ページが見つかりませんでした – たまのお法律事務所 https://www.tamanoo-law.jp 最良の解決へのお手伝いをいたします Sat, 29 Jul 2023 10:38:54 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.4.3 https://www.tamanoo-law.jp/wp-content/uploads/2021/07/cropped-たまのおマーク-1-1-32x32.pngページが見つかりませんでした – たまのお法律事務所https://www.tamanoo-law.jp 32 32 那須雪崩事故~公立高校の部活時の登山事故と指導教員個人の責任https://www.tamanoo-law.jp/2023/07/29/%e9%82%a3%e9%a0%88%e9%9b%aa%e5%b4%a9%e4%ba%8b%e6%95%85%ef%bd%9e%e5%85%ac%e7%ab%8b%e9%ab%98%e6%a0%a1%e3%81%ae%e9%83%a8%e6%b4%bb%e6%99%82%e3%81%ae%e7%99%bb%e5%b1%b1%e4%ba%8b%e6%95%85%e3%81%a8%e6%8c%87/ Sat, 29 Jul 2023 10:38:54 +0000 https://www.tamanoo-law.jp/?p=9584
この記事で扱っている問題

公立高校の山岳部の活動の一環として高体連主催の登山講習会に参加した生徒およびその引率教員が、那須岳のスキー場での雪上訓練中に雪崩事故に巻き込まれ死亡した事故である34)那須雪崩事故の1審の裁判例をみながら、主に国家賠償法における公務員(教員)個人の責任について確認してみます。

那須雪崩事故の裁判について

3月下旬、那須岳のスキー場において開催された高体連主催の春山安全登山講習会(以下「本件講習会」といいます。)において、スキー場における雪上訓練中に雪崩が発生、同訓練に参加していた公立高校の生徒7名(以下当該生徒らが通学していた高校を「本件高校」といいます。)および引率教員1名が死亡する雪崩事故(那須雪崩事故)(以下「本件事故」といいます。)が発生しました。

本件事故後、死亡した7名の生徒のうち4名の生徒の親族、および死亡した教員の親族が、本件高校の設置者でもある県、本件講習会を主催した高体連、および本件講習会の講師を務めていた教員らを被告として、損害賠償を求め訴訟を提起しました(宇都宮地判令和5年6月28日、以下「本件事件」といいます。)。

被告となった高体連は、県内の高校の職員、生徒により組織される権利能力なき社団であり、競技別に専門部が設置され、登山専門部は登山種目の加盟校を構成員としていました。
被告となった教員らは、高体連の登山専門部の委員長、副委員長、副部長であり、本件講習会の講師も務めていました。
被告となった県は、本件高校および被告となった教員らが勤務する高校の設置者でした。

この裁判では、高体連および県は注意義務違反について積極的に争わなかったこともあり、注意義務違反に関する裁判所の実質的な判断は示されていません。

原告・被告ら全員が控訴しなかったことから、1審判決は確定しました。

尚、本件事故に関しては、那須雪崩事故検証委員会が事故報告書を作成しており、県がホームページ上で当該報告書を公開しています。

那須雪崩事故の概要

本件事故の発生経緯・状況について、裁判所は次のように認定しています。

・・・本件講習会は、被告高体連が主催したものであるが、同時に・・・部活動・・・として実施されたもので・・・学科を那須塩原市の・・・において、実技を那須町に位置する那須岳周辺において、平成・・・年3月25日から同月27日まで・・・3日間で開催され、27日は、午前7時から、学校別の茶臼岳での登山訓練を行うことが計画され・・・実施に先立ち、同月・・・日、本件講習会の役員2名が現地に赴き、那須・・・スキー場(以下「本件スキー場」という。)駐車場、幕営予定の・・・付近及び・・・付近の下見を行った。その際の所要時間は30分程度であり、雪上訓練の実施予定場所であった峠の茶屋付近や、3日目に雪上歩行訓練を実施した・・・ゲレンデや樹林帯付近の確認は行われなかった。・・・
・・・本件講習会は、25日に開始され・・・講義等が行われた後、本件スキー場に移動・・・テントの設営などが行われ・・・26日は、峠の茶屋付近において、班編成での雪上訓練が行われた。
・・・栃木県の北部山地では26日夜から27日昼前までにかけてまとまった雪が降り、大雪となっていた。・・・26日午前10時32分には、茶臼岳が位置する那須町に対して、大雪注意報、雪崩注意報及び着雪注意報が発令され・・・27日午後2時22分には、大雪注意報及び着雪注意報は解除されたものの、雪崩注意報については継続することが発表された。・・・
・・・参加者の多くは、27日午前5時頃の時点で積雪及び降雪を認識しており、被告・・・も、同日午前6時頃には、参加者の教員の一人から、積雪について、「テントから出てトイレに行くのも大変なので今日は無理だと思います。」との連絡を受けていた。・・・
・・・27日は、当初の計画では、茶臼岳で学校別の登山訓練が計画されていたが、前日からの積雪や当日の降雪があったことから、被告三講師は、午前6時過ぎ頃、当日の進行を協議し・・・訓練の開始時刻を午前7時30分に変更・・・茶臼岳への登山を中止・・・本件スキー場ゲレンデ周辺での雪上歩行訓練を行うという計画に変更した。この際、被告三講師は、いずれも、テレビや携帯電話等を通じて気象情報や雪崩注意報等の発令の有無の確認はせず、また、雪上歩行訓練を実施する具体的な範囲について話し合っていなかった・・・27日は、学校単位で実技講習が行われる予定であったが、装備の不十分な生徒がいたことなどの理由から、前日と同様に班編成で実施されることになり、五つの班が編成され・・・第1班は本件高校の生徒により編成され、被告・・・が主講師として第1班の責任者となり、亡・・・は引率教師として第1班に随行することになった・・・被告・・・は、第2班の主講師として同班に随行し、被告・・・は、訓練には参加せず、講習会本部付近で待機することになった。
・・・第1班は、27日午前7時50分頃から本件スキー場第2ゲレンデ内でラッセル訓練を行い、その後、縦一列になり、本件高校の生徒、亡・・・、被告・・・の順で樹林帯を登り始め・・・その後、第1班は、樹林帯を抜け、前方に見えた岩を目指して樹林帯の上の斜面を登っていたところ、午前8時30分頃から同45分頃までに樹林帯の上部の斜面で雪崩が発生し、本件被災者らはいずれも雪崩に巻き込まれ、そのころ死亡した・・・

宇都宮地判令和5年6月28日

このように、本件事故は、3月末に、相当量の積雪後、降雪時に発生した雪崩事故でした。
関係行政庁は、高校の冬山登山については、次のように原則として冬山登山はおこなわないよう通知し、降雪中とその翌日は行動を中止するようにも求めていました。

スポーツ庁は・・・「冬山登山の事故防止について」と題する通知を発し・・・平成28年11月28日付け「冬山登山の事故防止について(通知)」(28ス庁第422号)では、「高校生及び高等専門学校生(1年生から3年生まで)以下については、原則として冬山登山は行わないよう御指導願います。」とされ・・・
・・・被告県は、「冬山登山の事故防止について」(昭和41年11月22日健教第775号教育長通知)、「高校生冬山登山実施の範囲」(同年12月)及び「夏山登山の実施の範囲」(昭和40年7月)を発出し・・・「冬山登山の事故防止について」では、「冬季積雪期における登山については極力さけることを原則」とし、実施する場合には、「かなりの基礎訓練をつんだものを対象に安全確保のできる場所で基礎的技術訓練にとどめるよう慎重な態度でのぞむものとする。」と定め、高等学校において冬山登山訓練を実施する場合は県教育委員会の事前承認を受けるものとし・・・「11月~5月末日頃までを冬山登山の要注意期間としてとくに留意することが必要である。」とし、「冬山はいつでもなだれのおこる危険性があるので、降雪中とその翌日は行動を中止するようにすること。」と規定し・・・「高校生冬山登山実施の範囲」では、「冬山登山要注意期間は11月末~5月末」までとし、「事前に気象状況を研究しておくこと。」と定めていた・・・

宇都宮地判令和5年6月28日

本件事件の争点

本件事件では、下記の点が争点となりました。

A 被告教員らとの関係では、

  • 公務員個人の責任(争点1)
  • 被告教員らの過失(争点2)
  • 損害(争点3)

B 被告県及び被告高体連との関係では、

  • 損害(争点3)
  • 亡くなった引率教員についての過失相殺(争点4)

これらの1~4の争点のうち、争点2に関し、被告のうち、教員ら(個人)は、雪崩の発生は予見不可能であったとして、予見可能性を争っていました。
しかし、後述のとおり、裁判所は、争点1に関し、国家賠償法1条1項の責任を県が負う場合、公務員である教員は責任を負わないとの判断を示しました。そして、県が責任を積極的に争わなかった本件事件においては、被告の教員3名に対する請求は棄却されることとなり、教員の予見可能性に関する裁判所の判断は示されていません。

那須雪崩事故における講師を務めた教員個人の責任について

上記の争点1に関し、裁判所は次のように判示し、教員個人に対する請求を棄却しています。

公権力の行使に当たる国又は公共団体の公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には、国又は公共団体がその被害者に対して賠償の責に任ずるのであって、公務員個人はその責を負わないと解するのが相当である(最高裁判所昭和30年4月19日第三小法廷判決・民集9巻5号534頁、最高裁判所昭和47年3月21日第三小法廷判決・裁判集民事105号309頁、最高裁判所昭和53年10月20日第二小法廷判決・民集32巻7号1367頁参照)。被告三講師はいずれも被告県の公務員たる・・・県立高等学校の教員であり、本件講習会は、学校教育の一環として実施されたものであって、本件事故は、公務員が職務行為を行うについて発生した事故であるから、被告三講師は原告らに対して賠償責任を負うものではない。・・・原告らは、公務員に故意や重過失が認められる場合には、公務員への萎縮効果を問題とする必要はないと主張する。しかし、国賠法1条は、1項が国又は公共団体の賠償責任を定めるとともに、2項が公務員に故意又は重大な過失があったときは、国又は公共団体がその公務員に対して求償権を有する旨を定めている。これは、公務員個人に対する請求の当否を、個別の案件における個々の事情に応じて、国又は公共団体の適切な裁量に委ねた趣旨と解され、被害者から公務員個人への直接請求を肯定することは、かかる趣旨を没却するもので・・・採用することはできない。
・・・被告三講師は、同被告らには被告適格がないから、同被告らに対する訴えは不適法として却下すべきであると主張する。しかし、原告らの被告三講師に対する訴えは、金銭の支払を求める給付の訴えであって、原告らによって給付義務者と主張される者に被告適格が認められ、被告三講師が給付義務者であるか否かは、不法行為に基づく損害賠償請求権の成否そのものの問題であるから、被告三講師には、被告適格が認められるというべきで・・・
・・・原告らの被告三講師に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないから棄却すべきである。

宇都宮地判令和5年6月28日

国公立学校の教員個人の責任について

国・公共団体が国家賠償法1条1項の責任を負う場合の公務員個人の責任に関し、同様な公立高校の課外活動時の登山部の事故の裁判としては、下記の記事で扱っている「朝日連峰熱射病死亡事故」の裁判(浦和地判平成12年3月15日)、国立大学の教育活動時の事故としては下記の記事で扱っている「屋久島水難事故」の裁判(福岡地判令和4年5月17日)などがあります。

また、公務員の個人責任と国家賠償法1条2項の求償については下記の記事で扱っています。

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定年後再雇用時の賃金と定年前の賃金についてhttps://www.tamanoo-law.jp/2023/07/23/%e5%ae%9a%e5%b9%b4%e5%be%8c%e5%86%8d%e9%9b%87%e7%94%a8%e6%99%82%e3%81%ae%e8%b3%83%e9%87%91%e3%81%a8%e5%ae%9a%e5%b9%b4%e5%89%8d%e3%81%ae%e8%b3%83%e9%87%91%e3%81%ab%e3%81%a4%e3%81%84%e3%81%a6/ Sun, 23 Jul 2023 07:10:28 +0000 https://www.tamanoo-law.jp/?p=9579
この記事で扱っている問題

高年齢者雇用安定法では、現在65歳までの高年齢者の雇用確保措置を義務付け(同法9条)、70歳までの高年齢者の就業確保措置を努力義務として定めています(同法10条の2)。
同条の規定もあり、60歳を定年とし、定年後再雇用制度を設け、定年後は有期労働契約を締結することにより高年齢者の雇用を確保する会社が現在も多いものと思われます。

一般的には、再雇用後の賃金は定年前より低額となりますが、再雇用時の賃金として、定年前賃金のどの程度の水準を確保すべきなのでしょうか。
定年後再雇用時の賃金の下限をどのように考えればよいのでしょうか。

近時、この点が争点のひとつとなっていた事件について最高裁の判断が示されてことから、ここでは、関連法令、判例とあわせて、当該判決をみてみます。

定年後再雇用時の賃金水準の問題点

一般的な正社員は無期雇用契約(期間の定めのない労働契約)を会社との間で締結していますが、この正社員の定年が65歳より前に定められている場合(現在でも60歳定年を規定している会社が多いものと思われます。)、高年齢者雇用安定法9条の規定もあり、多くの会社において期間制限のある再雇用制度(現時点では多くの会社において65歳まで)を設けています。
期間制限のある定年後再雇用制度を設けている会社においては、定年前に正社員である者については、定年前と定年後再雇用時の労働契約の形態が無期雇用と有期雇用と異なることとなります。
ところで、一般的には定年後再雇用時の賃金は定年前の賃金水準より相当程度低く設定されます。しかし、その差額のうち、一定額については、高年齢雇用継続基本給付金の支給があり(ただし、雇用保険の加入状況によります)、ある程度填補されることとなります。
しかし、その高年齢雇用継続基本給付金を考慮しても、実質的な収入は減少することに変わりはありません。
そこで、このように会社が定年後再雇用時の賃金を、定年前の賃金より少なくすることが許されるのかが問題となりえます。

上記のように、一般的には定年前と定年後再雇用時では労働契約の期間が無期から有期に変わることから、定年前後の賃金の相違は、労働契約の形態の相違による賃金格差の問題とも考えられます。
そうしますと、この問題は、無期雇用労働者と有期雇用労働者の間の不合理な待遇差を禁止する短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律(以下「パートタイム・有期雇用労働法」といいます。)の8条~10条の問題ともなりえます。

