雇用

転職と競業避止義務

競業避止条項と転職

Aさんの転職

Aさんは、来年入社5年を迎えるのを機に転職しようと考えています。
しかし、Aさんの会社では、退職後2年間は同業他社への転職を就業規則で禁止しています。
Aさんは、同業他社への転職を考えていますが、会社に聞くわけにもいかず、ひとり悩んでいます。
Aさんは、この就業規則の規定をどのように考えれば良いのでしょうか。

競業避止規定

Aさんの会社のこのような規定を競業避止規定などといいますが、競業避止規定は、従業員の転職の自由を制限するものといえます。しかし、転職の自由も憲法上保障されている職業選択の自由に含まれることから、競業避止規定は憲法上の人権の制限となり、就業規則に無制限に規定できるものではありません。
また、仮に就業規則で規定されていても、過度に広範に従業員の転職を制限するようなものであれば無効となります。
このように就業規則に競業避止規定がある場合の他、退職時に会社から競業避止に関する誓約書への署名・捺印を求められる場合もありますが、その場合でも、誓約書の内容が過度に広範なものであれば無効となり得ます。

就業規則の競業避止規定あるいは競業避止に関する誓約書が無効となれば、競業避止義務に関する就業規則の規定、競業避止に関する誓約書は効力を生じないこととなり、当初より就業規則の競業避止規定あるいは競業避止に関する誓約書が存在しない場合と同様、同業他社への転職が制限されることはありません。
ただし、転職後に今の会社の営業データ等を用いた場合、不法行為責任を負うこともあり得るのは、競業避止規定及び競業避止に関する誓約書の有効・無効とは別の問題です。

競業避止条項が無効になるケース

それでは、どのような場合に競業避止条項が無効となり得るのでしょうか。
この点について、競業他社へ転職した社員へ会社から不正競業行為禁止仮処分命令の申立てがなされた事件(奈良地判昭和45年10月23日)では、

競業の制限が合理的範囲を超え、債務者らの職業選択の自由等を不当に拘束し、同人の生存を脅かす場合には、その制限は、公序良俗に反し無効となることは言うまでもないが、この合理的範囲を確定するにあたつては、制限の期間、場所的範囲、制限の対象となる職種の範囲、代償の有無等について、債権者の利益(企業秘密の保護)、債務者の不利益(転職、再就職の不自由)及び社会的利害(独占集中の虞れ、それに伴う一般消費者の利害)の三つの視点に立つて慎重に検討していくことを要する

奈良地判昭和45年10月23日

と判示されています。
競業避止規定の有効性は、この判決の引用部分にありますように、競業禁止の①期間・場所的範囲、②対象者の範囲、③代償措置などを考慮して判断されることとなります。

裁判例にみる競業避止条項が無効になる要素

競業避止規定の期間・場所的範囲の問題

まず、期間・場所的範囲ですが、上記判決では、上記の引用箇所に続いて、

本件契約は制限期間は二年間という比較的短期間であり・・・債権者の営業が・・・特殊な分野であることを考えると制限の対象は比較的狭いこと、場所的には無制限であるが、これは債権者の営業の秘密が技術的秘密である以上やむをえないと考えられ、退職後の制限に対する代償は支給されていないが、在職中、機密保持手当が債務者両名に支給されていたこと・・・を総合するときは・・・競業の制限は合理的な範囲を超えているとは言い難く・・・まだ無効と言うことはできない

奈良地判昭和45年10月23日

とされています。この裁判例もあり、一時期は就業規則に2年程度の期間を規定する例が散見されたようですが、具体的事情の下で他の考慮要素と併せみて有効性は判断されるものであり、2年以内であれば有効というわけでもありません。また、近時、裁判所は、競業避止規定の有効性の範囲を必要な範囲に限定し、狭く認定する傾向があるとも言われています。
例えば、保険会社の元金融法人本部長兼執行役員の競業避止条項の有効性が問題となった東京地判平成24年 1月13日では、

保険商品については,近時新しい商品が次々と設計され販売され・・・保険業界において,転職禁止期間を2年間とすることは,経験の価値を陳腐化するといえ・・・期間の長さとして相当とは言い難いし,また,本件競業避止条項に地域の限定が何ら付されていない点も,適切ではない

東京地判平成24年 1月13日

等と判示して、競業避止義務を定める合意を無効と認定し、控訴審も1審の判断を支持しました。
また、行政書士事務所が元事務員が競業禁止契約に反した等として損害賠償を求めた裁判(東京地判平成31年4月12日)でも、

