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山道通行中にシカが原因で車が破損した場合の国賠法2条1項請求

シカが原因で発生した事故の問題

Aさんが山奥の公道を車で通過した際、突然鹿が飛び出してきて車に衝突、車体が破損してしまいました。
Bさんが山奥の片側が急な崖になっている公道を車で通りかかった時、鹿が崖から落とした岩が運悪く転がり落ちてきて、ボンネットに衝突、車が大破してしまいました。
AさんとBさんは、公道の設置管理者である県、市町村等の地方公共団体に対し国家賠償法2条1項に基づき、車の修理費用を請求できるのでしょうか。

既に開通し、特に規制なく車が往来している公道は、一般的には国家賠償法2条1項の公の営造物に該当します。
そこで、AさんとBさんのケースでは、シカが飛び出してきたり、シカによる落石事故が生じるような公道には、国家賠償法2条1項の「設置又は管理に瑕疵」があると言えるのかが問題となり得ます。
これまでも、登山道の瑕疵の問題を考える際に言及してきましたが、ここでいう「瑕疵」とは、一般的には、「営造物が通常有すべき安全性を欠いていること」(最判昭和45年8月20日)であるとされています。
そこで、AさんとBさんのケースにおいて、道路が通常有すべき安全性を欠いた状態にあったと言えるかを、実際の裁判例をみながら考えてみます。

シカと衝突した事故の裁判例

まず、Aさんのケースと類似した事案の裁判としては、有料道路に侵入したシカが通りかかった自動二輪車に衝突し、運転していた人が負傷した事故において、運転していた人が道路の所有・管理者に損害賠償を求めたものがあります(横浜地判平成30年10月2日)。この裁判では、有料道路の所有・管理者が民間会社であったことから、国家賠償法2条1項ではなく、民法717条1項の土地の工作物責任が問題となりました。
この裁判において裁判所は、道路の設置保存の瑕疵について、

民法717条1項にいう工作物の設置又は保存の瑕疵とは,工作物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい,当該工作物の使用に関連して事故が発生し,被害が生じた場合において,当該工作物の設置又は保存に瑕疵があったとみられるかどうかは,その事故当時における当該工作物の構造,用法,場所的環境,利用状況等諸般の事情を総合考慮して個別具体的に判断すべき

横浜地判平成30年10月2日

と瑕疵の判断枠組みを示した上で、まず、①道路にシカが侵入する頻度について、

・・・報告書によれば・・・道路の位置する・・・地域におけるシカの目撃例が増加し,その分布が徐々に拡大しているとされていることからすると,本件事故当時,本件道路にシカが侵入する可能性があったことは否定できない・・・しかし・・・シカの密度は高くなく・・・周辺地域と比較してもはるかに生息密度が低いものとされ・・・本件事故が発生するまでの約7年間に,本件道路においてシカの侵入が確認された事例は2件にすぎないのであり・・・事故当時,本件道路周辺におけるシカの生息密度は低く,本件道路へのシカの侵入頻度も極めて低かったことを示すものといえる

横浜地判平成30年10月2日

と認定しています。次に②道路にシカが侵入した場合の事故の危険性について、

本件道路は,制限時速40キロメートルの一般自動車道で・・・夜間の通行が禁止されているので・・・高速自動車国道等・・・や夜間通行可能な一般道路等に比して,視野及び視界を確保できる状況の下で運転することが予定されているものといえ・・・(また、)年2回の除草作業を実施しており・・・本件道路を走行する車両の運転者は,道路脇の状況についても一定程度視認することが可能であった。これに加えて,本件道路には,「動物が飛び出すおそれ」があることを示す警戒標識が6か所にわたって設置され,運転者への注意喚起が図られていた(ので、)・・・仮に,本件道路にシカが侵入するようなことがあったとしたとしても・・・運転者において,シカの存在を予測し・・・シカを発見した上で,適切な運転操作を行うことにより,シカとの衝突を回避することを期待することができるものといえ・・・道路にシカが侵入することがあったとしても,それによって事故が発生する危険性は低いものと考えられる