(不合理な待遇の禁止)
第八条 事業主は、その雇用する短時間・有期雇用労働者の基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、当該待遇に対応する通常の労働者の待遇との間において、当該短時間・有期雇用労働者及び通常の労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して、不合理と認められる相違を設けてはならない。
(通常の労働者と同視すべき短時間・有期雇用労働者に対する差別的取扱いの禁止)
第九条 事業主は、職務の内容が通常の労働者と同一の短時間・有期雇用労働者(第十一条第一項において「職務内容同一短時間・有期雇用労働者」という。)であって、当該事業所における慣行その他の事情からみて、当該事業主との雇用関係が終了するまでの全期間において、その職務の内容及び配置が当該通常の労働者の職務の内容及び配置の変更の範囲と同一の範囲で変更されることが見込まれるもの(次条及び同項において「通常の労働者と同視すべき短時間・有期雇用労働者」という。)については、短時間・有期雇用労働者であることを理由として、基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、差別的取扱いをしてはならない。
(賃金)
第十条 事業主は、通常の労働者との均衡を考慮しつつ、その雇用する短時間・有期雇用労働者(通常の労働者と同視すべき短時間・有期雇用労働者を除く。次条第二項及び第十二条において同じ。)の職務の内容、職務の成果、意欲、能力又は経験その他の就業の実態に関する事項を勘案し、その賃金(通勤手当その他の厚生労働省令で定めるものを除く。)を決定するように努めるものとする。

パートタイム・有期雇用労働法8条~10条

尚、平成30年の労働契約法改正前、無期雇用と有期雇用労働者の間の不合理な待遇差の禁止については、労働契約法20条において下記のように規定されていました。

(期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止)
第二十条 有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。

平成30年改正前労働契約法20条

定年後再雇用の賃金には一般の有期雇用と異なる配慮が必要なのでしょうか

問題の所在

上記のように定年前後の賃金水準の相違は、労働契約の形態の相違による賃金格差の問題とも考えられ、有期雇用の定年後再雇用時の賃金の決定の際には、無期雇用労働者(正社員)賃金との間に不合理な待遇差がないようにしなければなりません。
このとき、不合理な待遇差であるか否かを考えるに際し、再雇用ではない一般の有期雇用労働者と異なる要素も考慮する必要があるのでしょうか。

最判平成30年6月1日について

この点については、定年退職後、期間の定めのある労働契約を会社との間に締結して就労していた者が、期間の定めのない労働契約を締結している従業員との間に、労働契約法20条に違反する労働条件の相違があると主張して賃金差額の支払等を求めた訴訟の上告審において、最高裁判所が次のように判示しています(最判平成30年6月1日)。

・・・労働契約法20条は,有期労働契約を締結している労働者(以下「有期契約労働者」という。)の労働条件が,期間の定めがあることにより同一の使用者と無期労働契約を締結している労働者(以下「無期契約労働者」という。)の労働条件と相違する場合においては,当該労働条件の相違は,労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。),当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して,不合理と認められるものであってはならない旨を定めている。同条は,有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件に相違があり得ることを前提に,職務の内容,当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情(以下「職務の内容等」という。)を考慮して,その相違が不合理と認められるものであってはならないとするものであり,職務の内容等の違いに応じた均衡のとれた処遇を求める規定であると解される(最高裁平成28年(受)第2099号,第2100号同30年6月1日第二小法廷判決参照)・・・労働契約法20条にいう「期間の定めがあることにより」とは,有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が期間の定めの有無に関連して生じたものであることをいうものと解するのが相当である(前掲最高裁第二小法廷判決参照)。・・・労働契約法20条にいう「不合理と認められるもの」とは,有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理であると評価することができるものであることをいうと解するのが相当である(前掲最高裁第二小法廷判決参照)。・・・労働契約法20条は,有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断する際に考慮する事情として,「その他の事情」を挙げているところ,その内容を職務内容及び変更範囲に関連する事情に限定すべき理由は見当たらない。・・・有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断する際に考慮されることとなる事情は,労働者の職務内容及び変更範囲並びにこれらに関連する事情に限定されるものではないというべきである。・・・
・・・定年制は,使用者が,その雇用する労働者の長期雇用や年功的処遇を前提としながら,人事の刷新等により組織運営の適正化を図るとともに,賃金コストを一定限度に抑制するための制度ということができるところ,定年制の下における無期契約労働者の賃金体系は,当該労働者を定年退職するまで長期間雇用することを前提に定められたものであることが少なくないと解される。これに対し,使用者が定年退職者を有期労働契約により再雇用する場合,当該者を長期間雇用することは通常予定されていない。また,定年退職後に再雇用される有期契約労働者は,定年退職するまでの間,無期契約労働者として賃金の支給を受けてきた者であり,一定の要件を満たせば老齢厚生年金の支給を受けることも予定されている。そして,このような事情は,定年退職後に再雇用される有期契約労働者の賃金体系の在り方を検討するに当たって,その基礎になるものであるということができる。・・・
・・・そうすると,有期契約労働者が定年退職後に再雇用された者であることは,当該有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かの判断において,労働契約法20条にいう「その他の事情」として考慮されることとなる事情に当たると解するのが相当である。
・・・有期契約労働者と無期契約労働者との賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たっては,当該賃金項目の趣旨により,その考慮すべき事情や考慮の仕方も異なり得るというべきで・・・有期契約労働者と無期契約労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たっては,両者の賃金の総額を比較することのみによるのではなく,当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきものと解するのが相当で・・・ある賃金項目の有無及び内容が,他の賃金項目の有無及び内容を踏まえて決定される場合もあり得るところ,そのような事情も,有期契約労働者と無期契約労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たり考慮されることになるものと解される。

最判平成30年6月1日

として、

  • 定年後再雇用であることは、労働契約法20条の「その他の事情」として考慮されること
  • 個々の賃金項目の相違が不合理なのかは当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきものであること

などを判示しています。

定年後再雇用時の賃金が問題となった近時の裁判

事件の概要

この事件は、自動車学校運営会社を定年後再雇用され、同社との間で有期労働契約を締結していた従業員が、自らの再雇用後の賃金などの雇用条件と無期労働契約を締結している他の従業員(以下「正職員」といいます。)の間に、平成30年改正前の労働契約法(以下、平成30年改正前の労働契約法を単に「改正前労働契約法」といいます。)20条に違反するほどの労働条件の相違があると主張し、本来支給されるべき賃金と実際に支給された賃金との差額の支払いなどを求めて訴訟提起したもので、上記の最判平成30年6月1日と類似した事案といえそうです。

1審および控訴審の判断

この事件の1審は、基本給に関し、下記のとおり定年退職時の60%を下回る部分については、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たると判断しています(名古屋地判令和2年10月28日)。

上記の最判平成30年6月1日の類似事案であることから、1審は最判平成30年6月1日を引用した上で、

・・・原告らの正職員定年退職時と嘱託職員時では,その職務内容及び変更範囲には相違がなかったものであり,本件において,有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かの判断に当たっては,もっぱら,「その他の事情」として,原告らが被告を定年退職した後に有期労働契約により再雇用された嘱託職員であるとの点を考慮することになる。・・・
・・・原告らは,正職員定年退職時と嘱託職員時でその職務内容及び変更範囲には相違がなかったにもかかわらず,原告らの嘱託職員としての基本給は,正職員定年退職時と比較して,50%以下に減額されており・・・
・・・原告らの正職員定年退職時の賃金は,賃金センサス上の平均賃金を下回る水準であった中で,原告らの嘱託職員時の基本給は,それが労働契約に基づく労働の対償の中核であるにもかかわらず,正職員定年退職時の基本給を大きく下回るものとされており,そのため,原告らに比べて職務上の経験に劣り,基本給に年功的性格があることから将来の増額に備えて金額が抑制される傾向にある若年正職員の基本給をも下回るばかりか,賃金の総額が正職員定年退職時の労働条件を適用した場合の60%をやや上回るかそれ以下にとどまる帰結をもたらしているものであって,このような帰結は,労使自治が反映された結果でもない以上,嘱託職員の基本給が年功的性格を含まないこと,原告らが退職金を受給しており,要件を満たせば高年齢雇用継続基本給付金及び老齢厚生年金(比例報酬分)の支給を受けることができたことといった事情を踏まえたとしても,労働者の生活保障の観点からも看過し難い水準に達しているというべきで・・・労働者の生活保障という観点も踏まえ,嘱託職員時の基本給が正職員定年退職時の基本給の60%を下回る限度で,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たると解するのが相当である・・・

名古屋地判令和2年10月28日

そして、控訴審も1審の判断を支持しています。

この裁判例もあり、実務上、定年後再雇用時の賃金は定年前の60%を下限とすべきとも考えられていました。

最高裁の判断

1審被告である会社側からの上告受理申立に対し、最高裁は、次のように事実認定をしています(最判令和5年7月20日)。

・・・上告人と無期労働契約を締結して自動車教習所の教習指導員の業務に従事していた者(以下「正職員」という。)の賃金は、月給制であり、基本給、役付手当等で構成され・・・うち、基本給は一律給と功績給から成り、役付手当は主任以上の役職に就いている場合に支給するものとされ・・・正職員に対しては・・・年2回、賞与を支給するものとされ・・・正職員は、役職に就き、昇進することが想定されており、その定年は60歳であった・・・平成25年以降の5年間における基本給の平均額は、管理職以外の正職員のうち所定の資格の取得から1年以上勤務した者については、月額・・・万円前後で推移し・・・勤続年数が1年以上5年未満のもの(以下「勤続短期正職員」という。)については月額約・・・円から約・・・・円までの間で推移・・・勤続年数に応じて増加する傾向・・・30年以上のものについては月額約・・・円から約・・・円までの間で推移・・・平成27年の年末から令和元年の夏季までの間における賞与の平均額は、勤続短期正職員については、1回当たり約・・・円から約・・・円までの間で推移していた。
・・・高年齢者等の雇用の安定等に関する法律9条1項2号所定の継続雇用制度を導入しており、定年退職する正職員のうち希望する者については、期間を1年間とする有期労働契約を締結・・・更新し・・・原則・・・65歳まで再雇用することとし・・・上記・・の有期労働契約に基づき勤務する者(以下「嘱託職員」という。)の労働条件について、正職員に適用される就業規則等とは別に、嘱託規程を設け・・・賃金体系は勤務形態によりその都度決め、賃金額は経歴、年齢その他の実態を考慮して決める旨や、再雇用後は役職に就かない旨等が定められ・・・有期労働契約においては、勤務成績等を考慮して「臨時に支払う給与」(以下「嘱託職員一時金」という。)を支給することがある旨が定められていた。
被上告人X1 は・・・正職員として勤務し、主任の役職にあった平成・・・年・・・退職金の支給を受けて定年退職・・・定年退職後再雇用され・・・同・・・年・・・までの間、嘱託職員として教習指導員の業務に従事した。
被上告人X2は・・・正職員として勤務し、主任の役職にあった平成・・・年・・・退職金の支給を受けて定年退職・・・・再雇用され・・・令和・・・年・・・までの間、嘱託職員として教習指導員の業務に従事した。
・・・X1の基本給は、定年退職時には月額・・・円であったところ、再雇用後の1年間は月額・・・円、その後は月額・・・円で・・・被上告人X2の基本給は、定年退職時には月額・・・円であったところ、再雇用後の1年間は月額・・・円、その後は月額・・・円であった。
被上告人X1は、定年退職前の3年間において、1回当たり平均約・・・円の賞与の支給を受けていたところ、再雇用後、有期労働契約に基づき、正職員に対する賞与の支給と同時期に嘱託職員一時金の支給を受けており、その額は、平成・・・年の年末以降、1回当たり・・・円から・・・円までであった。被上告人X2は、定年退職前の3年間において、1回当たり平均約・・・円の賞与の支給を受けていたところ、再雇用後、上記と同様に嘱託職員一時金の支給を受けており、その額は、平成27年の年末以降、1回当たり・・・円から・・・円までであった。
被上告人らは、再雇用後、厚生年金保険法及び雇用保険法に基づき・・・老齢厚生年金及び高年齢雇用継続基本給付金を受給した。
被上告人X1は、平成・・・年・・・上告人に対し、自身の嘱託職員としての賃金を含む労働条件の見直しを求める書面を送付し、同年・・・までの間、この点に関し、上告人との間で書面によるやり取りを行った。また・・・所属する労働組合の分会長として、平成・・・年・・・上告人に対し、嘱託職員と正職員との賃金の相違について回答を求める書面を送付した。

最判令和5年7月20日

このような事実認定をした後、最高裁は、次のように判断し、原審の基本給及び賞与に係る損害賠償請求に関する上告人(1審被告)敗訴部分を破棄し、原審に差し戻しています。
尚、上告審では、1審が結審し、1審の判決文が起案された(書かれた)後に言い渡しがなされた同種の事案である最判令和2年10月13日を下記のように引用しています。

間の定めがあることにより不合理なものとすることを禁止したもので・・・労働条件の相違が基本給や賞与の支給に係るものであったとしても、それが同条にいう不合理と認められるものに当たる場合はあり得るものと考えられる。もっとも、その判断に当たっては、他の労働条件の相違と同様に、当該使用者における基本給及び賞与の性質やこれらを支給することとされた目的を踏まえて同条所定の諸事情を考慮することにより、当該労働条件の相違が不合理と評価することができるものであるか否かを検討すべきものである(最高裁令和元年(受)第1190号、第1191号同2年10月13日第三小法廷判決・民集74巻7号1901頁参照)。
以上を前提に、正職員と嘱託職員である被上告人らとの間で基本給の金額が異なるという労働条件の相違について検討する。
・・・前記事実関係によれば、管理職以外の正職員のうち所定の資格の取得から1年以上勤務した者の基本給の額について、勤続年数による差異が大きいとまではいえないことから・・・正職員の基本給は・・・勤続給としての性質のみを有するということはできず・・・職務給としての性質をも有するものとみる余地がある。他方で、正職員については・・・長期雇用を前提として、役職に就き、昇進することが想定され・・・一部の正職員には役付手当が別途支給されていたものの、その支給額は明らかでないこと、正職員の基本給には功績給も含まれていることなどに照らすと・・・基本給は・・・職能給としての性質を有するものとみる余地もある。そして、前記事実関係からは、正職員に対して、上記のように様々な性質を有する可能性がある基本給を支給することとされた目的を確定することもできない。
また・・・嘱託職員は定年退職後再雇用された者であって、役職に就くことが想定されていないことに加え、その基本給が正職員の基本給とは異なる基準の下で支給され、被上告人らの嘱託職員としての基本給が勤続年数に応じて増額されることもなかったこと等からすると、嘱託職員の基本給は、正職員の基本給とは異なる性質や支給の目的を有するものとみるべきである。
・・・原審は、正職員の基本給につき、一部の者の勤続年数に応じた金額の推移から年功的性格を有するものであったとするにとどまり、他の性質の有無及び内容並びに支給の目的を検討せず、また、嘱託職員の基本給についても、その性質及び支給の目的を何ら検討していない。
・・・また、労使交渉に関する事情を労働契約法20条にいう「その他の事情」として考慮するに当たっては、労働条件に係る合意の有無や内容といった労使交渉の結果のみならず、その具体的な経緯をも勘案すべきものと解される。前記事実関係によれば・・・原審は・・・労使交渉につき、その結果に着目するにとどまり、上記見直しの要求等に対する上告人の回答やこれに対する上記労働組合等の反応の有無及び内容といった具体的な経緯を勘案していない。
・・・以上によれば、正職員と嘱託職員である被上告人らとの間で基本給の金額が異なるという労働条件の相違について、各基本給の性質やこれを支給することとされた目的を十分に踏まえることなく、また、労使交渉に関する事情を適切に考慮しないまま、その一部が労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるとした原審の判断には、同条の解釈適用を誤った違法がある。
・・・賞与と嘱託職員一時金の金額が異なるという労働条件の相違について検討する・・・嘱託職員一時金は、正職員の賞与と異なる基準によってではあるが、同時期に支給されていたもので・・・正職員の賞与に代替するものと位置付けられていたということができるところ、原審は、賞与及び嘱託職員一時金の性質及び支給の目的を何ら検討していない。
・・・・労働組合等との間で、嘱託職員としての労働条件の見直しについて労使交渉を行っていたが、原審は、その結果に着目するにとどまり、その具体的な経緯を勘案していない。
このように、上記相違について、賞与及び嘱託職員一時金の性質やこれらを支給することとされた目的を踏まえることなく、また、労使交渉に関する事情を適切に考慮しないまま、その一部が労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるとした原審の判断には、同条の解釈適用を誤った違法がある。
・・・以上のとおり、原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある・・・

