婚姻関係が形骸化している配偶者と中退共・企業年金の受給権

中退共と企業年金の受給権の問題

いかなる場合でも配偶者のひとりが死亡した場合、残された配偶者は中小企業退職金共済制度(以下「中退共」といいます。)あるいは企業年金の給付を受けることができるのでしょうか。

夫婦が別居、婚姻が形骸化していた場合でも残された配偶者は受け取ることができるのでしょうか。

破綻した夫婦関係にあった配偶者の農林年金受給に関する判例

この問題につきましては、最判昭和58年4月14日で当時の農林漁業団体職員共済(農林年金:現在は厚生年金に統合)の遺族年金の給付について、

・・・(1) 上告人(Aの民法上の配偶者)とA(亡くなった人)は、事実上婚姻関係を解消することを合意したうえ別居を繰り返しており、(2) Aの上告人に対する前記経済的給付はいずれも事実上の離婚給付としての性格を有していたとみられ、(3) 更に、上告人としては・・・の別居以後は共同生活を伴う婚姻関係を維持継続しようとする意思がなかつたと認められる旨を認定したうえ、これらを総合すると、上告人とAとの間の婚姻関係は、・・・以降は事実上の離婚状態にあつたものといわざるをえず、Aが死亡した・・・頃にはその婚姻関係は実体が失われて形骸化し、かつ、その状態が固定化していたものというべきである旨判断している。原審の以上の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らして正当として是認することができ、その過程に所論の違法があるとすることはできない。そうすると、上告人は本体共済組合法二四条一項にいう遺族給付を受けることのできる配偶者には該当しないものと解するのが相当

最判昭和58年4月14日

として、婚姻が形骸化していたような場合、配偶者は「遺族給付を受けることのできる配偶者には該当しないとしています。

実質的に離婚状態にある配偶者の中退共と企業年金の受給権の判例

同様に中退共及び企業年金の受給に関し、亡くなった人(以下「B」といいます。)とBの民法上の配偶者(以下「C」といいます。)との間の夫婦関係が形骸化していたことから、Bの子(以下「D」といいます。)が、「Cに受給権はなく、次順位の受給権者であるDが受給権を有する」と主張、中退共及び2つの企業年金基金に対し、退職金、遺族給付金、遺族一時金の支払いを求めて訴訟を提起した事件があります。

この裁判の上告審判決(最判令和3年3月25日)では、

・・・BとCの婚姻関係は,Bの死亡当時,実体を失って形骸化し,かつ,その状態が固定化して近い将来解消される見込みがなく,事実上の離婚状態にあった。・・・中小企業退職金共済法は,中小企業の従業員の福祉の増進等を目的とするところ(1条),退職が死亡によるものである場合の退職金について,その支給を受ける遺族の範囲と順位の定めを置いており,事実上婚姻関係と同様の事情にあった者を含む配偶者を最先順位の遺族とした上で(14条1項1号,2項),主として被共済者の収入によって生計を維持していたという事情のあった親族及びそのような事情のなかった親族の一部を順次後順位の遺族としている(同条1項2~4号,2項)。このように,上記遺族の範囲及び順位の定めは,被共済者の収入に依拠していた遺族の生活保障を主な目的として,民法上の相続とは別の立場で受給権者を定めたものと解される。このような目的に照らせば,上記退職金は,共済契約に基づいて支給されるものであるが,その受給権者である遺族の範囲は,社会保障的性格を有する公的給付の場合と同様に,家族関係の実態に即し,現実的な観点から理解すべきであって,上記遺族である配偶者については,死亡した者との関係において,互いに協力して社会通念上夫婦としての共同生活を現実に営んでいた者をいうものと解するのが相当である(最高裁昭和54年(行ツ)第109号同58年4月14日第一小法廷判決・民集37巻3号270頁参照)。そうすると,民法上の配偶者は,その婚姻関係が実体を失って形骸化し,かつ,その状態が固定化して近い将来解消される見込みのない場合,すなわち,事実上の離婚状態にある場合には,中小企業退職金共済法14条1項1号にいう配偶者に当たらないものというべきである。なお,このことは,民法上の配偶者のほかに事実上婚姻関係と同様の事情にあった者が存するか否かによって左右されるものではない。

また,・・・基金規約に基づく遺族給付金は,公的年金の給付とあいまって国民の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的とするものであり(確定給付企業年金法1条参照),・・・基金規約に基づく遺族一時金は,加入員の生活の安定と福祉の向上を図ることを目的とするものである(平成25年改正前厚生年金保険法1条,106条参照)。そして,確定給付企業年金法や厚生年金基金令は,これらの支給を受ける遺族の範囲と順位は規約で定めるものとしつつ,規約で定めることのできる遺族として,事実上婚姻関係と同様の事情にあった者を含む配偶者や,直系血族及び兄弟姉妹のほか,主として給付対象者の収入によって生計を維持していたその他の親族又は給付対象者と生計を同じくしていたその他の親族を掲げており,これを受けて,・・・基金規約及び・・・基金規約は,上記に掲げられた者を遺族とする旨を定めている。このような定め方からすると,上記の各規約の定めも,給付対象者の収入に依拠していた遺族の生活保障を主な目的として受給権者を定めたものと解される。このような目的に照らせば,上記の遺族給付金及び遺族一時金についても,上記・・・と同様に,民法上の配偶者は,その婚姻関係が事実上の離婚状態にある場合には,その支給を受けるべき配偶者に当たらないものというべきである。これを本件についてみると,前記のとおり,AとCの婚姻関係は,Aの死亡当時,事実上の離婚状態にあったものであるから,Cは,本件退職金等の支給を受けるべき配偶者には該当しない

最判令和3年3月25日

として、Dの請求を認容した控訴審判決を維持し、上告を棄却しています。

このように、最高裁も、中退共及び企業年金が被共済者・給付対象者の収入に依存していた遺族の生活保障を主な目的として民法上の相続とは異なる受給権者を定めていることを理由に掲げ、受給権者に該当するかは、家族関係の実態に即して判断すべきとしています。

この最高裁の判決文中でも、本記事において上記に引用している農林年金の受給に関する最判昭和58年4月14日を引用していますように、この判決は、農林年金の判決と同様に、事実上の離婚関係にあるような場合は、中退共、企業年金の受給権を有しないと判断しています。

実質的に離婚状態にある配偶者の各種受給権について

この2つの判決、特に最判令和3年3月25日においては、「なお,このことは,民法上の配偶者のほかに事実上婚姻関係と同様の事情にあった者が存するか否かによって左右されるものではない」としています。
このことからしましても、公的給付、中退共、企業年金等、遺族への給付がおこなわれる退職金、一時金、年金に関しては、特段の定めがなければ、事実上の離婚関係にある配偶者が給付を受けることは、亡くなった配偶者に新たな事実上の婚姻関係にある人が存在していない場合でも困難であると考えられます。

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