものとする。」と定め、高等学校において冬山登山訓練を実施する場合は県教育委員会の事前承認を受けるものとし・・・「11月~5月末日頃までを冬山登山の要注意期間としてとくに留意することが必要である。」とし、「冬山はいつでもなだれのおこる危険性があるので、降雪中とその翌日は行動を中止するようにすること。」と規定し・・・「高校生冬山登山実施の範囲」では、「冬山登山要注意期間は11月末~5月末」までとし、「事前に気象状況を研究しておくこと。」と定めていた・・・

宇都宮地判令和5年6月28日

本件事件の争点

本件事件では、下記の点が争点となりました。

A 被告教員らとの関係では、

  • 公務員個人の責任(争点1)
  • 被告教員らの過失(争点2)
  • 損害(争点3)

B 被告県及び被告高体連との関係では、

  • 損害(争点3)
  • 亡くなった引率教員についての過失相殺(争点4)

これらの1~4の争点のうち、争点2に関し、被告のうち、教員ら(個人)は、雪崩の発生は予見不可能であったとして、予見可能性を争っていました。
しかし、後述のとおり、裁判所は、争点1に関し、国家賠償法1条1項の責任を県が負う場合、公務員である教員は責任を負わないとの判断を示しました。そして、県が責任を積極的に争わなかった本件事件においては、被告の教員3名に対する請求は棄却されることとなり、教員の予見可能性に関する裁判所の判断は示されていません。

那須雪崩事故における講師を務めた教員個人の責任について

上記の争点1に関し、裁判所は次のように判示し、教員個人に対する請求を棄却しています。

公権力の行使に当たる国又は公共団体の公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には、国又は公共団体がその被害者に対して賠償の責に任ずるのであって、公務員個人はその責を負わないと解するのが相当である(最高裁判所昭和30年4月19日第三小法廷判決・民集9巻5号534頁、最高裁判所昭和47年3月21日第三小法廷判決・裁判集民事105号309頁、最高裁判所昭和53年10月20日第二小法廷判決・民集32巻7号1367頁参照)。被告三講師はいずれも被告県の公務員たる・・・県立高等学校の教員であり、本件講習会は、学校教育の一環として実施されたものであって、本件事故は、公務員が職務行為を行うについて発生した事故であるから、被告三講師は原告らに対して賠償責任を負うものではない。・・・原告らは、公務員に故意や重過失が認められる場合には、公務員への萎縮効果を問題とする必要はないと主張する。しかし、国賠法1条は、1項が国又は公共団体の賠償責任を定めるとともに、2項が公務員に故意又は重大な過失があったときは、国又は公共団体がその公務員に対して求償権を有する旨を定めている。これは、公務員個人に対する請求の当否を、個別の案件における個々の事情に応じて、国又は公共団体の適切な裁量に委ねた趣旨と解され、被害者から公務員個人への直接請求を肯定することは、かかる趣旨を没却するもので・・・採用することはできない。
・・・被告三講師は、同被告らには被告適格がないから、同被告らに対する訴えは不適法として却下すべきであると主張する。しかし、原告らの被告三講師に対する訴えは、金銭の支払を求める給付の訴えであって、原告らによって給付義務者と主張される者に被告適格が認められ、被告三講師が給付義務者であるか否かは、不法行為に基づく損害賠償請求権の成否そのものの問題であるから、被告三講師には、被告適格が認められるというべきで・・・
・・・原告らの被告三講師に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないから棄却すべきである。

宇都宮地判令和5年6月28日

国公立学校の教員個人の責任について

国・公共団体が国家賠償法1条1項の責任を負う場合の公務員個人の責任に関し、同様な公立高校の課外活動時の登山部の事故の裁判としては、下記の記事で扱っている「朝日連峰熱射病死亡事故」の裁判(浦和地判平成12年3月15日)、国立大学の教育活動時の事故としては下記の記事で扱っている「屋久島水難事故」の裁判(福岡地判令和4年5月17日)などがあります。

また、公務員の個人責任と国家賠償法1条2項の求償については下記の記事で扱っています。

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