最判令和5年7月20日

最判令和5年7月20日に関する考察

最判令和5年7月20日は、最判平成30年6月1日および最判令和2年10月13日を踏襲し、個々の賃金項目の相違が不合理なのかは当該賃金項目の趣旨を個別に具体的に考慮すべきものであることを示したものであり、その点では従前の判例と異なるものではありません。
定年後再雇用時の賃金が、定年前の賃金の60%を下回らなければ適法、あるいは60%を下回れば違法と必ずしも割り切れるものではないという点には留意が必要です。

賃金項目ごとの性質、支給目的、交渉経緯などを個別、具体的に判断する必要があることとなります。
その指針に関しては、実務的には、判例の集積を待つことと言えそうです。

しかし、この判決は平成30年改正前労働契約法20条に関する判決であり、平成30年労働契約法改正により、同条の趣旨は上記のとおりパートタイム・有期雇用労働法8条~10条に引き継がれることとなり、パートタイム・有期雇用労働法10条では、賃金に関し「職務の内容、職務の成果、意欲、能力又は経験その他の就業の実態に関する事項を勘案し、その賃金(通勤手当その他の厚生労働省令で定めるものを除く。)を決定するように努めるものとする・・・」と規定されていることから、同条に列挙されている事項を賃金決定に際し留意する必要があることはわかります。

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同一根拠法の処分の取消訴訟における異なる原告適格の判断と判例変更https://www.tamanoo-law.jp/2023/07/01/%e5%90%8c%e4%b8%80%e6%a0%b9%e6%8b%a0%e6%b3%95%e3%81%ae%e5%87%a6%e5%88%86%e3%81%ae%e5%8f%96%e6%b6%88%e8%a8%b4%e8%a8%9f%e3%81%ab%e3%81%8a%e3%81%91%e3%82%8b%e7%95%b0%e3%81%aa%e3%82%8b%e5%8e%9f%e5%91%8a/ Sat, 01 Jul 2023 05:22:18 +0000 https://www.tamanoo-law.jp/?p=9575
この記事で扱っている問題

許認可などの行政処分の取消を求める取消訴訟を適法に提起するには、行政訴訟法9条の原告適格が必要となりますが、その原告適格の有無の判断においては判例が大きな意味をもっています。

ところで、最高裁の判例は同種の事件の判断に対し、実質的な法的拘束力をもっていることから、最高裁が解釈を変更する場合、大法廷で判例変更をおこなうことが必要となります。

それでは、どのような場合に判例変更が必要となるのでしょうか。

ここでは、根拠法が同一の従前の事件の最高裁判例とは異なる原告適格に関する判断が下されものの判例変更がなされなかった取消訴訟事件において、判例変更の必要性に関する裁判官の意見と補足意見が付された近時の判例をみながらこの点を考えてみます。

取消訴訟の原告適格の判断と判例変更について

取消訴訟の原告適格について

行政処分の取り消しを求める抗告訴訟としての取消訴訟を適法に提起するには、原告適格を有することが必要とされており、原告適格が認められるためには、原則として「当該処分又は裁決の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者」であることが要求されています(行政事件訴訟法9条)。
ところで、同法の平成16年改正により、9条に2項が追加され(それまでは現在の1項のみでした。)、原告適格の範囲が実質的に拡大されました。

判例と判例変更について

判例は同種の事件の判断に対し、実質的に法的拘束力を有していますが(尚、狭義では、判例とは最高裁判所の裁判を指し、下級審(最高裁以外の裁判所を意味します。)の裁判は裁判例といい区別することがあります。ここでの判例とは最高裁の裁判を指すこととします。)、裁判所法10条は、

第十条(大法廷及び小法廷の審判) 事件を大法廷又は小法廷のいずれで取り扱うかについては、最高裁判所の定めるところによる。但し、左の場合においては、小法廷では裁判をすることができない。
(一~三省略)
三 憲法その他の法令の解釈適用について、意見が前に最高裁判所のした裁判に反するとき。

裁判所法10条

と規定しています。
そこで、判例を変更する際には、最高裁の大法廷で審理し、変更されることとなります。

原告適格に関連する判例変更について

これらのこともあり、行政事件訴訟法が改正された翌年、都市計画事業の許認可の取消訴訟の原告適格に関し、大法廷で審理された最判平成17年12月7日により、それ以前の判例とされていた最判平成11年11月25日は変更されました。

この点につきましては、下記の記事で詳しく扱っています。

しかし、墓地、埋葬等に関する法律に関する近時の裁判である最判令和5年5月9日では、類似事件の判例とも考え得る最判平成12年3月17日と結論が異なるにもかかわらず、判例変更はおこなわれていません。
ただし、この判決に際しては、判例変更に関する裁判官の意見および補足意見が付されています。

ここでは、最判令和5年5月9日を、原告適格に関する判断ならびに裁判官の意見および補足意見を中心にみてみます。

最判令和5年5月9日について

事案の概要

この裁判は、大阪市長の宗教法人(以下「本件法人」といいます。)に対する墓地、埋葬等に関する法律(以下「法」といいます。)10条による納骨堂経営の許可(以下「本件経営許可」といいます。)および当該施設の変更許可(以下「本件変更許可」といい、本件経営許可とあわせ「本件各許可」といいます。)に対し、当該施設の周辺住民が提起した取消訴訟です。

下級審の判断

この事件の1審は、判断枠組みとして上記の最判平成17年12月7日を引用した上で、法および大阪市の定める法の施行細則などが、原告らが主張する周辺居住者、勤務者の生活環境に関する利益、それらの者の生命、身体の安全に関する利益および周辺不動産を所有する者の財産的利益を、一般的公益とは別に個々人の個別的利益として保護する趣旨まで含んでいるとは解せないとして、原告らの原告適格は認められないとして、訴えを却下しています。

一方、控訴審も、1審同様、最判平成17年12月7日を引用していますが、細則には、周辺住民等の生活環境等に係る利益を保護する趣旨および目的も含むとして、その利益を個別的利益として保護する趣旨をも含むとして、一部原告の原告適格を認め、1審への差戻しの判決を下しています。

上告審である最高裁の判決

この事件は1審被告である本件法人により上告され、最高裁の第三小法廷で審理がなされましたが、判例変更のための大法廷への回付はされていません。

そして、第三小法廷は、被上告人(1審原告)の原告適格について、最判平成17年12月7日を引用した上で、次のように判断しています。

・・・法は、墓地等の管理及び埋葬等が、国民の宗教的感情に適合し、かつ、公衆衛生その他公共の福祉の見地から支障なく行われることを目的とし(1条)、10条において、墓地等を経営し又は墓地の区域等を変更しようとする者は、都道府県知事の許可を受けなければならない旨を規定する。同条は、その許可の要件を特に規定しておらず、それ自体が墓地等の周辺に居住する者個々人の個別的利益をも保護することを目的としているものとは解し難い(最高裁平成10年(行ツ)第10号同12年3月17日第二小法廷判決・裁判集民事197号661頁参照。以下、この判決を「平成12年判決」という。)。
もっとも、法10条が上記許可の要件を特に規定していないのは、墓地等の経営が、高度の公益性を有するとともに、国民の風俗習慣、宗教活動、各地方の地理的条件等に依存する面を有し、一律的な基準による規制になじみ難いことに鑑み、墓地等の経営又は墓地の区域等の変更(以下「墓地経営等」という。)に係る許否の判断については、上記のような法の目的に従った都道府県知事の広範な裁量に委ね、地域の特性に応じた自主的な処理を図る趣旨に出たものと解され・・・法の目的に適合する限り、墓地経営等の許可の具体的な要件が、都道府県(市又は特別区にあっては、市又は特別区)の条例又は規則により補完され得ることを当然の前提としているものと解され・・・
本件細則8条は、法の目的に沿って、大阪市長が行う法10条の規定による墓地経営等の許可の要件を具体的に規定するものであるから、被上告人らが本件各許可の取消しを求める原告適格を有するか否かの判断に当たっては、その根拠となる法令として本件細則8条の趣旨及び目的を考慮すべきである。
・・・本件細則8条本文は、墓地等の設置場所に関し、墓地等が死体を葬るための施設であり(法2条)、その存在が人の死を想起させるものであることに鑑み、良好な生活環境を保全する必要がある施設として、学校、病院及び人家という特定の類型の施設に特に着目し、その周囲おおむね300m以内の場所における墓地経営等については、これらの施設に係る生活環境を損なうおそれがあるものとみて、これを原則として禁止する規定であると解される。そして、本件細則8条ただし書は、墓地等が国民の生活にとって必要なものであることにも配慮し、上記場所における墓地経営等であっても、個別具体的な事情の下で、上記生活環境に係る利益を著しく損なうおそれがないと判断される場合には、例外的に許可し得ることとした規定であると解され・・・本件細則8条は、墓地等の所在地からおおむね300m以内の場所に敷地がある人家については、これに居住する者が平穏に日常生活を送る利益を個々の居住者の個別的利益として保護する趣旨を含む規定であると解するのが相当である。
・・・したがって、法10条の規定により大阪市長がした納骨堂の経営又はその施設の変更に係る許可について、当該納骨堂の所在地からおおむね300m以内の場所に敷地がある人家に居住する者は、その取消しを求める原告適格を有するものと解すべきである。

最判令和5年5月9日

しかし、これに続いて、同じ根拠法の類似事件である最判平成12年3月17日に関連して、

・・・平成12年判決(注:最判平成12年3月17日のこと)は、周辺に墓地及び火葬場を設置することが制限される施設の類型や当該制限を解除する要件につき、条例中に本件細則8条とは異なる内容の規定が設けられている場合に関するものであって、事案を異にし、本件に適切でない。

最判令和5年5月9日

と判示、本件の結論が最判平成12年3月17日と異なるとしても、事案が異なることから、最判平成12年3月17日に抵触するものではないとしています。
そして、最高裁は、

前記事実関係等によれば、被上告人らは、いずれも、本件納骨堂の所在地からおおむね300m以内の場所に敷地がある人家に居住している者に当たるから、本件細則8条を根拠として、本件各許可の取消しを求める原告適格を有するものということができる。
・・・被上告人らが本件各許可の取消しを求める原告適格を有するとした原審の判断は、結論において是認することができる。論旨は採用することができない。

最判令和5年5月9日

として、上告を棄却しています。

宇賀裁判官の意見について

この判決では、最判平成12年3月17日との関係および判例変更に関し、宇賀裁判官の意見が付されています。

・・・多数意見は、墓地の周辺住民の原告適格を否定した平成12年判決について、本件とは事案を異にするので、変更する必要はないという前提に立つ。
しかし、本件で平成12年判決を変更せず、専ら本件細則の解釈により原告適格の有無を判断すると、今後、他の地方公共団体における墓地経営等の許可につき取消訴訟が提起された場合、その都度、条例又は規則の規定の仕方に応じた解釈を要することとなり、訴訟の入口である原告適格の判断だけのために数年争われ、本案審理に更に数年を要するという非生産的な事態は解消されない。そして、規定の僅かな表現の差異という立法上の偶然(同じことを念頭に置いていても「公衆衛生」と表現するか「付近の生活環境」と表現するか等)により、あるいは、同じ内容が定められていても、それが条例や規則で定められているか要綱で定められているかの違いにより、「当該法令と目的を共通にする関係法令」(行政事件訴訟法9条2項)に当たるかに差異が生じ、地方公共団体ごとに原告適格の有無が異なるという事態が生じ得る。
・・・取消訴訟の原告適格について、当審の判例とされているいわゆる法律上保護された利益説の立場に立っても・・・以下の理由により、法10条自体が周辺住民の個別的利益を保護しており、周辺住民に墓地経営等の許可の取消しを求める原告適格は認められると考える。
・・・許可制度を設けるということは、申請に対して諾否の応答を行政庁が義務付けられることを意味するので(行政手続法2条3号)、諾否の応答の基準を想定しない許可制度はあり得ないといえよう・・・法律の留保における規律密度の観点から・・・地方の実情に配慮した柔軟な要件とすることが望ましい場合であっても、骨格的な要件は法律自体に明示すべきで・・・それが明示されていないゆえに、法10条は、墓地経営等による不利益を被る者の原告適格を認めていないと解するとすれば、いわゆる法律上保護された利益説は、いわゆる(裁判上)保護に値する利益説からの批判に耐えることはできなくなると思われる。・・・
したがって、墓地経営等の許可について、法は要件を一切定めていないが、法の合理的解釈により、法1条の目的に合致しない申請、すなわち、国民の宗教的感情に適合せず又は公衆衛生その他公共の福祉の見地から支障を及ぼすおそれがある申請は許可しないという要件が存在していると解するべきで・・・
法1条の「国民の宗教的感情」について、墓地等の経営が許可されることにより宗教的感情に影響を受けるのは、何よりも周辺住民であり、また、「公衆衛生その他公共の福祉の見地」から支障が生ずるおそれがあるのも、周辺住民で・・・墓地経営等の許可により個別具体的な影響を受けるのは周辺住民であるから、周辺住民の利益を一般的公益の中に吸収解消して周辺住民の原告適格を否定すべきではない。法10条が保護する利益について公益と称することがあるとしても、それは周辺住民の個別的な利益の集積、総合であって、一般的公益に吸収解消されるものではないのである。念のために付言すれば、墓地等の公益性は、本案の判断に当たって考慮要素になるものの、誰が許可処分を争うことができるかという原告適格の判断で問題になる公益とは異なるものである。
・・・平成12年判決が周辺住民の原告適格を否定する根拠の一つは、当時の大阪府墓地等の経営の許可等に関する条例7条1号が、周辺に墓地及び火葬場を設置することが制限されるべき施設を住宅、事務所、店舗を含めて広く規定していることである。平成12年判決は、同号が定める学校、病院については原告適格を否定する説示において言及していないので、学校、病院のように少数の限定された施設については、当該施設の設置者の有する個別的利益を特に保護しようとする趣旨と解し得るが、住宅、事務所、店舗のように広範に存在するものについては、一定の広がりのある地域の良好な風俗環境を一般的に保護しようとする趣旨と解したものと思われる。しかし、このような考え方によれば、墓地等の周辺300m以内に学校又は病院が存在しない場合には、法1条の目的に反する墓地等の経営が違法に許可された場合であっても、誰もそれを訴訟で争うことができないという法治国家にあるまじき状態が生ずることになってしまう。同条例が、そのような事態を想定して、7条1号を設けたと解するのは不合理である。
また、平成12年判決は、上記条例7条1号が「ただし、知事が公衆衛生その他公共の福祉の見地から支障がないと認めるときは、この限りでない。」と定めていることは、制限の解除が専ら公益的見地から行われることを意味するから、同号が個別的利益を保護する趣旨とはいえないとしている。しかし、「公衆衛生その他公共の福祉」という文言を個別的利益と離れた公益を保護する趣旨と解すること自体が問題であることは、先に述べたとおりである。したがって、同号ただし書も、知事が、周辺住民の個別的利益が害されるおそれがないと認めるときに例外的に許可する趣旨の規定と解すべきであり、知事が、この点に関する判断を誤り、周辺住民の宗教的感情や衛生状態を害するような墓地等の経営を許可すれば、周辺住民には、その取消しを求める原告適格が認められなければならない。
以上に述べたように、平成12年判決は、法令の文言の形式的解釈に拘泥し紛争の実質を考慮していないものといわざるを得ず、取り分け平成16年法律第4号による改正後の行政事件訴訟法9条2項により「当該処分又は裁決の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく」解釈することが義務付けられた現在においては、変更を免れないものと考えられる。

