登山事故

石鎚山転落事故にみる学校教育行事での登山事故の引率教員の法的責任

石鎚山転落事故について

事故と裁判の概要

ここでは、(b)教育活動での登山事故であるⅲ)石鎚山転落事故の裁判をみてみます。

この事故は、昭和61年5月に県内の市立中学が学校教育行事の一環として実施した石鎚山登山において、山頂付近で昼食をとっていた生徒の帽子が約3m下の岩の上に落ち、落ちた帽子を生徒が取ろうとして足を滑らせ、絶壁を約80m転落、脳挫傷等の傷害を負ったものです。

このとき、引率していた教諭は、生徒が帽子を取ろうとするのを止めずに「気を付けて取れや。」と指示していました。

このⅲ)石鎚山転落事故の被害生徒(以下「A」といいます。)は、「気を付けて取れや。」と指示をした教諭(以下「乙」といいます。)および同行していた別の教諭(以下「丙」といいます。)には、Aが帽子を取ろうとしているのを止めなかったことなどに注意義務違反が認められるとして、当該中学校の設置者である甲(地方公共団体)に対し、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求め、提訴しました(松山地裁今治支部判決平成元年6月27日)。

尚、事故当時Aと一緒にいた生徒をここではBおよびCといいます。

学校教育行事としての登山での事故の特殊性

下記の記事でも解説していますが、ⅲ)石鎚山転落事故が、法的側面においてⅰ)2006年白馬岳遭難死事件、ⅱ)残雪の八ヶ岳縦走遭難事件の事故などの商業ツアーでの登山事故と最も異なるのは、学校教育行事(遠足)としておこなわれた登山における事故であるということです。

学校の教員は、学校教育法上あるいは在学関係から、学校における教育活動およびこれと密接に関連する学校生活において、生徒の生命、身体などの安全について万全を期すべき特別な安全配慮義務を負っています(仙台地判平成20年7月31日参照)。

この石鎚山転落事故が発生した、学校教育行事としての登山は教育活動であることから、引率教員は、商業ツアー登山のリーダーとは異なる、上記の特別な安全配慮義務を参加者(生徒)に対して負っていたこととなります。

裁判所の判断

この点を念頭に置き、ⅲ)石鎚山転落事故の判決をみてみます。

事故に至る事実経過について

まず、事故の発生までの事実経過について、裁判所は次のように認定しています。

・・・・Aは、鎖を使って山頂に登り・・・友人・・・・と弁当を食べた。・・・登山を開始し、鎖にさしかかるまでは天候はさほど悪くなかったが、山頂に到着した午後〇時ころには南風が強く、霧が出ていたため、・・・生徒らは・・・順次下山し、乙と丙は、残りの生徒らを監督するため頂上に残った。Aは、食事後、・・・友人らと鬼ごっこをして遊んでいたところ、午後〇時二〇分ころ、Bの帽子が風に飛ばされ・・・崖下に落ちた。・・・Aと友人らは、口々に「B君の帽子が落ちた。」と叫んだ。丙は、そのとき前記の場所で食事をしていたが・・・その声が聞こえて来たので、立ち上がって、・・・「取るな。」と指示した。Bは、丙の指示が聞こえたので、帽子を取るのを諦め、そのまま同じ岩場でAらと遊びを続けた。その約五分後、今度はAが被っていた帽子が風に吹き飛ばされて・・・約三メートル下の岩の上に落ちた。そこは、幅が約一メートル、長さが約一・五メートルで、棚のようになっており、崖上からそこまでは六〇度くらいの傾斜で、小さな灌木が生えており、その下は絶壁であった。しかし、当時は、霧のため山頂からはその下が絶壁であるという状況は窺えなかった。Aと友人らは、前と同じように「帽子が飛んだ。」と叫んだ。Cは、Aの帽子の落ちた場所を上から見て確認したところ、すぐに取れそうに見えたので・・・乙のところに行き、「A君の帽子が飛んだ。取ってもいいですか。」と尋ねたが、同教諭は、「取ったらいかん。」と答えた。しかし、Aが、帽子の落ちている場所を確認したところ、霧が出ていたためその下が絶壁であることに気付かず、簡単に取れそうに思い、乙に対し、「すぐ取れるんじゃ。」と言うと、乙は、図面の望遠鏡の付近まで来て「危ないけん、あんまり滑るようなところは行くな。木とか草とか握って滑らないようにして行け。」と言った。そこで、Aは、友人らが見守る中、図面の「転落場所(×印)」と記載されたところから崖を下り始めた。そのときには、乙及び丙は、その場には来なかった。Aは、二、三歩くらい下りたところで足を滑らせ、木の枝に捕まったが、それも折れてまた滑り、絶壁を転がり落ちて山頂から八〇メートルくらい下のところまで転落し、脳挫傷(両前頭葉、右頭頂葉)、右頭頂骨陥没骨折、右膝蓋骨剥離骨折、左第三指中手骨骨折、顔面・左膝部・右外顆部挫創等の傷害を負った。当時、Aが下りた場所の地面は、少し凍結した状態であった・・・丙は、それまで石槌山には三回登山した経験があり、Aが転落した崖が前記のような状況で非常に危険な場所であることを知っていた。一方、乙は、石鎚山に登ったのはそのときが初めてであり、転落したAを救助するため、自ら崖を下り、誤って転落して死亡した