横浜地判平成30年10月2日

と認定し、

以上の事情に加え,シカの侵入を防ぐことが可能な程度の防護柵の設置については,本件道路付近よりシカの生息密度が高い周辺道路においてもこれが設置されていたことが証拠上うかがわれないこと,仮に,本件道路へのシカの侵入を防止し得る防護柵を設置しようとすれば,その設置箇所は広範囲なものとならざるを得ず,相当多額の費用を要することが明らかであることからすると,シカの侵入頻度が極めて低く,かつ,仮にシカの侵入があったとしてもそれによる事故発生の危険性が低いと認められる本件道路において,防護柵が設置されていないことをもって,本件道路が通常有すべき安全性を欠いていたということは困難であり,本件道路に設置又は保存の瑕疵があったとみることはできない。

横浜地判平成30年10月2日

として、民法717条1項の土地の工作物の設置・保存の瑕疵を否定しています。
この裁判では、①道路にシカが侵入する頻度、②道路にシカが侵入した場合の事故の危険性とともに、③シカの侵入防護柵設置等の対応策実施に関する費用負担の程度を検討して、瑕疵の認定をおこなっています。
近時では、山道でシカを目撃することは珍しくありませんし、シカと電車の接触事故による電車の遅延もしばしば生じています。
そうしますと、場所によりましては、①道路に相当の頻度でシカが侵入している場所もありそうです。また、シカが侵入した場合に事故の危険性が生ずる場所もありそうです。このことからしますと、Aさんのケースで瑕疵が認められるかは、上記裁判例の②と③の点がポイントとなりそうです。

シカによる落石の危険性が問題となった裁判例

次に、Bさんのケースと類似した事案としては、公道の道路脇の斜面から落石があり、通行中の自動車に衝突、当該車両に乗車していた人が負傷した事故があります。
この事故では、運転していた人と保険金を支払った保険会社(保険代位)が、公道の管理者である地方公共団体に対し国家賠償法2条1項に基づく損害賠償及び求償金を求めて提訴しています(さいたま地判平成27年9月30日)。

この裁判の判決で裁判所は、

国家賠償法2条1項にいう営造物の設置又は管理の瑕疵とは,営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい,これに基づく公共団体の賠償責任については,その過失の存在を必要としないと解するのが相当である(最高裁昭和45年8月20日第一小法廷判決・民集24巻9号1268頁参照)。そして,当該営造物の設置又は管理に瑕疵があったかどうかは,当該営造物の構造,用法,場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的,個別的に判断すべきである(最高裁昭和53年7月4日第三小法廷判決・民集32巻5号809頁参照)

さいたま地判平成27年9月30日

と設置管理の瑕疵の判断枠組みを示した上で、

・・・本件斜面は・・・急斜面となっており,本件斜面には直径20cm前後の石が多数散在し・・・風雨等の自然的環境の下で落石しやすい状況となることは否定されない・・・そして,これらの石に,何らかの衝撃や振動等が加われば,落石に至ることは十分に想定されるところである(・・・本件事故現場周辺では・・・沿道におけるニホンジカの姿が頻繁に目撃されている上,本件事故後の調査においても・・・ニホンジカの糞が数箇所にわたってあることや・・・斜面に沿って足跡があることが確認されていることからすると,ニホンジカ等の動物が,本件斜面上の石に衝撃を加える可能性もある。なお,被告が,本件事故の発生以前から,本件事故現場周辺にニホンジカ等の野生動物が出没することを認識していたことも前記認定のとおりである。)・・・本件事故の直後,本件道路上には小さな石から拳大の石まで多数散乱していたし,本件事故の発生以前に・・・事故現場から約30m離れた地点にある・・・付近では落石が発生した旨の報告例もある。加えて・・・寄りの本件・・・道上には落石注意の標識が出ており,本件事故現場より・・・寄りの尾根側(山側)の本件・・道に面した斜面の一部には,落石を防止するためのネットが張られたり,コンクリートが吹き付けられたりしていた箇所もあるので・・・本件道路は,本件事故当時,客観的にみて落石の危険性があったものであり,被告もそのことを認識することが可能であったというべきである。それにもかかわらず,被告は,本件事故当時,本件斜面上からの落石を防止するため防護柵を設置するなど適切な措置を採っていなかったものであり(なお,・・・県内の山間部の道路において,動物による落石のリスクを考慮して,防護策を講じた例も存在する・・・),本件道路は,道路として通常備えるべき安全性を欠いていたと認めるのが相当である。