最判令和5年5月9日宇賀裁判官意見

林裁判官の補足意見

この宇賀裁判官の意見に対し、林裁判官からは次のような補足意見が付されています。

・・・私は、多数意見に賛同するものであるが、宇賀裁判官の意見があることを踏まえ、多数意見の趣旨につき補足して意見を述べておきたい。
本件において、被上告人らの原告適格を肯定するため平成12年判決を変更する必要がないことの理由は、直接的には、多数意見の指摘するとおり、平成12年判決で問題となった条例と本件細則8条の規定ぶりが異なることにあるが、実質的にみれば、平成12年判決が平成16年法律第84号による行政事件訴訟法の改正前の事案であることを見逃すことはできない。上記改正により、取消訴訟の原告適格について規定した同法9条に2項が追加されたところ、同項は、国民の権利利益の救済範囲の拡大を図る観点から、処分又は裁決の相手方以外の者(以下「第三者」という。)の原告適格が適切に判断されることを一般的に担保するため、裁判所が考慮すべき事項を法定したものである。被上告人らのような第三者の原告適格については、上記改正後は、上記のような同項が追加された趣旨を踏まえ、より柔軟な判断が求められることになったというべきである。
なお、宇賀裁判官は、訴訟の入口である原告適格の問題を判断するためだけに数年単位の期間を費やすことは望ましくない旨を指摘するところ、この点については傾聴に値するというべきであろう。第三者の原告適格については、前記のとおり、行政事件訴訟法9条2項が追加された趣旨を踏まえた適切な判断が求められるところであって、審理を担当する裁判所としては、そのような判断に必要な限度を超えた主張立証が漫然と継続されることのないよう、十分に留意すべきである。

最判令和5年5月9日林裁判官補足意見

尚、この林裁判官の補足意見の「実質的にみれば、平成12年判決が平成16年法律第84号による行政事件訴訟法の改正前の事案であることを見逃すことはできない・・・同法9条に2項が追加されたところ・・・上記改正後は、上記のような同項が追加された趣旨を踏まえ、より柔軟な判断が求められることになったというべきである」との箇所のみからは、最判平成17年12月7日に関しては、最判平成11年11月25日からの判例変更の必要性は低かったと考えることも可能かと思われます。
しかし、最判平成17年12月7日と本件事件判決との間の判例変更の有無の相違は、事例が異なることが大きな理由であろうと思われます。
また、最判平成17年12月7日の判決が、平成16年の行政事件訴訟法改正直後であったことも、最判17年12月7日において判例変更がおこない、あらたな判例を示したことに影響しているのかもしれません。
本件も1審から同様ですが、最判平成17年12月7日は、取消訴訟の原告適格が争点となっている事件の多くの判決で引用されています。

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行政処分に対する取消訴訟の原告適格が認められる範囲についてhttps://www.tamanoo-law.jp/2023/06/29/%e8%a1%8c%e6%94%bf%e5%87%a6%e5%88%86%e3%81%ab%e5%af%be%e3%81%99%e3%82%8b%e5%8f%96%e6%b6%88%e8%a8%b4%e8%a8%9f%e3%81%ae%e5%8e%9f%e5%91%8a%e9%81%a9%e6%a0%bc%e3%81%8c%e8%aa%8d%e3%82%81%e3%82%89%e3%82%8c/ Thu, 29 Jun 2023 05:28:47 +0000 https://www.tamanoo-law.jp/?p=9572
この記事で扱っている問題

行政の許認可などの処分に不服があり、その処分の取り消しを求める裁判上の手段として、行政事件訴訟法が定める抗告訴訟としての取消訴訟があります。
しかし、特定の処分について、誰でも取消訴訟を適法に提起できるわけではありません。
その取消対象となる処分との関係において、一定の資格があることが必要とされています。
その資格のことを「原告適格」といいます。
原告適格がないと判断されると、訴訟を提起しても、訴えは却下されることとなります。

ここでは、取消訴訟における原告適格(以下、とくに断りのない限り、取消訴訟における原告適格を単に「原告適格」といいます。)について、行政事件訴訟法の条文およびこれに関する最高裁大法廷の判決をみてみます。

取消訴訟の原告適格について

行政事件の訴訟に関しては、行政事件訴訟法が制定されており、その9条では、

(原告適格)
第九条 処分の取消しの訴え及び裁決の取消しの訴え(以下「取消訴訟」という。)は、当該処分又は裁決の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者(処分又は裁決の効果が期間の経過その他の理由によりなくなつた後においてもなお処分又は裁決の取消しによつて回復すべき法律上の利益を有する者を含む。)に限り、提起することができる。
2 裁判所は、処分又は裁決の相手方以外の者について前項に規定する法律上の利益の有無を判断するに当たつては、当該処分又は裁決の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく、当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮するものとする。この場合において、当該法令の趣旨及び目的を考慮するに当たつては、当該法令と目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌するものとし、当該利益の内容及び性質を考慮するに当たつては、当該処分又は裁決がその根拠となる法令に違反してされた場合に害されることとなる利益の内容及び性質並びにこれが害される態様及び程度をも勘案するものとする。

行政事件訴訟法9条

と規定されています。
そこで、9条1項から、原告適格が認められるためには、原則として、「当該処分又は裁決の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者」であることが必要であることがわかります。

ところで、同条は当初1項のみであり、2項は規定されていませんでした。
しかし、1項のみからでも、許認可などの処分の直接の相手方として、当該処分により不利益を受ける者であれば原告適格が認められると解することには問題ありません。
ところが、それ以外のどの範囲の者まで「法律上の利益を有する者」となり得るのかについては1項のみからでは必ずしも明確とはならず、その判断について様々な訴訟で争われてきました。
そのような状況下、平成16年の行政事件訴訟法改正により、同条の2項が新設され、取消訴訟の原告適格の実質的な拡大が図られるとともに、原告適格判断時の考慮事項が条文上明らかになりました。

この行政訴訟法の改定により9条2項が新設された後に、原告適格の実質的拡大をおこなう判例変更がなされたのが下記の最判平成17年12月7日です。

「法律上の利益」に関する判例変更がなされた事件

事件の概要

この事件は、

建設大臣(当時)の東京都に対する
①既存私鉄路線の都内一部箇所の連続立体交差化を内容とする都市計画事業の認可(以下「本件鉄道事業認可」といい、これによる事業を「本件鉄道事業」といいます。)
および
②付属街路の設置を内容とする都市計画事業の認可(以下「本件各付属街路事業認可」といい、これによる事業を「本件各付属街路事業」といいます。)

に対し、沿線住民ら(複数)が①本件鉄道事業認可および②本件各付属街路事業認可のいずれも違法だと主張し、それらの取消しを求めた事件です。

この事件では、原告の全員が本件鉄道事業の事業地内の不動産の権利を有しておらず、一部が本件各付属街路事業の事業地内の一部の不動産に対し権利を有してはいたものの(以下これらの原告らを「一部権利者の原告」といいます。)、大部分は事業地内の不動産に対する権利を有していない近隣住民(以下それらの居住者を「権利者以外の原告」といいます。)でした。
そこで、原告らの原告適格の有無が行政事件訴訟法9条1項との関係で問題となりました。

この裁判の前、最高裁は、都市計画事業である環状六号線道路拡幅事業の認可処分等の取消訴訟(最判平成11年11月25日)において、
「事業地内の不動産につき権利を有する者は、認可等の取消しを求める原告適格を有するものと解される」
として上で、
「本件各処分に係る事業地の周辺地域に居住し又は通勤、通学しているが事業地内の不動産につき権利を有しない上告人らは、本件各処分の取消しを求める原告適格を有しないというべき」
として、都市計画事業の許認可の取消訴訟においては、事業地内の不動産について権利を有するもののみに原告適格が認められると判断していました。

この判例からすると、最判平成17年12月7日の事件においても、本件各付属街路事業の事業地内の一部の不動産に対し権利を有している原告のみ、その権利を有する事業地に関する付属街路事業の許可に限定して取消請求の原告適格が認められるのが原則と考えられます。

1審および控訴審の原告適格に関する判断

この事件の1審(東京地判平成13年10月3日)は、本件鉄道事業と本件各付属街路事業を実質的に一体のものとしてとらえ、一部権利者の原告については、本件鉄道事業認可を含む全ての許可の取消しを求めるについて原告適格を有するとし、各事業の認可について、いずれも取り消すという判断を下しています。

しかし、権利者以外の原告に関しては原告適格を有しないと判断し、訴えをいずれも却下しました。

これに対し、控訴審は、一部権利者について、権利を有する不動産に関する本件各付属街路事業認可の取消しを求めるについては原告適格を有するものの、その他の事業許可に関しては原告適格を有するものではないとし、更に本件鉄道事業許可の取消しに関しては原告全員に原告適格は認められないとして訴えを却下しました。

この1審と控訴審の判断をみますと、控訴審は最判平成11年11月25日に沿った判断であり、1審は最判平成11年11月25日の判断から原告適格の範囲を実質的に拡張したものであったと評価しえます。

最高裁判所の判断

この控訴審判決に対し、原告らが控訴しました。

その上告審では、論点回付がなされ、原告適格については、大法廷で次のように判断をしています。

原審の上記判断のうち・・・目録4記載の各上告人(注:本件鉄道事業の関係地外居住者の原告)らにつき本件鉄道事業認可の取消しを求める原告適格を否定した部分及び・・・についてはいずれも結論において是認することができるが、同目録1ないし3記載の各上告人(注:本件鉄道事業の関係地外居住者以外の原告全員)らにつき本件鉄道事業認可の取消しを求める原告適格を否定した部分については是認することができない。その理由は、次のとおり・・・ 
行政事件訴訟法9条は、取消訴訟の原告適格について規定するが、同条1項にいう当該処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであり、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、このような利益もここにいう法律上保護された利益に当たり、当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。
・・・処分の相手方以外の者について上記の法律上保護された利益の有無を判断するに当たっては、当該処分の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく、当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮し、この場合において、当該法令の趣旨及び目的を考慮するに当たっては、当該法令と目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌し、当該利益の内容及び性質を考慮するに当たっては、当該処分がその根拠となる法令に違反してされた場合に害されることとなる利益の内容及び性質並びにこれが害される態様及び程度をも勘案すべきものである(同条(注:行政事件訴訟法9条)2項参照)・・・
・・・以上のような都市計画事業の認可に関する都市計画法の規定の趣旨及び目的、これらの規定が都市計画事業の認可の制度を通して保護しようとしている利益の内容及び性質等を考慮すれば、同法は、これらの規定を通じて、都市の健全な発展と秩序ある整備を図るなどの公益的見地から都市計画施設の整備に関する事業を規制するとともに、騒音、振動等によって健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれのある個々の住民に対して、そのような被害を受けないという利益を個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むと解するのが相当である。したがって、都市計画事業の事業地の周辺に居住する住民のうち当該事業が実施されることにより騒音、振動等による健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれのある者は、当該事業の認可の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者として、その取消訴訟における原告適格を有するものといわなければならない。
最高裁・・・(平成)11年11月25日第一小法廷判決・・・・は、以上と抵触する限度において、これを変更すべきである。
・・・以上の見解に立って、本件鉄道事業認可の取消しを求める原告適格についてみると、前記事実関係等によれば、別紙上告人目録1ないし3記載の上告人らは、いずれも本件鉄道事業に係る関係地域内である上記各目録記載の各住所地に居住しているというのである。そして、これらの住所地と本件鉄道事業の事業地との距離関係などに加えて、本件条例2条5号の規定する関係地域が、対象事業を実施しようとする地域及びその周辺地域で当該対象事業の実施が環境に著しい影響を及ぼすおそれがある地域として被上告参加人が定めるものであることを考慮すれば、上記の上告人らについては、本件鉄道事業が実施されることにより騒音、振動等による健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれのある者に当たると認められるから、本件鉄道事業認可の取消しを求める原告適格を有するものと解するのが相当である。
・・・これに対し、別紙上告人目録4記載の上告人らは、本件鉄道事業に係る関係地域外に居住するものであり、前記事実関係等によっても、本件鉄道事業が実施されることにより騒音、振動等による健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれがあるとはいえず、他に、上記の上告人らが原告適格を有すると解すべき根拠は記録上も見当たらないから、本件鉄道事業認可の取消しを求める原告適格を有すると解することはできない。
・・・前記事実関係等によれば、本件各付属街路事業に係る付属街路は、本件鉄道事業による沿線の日照への影響を軽減することのほか、沿線地域内の交通の処理や災害時の緊急車両の通行に供すること、地域の街づくりのために役立てること等をも目的として設置されるものであるというのであり、本件各付属街路事業は、本件鉄道事業と密接な関連を有するものの、これとは別個のそれぞれ独立した都市計画事業であることは明らかであるから、上告人らの本件各付属街路事業認可の取消しを求める上記の原告適格についても、個々の事業の認可ごとにその有無を検討すべきである。・・・

最判平成17年12月7日

このように、最高裁は、平成16年の行政事件訴訟法改正により9条2項が追加されたこともあり、最判平成11年11月25日を判例変更し、事業地内のみでなく、その周辺一定範囲の住民にまで原告適格を拡張しています。

