登山事故

登山部の外部研修参加時の事故で負傷した引率教員の労災認定

今回は、課外活動の登山部の外部研修参加時の事故により負傷した引率教員の労災認定について実際の裁判例をみてみます。

一般的には、労災にあった人は、労災保険の障害(補償)等給付などの請求を労働基準監督署長に対しおこない、労働基準監督署長は支給または不支給の決定をおこないます。その決定内容に不満があるときには、都道府県労働局の労働者災害補償保険審査官に審査請求をおこないますが、その審査官の決定に対しても不満があるときには、裁判所に決定の取消しの訴えを提起することとなります。
労災保険に関しましては、労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」といいます。)に規定されていますが、労災保険法3条2項で、「国の直営事業及び官公署の事業・・・については、この法律は、適用しない」とされ、国家公務員あるいは地方公務員の公務災害に関しては、労働保険での救済はおこなわれず、国家公務員災害補償法あるいは地方公務員災害補償法に基づき救済がなされることとなります。
そこで、課外活動の登山訓練時の事故において引率教員に負傷が発生した時には、私立高校の教員であれば労災保険法の手続きで補償を受けることとなり、国立高校の教員は国家公務員災害補償法、公立高校の教員の場合は地方公務員災害補償法の手続きで補償を求めることとなります。

今回は、登山部の学外研修の登山訓練中の雪崩事故により公立高校の教員(以下「A」といいます。)が負傷した事故で、当該教員の公務災害が問題となった裁判を通して、公務遂行性の認定についてみてみます。
この事故は、公立高校の登山部顧問の教員であるAが、県高等学校体育連盟(以下「高体連」といいます。)主催の講習会に生徒を引率し参加した折、講習会の講師として他校の生徒に対し雪上歩行訓練を実施していた時に雪崩に巻き込まれ負傷した事故です。
Aは、地方公務員災害補償法1条の「公務上の災害」に該当するとして公務災害認定請求をしましたが、処分行政庁が公務外認定処分をしたことから、本件処分の取消しを求め提訴しました。
この事故の裁判では、高体連が県内に所在する高校の職員・生徒によって組織された任意の団体であり、また、顧問を務める勤務先の生徒の指導時ではなく、他校の生徒の指導時に発生した事故で負傷していることから、特に公務遂行性が争点となりました。
被告である地方公務員災害補償基金は、

高体連の業務は・・・公務ではない・・・したがって,学校長による登山部顧問の任命には,本件講習会の役員又は講師に正式に選任された場合に,その職務に従事するべき旨の職務命令は含まれていない・・・高体連関連業務は,公務とは無関係の業務で・・・本件災害は,原告が高体連主催の本件講習会の講師として,他校の生徒を指導していた際に発生したもの(で)・・・教師として自校の生徒を指導していた際に発生したものではないので・・・公務遂行中の災害とは認められない。

原告が,学校長の旅行命令(出張命令)を受けていたとしても,それは,飽くまでも自校生徒の引率に対してのものであり,他校の生徒の引率まで含まれず,ましてや,本件講習会において講師としての業務を行うことまでは含まれていない。したがって,原告に対する学校長の旅行命令と本件災害が「公務上の災害」であるか否かは関連しない。

・・・本件災害は,公務遂行中に発生したものではなく,「公務上の災害」と認められない。

として、①高体連が任意の団体で、その業務は公務とはいえず、高体連の業務中に発生した事故による負傷は公務外の災害でとなること、②Aに対する、学校長の生徒を講習会へ引率する旅行命令は、他校の引率及び講師業務までは含まれていないこと等を理由にAの負傷は公務上の災害ではないと主張しています。

これに対し裁判所は、公務遂行性の判断枠組みに関して、次のように述べています。

地方公務員の「負傷,疾病,傷害又は死亡」が地公法に基づく公務災害に関する補償の対象となるには,それが「公務上」のものであることを要し,そのための要件の一つとして,当該地方公務員が任命権者の支配管理下にある状態において当該災害で発生したこと(公務遂行性)が必要であると解するのが相当である(最高裁昭和59年5月29日第三小法廷判決・裁判集民事142号183頁参照)。