①被告は原告において事務員として勤務していたにすぎないこと,②原告において勤務していた当時の被告の賃金や退職金が特に高額であったというような特殊な事情は何ら主張立証されていないこと,③原告の主張によれば,被告は自ら取得した資格を用いて行政書士として開業することまで禁じられてしまうこと,④原告が主張する競業避止義務の期間は2年間にわたることなどに照らすと,原告が主張する競業避止契約は,被告の職業選択の自由を不当に制約するものであって,公序良俗に反し,無効と解するのが相当

東京地判平成31年4月12日

と判示し請求を棄却しています。
一方、会社が元取締役に対し競業避止義務違反などを理由に損害賠償を求めた事件(東京地判令和2年3月26日)では、

競業避止規定は,場所的範囲に限定がなく,代償措置も認められないものの,(ⅰ)原告の事業は,専ら店舗工事の元請に限られており,第三者に代替されやすい業種であること・・・(ⅱ)制限期間は退職後2年までに限られていたこと,(ⅲ)被告は,原告の取締役兼BS統括本部長として,原告の営業部門全体を統括していたこと・・・(ⅳ)被告の過去の職歴はIT・コンサルタント関係であることを総合考慮すれば・・・不合理な制約といえず,有効である。

東京地判令和2年3月26日

としており、具体的事情とあわせて期間も判断されていると言えます。

競業避止条項の対象者の範囲に関する問題

次に、競業避止義務を負う人との関係では、元社員が競業避止の合意に反したとして会社が損害賠償を求めた事件(大阪地判平成28年7月14日)において、

被告はいわゆる平社員にすぎないうえ、原告への在籍期間も約1年にすぎない。他方、競業禁止義務を負う範囲は、退職の日から3年にわたって競業関係に立つ事業者への就職等を禁止するというものであり、何らの地域制限も付されていないから、相当程度に広範といわざるを得ない

大阪地判平成28年7月14日

として退職者の在職中のポジションが競業避止条項の有効性の判断要素となることを明らかにしています。
一方、量販店が、元店長に対し競業避止の合意違反を理由に損害賠償を求めた事件(東京地判平成19年4月24日)では、

被告(は、)・・・店長を歴任・・・母店長として複数店舗の管理に携わり・・・さらに,地区部長の地位に就き・・・全社的な営業方針,経営戦略等を知ることができたと認められ・・・被告のような地位にあった従業員に対して競業避止義務を課することは不合理でないと解され・・・競業避止条項の対象となる同業者の範囲は,・・・量販店チェーンを展開するという原告の業務内容に照らし,自ずからこれと同種の・・・量販店に限定されると解釈することができ・・・退職後1年という期間は・・・不相当に長いものではないと認められ・・・地理的な制限がないが,原告が全国的に・・・量販店チェーンを展開する会社であることからすると,禁止範囲が過度に広範であるということもない・・・

東京地判平成19年4月24日

等として競業避止義務を有効としています。

これらの判決を競業避止義務の人的対象範囲と競業避止義務の有効性の関係からみてみますと、上記の東京地判令和2年3月26日では元取締役、東京地判平成19年4月24日では元店長の競業避止条項の有効性が認められる一方、大阪地判平成28年7月14日では平社員であること、東京地判平成31年4月12日では「事務員として勤務していたにすぎない」ことを競業避止条項の無効判断の際に指摘しており、やはり、在職中に担当していた職務内容は、競業避止義務の有効性判断において考慮されていることが分かります。

しかしながら、東京地判平成24年 1月13日では、元金融法人本部長兼執行役員の競業避止条項が無効とされていることからも分かるように、人的対象範囲だけで競業避止義務の有効性が決まるものではないと言えます。

競業避止条項の有効性判断について

このように、競業避止規定の有効性は、競業禁止の①期間・場所的範囲、②対象者の範囲、③代償措置などの事情を総合的に考慮して判断されるものですから、Aさんの場合も現在の職務内容、具体的な競業避止規定の制限範囲等の内容により、会社の競業避止条項が有効か無効かが変わってくるものと考えられます。近時の裁判例をみますと、Aさんがいわゆる平社員で会社の機密に触れる仕事に携わっていなければ、2年間の競業避止規定は無効とされる可能性も相当程度あると思われます。

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