そして、その判断に際し、当該判決の前年に新設されていた行政事件訴訟法9条2項に触れています。

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外廊下の水たまりは民法717条1項の瑕疵となるのでしょうかhttps://www.tamanoo-law.jp/2023/05/14/%e5%a4%96%e5%bb%8a%e4%b8%8b%e3%81%ae%e6%b0%b4%e3%81%9f%e3%81%be%e3%82%8a%e3%81%af%e6%b0%91%e6%b3%95%ef%bc%97%ef%bc%91%ef%bc%97%e6%9d%a1%ef%bc%91%e9%a0%85%e3%81%ae%e7%91%95%e7%96%b5%e3%81%a8%e3%81%aa/ Sun, 14 May 2023 00:01:57 +0000 https://www.tamanoo-law.jp/?p=9565
この記事で扱っている問題

民法717条1項では、建物などの工作物に「瑕疵」が存在し、その瑕疵により人に損害が生じた場合、建物の占有者(あるいは所有者)が損害賠償責任を負うことを規定しています。

それでは、自然現象である降雨により外廊下に水たまりができた場合、そのような水たまりは同項の「瑕疵」に該当し得るのでしょうか。

ここでは、自然現象に起因する事故として、降雨による建物の不具合を瑕疵と認定し得るのかについて、判例をみながら考えてみます。

民法717条1項の瑕疵とは

民法717条では、

(土地の工作物等の占有者及び所有者の責任)
第七百十七条 土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたときは、その工作物の占有者は、被害者に対してその損害を賠償する責任を負う。ただし、占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは、所有者がその損害を賠償しなければならない。
(2項および3項省略)

民法717条

と規定されており、その1項において、建物などの土地の工作物に設置または保存の「瑕疵」があり、そのために人が損害を負った場合、建物管理者などの土地の工作物の占有者(あるいは所有者)が損害賠償責任を負うことを規定しています。

そして同項の「瑕疵」とは、その種類に応じて通常備えているべき安全性が欠けていることを意味すると考えられています。

問題の所在

上記のように、民法717条1項では、「設置又は保存に瑕疵があることによって」とあることから、保存上の「瑕疵」も同項の「瑕疵」となることがわかります。
それでは、一時的に自然現象により、「通常備えているべき安全性が欠けている」状態となった場合も「瑕疵」があることになるのでしょうか。
建物に雨が降り込み、水たまりができ、一時的に滑りやすい状態となった場合にも「瑕疵」が認定されるのでしょうか。
不具合が生じた原因に関係なく「通常備えるべき安全性」を有していなければ、「通常備えているべき安全性が欠けている」ことになるのでしょうか。

近時の裁判としては、東京地判令和4年1月27日において、この点が争点のひとつとなりました。

瑕疵との関係で自然現象による不具合が問題となった裁判例

事案の概要

この事件は、健康診断を受診するために病院を訪れた人が、検査会場内の移動のため、建物の外廊下である通路を通過したとき、床上にできていた水たまりに足を滑らせて転倒し腕を骨折したとして、当該病院を運営する医療法人社団に対し、損害賠償を求め訴訟を提起したものです(東京地判令和4年1月27日)。

事故の発生経緯・原因に関する裁判所の判断

まず、裁判所は、下記のように、本件事故は検診受診中に外廊下において発生したものであることを認定しています。

・・・原告は,本件事故発生日当日,健康診断を受診するために本件病院を訪れ・・・受付担当者から健康診断会場のある4階までエレベーターを利用するよう指示された・・・が,1基しかないエレベーターがなかなか来なかったために,屋内階段を利用し・・・部分に所在する扉部分までたどり着き,同扉を開けたが健康診断会場ではなかったことから,3階まで戻ったところで・・・に声を掛けられ・・・と共に4階まで屋内階段で行き・・・部分に所在する扉を開けて本件通路を進行し・・・部分に所在する扉を通って健康診断会場まで赴き,簡易スリッパに履き替え,健康診断を受診し・・・レントゲン撮影のためにエレベーターで3階に行き,レントゲン撮影後,再度4階に上がるためにエレベーターを待っていたが,エレベーターがなかなか来なかったことから,屋内階段で4階に上り・・・部分に所在する扉を開けて,本件通路に入り・・・本件通路を歩行中,本件事故現場で転倒して,左肩をぶつけ,左上腕骨頚部を骨折した・・・。
本件通路の床材は,光沢があり,本件病院の屋内階段の床材と同系色で・・・本件通路の左側には,プレハブ小屋,トイレ,外階段,本件病院職員の下駄箱が設置され・・・部分にはソファーやテーブルが置かれており,外階段を除き,本件通路を含め,4階左側外周部分まで屋根が設置されているが,同外周部分は外部に開放されている。・・・ 本件通路の右側には・・・フェンスが設置され,屋根とフェンスの隙間は板状のもので塞がれているものの,同部分は外部に開放されている・・・

東京地判令和4年1月27日

続いて裁判所は、次のように、事故は事故前夜の降雨により生じた外廊下の水たまりに足を滑らせたことにより生じたものであることを認定しています。

・・・本件事故発生時,本件事故現場には水たまりが存在し,本件事故は,原告が水たまりに足を滑らせたことによって生じたものであったと認められ・・・本件事故発生日・・・の前夜,午後7時から午後9時にかけて合計4.5mmの降雨があったことが認められ,上記のとおり,本件事故現場付近に開放部が存在していたこと,他に水たまりの発生原因となるような事象の存在もうかがわれないことからすれば,本件事故現場の水たまりは,降雨の影響によって発生したものと推認するのが相当である・・・

東京地判令和4年1月27日

瑕疵に関する裁判所の判断

裁判所は、次のように、降雨により通路に水たまりが存在したことは、保存の瑕疵に該当すると認定しています。

・・・そこで,降雨の影響によって本件通路に水たまりが存在していたことが,本件病院の設置又は保存の瑕疵と言い得るものであるかという点について検討する。
・・・まず・・・本件事故当時,屋内階段を利用して4階に行くことや本件通路への立入禁止の表示はされていなかったものと認められ・・・このことに加え,本件病院のエレベーターが1基しかなく,4階が健康診断会場となっていたという客観的な状況からすると,本件通路は,本件事故当時,本件病院の職員以外の者,とりわけ健康診断受診者が,エレベーターの待ち時間を嫌い,屋内階段を利用して・・・部分の扉から立ち入り,健康診断会場へ続く経路を探すために通行することがあり得る通路となっていたと認められ・・・
また,本件通路を含めた本件病院4階部分左側に広く屋根が設置されており,本件通路右側部分に設置されたフェンス部分は開放されているものの,屋根とフェンスの間の隙間に板状のものが設置され風雨の進入を一定程度防止するだけの設備が設けられていた上,本件通路の床材が光沢を帯び,濡れると滑りやすくなる材質のものであったと考えられる。そうすると,本件通路に風雨によって通行の妨げとなる事象が発生した場合,その事象が放置されることが本件通路の場所的環境からして自然であるとも言い難い。
以上の諸点を踏まえると,降雨の影響によって生じた水たまりの存在した本件通路は,簡易スリッパを履いていることもあり得る健康診断受診者が安全に通行することができる性状を欠いた状態にあったと評価するのが相当であり,降雨の影響によって本件通路に水たまりが存在していたことは本件病院の保存の瑕疵に該当するということができる。

東京地判令和4年1月27日

裁判例に対する考察

上記のように、裁判所は、

①事故発生現場は、検診受診者が通行することもあり得る通路であったこと

②事故の発生した通路は、

  • 側面の一部が開放されているものの、その隙間には風雨の進入を一定程度防止するだけの設備が設けられ
  • 通路の床材が濡れると滑りやすくなる材質のものであったと考えられることなどから

事故現場である通路の形状などから、通路に水たまりなどが生じた場合、水たまりなどがそのまま放置されることは自然であるとは言い難いこと

なども理由として、通路に水たまりが存在していたことを「保存に瑕疵」があるものと認定しています。

上記の①は、一般の病院来訪者が通過することがあり得るかといった当該通路の利用者の属性

上記②は、水たまりが生じた場合に、一般的には、病院が水たまりを拭くなどの管理(施設管理)をおこなうものなのであるのか

ということを検討しているものといえそうです。
②の管理水準は、①の利用者の属性にも左右されるものとも考えられます。

この①および②は、事故発生現場の外廊下が、同様な通路として有すべき「通常備えているべき安全性が欠けている」かの判断をおこなう上での要素と考えられます。

この裁判例からしますと、病院など(不特定)多数の来訪者が見込まれる施設では、

一般の来訪者が利用する箇所においては
一般的に期待される水準の管理をおこなっておらず、その管理を十分におこなわなかったことを理由として事故が生じた場合
民法717条1項の「保存に瑕疵」があると認定される可能性があると考えられます。

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固定残業代との関係で基礎賃金が問題となるケースについてhttps://www.tamanoo-law.jp/2023/03/04/%e5%9b%ba%e5%ae%9a%e6%ae%8b%e6%a5%ad%e4%bb%a3%e3%81%a8%e3%81%ae%e9%96%a2%e4%bf%82%e3%81%a7%e5%9f%ba%e7%a4%8e%e8%b3%83%e9%87%91%e3%81%8c%e5%95%8f%e9%a1%8c%e3%81%a8%e3%81%aa%e3%82%8b%e3%82%b1%e3%83%bc/ Sat, 04 Mar 2023 11:14:27 +0000 https://www.tamanoo-law.jp/?p=9552
この記事で扱っている問題

残業、休日出勤をした場合、その残業手当、休日出勤手当が支給されることとなります。

この残業手当、休日出勤手当は、時間外の勤務時間に賃金から諸手当等を控除した基礎賃金の額を所定労働時間で割った額を掛けて計算しされるのが基本です。
しかし、会社によっては、実際の残業時間、休日出勤労働時間にかかわらず、一定額を固定残業代として支給する場合があります。

ここでは、固定残業代が基礎賃金との関係において問題となるケースについて、判例等を確認しながら解説します。

残業代等について

会社の就業規則で定められた時間を超えて残業をしますと、労働基準法37条などから、当該残業の時間帯、時間数に応じて、残業手当が支給されることとなります。

また、休日に出勤した場合、休日出勤に対して手当が支給されます。

ここでは、便宜的に残業手当と休日出勤手当をあわせて残業代等ということとします。

しかし、残業は、法的には

  • 所定時間外労働
  • 時間外労働

の2つに区別され、後者に対しては通常の賃金に一定の割増が加えられた割増賃金が支払われることとなります。

これらのことは、労働基準法37条1項において、次のように規定されています。

(時間外、休日及び深夜の割増賃金)
第三十七条 使用者が、第三十三条又は前条第一項の規定により労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合においては、その時間又はその日の労働については、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の二割五分以上五割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。ただし、当該延長して労働させた時間が一箇月について六十時間を超えた場合においては、その超えた時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の五割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。

労働基準法37条1項

尚、割増賃金の適用される範囲(ケース)に関しては下記の記事で解説しています。

割増賃金と基礎賃金について

上記のように、所定時間外労働以外の残業等の時間の労働に対しては、会社は通常の賃金に割増率(法定の割増率以上)を乗じた賃金を支払わなければなりません。

このことを規定した労働基準法37条は、下記のような規定を設けています。

(時間外、休日及び深夜の割増賃金)
第三十七条 使用者が、第三十三条又は前条第一項の規定により労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合においては、その時間又はその日の労働については、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の二割五分以上五割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。ただし、当該延長して労働させた時間が一箇月について六十時間を超えた場合においては、その超えた時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の五割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。

②~③ 省略

④ 使用者が、午後十時から午前五時まで(厚生労働大臣が必要であると認める場合においては、その定める地域又は期間については午後十一時から午前六時まで)の間において労働させた場合においては、その時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の二割五分以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。
⑤ 第一項及び前項の割増賃金の基礎となる賃金には、家族手当、通勤手当その他厚生労働省令で定める賃金は算入しない。

労働基準法37条

とされ、同条から割増賃金は、

通常の労働時間の賃金 × 割増賃金率

として計算されることがわかります。

そして、上記の労働基準法37条5項の「その他厚生労働省令」として、労働基準法施行規則21条が下記のように規定されています。

第二十一条 法第三十七条第五項の規定によつて、家族手当及び通勤手当のほか、次に掲げる賃金は、同条第一項及び第四項の割増賃金の基礎となる賃金には算入しない。
一 別居手当
二 子女教育手当
三 住宅手当
四 臨時に支払われた賃金
五 一箇月を超える期間ごとに支払われる賃金

労働基準法施行規則21条

これにより、割増賃金の計算では、賃金から下記の項目を控除して計算することが認められます。

家族⼿当
通勤⼿当
別居⼿当
⼦⼥教育⼿当
住宅⼿当
臨時に⽀払われた賃⾦

そこで、時間外労働手当の計算に際し、月給制の場合、各種手当を含めた賃金から上記の除外項目を控除し、その金額を所定労働時間で割った「1時間当たりの賃金額」を算出し、その

1時間当たりの賃金額 × 割増賃金率

で残業代等を計算することとなります。

ここで、各種手当を含めた賃金から上記の除外項目を控除したものを基礎賃金ともいいます。

固定残業代とは

上記のように、労働基準法37条に基づき、残業、休日労働に対しては、会社は残業代等を支払わなければなりません。
このとき、会社は、1時間当たりの賃金額あるいはそれに一定の割増賃金率を加算したものを掛けた金額を残業代等として支払うのが通常です。

しかし、そのような計算をおこなわず、一定の金額を固定残業代として支給する固定残業代制を採用している会社もあります。
厚生労働省は、この固定残業代について、「固定残業代 を賃金に含める場合は、適切な表示をお願いします。」と題するリーフレットにおいて、

「固定残業代」とは、その名称にかかわらず、一定時間分の時間外労働、休日労働および深夜労働に対して定額で支払われる割増賃金のこと

と定義しています。

この固定残業代の支給方法としては

  • 基本給に固定残業代を組み入れて支給する方法
  • 基本給外の手当として別途支給する方法

の2つの方法がとられることがあります。

固定残業代と基礎賃金の関係が問題となる場面

ところで、固定残業代制が採用される場合、その固定残業代制に合理性が認められない場合(固定残業代が実質的に最低賃金を下回る場合等)、その固定残業代制は無効となり得ます。

また、最高裁の判例(最判平成6年6月13日)では、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別可能であることが必要であるとしています。

これらのことからも、固定残業代制を採用している場合、固定残業代が上限何時間までの残業をカバーしうるのかを規定している会社が多いものと思われます。
その場合、会社は、上限時間を超えた残業等に対しては、別途、労働基準法37条に基づく残業代等を支給する必要があります。

このとき、残業代等の時間単価は基礎賃金の金額を所定労働時間で割った額となることから、未払残業代が問題となる場合、未払いとなっている残業代等の計算において基礎賃金の金額が必要となります。
そして、固定残業代の支給方法として、基本給に固定残業代を組み入れて支給する方法、あるいは基本給外の手当として別途支給する方法のいずれを採用している場合においても、固定残業代は基礎賃金には含まれないこととなります。

