直筆でない財産目録に署名押印がない場合の自筆証書遺言の有効性

※作成時の法律、判例に基づく記事であり、作成後の法改正、判例変更等は反映しておりません。

自筆証書遺言の財産目録に関する要件の緩和

平成30年の相続に関する民法改正(相続法改正)により、平成31年1月13日から、遺言者が自筆で作成する遺言書については要件が緩和されました。

改正前は、遺言書に財産目録を添付する場合、財産目録についても自筆で作成する必要がありました。
しかし、改正後は、下記に引用した民法968条2項のように、財産目録はパソコンなどで作成しても良いこととなりました。
ただし、パソコンなどで財産目録を作成した場合は、財産目録のページごとに署名、押印することが必要となりました。

(自筆証書遺言)
第九百六十八条 自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。
2 前項の規定にかかわらず、自筆証書にこれと一体のものとして相続財産(第九百九十七条第一項に規定する場合における同項に規定する権利を含む。)の全部又は一部の目録を添付する場合には、その目録については、自書することを要しない。この場合において、遺言者は、その目録の毎葉(自書によらない記載がその両面にある場合にあっては、その両面)に署名し、印を押さなければならない。
3 自筆証書(前項の目録を含む。)中の加除その他の変更は、遺言者が、その場所を指示し、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければ、その効力を生じない。

民法968条

それでは、遺言書の財産目録がパソコンで作成されているのもかかわらず、財産目録に遺言者の署名・押印がなかった場合、自筆証書遺言の要件を欠き、遺言全体が無効となるのでしょうか。

署名押印を欠く財産目録に関する裁判例

訴訟における原告の主張

この点について、ワープロで作成された財産目録に署名押印がなかった自筆証書遺言の有効性が争点となった裁判があります(札幌地判令和3年9月24日)。

この裁判において、原告は、

・・・本件目録に遺言者の署名押印がなく,少なくとも本件目録は無効とな(り)・・・財産目録が全く添付されていないことになる。そして,本件遺言書によれば,本件遺言の対象たる「預貯金,投資信託および全ての金融資産」とは「別紙の財産目録」すなわち本件目録で特定された金融資産のことを指すのであり,本件目録によって本件遺言の対象とする金融資産を特定・限定したものであって,本件目録は本件遺言書の中で最も重要な部分を構成する。したがって,本件目録が無効である以上,相続人に相続させるべき目的物を特定することは不可能となるから,本件遺言書は全体として遺言の意味が通らなくなり,無効となる。
・・・また,・・・本件目録はAの自書によるものではないから,本件遺言書は,民法968条1項が自筆証書遺言の方式要件として定める全文自書の要件を欠(き)・・・そして,本件目録には遺言者の署名押印がないのであるから・・同条2項の要件も欠く。
したがって,本件遺言書は,その全体が民法968条1項の全文自書の要件を欠いて無効となる。

札幌地判令和3年9月24日

と主張しています。
上記引用の後段では、問題となった遺言書は968条2項の要件を欠いていることから、2項には該当せず、968条1項の遺言書という位置づけになるとしています。
その上で、1項の要件も欠くことから、1項としても有効とはならず、結局、当該遺言書は無効となると主張しているのです。

裁判所の判断について

これに対し、裁判所は、

・・・法の規定及びその趣旨に照らすと,自筆証書に添付された財産目録の毎葉に署名押印がない場合には,当該目録自体は無効になるものといわざるを得ない。・・・しかしながら,・・・民法968条1項が自筆証書遺言の方式としてその全文の自書を要するとした趣旨は,遺言者の真意を確保すること等にあるのであって,必要以上に遺言の方式を厳格に解するときは,かえって遺言者の真意の実現を阻害することになりかねない(最高裁令和3年1月18日第一小法廷判決・裁判所時報1760号2頁参照)。そして,同条2項前段が財産目録については自書を要しないとした趣旨は,財産目録は対象財産を特定するだけの形式的な事項であるため,この部分については自書を要求する必要性が類型的に低い点にあるものと解されるので・・・形式的な事項にすぎない財産目録の方式に瑕疵があることを理由に,直ちに自筆証書遺言の全部が無効であるとするのは,遺言者の真意の実現を阻害する・・・(ので、)自筆証書に添付された財産目録の毎葉に署名押印がなく,当該目録自体は無効となる場合であっても,当該目録が付随的・付加的意味をもつにとどまり,その部分を除外しても遺言の趣旨が十分に理解され得るときには,当該自筆証書遺言の全体が無効となるものではないというべき・・・
本件目録は・・・ワープロ打ちにより作成されているにもかかわらず署名押印がないのであるから・・・民法968条2項後段所定の方式を欠いて無効であるといわざるを得ない・・・(が、)そもそも本件目録には,生命保険(4個),預貯金(2個)及び国庫債券(1個)が記載されているにすぎない。
そして,・・・生命保険の死亡保険金については,本件遺言書の本文部分において,本件目録の番号1,2及び3の保険は受取人の・・・が受け取り,番号4の保険は受取人の・・・が受け取るというように,本件目録の番号を引用した記載がされている・・・(が、)保険金受取人としてその請求権発生当時の相続人たるべき個人が指定されている場合には,当該請求権は保険契約の効力発生と同時に当該相続人の固有財産となり,被保険者兼保険契約者の遺産より離脱しているのであるから(最高裁昭和40年2月2日第三小法廷判決・民集19巻1号1頁参照),本件遺言書における生命保険の記載は,その権利の帰属を左右するものではなく,いわば無益的記載というべきものである。念のため検討しても,本件遺言書の本文部分における上記記載の内容は,結局のところ,生命保険の死亡保険金は各受取人が受け取るというものにすぎないのであって,本件目録自体の記載を除外しても遺言の趣旨が十分に理解され得るところで・・・本件目録に記載された財産のうち預貯金及び国庫債券については,本件遺言書の本文部分において個別具体的に引用・参照されることはなく,ただ包括的に,生命保険以外の金融資産については・・・に・・・%,・・・に・・・%,・・・に・・・の割合で相続させると記載されているにすぎないので・・・本件目録の記載を除外してもその遺言の趣旨が十分に理解され得るところで・・・本件遺言書における本件目録は,付随的・付加的意味をもつにとどまり,これを除外しても遺言の趣旨が十分に理解され得るのであるから,本件目録が署名押印を欠いて無効となるからといって,本件遺言書の全体が無効となるものではないというべきで・・・
本件目録が署名押印を欠いて無効となるからといって,本件遺言書の全体が無効となるということはできない。

札幌地判令和3年9月24日

と判示しています。

署名押印を欠く財産目録の影響

この裁判例では、改正後の民法968条2項が、本文と異なり財産目録については自筆以外のワープロでの作成までを容認した理由について、財産目録は対象財産を特定するだけの形式的な事項であり、自書を要求する必要性が類型的に低いからであるとしています。

その上で、財産目録各ページの署名押印がなく、財産目録が無効となる場合でも、財産目録の記載を除外しても遺言の趣旨が十分に理解され得るときには、遺言書全体が無効となるものではないと判断しています。

この判決の趣旨からしますと、

財産目録がパソコン等で作成された場合、署名・捺印がなされていなければ財産目録自体は無効となります。

しかし、財産目録を除いた遺言書本文から、遺言全体の内容が理解できる場合、遺言は本文から読み取れる内容で有効ということになります。
一方、財産目録を除いた遺言書本文のみでは、遺言の内容が理解(特定)できないような場合、遺言書全体が無効になり得ると考えられます。

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