さいたま地判平成27年9月30日

として国家賠償法2条1項の設置管理の瑕疵を認定しています。
この裁判では、シカによる落石が事故の原因であると認定しているわけではありませんが、ⅰ)何らかの衝撃が加われば容易に落石事故が生じ得る状態となっていたことから、ⅱ)シカ等が事故現場に出没すれば不安定な状態にある石に衝撃を与え落石事故が生じる可能性があったところ、近くにシカ等の自然動物が頻繁に出没しており、ⅲ)近くの道路では落石防止措置をとっており、県内では動物による落石対策を取っていたところもあったにもかかわらず、事故現場ではそのような措置が取られていなかったという一連の事情から瑕疵の認定をおこなっています。

シカの事故原因への関与の違いが瑕疵認定に与える影響

上記の横浜地判平成30年10月2日の①及び②の検討は、このさいたま地判平成27年9月30日のⅰ)及びⅱ)の検討にあたり、③の検討はⅲ)に該当すると考えられます。
後者では、落下しやすい状態という潜在的に危険性を有する状態にあった石を、実際に落下させる要因(引き金)としてシカ等の野生動物の出没が問題となっています。もし、落下しやすい状態に石がなっていなければ、シカ等の野生動物が通りかかっても落石事故は発生しません。人と異なり、シカ等の野生動物に落石をおこさないよう通過する注意義務を課すのは無理なことなので、この場合、落下しやすい状態にあった石の潜在的危険性が、偶然通りかかったシカ等の野生動物により落石事故という形で実現したと考えられそうです。そうしますと、シカ等の野生動物の出没は落下しやすい状態の石が落下する因果の流れの中の出来事と考えられそうです。事故現場にシカ等の野生動物が出没することは、さほど珍しいとまでは言えないことから、ある程度予見可能なことだと考えられます。そうしますと、石が落下しそうな状態に放置されていたことと落石事故の間には、相当因果関係を認めることが出来そうです。このように考えますと、後者では、シカの出没は、事故の直接の原因ではないとも言えそうです。
それに対し、前者では、シカの出没そのものが事故の原因として道路の安全性を直接損なうものであると考えることとなります。
裁判における証拠関係が不明なことから、詳しくは分かりませんが、このように、シカ(その他の野生動物)の出没が事故を招く直接の原因となったのか、あるいは単なる因果の流れの中の出来事に過ぎず、直接の原因ではないと考え得るのかという点も、2つの判決の結論の相違に関係していると考えることもできます。
事故当時、事故現場周辺では、シカの出没による道路事故が発生する危険性をさほど感じられなかったと考えるのであれば、前者では、シカの出没により自動車事故が発生することへの予見可能性を認定出来ないこととなり、道路の瑕疵は認定し辛くなくなります。一方、後者で、シカの出没は因果の流れの中の出来事で、石が落下しやすい状態にあったということが道路の瑕疵と考えるのであれば、シカの出没の危険性は、道路の瑕疵の認定にはさほど影響はあたえないこととなります。勿論、シカの出没が予見できない程であれば、具体的事故において、瑕疵の認定における予見可能性に影響を与えることもあり得ますが、シカの出没が予見できない程の場所ではなければ、瑕疵の認定にあまり影響はありません。
しかしながら、後者の判決において、「動物による落石のリスクを考慮して,防護策を講じた例も存在する」とわざわざ言及していることからしても、今後、シカ、クマ、イノシシ等の野生動物が頻繁に道路に出没し、事故が頻繁に生じるようになれば、野生動物の出没そのものの道路事故への潜在的危険性が高まり、これに対する何らかの防止策が一般化していくことも考えられます。そのように防止策が一般化した場合、前者のようなケースでも防止策を講じていないことを道路の瑕疵と認定される可能性もあり得ると考えられます。
尚、キツネとの衝突を避けようとして生じた自損事故で国家賠償法2条1項の請求をおこなった裁判の上告審判決(最判平成22年3月2日)も参考になるかと思われます。

AさんとBさんのケースについて

引用しました2つの裁判例からしますと、AさんよりBさんのケースの方が国家賠償法2条1項の瑕疵が認定される可能性は高いものと思われます。しかし、事故現場の状況及び周囲の道路のシカ対策状況によっては、Aさんのケースでも請求が認められる可能性がないわけではないと思われます。

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