このことから、未払賃金が問題となる事件においては、既払いの支給賃金に含まれた固定残業代が問題となるケースが出てきます。

合理的な固定残業代制における別途残業代支払いへの疑問

このように、固定残業代制を採用した場合、上限時間を超えた残業等に対しては、別途、労働基準法37条に基づく残業代等を支給する必要があります。
しかし、労働基準法37条が、割増賃金の支払を義務づけているのは、労働時間制の原則の維持を図るとともに、過重な労働に対する労働者への補償を行なおうとするものであると考えられていること(最判昭和47年4月6日参照)からしますと、時間外労働が合理的な範囲内に抑制され、全体として適正な水準の賃金が支払われているのであれば、別途残業代の支払をおこなわなくてもよいのではないかとも考えられます。
実質的に固定残業代の金額、根拠および残業の実態が労働基準法37条が規定されている趣旨に反するものではなければ、仮に上限時間を超えたとしても別途残業代を支給する必要はない(残業時間にかかわりなく、固定残業代の支給のみとする。)ことも許容されるのではないかとも考えられます。
必要性に疑問のあり得る非生産的な残業発生の可能性もこのような考えを導き得るとも考えられます。

しかし、このような考え方は、近時の未払賃金請求事件の裁判例(最判令和5年3月10日)の草野裁判官の補足意見においては、次のように否定されています。

・・・固定残業代制度の下で、その実質においては通常の労働時間の賃金として支払われるべき金額が、名目上は時間外労働に対する対価として支払われる金額に含まれているという脱法的事態が現出するに至っては、当該固定残業代制度の下で支払われる固定残業代(本件に即していえば、本件割増賃金がこれに該当する。)の支払をもって法定割増賃金の支払として認めるべきではない。なぜならば、仮にそれが認められるとすれば、・・・使用者は、通常の労働時間の賃金とこれに基づいて計算される法定割増賃金を大きく引き下げることによって、賃金総額を引き上げることなしに、想定残業時間を極めて長いものとすることが可能となり、・・・使用者は・・・固定残業代制度の存在を奇貨として、適宜に、それまでの平均的な時間外労働時間を大幅に上回るレベルの時間外労働を、追加の対価を支払うことなく行わせる事態を現出させ得ることとなるが・・・そのような事態が現実に発生してからでなくては労働者が司法的救済を得られないとすれば、労働基準法37条の趣旨の効率的な達成は期待し難いからである・・・所与の労働環境において、使用者が固定残業代制度という手段のみによって非生産的な時間外労働の発生を抑止するためには上記のような脱法的事態を現出させざるを得ないという状況もあり得るのかもしれないが、そのことをもって、以上の理が左右されるべきものではなく、そのような状況下にある使用者は、固定残業代制度以外の施策を用いて非生産的な時間外労働の抑止を図るよりほかはない。

最判令和5年3月10日草野裁判官補足意見

固定残業代と基礎賃金の関係が問題となった判例

固定残業代と基礎賃金の関係が問題となった判例としては、最判令和2年3月30日があります。
この事件において最高裁は、固定残業代制について、

・・・労働基準法37条が時間外労働等について割増賃金を支払うべきことを使用者に義務付けているのは,使用者に割増賃金を支払わせることによって,時間外労働等を抑制し,もって労働時間に関する同法の規定を遵守させるとともに,労働者への補償を行おうとする趣旨によるものであると解され・・・労働基準法37条は,労働基準法37条等に定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまるものと解され・・・労働基準法37条等に定められた方法以外の方法により算定される手当を時間外労働等に対する対価として支払うこと自体が直ちに同条に反するものではない(第1次上告審判決,前掲最高裁平成29年7月7日第二小法廷判決,前掲最高裁同30年7月19日第一小法廷判決参照)。

最判令和2年3月30日

として、固定残業代制を採用すること自体は労働基準法37条等に反するものではないことを明確にしています。

続いて、

・・・他方において・・・割増賃金として支払われた金額が,通常の労働時間の賃金に相当する部分の金額を基礎として,労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かを検討することになるところ,その前提として,労働契約における賃金の定めにつき,通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要で・・・(最高裁平成3年(オ)第63号同6年6月13日第二小法廷判決・裁判集民事172号673頁,最高裁同21年(受)第1186号同24年3月8日第一小法廷判決・裁判集民事240号121頁,第1次上告審判決,前掲最高裁同29年7月7日第二小法廷判決参照)・・・使用者が,労働契約に基づく特定の手当を支払うことにより労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったと主張している場合において・・・当該手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされていることを要するところ,当該手当がそのような趣旨で支払われるものとされているか否かは,当該労働契約に係る契約書等の記載内容のほか諸般の事情を考慮して判断すべきで・・・(前掲最高裁平成30年7月19日第一小法廷判決参照)・・・その判断に際しては,当該手当の名称や算定方法だけでなく・・・当該労働契約の定める賃金体系全体における当該手当の位置付け等にも留意して検討しなければならないというべきである。

最判令和2年3月30日

として、固定残業代制を採用する場合、通常の労働時間の賃金に該当する金額と固定残業代の金額が判別可能であることが必要であるとしています。
そして、特定の手当が固定残業代に該当するかは、手当の名称や算定方法のみではなく、賃金体系内の当該手当の位置付け等にも留意して検討すべきとしています。

固定残業代と基礎賃金の関係が問題となった近時の裁判例

続いて、固定残業代と基礎賃金の関係が問題となった近時の裁判例としては、大阪地判令和4年8月15日があります。

この事件において、裁判所は、1社ある被告のうち、1社との関係で、

・・・本件で問題となっている手当は「残業手当」という名称で・・・毎月・・・円が支払われているところ・・・賃金・退職金規則・・・を見ても、残業手当という名称の手当に関する規定はなく、その他契約書等において、残業手当について規定したものも見当たらないことからすれば、その金額の根拠は明らかでないが、その名称に照らせば、割増賃金として支払う趣旨であることが強くうかがわれる名称となっているといえ・・・また、・・・賃金・退職金規則の計算式を見ても、割増賃金の計算の際に、残業手当が計算の基礎に入るものとはされていない・・・原告は、入社時に、残業手当が固定残業代であるとの説明を受けておらず、また、残業代であるとの認識もない旨主張する・・・他方で、原告は、・・・旨供述しており・・・原告は、残業手当が、残業代として支払われているとの認識を有していたことになる。・・・以上からすれば、仮に、原告が主張するとおり、入社時に残業手当についての説明を受けていなかったとしても、残業手当はいわゆる固定残業代として支払われたものと解するのが相当であり、そうであれば、基礎賃金には含まれないこととなる。

大阪地判令和4年8月15日

として、問題となっていた手当が固定残業代に該当すると認定しています。
その上で、固定残業代とすれば、基礎賃金に含まれないとしています。

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元号法など元号に関する法令について~2023年が令和5年であることhttps://www.tamanoo-law.jp/2023/01/08/%e5%85%83%e5%8f%b7%e6%b3%95%e3%81%aa%e3%81%a9%e5%85%83%e5%8f%b7%e3%81%ab%e9%96%a2%e3%81%99%e3%82%8b%e6%b3%95%e4%bb%a4%e3%81%ab%e3%81%a4%e3%81%84%e3%81%a6%ef%bd%9e%ef%bc%92%ef%bc%90%ef%bc%92%ef%bc%93/ Sun, 08 Jan 2023 06:50:13 +0000 https://www.tamanoo-law.jp/?p=9544
この記事で扱っている問題

元号が令和となり5つ目の年を迎えました。
現在、国内では、明治、大正、昭和、平成および令和の5つの元号のもとに生まれた人が生活しています。
ところで、行政機関の戸籍、住民票の生年月日の記載は元号記載となっていることから、人の年齢を計算する際に、元号表記となる和暦の生誕年を西暦に換算する手順を踏んだ上で計算することがあります(簡易計算表はありますが・・・)。

このように日常において、一定の手間が必要となり得る元号は、どのような根拠で行政機関において用いられているのでしょうか。
ここでは、元号の根拠となる法令、および元号の制定に関連した裁判例をみながら、法令上および行政機関における元号の位置付けについて解説します。

元号に関する法令について

元号については「元号法」という法律に規定があり、その元号法は昭和54年6月12日に公布され、同日から施行されています。

尚、昭和54年の施行に関わらず、「昭和」の元号も同法により定められたものとされています(元号法附則参照)。

この元号法の本則は、下記の2条のみとなっています。

1 元号は、政令で定める。
2 元号は、皇位の継承があつた場合に限り改める。

元号法

そして、令和への改元(元号が改められること)においては、

元号を改める政令により、

内閣は、元号法(昭和五十四年法律第四十三号)第一項の規定に基づき、この政令を制定する。
元号を令和に改める。

元号を改める政令

とされ、同政令の附則において、「この政令は、天皇の退位等に関する皇室典範特例法(平成二十九年法律第六十三号)の施行の日(平成三十一年四月三十日)の翌日から施行する。」と規定されたことから、平成31年4月30日の翌日は令和元年5月1日となりました。

令和への改元に関連した裁判例

元号の平成から令和への改元に関連して提起された裁判例として東京地判令和2年10月5日があります。

事案の概要

この裁判は、

元号の制定が人格権を侵害するなどと主張し

  1. 元号制定の差止め
  2. 「元号を改める政令」(以下、「本件政令」といいます。)および「元号法の施行に伴う戸籍事務の取扱いについて」定めた通達(以下、「本件通達」といいます。)の無効確認

を求め提訴されたものです。

裁判の主な争点について

この裁判においては、

争点の1に関しては、行政事件訴訟法3条7項の差止めの訴えは、行政庁が一定の「処分」をすることの差止めを求めるものであることから、元号制定が処分に該当するのか

争点の2に関しては、行政事件訴訟法3条4項の無効等確認の訴えは「処分」の無効等の確認を求めるものであることから、本件政令の制定行為、あるいは本件通達の発出行為が処分に該当するのか

が主な争点となりました。

裁判所の判断

裁判所は、まず、処分性について次のように判示しています。

・・・行政事件訴訟法3条7項の差止めの訴えは,行政庁が一定の「処分」をすることの差止めを求めるものであり,同条4項の無効等確認の訴えは,「処分」の無効等の確認を求めるものであるから,その対象となる行為は「処分」であることが必要・・・
「処分」とは,公権力の主体である国又は公共団体が行う行為のうち,その行為によって,直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいうと解される(最高裁昭和30年2月24日第一小法廷判決・民集9巻2号217頁,最高裁昭和39年10月29日第一小法廷判決・民集18巻8号1809頁等参照)。

東京地判令和2年10月5日

として、最高裁の判例から「公権力の主体である国又は公共団体が行う行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているもの」に処分性が認められることを明らかにしています。

その上で裁判所は、改元行為および本件政令の制定行為について、

・・・本件政令は,元号を令和に改めるというものにすぎず,直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定するような規定はない・・・
その根拠法規である元号法も・・・直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定するような規定はない。
他の法令にも,元号を定めることにより直接国民の権利義務が形成され又はその範囲が確定されるような規定はない。
本件政令により元号が令和に改められても,国民は,元号の使用を強制されるものではなく,元号,西暦を自由に使い分けることができるものであり,このことは,元号法の制定時や本件政令の制定時等にも再三確認されているところである
・・・原告らは,元号の制定は,原告ら国民が有している「連続している時間」を切断し,憲法13条が保障する人格権を侵害するものであるなどと主張する(が)・・・元号は年の表示方法の一つにすぎず,元号が新たに制定されたからといって,国民の権利や法律上保護された利益に何らかの影響があるものではない。原告らの主張は,被告が元号に関する原告らの信念に反して新元号を制定したことにより不快の念を抱いたというものにすぎず,法律上保護された利益の侵害があるとはいえない
・・・以上によれば,本件政令の制定は,直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものではないから,行政処分に当たらない。・・・
本件差止めの訴えは本件政令の制定行為の差止めを求めるものと解され,本件政令無効確認の訴えは本件政令の制定行為の無効確認を求めるものと解されるが,いずれも処分性のない行為の差止めあるいは無効確認を求めるものであるから不適法である。
・・・本件差止めの訴え及び本件政令無効確認の訴えは,いずれも処分性のない行為の差止めあるいは無効確認を求めるものであるから,その余の点について判断するまでもなく,不適法である。

東京地判令和2年10月5日

として、元号を定めることにより直接国民の権利義務が形成され、またはその範囲が確定されるような規定が存在しないことから、元号の制定の差止めおよび政令の制定行為には処分性は認められず、元号制定の差止めおよび本件政令制定行為に関する無効確認は不適法であると判示し、各々の請求を却下しています。

続いて裁判所は、本件通達の発出行為について、

本件通達・・・は・・・法務省民事局長から法務局長・地方法務局長宛てに発出された通達で・・・元号法は元号制定の手続を定めることを主たる目的としたもので,国民に対しその使用を義務付けるものではないから,元号法は戸籍事務に何ら影響を及ぼすものではなく・・・今後とも,以下の・・・のとおり取り扱うのが相当で・・・管下の支局長及び市町村長に周知を取り計らわれたいとするもので・・・通達は,上級行政機関が関係下級行政機関に対してその職務権限の行使を指揮し,職務に関して命令するために発するものであり,行政組織内部における命令にすぎないから,下級行政機関がその通達に拘束されることはあっても,一般の国民は直接これに拘束されるものではなく,このことは,通達の内容が国民の権利義務に関連するものである場合においても別段異なるところはないと解される(最高裁昭和43年12月24日第三小法廷判決・民集22巻13号3147頁,最高裁平成24年2月9日第一小法廷判決・民集66巻2号183頁参照)・・・本件通達も・・・直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定するものではない(ので)・・・本件通達の発出は,直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものではないから,行政処分に当たらない(ので)・・・本件通達無効確認の訴えは,本件通達の発出行為の無効確認を求めるものと解されるが,処分性のない行為の無効確認を求めるものであるから,不適法である。

東京地判令和2年10月5日

として、本件通達も直接国民の権利義務を形成し、またはその範囲を確定するものではないことから、本件通達の発出行為には処分性は認められないとして、本件通達の無効確認も却下しています。

このように、上記の裁判例からは、元号の制定に関しては、直接国民の権利義務を形成し、または範囲を確定するものではないとされています。

尚、上記判決については、控訴がなされています。

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国家賠償法3条の適用についてhttps://www.tamanoo-law.jp/2022/12/29/%e5%9b%bd%e5%ae%b6%e8%b3%a0%e5%84%9f%e6%b3%95%ef%bc%93%e6%9d%a1%e3%81%ae%e9%81%a9%e7%94%a8%e3%81%ab%e3%81%a4%e3%81%84%e3%81%a6/ Thu, 29 Dec 2022 11:51:41 +0000 https://www.tamanoo-law.jp/?p=9540
この記事で扱っている問題

国家賠償法1条および2条は、国または公共団体の損害賠償責任を規定しています。
これに対し、国家賠償法3条1項は、国または公共団体に対し損害賠償請求をなしうる者が、どの主体に対し損害賠償請求をなし得るのかを規定し、2項では、損害賠償金を実際に支払った国あるいは公共団体の団体が、他の団体に対する求償権を有することがあることを規定しています。