松山地裁今治支部判決平成元年6月27日

ここでは、丙については、石鎚山の登山経験が3回あることを認定しています。
一方、乙は、事故発生時が初めての石鎚山登山でした。

乙の過失に関する裁判所の判断

この事故発生までの事実経過の認定に続き、裁判所は、Aに帽子を取ることの許可を与えた引率教員の乙の過失について、次のように認定しています。

Aが帽子を取るためにおりた崖は、転落の危険性の大きい場所であったのであるから、引率者のひとりである乙としては、Aが帽子を取ることの許可を求めたことに対しては、これをやめるよう指示すべきであったのであり、石鎚山登山の経験がないため、その崖の状況について自ら判断することができないのであれば、登山経験のある丙に意見を求めるなどして崖の状況を確認すべきであったもので、そうすれば、Aが下りたところが非常に危険な場所であることを認識することができ、したがって、Aが下りることを禁止して本件事故の発生を防止することができたはずである。しかるに、乙は、原告が崖を下りることを一旦はやめるよう指示したものの、Aが簡単に取れそうである旨言ったことから、その場所の危険性についての判断を誤り、結局これを許可したものであり、この点において、乙には過失があるといわなければならない

松山地裁今治支部判決平成元年6月27日

ここでは、乙に対し、「崖の状況について判断できないのであれば、登山経験のある丙に意見を求めるなどして崖の状況を確認すべきであった」としています。

一見、乙に対し、過大な注意義務を課しているように思われます。
しかし、生徒が許可を求めてきている以上、中学生である生徒の判断能力を考えれば、帽子の落ちた場所の状況に関する生徒の判断を単純に信じるのではなく、同僚の教員に相談するなどして、状況の慎重な判断をおこなうべきであったとする裁判所の判断も、合理的であると考えられます。

丙の過失に関する裁判所の判断

一方、丙に関しては、次の通り述べ過失の成立を否定しています。

本件全証拠を検討しても、丙が、当時、Aの帽子が落ちたことやAが崖を下りることを知ったことも、乙から頂上の状況について説明を求められたことも認められないのであり、Aが本件事故当時中学一年生(一二歳)であったことをも併せ考えると、A主張のように、丙において、乙に対し、頂上の状況について自発的に説明してその危険性を認識させたり、絶えず生徒の挙動を監視する義務があったとすることはできない。その他本件において、丙に過失があったことを認めるに足りる証拠はない

松山地裁今治支部判決平成元年6月27日

この丙は、帽子が落ちたことも、Aが帽子を取ろうとしていることも知りませんでしたし、乙から頂上の状況について説明を求められた事実も存在していません。
これを前提に、裁判所は、「Aが本件事故当時中学一年生(一二歳)であったことをも併せ考えると・・・丙において、乙に対し、頂上の状況について自発的に説明してその危険性を認識させたり、絶えず生徒の挙動を監視する義務があったとすることはできない」としています。

裁判所が、わざわざ「Aが本件事故当時中学一年生(一二歳)であったことをも併せ考えると」としていることからしましても、たとえば、この事故が小学校低学年遠足で発生したのであれば、丙にも過失が認定された可能性は否定できないとも考えられます。

このように、生徒の学年(年齢)により教員の注意義務(安全配慮義務)の水準が異なると考えることは、上記で説明しました学校教育法上あるいは在学関係から生じる生徒の生命、身体などの安全について万全を期すべき特別な安全配慮義務の程度が、生徒の判断能力の水準により異なると考えれば、比較的容易に説明することができそうです。

過失相殺などに関する裁判所の判断

また、過失相殺等に関連し、Aの落ち度に関しては次のように述べています。

甲は、本件事故について何ら賠償責任を負わないと主張しており、その根拠としてAが引率教諭の再三にわたる注意を無視して行動したことを挙げている。確かに、・・・教諭が・・・自然の家で一般的な注意をし、さらに、丙及び乙も前記の禁止の指示をしたことは事実であるが、乙が最終的にはAに許可を与えたのであるから、甲の主張は、この点で事実に副わないものであって、採用することができない。また、その許可に従ったAに過失相殺すべきほどの落ち度があったとすることもできない

松山地裁今治支部判決平成元年6月27日

この事故では、帽子を取り行くことを許可したことが注意義務違反行為とされているようですが、下記の記事で扱っていますⅺ)尾白川渓谷滑落事故、およびⅻ)アコンカグア遭難事故の判決と比較しますと、商業ツアーの主催者に求められる注意義務と、学校教育行事の登山において引率教員に求められる注意義務とでは水準が全く異なることが分かります。

学校教育行事としての登山の事故では、過失の認定に際しては、登山事故としての側面より、学校教育活動の側面が強く出ます。したがいまして、ⅲ)石鎚山転落事故の判決は登山事故の判決として他の形態の登山事故の過失判断等の参考とするより、学校教育活動内での事故の過失判断の参考としてみていくのが良いものと思われます。

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