登山事故

山岳地帯での事故における法的責任について(その2)

これまで、登山道・渓流沿いの遊歩道付近での落木・吊り橋による死傷事故の判決をみることにより、設置・管理者が損害賠償責任を負う範囲について考えてきました。
今回は、21)えびの高原の硫黄山の霧島道路から約100m登った地点を遊歩道から約9m下った地点で噴気孔に転落し熱傷を負い約2週間後に死亡した事故(えびの高原噴気孔転落事故)の判決をみることにより営造物の瑕疵の判断枠組みをみてみます。

この事故は、遊歩道の上で生じた事故ではなく、遊歩道から少しはずれた場所での事故となっている点が、通常の登山道・遊歩道通行時の事故における登山道・遊歩道の瑕疵の問題と異なるといえます。このことからすると、以前みました14)奥入瀬渓流落木事故と国家賠償法2条1項の責任の判断という点では類似している点があるといえます。14)奥入瀬渓流落木事故でも遊歩道ではなくその付近で休憩していた人が落枝事故で負傷しています。

21)えびの高原噴気孔転落事故は、自動車でえびの高原訪れた人(以下「A」といいます。)が霧島道路の硫黄山付近で車を駐車し、韓国岳への登山道でもある遊歩道を韓国岳に向けて約100m登った後、歩道脇の斜面を南方へ約9m下った辺りで、噴気孔に転落し熱傷を負い約2週間後に死亡した事故で、遺族は、遊歩道の管理者である地方公共団体(以下「乙」といいます。)に対し、設置管理に瑕疵があるとして国家賠償法2条1項に基づき損害賠償を求めると同時に、遊歩道に関連する乙執行の公園事業費の補助金を交付していた国(以下「甲」といいます。)が国賠法3条1項の公の営造物の設置管理費用の負担者に該当するとして同条に基づく損害賠償を求めて提訴しましたが、1審で請求は棄却され、控訴も棄却されています。

この事故の1審裁判所は、

「国家賠償法二条一項にいう公の営造物の設置管理の瑕疵とは、公の営造物がその設置管上通常備えるベき安全性を欠く場合をいい、その瑕疵の有無は、当該営造物の構造、通常の用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に判断すべきものである」

と最高裁判所の判決(最判昭和61年3月25日)等で示されている国家賠償法2条1項の瑕疵の判断における考慮要素に触れた上で、

「本件遊歩道が、その本来の用法である歩行者がその上を通行する道路として使用される限りにおいて、物理的構造及び機能面の瑕疵が存在しなかったことは、弁論の全趣旨から明らかで・・・本件において検討すベき公の営造物の設置・管理の瑕疵とは、本件遊歩道の設置管理者たる乙に、Aのように本件遊歩道から外れて歩行する者を予測して何らかの安全性確保の措置を採るべきことが要請されるか否かにある」

としています。
ここでは、国家賠償法2条の瑕疵判断の主な考慮要素として、問題となる営造物の①構造、②通常の用法、③場所的環境、③利用状況を挙げています。その上で、問題となる遊歩道が、その本来の用法から構造上の瑕疵は存在していないことから、遊歩道から外れて歩行する人を予測して安全性確保の措置を採ることが管理者に要求されるかという点を問題となるとしています。その上で、裁判所は、

「(1)本件事故発生地点は、本件遊歩道から南へ約九メートル傾斜の急な足場の悪い斜面を下りた場所であること、(2)右地形に加え、本件遊歩道から南側には観光の対象となるようなものもないため、通常観光客が立ち入ることはないこと、(3)本件事故現場付近は活発な噴気現象が恒常的に発生している場所ではなく、本件事故以前に地表陥没による事故が発生したこともないこと、(4)本件現場付近には、硫気等の噴出による危険があることを知らせる看板が設置されていたこと、・・・既に存在していた噴気孔に・・・転落したもので・・・Aが・・・注意して行動しておれば・・・事故の発生を防ぐことが十分可能であったと考えられること・・・のような事情に照らして判断すると、乙に・・・利用者の安全確保のため、本件事故現場付近の遊歩道から南へ斜面を下りて立ち入る者があることまで予測して、柵の設置やその他右地域への立入り防止のための措置を講ずべきことが要請される事情が存したと解することはできない・・・本件事故は・・・丙において通常予測することのできないAの行動に起因するもので・・・本件遊歩道の設置管理上具有すべき安全性に欠けるところがあったとはいえない」

として瑕疵を否定しています。
一方、14)奥入瀬渓流落木事故の1審判決では、

事故現場付近を散策するに際して・・・本件空白域に立ち入る者も多く・・・,(被告も)本件空白域において,卓ベンチ等を設置して・・・一帯は,全体として・・・機能し

(被告は、)本件事故現場付近を含む本件空白域についても,これを事実上管理し・・・一定の施設が設置され,観光客等の利用に供せられていたと認められ・・・戊により公の目的のために供用されているというべきである

本件事故現場付近・・・通行の安全性が確保されていなかった・・・(ことから、)通常有すべき安全性を欠いていた

として、事故現場を公の営造物の範囲に含まれると考え、瑕疵の判断をおこなっています(以前の記事で触れましたが、管理者であった被告地元地方公共団体は事故現場となった「空白域」を契約上借り受けていませんでした。)。