ここでは、主に国家賠償法1条および2条に基づく損害賠償請求を、国あるいは公共団体のどの団体に対しておこない得るのかについて、国家賠償法3条の条文および判例をみながら解説します。

国家賠償法3条について

国家賠償法3条の条文は下記のようになっています。

第三条 前二条の規定によつて国又は公共団体が損害を賠償する責に任ずる場合において、公務員の選任若しくは監督又は公の営造物の設置若しくは管理に当る者と公務員の俸給、給与その他の費用又は公の営造物の設置若しくは管理の費用を負担する者とが異なるときは、費用を負担する者もまた、その損害を賠償する責に任ずる。
② 前項の場合において、損害を賠償した者は、内部関係でその損害を賠償する責任ある者に対して求償権を有する。

3条1項について

国家賠償法1条および2条では、国または公共団体が損害賠償責任を負いうることを規定しています。
同法1条では、公務員が他人に損害を与えた一定の場合、国または公共団体が損害賠償責任を負いうることを規定しています。
しかし、国または他人に損害を加えた公務員の選任、監督にあたる団体と当該公務員の給与などの費用を負担する団体が異なっている場合、どの団体が損害賠償責任を負うのかは、1条の条文からでは明らかになりません。

一方、同法2条では、公の営造物の設置または管理の瑕疵により損害が生じた一定の場合に国または公共団体が損害賠償責任を負いうることを規定しています。
しかし、瑕疵の存在した営造物の設置、管理をおこなう団体と費用を負担する団体が異なっていた場合、どの団体が損害賠償責任を負うのかは、2項の条文からでは明らかではありません。

しかし、損害賠償の請求相手が条文から明らかでないと、損害を被った者が損害賠償をおこなう場合、どの団体を被告とすべきかが明確とならず、救済の機会を逸することになりかねません。

そのようなこともあり、同法3条1項では、

  • 同法1条の責任については、当該公務員の選任、監督にあたる団体と費用を負担する団体の双方が
  • 同法2条の責任については、営造物の設置、管理をおこなう団体と費用を負担する団体の双方が

損害賠償責任を負うとしています。

これにより、損害を被った者が、最終的な損害の負担団体を特定する負担を軽減しています。

3条2項について

上記のように、同法3条1項は損害を被った者の救済を目的とした条文であり、最終的にどの団体が損害賠償義務を負うのかを決定するものではありません。

そこで、3条2項では、実際に損害賠償金を支払った団体が、他の団体に対する求償権を有することについて規定しています。

国家賠償法3条1項が適用された裁判例

実際に裁判において同法3条1項が適用された裁判例としては、

  • 同法1条1項に基づく損害賠償として、福井地判令和元年7月10日
  • 同法2条1項に基づく損害賠償として、神戸地判昭和58年12月20日(1審)大阪高判昭和60年4月26日(控訴審)

があります。

福井地判令和元年7月10日について

この事件は、町立の中学校の教員が過重な学校業務により精神疾患を発症して自死に至ったのは、校長が当該教員の業務時間及び業務内容を把握し、業務の量を適切に調整するなどの安全配慮義務を負っているところ、その義務を怠ったことによるものであるとして、遺族に対する国家賠償法1条1項に基づく損害賠償義務が認容されたものです。

当該教員が勤務していた中学校は町が設置者ですが、市町村立学校職員給与負担法1条により、県が給与を負担していたことから、県も国家賠償法3条1項により損害賠償責任を負うこととなりました。

そこで、裁判所は、

本件校長には,安全配慮義務違反の過失が認められ,国家賠償法1条1項の適用上の違法があると評価できるから,本件学校の設置主体である被告町は同項,本件学校の校長の費用負担者である被告県は同法3条1項の責任を負い,連帯して,損害賠償金・・・円及びこれに対する・・・日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を原告に対し支払う義務を負う。

福井地判令和元年7月10日

との判断を下しています。

神戸地判昭和58年12月20日について

この事件は、吊橋を支えていたメーンワイヤー2本のうち1本が切れ、吊り橋を渡っていた人が死傷した事故において、当該吊り橋の設置管理者である地元公共団体とともに、当該吊り橋を含む工事に対し補助金を支出していた国に対する国家賠償法3条1項に基づく損害賠償請求を認めたものです。

1審と控訴審は同法3条1項に基づく国の責任を認定しましたが、上告審では、国は、同項の費用負担者には該当しないとして国の責任を否定しました。

この事件については下記の記事で詳しく扱っています。

国家賠償法3条2項が適用された判例

国家賠償法3条2項が適用された判例としては、最判平成21年10月23日があります。

事案の概要

この事件は、市立中学校の県費負担教職員である教諭の生徒に対する体罰(暴行)により生徒が受けた損害を、国家賠償法1条1項、3条1項に基づき賠償した県が、同法3条2項に基づき市に対し、賠償額全額を求償した事件です。

最高裁の判断

当該事件の上告審である最高裁判所は次のように判示しています。

市町村が設置する中学校の教諭がその職務を行うについて故意又は過失によって違法に生徒に損害を与えた場合において,当該教諭の給料その他の給与を負担する都道府県が国家賠償法1条1項,3条1項に従い上記生徒に対して損害を賠償したときは,当該都道府県は,同条2項に基づき,賠償した損害の全額を当該中学校を設置する市町村に対して求償することができるものと解するのが相当・・・国又は公共団体がその事務を行うについて国家賠償法に基づき損害を賠償する責めに任ずる場合における損害を賠償するための費用も国又は公共団体の事務を行うために要する経費に含まれるというべきであるから,上記経費の負担について定める法令は,上記費用の負担についても定めていると解される。同法3条2項に基づく求償についても,上記経費の負担について定める法令の規定に従うべきであり,法令上,上記損害を賠償するための費用をその事務を行うための経費として負担すべきものとされている者が,同項にいう内部関係でその損害を賠償する責任ある者に当たると解するのが相当・・・これを本件についてみるに,学校教育法5条は,学校の設置者は,法令に特別の定めのある場合を除いては,その学校の経費を負担する旨を,地方財政法9条は,地方公共団体の事務を行うために要する経費については,同条ただし書所定の経費を除いては,当該地方公共団体が全額これを負担する旨を・・・規定・・・上記各規定によれば,市町村が設置する中学校の経費については,原則として,当該市町村がこれを負担すべきものとされ・・・市町村立学校職員給与負担法1条は,市町村立の中学校の教諭・・・の給料その他の給与・・・は,都道府県の負担とする旨を規定するが,同法は,これ以外の費用の負担については定めるところがない。そして,市町村が設置する中学校の教諭がその職務を行うについて故意又は過失によって違法に生徒に与えた損害を賠償するための費用は,地方財政法9条ただし書所定の経費には該当せず,他に,学校教育法5条にいう法令の特別の定めはない。そうすると,上記損害を賠償するための費用については,法令上,当該中学校を設置する市町村がその全額を負担すべきものとされているので・・・当該市町村が国家賠償法3条2項にいう内部関係でその損害を賠償する責任ある者として,上記損害を賠償した者からの求償に応ずべき義務を負うこととなる。

最判平成21年10月23日

この判決の趣旨からしますと、国家賠償法3条1項により賠償金を実際に支払った団体は、法令上当該賠償金の負担を負う団体が他にある場合、当該団体が最終的に負担すべき損害賠償額を求償しうると考えることができます。

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議会の議決なく締結した契約に対する地方公共団体の長の損害賠償責任https://www.tamanoo-law.jp/2022/12/16/%e8%ad%b0%e4%bc%9a%e3%81%ae%e8%ad%b0%e6%b1%ba%e3%81%aa%e3%81%8f%e7%b7%a0%e7%b5%90%e3%81%97%e3%81%9f%e5%a5%91%e7%b4%84%e3%81%ab%e5%af%be%e3%81%99%e3%82%8b%e5%9c%b0%e6%96%b9%e5%85%ac%e5%85%b1%e5%9b%a3/ Fri, 16 Dec 2022 12:49:28 +0000 https://www.tamanoo-law.jp/?p=9535
この記事で扱っている問題

地方公共団体の業者に対する業務、工事などの発注に際しては、その内容、金額などにより、議会の議決が必要となります。
それでは、議会の議決が必要な業務、工事などの契約を、議会の議決を得ずに市長、町長ら当該地方公共団体の長が締結した場合、その長はいかなる責任を負いうるのでしょうか。

ここでは、当該ケースにおける地方公共団体の長の損害賠償責任について、関連法令、裁判例をみながら解説します。

外部との契約に関する地方自治体の長の権限について

地方自治体の長の権限に関しては、次のように、その広範な権限が、地方自治法147条~149条に規定されています。

第百四十七条 普通地方公共団体の長は、当該普通地方公共団体を統轄し、これを代表する。

第百四十八条 普通地方公共団体の長は、当該普通地方公共団体の事務を管理し及びこれを執行する。

第百四十九条 普通地方公共団体の長は、概ね左に掲げる事務を担任する。
一 普通地方公共団体の議会の議決を経べき事件につきその議案を提出すること。
二 予算を調製し、及びこれを執行すること。
三 地方税を賦課徴収し、分担金、使用料、加入金又は手数料を徴収し、及び過料を科すること。
四 決算を普通地方公共団体の議会の認定に付すること。
五 会計を監督すること。
六 財産を取得し、管理し、及び処分すること。
七 公の施設を設置し、管理し、及び廃止すること。
八 証書及び公文書類を保管すること。
九 前各号に定めるものを除く外、当該普通地方公共団体の事務を執行すること。

地方自治法147条~149条

上記の149条6号などから、長は地方公共団体の執行機関として、当該地方公共団体の業務、工事などを企業などへ発注、契約締結する権限を有しているものと考えられます。

議会の議決について

しかし、地方自治法96条1項5号~8号において、一定の契約の締結に際し議会の議決が必要とし、長の広範な権限を一定の範囲で抑制する下記の規定が設けられています。

第九十六条 普通地方公共団体の議会は、次に掲げる事件を議決しなければならない。
(中略)
五 その種類及び金額について政令で定める基準に従い条例で定める契約を締結すること。
六 条例で定める場合を除くほか、財産を交換し、出資の目的とし、若しくは支払手段として使用し、又は適正な対価なくしてこれを譲渡し、若しくは貸し付けること。
七 不動産を信託すること。
八 前二号に定めるものを除くほか、その種類及び金額について政令で定める基準に従い条例で定める財産の取得又は処分をすること。
(以下省略)

地方自治法96条

この地方自治法96条1項各号により、議会の議決を要する業務、工事などの発注契約については、議会の議決を得ずに契約を締結することは原則としてできないこととなります。

しかし、下記のように、地方自治法179条および180条において、一定の場合における長の専決処分が認められています。

第百七十九条 普通地方公共団体の議会が成立しないとき、第百十三条ただし書の場合においてなお会議を開くことができないとき、普通地方公共団体の長において議会の議決すべき事件について特に緊急を要するため議会を招集する時間的余裕がないことが明らかであると認めるとき、又は議会において議決すべき事件を議決しないときは、当該普通地方公共団体の長は、その議決すべき事件を処分することができる。ただし、第百六十二条の規定による副知事又は副市町村長の選任の同意及び第二百五十二条の二十の二第四項の規定による第二百五十二条の十九第一項に規定する指定都市の総合区長の選任の同意については、この限りでない。
② 議会の決定すべき事件に関しては、前項の例による。
③ 前二項の規定による処置については、普通地方公共団体の長は、次の会議においてこれを議会に報告し、その承認を求めなければならない。
④ 前項の場合において、条例の制定若しくは改廃又は予算に関する処置について承認を求める議案が否決されたときは、普通地方公共団体の長は、速やかに、当該処置に関して必要と認める措置を講ずるとともに、その旨を議会に報告しなければならない。

第百八十条 普通地方公共団体の議会の権限に属する軽易な事項で、その議決により特に指定したものは、普通地方公共団体の長において、これを専決処分にすることができる。
② 前項の規定により専決処分をしたときは、普通地方公共団体の長は、これを議会に報告しなければならない。

地方自治法179条、180条

議会の議決を経ずに締結された契約について

上記の専決処分を別としますと、原則として、地方自治法96条1項5号~8号に該当する契約を議会の議決なく締結し、その契約に従い、業務費用、工事代金などを支出しますと、その支出は法的な根拠を欠く違法な支出となり、観念的には、支出をおこなった地方公共団体に損害が生じたこととなり得ます。

議会の議決のない契約により支出がなされ、その支出が違法な支出であるにもかかわらず、その当該地方自治体が適切な対応をおこなわない場合、当該地方公共団体の住民は、下記の地方自治法242条の2第1項4号に基づき、地方自治体を被告として、長に対し、損害賠償請求をすることを求める住民訴訟を提起することが可能となります。

(住民訴訟)
第二百四十二条の二 普通地方公共団体の住民は、前条第一項の規定による請求をした場合において、同条第五項の規定による監査委員の監査の結果若しくは勧告若しくは同条第九項の規定による普通地方公共団体の議会、長その他の執行機関若しくは職員の措置に不服があるとき、又は監査委員が同条第五項の規定による監査若しくは勧告を同条第六項の期間内に行わないとき、若しくは議会、長その他の執行機関若しくは職員が同条第九項の規定による措置を講じないときは、裁判所に対し、同条第一項の請求に係る違法な行為又は怠る事実につき、訴えをもつて次に掲げる請求をすることができる。
(一~三 省略)
四 当該職員又は当該行為若しくは怠る事実に係る相手方に損害賠償又は不当利得返還の請求をすることを当該普通地方公共団体の執行機関又は職員に対して求める請求。ただし、当該職員又は当該行為若しくは怠る事実に係る相手方が第二百四十三条の二の二第三項の規定による賠償の命令の対象となる者である場合には、当該賠償の命令をすることを求める請求
(以下省略)

地方自治法242条の2

議会の議決がない契約が問題となった裁判例

議会の議決のない契約が問題となった近時の裁判例としては、佐賀地判令和4年11月18日があります。

事案の概要

この裁判は、市がX社との間で締結したシステム構築業務の委託契約(以下「本件契約」といいます。)は地方自治法96条1項5号または8号により議会の議決を経ることが必要であったものであったにもかかわらず、市長のAは、議会の議決を経ずに違法に本件契約を締結したとして、地方自治法242条の2第1項4号に基づき、市を被告として、Aに対して損害賠償請求をするよう住民らが求めたものです。

裁判の主な争点について

この裁判では、次の点が主な争点となりました。

1 本件契約の締結に法96条1項所定の議決が必要か
1-ア 本件契約は「工事の請負」(法96条1項5号、施行令121条の2第1項及び別表第3、本件条例2条)に当たるか
1-イ 本件契約は「動産の買入れ」(法96条1項8号、施行令121条の2第2項及び別表第4、本件条例3条)に当たるか