ここで、裁判所が引用している最判昭和59年5月29日は、公務員の災害が問題となった事案ではなく、民間企業の従業員の労災認定に関する裁判の判決です。このことから、本件事件において、公務遂行性の判断枠組みとして一般の労災の業務遂行性の判断枠組みを採用していることが分かります。
続いて裁判所は、

・・・本件災害は,Aが本件講習会の講師として行っていた高体連関連業務としての雪上歩行訓練中に発生したもので・・・高体連それ自体は,・・・県内に所在する高校の職員・生徒によって組織された任意の団体で・・・公益財団法人全国高等学校体育連盟の会員にすぎず,地方公共団体の一組織でないことはもとより,これに準じる公的な団体であるとも解されない・・・本件講習会のような高体連が主催する業務・・・は「公務」としての法的性格を有するものではなく・・・「任命権者(職務命令権者)によって,特に勤務することを命じられた場合」を除き,その業務遂行は,任命権者の支配管理下にある状態で行われたものではなく,「公務遂行性」の要件を満たさない

として、任意団体である高体連関連業務は公務ではなく、任命権者(この事故の場合は勤務高校の校長)による特別の命令がなければ公務遂行性の要件を充たさないとしています。
その上で、裁判所は、任命権者の特別の命令の有無に関して、

・・・問題は,本件において原告が関与した高体連関連業務は,Aを・・・高校登山部顧問に任命した同高校学校長によって,「特に勤務することを命じられた」業務に当たるか否かである。

とし、

・・・高体連関連業務それ自体は「公務」ではない。したがって,任命権者である・・・高校学校長の原告に対する登山部顧問への任命は,飽くまで同部顧問への就任を命じるものにとどまり,高体連関連業務への従事ないし関与を「特に勤務」として命じたものとは解されない。また,・・・原告に対して発出された本件旅行命令は,本件講習会に参加するため,原告が部活動の一環として生徒を引率して出張し,宿泊を伴う指導業務に行ったことに対する教員特殊勤務手当を支給する前提として発出されたものであって,それ自体に,高体連関連業務への従事を「特に勤務」として命じる趣旨を含むものとは解されない・・・原告が行った高体連関連業務は,上記任命権者である・・・高校学校長が明示的に「特に勤務」を命ずることによって行われたものであるとはいえない

と明示の特別の命令の存在を否定しながも、

このことは黙示的な職務命令によって非公務である高体連関連業務が行われる場合があることを排除するものと解されない・・・
・・・本件においては,この点につき、当該加盟高校の学校長が部長,副部長を,当該登山部の顧問が委員長,副委員長をそれぞれ務めており,実際,本件講習会当時,・・・高校学校長は副部長,登山部顧問の原告は副委員長の地位にあった。また,本件講習会に生徒を引率した教員は,単に自校生徒の引率にとどまらず,講習会の講師をすることが予定されており,とりわけ原告のような経験の豊富な教員は,自校の生徒を引率しつつ,経験の少ない教員が引率する他校の生徒の指導に当たることで,全体として安全を確保する指導体制がとられており,そのため,他校の生徒だけを指導することもあった。そして,高体連加盟校のうち当該年の4月及び5月に登山を計画している学校は,必ず・・・講習会を受講することが慣例化しており,その一環である本件講習会についても,その主催者である高体連は,関係高等学校長宛に,「4月・5月に登山を予定している学校は必ず受講するようにして下さい。また,夏山登山においても雪渓の通過を伴うことがあり,雪上技術が必要となる場合があり,夏山登山を計画している学校については積極的に受講して下さい。」などと記載した書面を配布して,半ば強制的に本件講習会への参加を呼びかけ,この呼びかけを受けた・・・高校学校長は,上記慣例に従って,自校登山部の生徒を本件講習会に参加させるべく,顧問の原告に対して本件旅行命令を発出したというのである。