一方、上記のように、21)えびの高原噴気孔転落事故の1審では、事故現場が公の営造物に含まれるかというよりも、公の営造物である遊歩道からどの位置範囲までの管理をおこなうことが管理者に要請されるかということを検討していると言えます。

つまり、21)えびの高原噴気孔転落事故では、噴気孔が公の営造物に含まれるかという側面からではなく、あくまでも(物理的な意味での)遊歩道を公の営造物と考え、事故現場の噴気孔周辺が公の営造物に含まれるかを問題とするのではなく、物理的な意味での遊歩道の面的な管理義務が事故現場にまで及んでいるかというアプローチで国家賠償法2条1項の損害賠償責任を検討しています。
その上で、21)えびの高原噴気孔転落事故の1審では、通常遊歩道の利用者は噴気孔まで近寄らないこと等から瑕疵を否定しています。

一方、14)奥入瀬渓流落木事故1審では、上記のように事故現場も一体として利用されていたという点もあり、国家賠償法2条1項の責任が認められました。

上記で触れましたが、21)えびの高原噴気孔転落事故では、1審の判決後、控訴されました。
事故の状況については、1審において、

「何らかの原因でバランスを崩し、誤ってそれ以前から同所に存在していた本件噴気孔に転落したものと推認される」

と事故の状況をAが既に開いていた噴気孔に転落したものと推認されていたのに対し、控訴審では、

本件事故以前に既に右噴気孔には開口部が存在し、そこから噴気が出ていたことは事実と考えられ、Aは、それを観察するために近寄り、付近の石に腰掛けたところ、その石が突然崩れたために地下に生じていた空洞に転落したと考えるのが最も合理的である

としています。
その上で、控訴審では、

一般に・・・自然公園は、自然をあるがままの状態で公園として指定されたものであり、自然の営みの中に危険性が存在するとしても、その危険は訪れる利用者において自主的に回避することが原則として予定されているというべきである

とした上で、

その見地からすると、本件遊歩道の設置目的は、単に現場付近一帯を散策したり、登山したりする者の利便のため、安全な順路を示すとともに歩行を容易にすることにあり、利用者が遊歩道外に出ることについて、全面的に禁止し或いは許容するというような意味はないのであって、遊歩道外の場所への立入については、原則として利用客の自主的判断と責任に委ねられているものと解される

として自然公園では自己責任が原則であると述べています。
その上で、

本件事故現場は、比較的観光客が立ち入ることの少ない場所で・・・活発な噴気現象が固定的、恒常的に起きている場所ではなく・・・噴気孔は、噴気の強さや噴気孔の位置が絶えず変化し・・・本件事故のように地中に熱気の溜まった空洞があり、地表が陥没して転落する危険性についても、当時、一般にはそれほど知られていなかったと考えられることなどを考慮すると、丙には・・・本件のような態様の事故発生の危険性を具体的に予見することはできなかったと認められ・・・丙が、本件事故現場について、本件遊歩道利用者の立入りを禁止し、或いは陥没事故の危険性を警告するなど事故発生の防止措置を当時採っていなかったことをもって、直ちに本件遊歩道の設置管理の瑕疵があったとはいえない・・・本件事故は、遊歩道利用者の自主的判断と責任において行動すべき地域において、通常人の予想外の事態が生じたことによってもたらされたものというほかはない

として、21)えびの高原噴気孔転落事故は、自主的判断と責任において行動すべき地域において通常人の予想外の事態が生じたものと結論付け、瑕疵の存在を否定、丙の責任を否定し、丙に責任がないことから、甲の責任も否定しています。
このように、瑕疵の判断において、「通常人の予想外の事態が生じた」と過失の予見可能性と同様な事項に触れています。以前の記事でも触れましたが、国家賠償法2条の責任も国家賠償法1条の過失責任と多くの場合は重なることから、瑕疵の認定についても過失認定時と同様に予見可能性について触れてると言えます。

21)えびの高原噴気孔転落事故の控訴審判決では、自然公園での事故責任の原則に触れている点も登山事故の法的責任を考える上で参考になると思われます。この判決の趣旨からしますと、少なくとも国立公園内などの登山においては、自己責任が原則といいうることとなりそうです。
ただし、この事故は、遊歩道外での事故ですので、論理的に考えますと、自然公園内の登山事故でも、登山道の状態から生じた事故に関しては必ずしも上記の判決の趣旨が及ぶとは言い得ないという点には留意が必要です。

関連記事

ブログ(カテゴリー別)

最近の記事
おすすめ記事
  1. 被相続人の債務の返済義務

  2. 直前または当日の年休取得申請について

  3. ゴルフ場の落雷事故と法的責任

  4. 国家賠償法1条2項の求償について

  5. 遺言執行時の遺言の解釈

  1. 山岳会での登山事故における法的責任について

  2. ツアー登山事故における法的責任について(その1)

  3. 山岳地帯での事故における法的責任について(その3)

  4. 公序良俗違反について

  5. 登山事故の類型と民事訴訟について

TOP