とし、

以上の各事情によれば,高体連が主催する本件講習会は,加盟高等学校が自ら主催する公務としての部活動ではないものの,これに加盟校として参加した・・・高校にとっては,同校登山部の部活動の一環ないしその延長線上の活動として実施されたものというべきで・・・同校の学校長から本件旅行命令を受け,同校の生徒を引率して本件講習会に参加した原告は・・・諸々の講演や訓練等に講師として参加し,自校だけでなく他校の生徒に対しても当然指導を行わないわけにはいかない立場に置かれており,その結果,仮に,その指導対象の生徒の中に自校の生徒が含まれていない場合であっても講師として役割を果たさざるを得ない状況にあったものと認められ・・・このことは,職務命令を発出する・・・高校学校長からみると,原告に対し,公務の一環ないしはその延長線上の行為として,本件講習会に自校登山部の生徒を引率し,本件講習会の講師として,自校だけでなく他校の生徒だけであっても指導業務を行い,その目的の達成に貢献することを要請していたものということができ・・・また,上記のとおり高体連が主催する本件講習会は,加盟校登山部の部活動の一環ないしその延長線上の活動として実施されたもので・・・参加することは,・・・高校登山部が予定している部活動(例えば春山登山)を安全に遂行するためには不可欠なものとして位置付けられており,・・・本件講習会は,公務としての・・・登山部の部活動に密接に関連して行われたものというべきで・・・Aは,自校の職務命令権者である学校長から本件旅行命令を受けたのを機に,単に同校登山部の生徒を引率するだけでなく,公務としての・・・高校登山部の部活動に密接に関連する本件講習会に講師として参加し,自校だけでなく他校の生徒に対しても当然指導を行わないわけにはいかない立場に置かれ,これにより,その指導対象の生徒の中に自校の生徒が含まれていない場合であっても講師として役割を果たすことが当然のごとく求められ,他校の生徒だけから構成される班を率いて雪上歩行訓練の指導を行っていたもので・・・原告の一連の行動は,客観的にみて,本件旅行命令が発出される時点で,当然想定されていたものというべきで・・・高校学校長は,本件旅行命令を発出するに際して,これとは別に,本件講習会に講師として参加し,上記一連の行動をとることについて黙示の職務命令を発していたものと認めるのが相当

と判示しています。そして、

・・・本件災害は,任命権者(職務命令権者)の支配管理下にある状態において発生した災害であるということができるから,公務遂行性の要件を満たすものというべきである。そして・・・Aが本件講習会の講師として行っていた上記指導訓練と本件災害との間に相当因果関係の存在を肯定することができ,公務起因性の要件も満たす

として、公務上の災害に該当することを認め、Aの請求を認容し、公務外認定処分を取り消しています。

ところで、上述のように、この事故の判決では、裁判所は、民間企業の労災認定に関する判例の業務遂行性の判断枠組みを引用した上で、公務遂行性の判断をおこなっています。
しかし、裁判所は、公務認定の検討に際し、黙示の職務命令の認定をおこなっていますが、仮にAが私立高校の教員であった場合、業務遂行性の認定は明示の職務命令の範囲の問題として扱うことが出来、黙示の命令まで持ち出す必要はなかったようにも思われます。
法律に基づく行政という点からしますと、公務災害の判断においても、隣接業務まで公務に含め、公務の範囲を拡張して公務遂行性を認定することに対しては慎重にならざるを得ないという事情があるのかもしれません。
そのようなことから、職務命令権者である校長の職務命令に事故当時のAの業務が含められるとストレートに認定し辛いこともあり、黙示の職務命令の範囲内であるとしたとも考えられます。
そうしますと、この裁判では、仮にAが私立高校の教員であった場合でも労災認定が認められる可能性は高いと言えそうです。

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