2 本件予算議決により、実質的に議会の議決を経たものといえるか

3 議決を経ないまま本件契約を締結したことにつき、Aに故意又は過失が認められるか

4 損益相殺が認められるか

裁判所の判断について

上記の1の争点について裁判所は、

争点1・・・について
⑴争点1-ア・・・について
・・・法(注:地方自治法のこと、以下同様)96条1項5号が議会の議決を要求している趣旨は、政令等で定める種類及び金額の契約を締結することは普通地方公共団体にとって重要な経済行為に当たるものであるから、これに関しては住民の利益を保障するとともに、これらの事務の処理が住民の代表の意思に基づいて適正に行われることを期することにあるものと解され・・・施行令121条の2第1項は、議決を要する種類の契約を「工事又は製造の請負」と定めるところ、前記・・・の法の趣旨に照らせば、「工事」とは建設工事(あるいは建設工事の実質を備えた工事)のみに限定されるべきではない。
・・・本件契約において、戸別受信機の設置作業は・・・各ケーブルテレビ回線を分配する作業や、ケーブルテレビ回線を宅内に配線する作業を要するもので・・・作業内容からすれば「工事」に当たる。また・・・受信機の設置作業は・・・システム本体の構築と併せて本件契約の主要な内容を構成し・・・本件契約のうち戸別受信機の設置作業が付随的なものに過ぎないとはいえない・・・そうすると、本件契約は、法96条1項5号、施行令121条の2第1項及び別表第3、本件条例2条の「工事の請負」に当たり、契約を締結する際に、議会の議決を要するというべきである。
⑵ 争点1-イ・・・について
・・・法96条1項8号が議会の議決を要するとする趣旨は・・・政令等で定める種類及び金額の財産の取得又は処分をすることは普通地方公共団体にとって重要な経済行為に当たるものであるから、これに関しては住民の利益を保障するとともに、これらの事務の処理が住民の代表の意思に基づいて適正に行われることを期することにあるものと解され・・・本件契約には、総額・・・万円で・・・購入する内容が含まれており・・・「動産の買入れ」に当たることは明らかである。

佐賀地判令和4年11月18日

と認定し、問題となっている契約は「工事の請負」に該当し、予定価格が一定金額以上の「動産の買入れ」にあたり、議会の議決を経ることが必要であると判断しています。

続いて争点2について、

争点2・・・について
・・・・政令等で定める契約の締結や財産の取得又は処分が、その性質としては予算の執行行為であるにもかかわらず、法96条1項2号に規定する予算の議決とは別に、同項5号又は8号において、議会の議決を要する事件として掲げられていることからすれば、法は、本来同項5号又は8号の規定に基づく議決は、予算の議決とは別個の議案について行われることを予定しているものと解され、そのような形で議決が行われることが望ましいというべきである。
しかしながら、独立した議案が提出・議決されない場合であっても、当該契約に係る歳出項目などが計上された予算の審議において、当該契約の締結の適否につき議決することが認識され、当該契約を締結する必要性及び妥当性についての審査を経て議決がされるのであれば・・・法の趣旨は満たされるということができる。
これを本件についてみると・・・定例市議会以降、戸別受信機を市全戸に設置することが必要であるとの意見が述べられていたところ・・・市の担当者は・・・システムの概要を説明したにとどまり・・・無線方式及び有線方式のそれぞれの特徴についての説明はされなかったこと・・・戸別受信機の性能や通信方式(無線方式か有線方式か)はまだ決まっていない旨説明しているとおり・・・通信方式も含めた契約の内容、契約金額、契約の相手方についても未定であったこと・・・本件予算審議後に機種を選定して仮契約を行い・・・月の議会で承認を得る予定であると説明していたこと・・・からすれば、その場に出席した委員は、契約の具体的な内容は・・・月の議会で議案として提出され、議論を経て議決されるものと認識していたものと認められ・・・本件予算審議は・・・月の議会で議決を行うことを前提に、その準備として大枠の予算を通すために行われたものにすぎないというべきであり、本件予算審議において、本件契約の締結の適否につき議決することが認識されていたということはできない。
したがって、本件予算議決により、実質的に法96条1項5号及び8号の要求する議会の議決を経たということはできない。

佐賀地判令和4年11月18日

と判断しています。

そして、争点3については

争点3・・・について
・・・前記のとおり、本件予算審議において市の担当者が・・・6月の議会で承認を得る予定である旨述べていたこと・・・契約の仕様書に本件契約は議会の議決を要するため、議会の承認が得られない場合は本契約として成立しない旨が記載されていたこと・・・を踏まえれば、Aは、本件契約の締結につき法96条1項等により議会の議決が必要であることを認識することができたにもかかわらず、議決を経ずに本件契約を締結したものと認められ・・・Aが本件契約の締結につき議会の議決を要するか否かにつき被告訴訟代理人の意見を徴したこと・・・を考慮しても、Aには議決を経ずに本件契約を締結したことについて、過失があると認められる。

佐賀地判令和4年11月18日

としてAの過失を認めています。

上記の争点4については、被告であるAは、仮に本件契約が違法であったとしても、本件契約により有線方式のシステムが完成しており、市にもシステムの完成による利益が存在しているとして、過失相殺を主張しました。

これに対し、裁判所は、

争点4・・・について
・・・Aには、法96条1項5号及び8号に反して議決を経ずに本件契約を締結したことにつき、過失による不法行為が成立・・・本件契約に基づいてされた公金支出の額は、上記不法行為と相当因果関係のある損害と認められる。
・・・これに対し、被告は・・・が本件契約(変更後のもの)に基づく業務を完了させたこと・・・により、市には利益があるとして損益相殺を主張する。・・・しかし・・・仮に本件契約を締結する時点において、本件契約の締結について議案が提出されていれば、戸別受信機の通信方式は有線方式ではなく無線方式にすべきとして本件契約の締結に係る議案が否決され・・・本件で実際に構築された有線方式の・・・システムとは異なる無線方式の・・・システムが構築された可能性も相当程度あったというべきで・・・有線方式の・・・システムが構築されたことにつき、市に利得が生じているということはできない。
・・・以上のとおり、本件契約によって市に利益が生じているということはできないので、損益相殺を行うことはできない。

佐賀地判令和4年11月18日

と判断しています。

ここでは、無線方式によるシステム構築が議会により議決された相当程度の可能性があることから、無線方式ではなく、有線方式のシステムが完成したからといって、利益があるとはいえないとしています。
明確ではありませんが、不要なシステム(有線方式のシステム)が完成しているとしても、不要なシステムには実用性がなく、実用性のないものである以上、そのシステムには経済的価値を認めることができず、利益があるといえないと考えているものと思われます。

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御嶽山噴火事故にみる火山噴火警戒レベル運用と国家賠償法1条1項責任https://www.tamanoo-law.jp/2022/12/07/%e5%be%a1%e5%b6%bd%e5%b1%b1%e5%99%b4%e7%81%ab%e4%ba%8b%e6%95%85%e3%81%ab%e3%81%bf%e3%82%8b%e7%81%ab%e5%b1%b1%e5%99%b4%e7%81%ab%e8%ad%a6%e6%88%92%e3%83%ac%e3%83%99%e3%83%ab%e9%81%8b%e7%94%a8%e3%81%a8/ Wed, 07 Dec 2022 13:31:34 +0000 https://www.tamanoo-law.jp/?p=9525 御嶽山噴火事故の概要

この事故は、平成26年9月27日正午前、御嶽山山頂の地獄谷付近において水蒸気爆発が発生、広範囲に噴石が飛散、登山者58 名が死亡、5名が行方不明、61名が負傷したもので、戦後最悪の火山災害といわれています(以下、当該噴火事故を「御嶽山噴火事故」、その噴火を「平成26年噴火」といいます。)。

御嶽山の火山活動は、休止期と活動期を繰り返してきていましたが、長らく休止期であったところ、昭和54年ころから活動期となり、昭和59年10月28日には、有史以来の水蒸気噴火が発生、火山灰が広範囲に飛散、甚大な被害が発生しました(以下、当該噴火を「昭和59年噴火」といいます。)。

しかし、平成26年噴火は、昭和59年噴火とは異なる火口での水蒸気噴火でした。

この御嶽山噴火事故により死亡した登山者の相続人、負傷を負った登山者らは、

国に関しては、気象庁地震火山部火山課(以下、「気象庁火山課」といいます。)の職員が、噴火警戒レベルをレベル1からレベル2に引き上げて噴火警報である火口周辺警報を発表する注意義務に違反したこと

御嶽山が所在する県に関しては、御嶽山に設置した地震計の維持管理の義務怠ったため、地震計の観測データが気象庁に配信されず、そのため噴火警戒レベルが引き上げられなかったこと

を違法行為として、国および県に対し、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求め、訴訟を提起しました(長野地裁松本支部判決令和4年7月13日)。

訴訟の判決の概要について

この裁判では、国(気象庁火山課)と県の国家賠償法上の責任が問題となり、裁判所は、

国に関しては、違法性は認定したものの、損害との間の相当因果関係を否定、請求を棄却、

県に関しては、違法性も相当因果関係も否定し、請求を棄却しています。

ここでは、主に国の責任についてみていくこととします。

噴火警戒レベルについて

判決では、前提として、噴火警戒レベルについて、

・・・気象庁は、火山現象を含む地象等についての一般の利用に適合する予報及び警報をしなければならず、予想される現象が特に異常であるため重大な災害の起こるおそれが著しく大きい場合として気象庁が定める基準に該当する場合には、その旨を示して、地象等についての一般の利用に適合する特別警報をしなければならない・・・噴火警戒レベルが運用されている火山(レベル対象火山)について、噴火予報、噴火警報及び噴火特別警報をする場合は、噴火警戒レベルに定める用語等を用いてするものとされており・・・必要な防災対応として避難などの具体的な対応を促す用語を予報又は警報の本文に記載する・・・噴火警戒レベルは、火山活動の状況に応じて、警戒が必要な範囲と防災機関や住民等がとるべき防災対応を5段階に区分して発表する指標で・・・レベル対象火山ごとに定められ・・・御嶽山の噴火警戒レベルにおいては、レベル1は、噴火予報という名称で、予想される火山現象の状況が静穏である場合その他火口周辺等においても影響を及ぼすおそれがない場合に、レベル2は、火口周辺警報という名称で、火口周辺に影響を及ぼす噴火が発生、あるいは発生すると予想される場合に、それぞれ発表するものとされ・・・気象庁は、噴火警戒レベルの引上げ又は引下げの判断に当たり、レベル対象火山ごとに噴火警戒レベル判定基準を定めており、御嶽山についても、本件噴火当時・・・判定基準が定められていた・・・御嶽山では、歴史上、本件噴火以前に昭和54年・・・平成3年・・・平成19年・・・の3回、水蒸気噴火が発生・・・本件噴火の発生前、御嶽山の噴火警戒レベルはレベル1であり、火口周辺警報が発表されることはなかった。

長野地裁松本支部判決令和4年7月13日

として、

気象庁は、自らが定める基準において、火山現象で重大な災害が発生するおそれが著しく大きい場合、特別警報を噴火警戒レベルに定める用語等を用いておこなわなければならないこと

噴火警戒レベルは5段階に区分して、レベル対象火山(噴火警戒レベルが運用されている火山)ごとに発表する指標が定められていること

御嶽山もレベル対象火山であり、御嶽山噴火事故当時、レベル1(火山現象の状況が静穏である場合、その他火口周辺等においても影響を及ぼすおそれがない場合に発せられるレベル)とされていたこと

などを認定しています。

事件の争点について

この裁判では、

国との関係では、

ア 気象庁火山課の職員が平成26年噴火前にレベル2に引き上げなかったことの違法性

イ 違法行為と原告の被害との間の相当因果関係(および損害額)

県との関係では、

ウ 御嶽山に設置した地震計の維持管理を違法に怠ったか

エ 違法行為と被害との間の相当因果関係(および損害額)

が争点となっています。

これらの争点については、裁判所は、上記のとおり、アを認定したものの、イ、ウ、エは否定し、原告の請求を棄却しています。

レベル2に引き上げなかったことの違法性

違法性の判断枠組みについて

上記の争点ア(気象庁火山課の職員が平成26年噴火前にレベル2に引き上げなかったことの違法性)について、裁判所は、違法性の判断枠組みについて、次のように判示しています。

噴火警戒レベルの引上げ・・・に当たっては、気象庁が確立し維持する観測網による観測に基づくことが予定されており・・・観測にはその性質上専門的技術を要すると解されるほか・・・観測データを評価、解析することが必要であるが・・・噴火予測については、現時点においても手法が確立されているとはいえず、予測精度に限界があるもので・・・その時点における火山学の専門的知見を前提としたものにならざるを得ない・・・したがって、噴火警戒レベルの発表基準の該当性判断は、気象庁の専門技術的判断に基づく合理的裁量に委ねられているものと解される。
そうすると、気象庁が噴火警戒レベルの発表基準に該当しないと判断して、噴火警戒レベルを引き上げず、噴火警報・・・を発表しないまま、結果的に噴火が発生したとしても、直ちに気象庁火山課の職員の同判断が国賠法1条1項の適用上違法となるものではないが、同判断時点における火山学の専門的知見の下において、気象業務法(法)等関係法令等の趣旨及び目的並びに気象庁火山課の職員が行うべき職務の性質等に照らし、気象庁火山課の職員の判断の過程及びその結果が、その許容される限度を逸脱して、著しく合理性を欠くと認められるときは、国賠法1条1項の適用上違法と評価されると解するのが相当である(最高裁平成元年(オ)第1260号同7年6月23日第2小法廷判決・民集49巻6号1600頁参照)。

長野地裁松本支部判決令和4年7月13日

ここでは、

噴火警戒レベルの発表基準の該当性判断は、専門的知見を要することから、気象庁の専門技術的判断に基づく合理的裁量に委ねられている

とした上で、

クロロキン薬害訴訟上告審(最判平成7年6月23日)における厚生大臣(当時)の権限不行使という不作為行為の国家賠償法1条1項上の違法性判断枠組みを採用し、

「許容される限度を逸脱して、著しく合理性を欠くと認められるとき」に国賠法1条1項の適用上違法と評価されるとしています。

ここでは、レベル1からレベル2へ引き上げなかったことは、レベル引き上げという作為行為をおこなわなかったということであり、不作為行為に該当すると判断したものと考えられます。

尚、クロロキン薬害訴訟、国家賠償法1条1項における不作為行為の違法性判断の問題は下記の記事で取り扱っています。

国の違法性に関する裁判所の判断

原告は、レベル2へ引き上げなかったことについて、

主位的には、火山性地震の回数が1日当たり50回を超えた時点で噴火警戒レベルを引き上げなかったことが違法であるとし、

予備的には、諸要素を総合的に判断することが許容されるとしても、遅くとも平成26年9月25日までに噴火警戒レベルを引き上げなかったことは違法である

と主張しています。

これらの原告の主張に対し、裁判所は、まず、主位的主張に関し、次のように判示しています。

・・・御嶽山については、本件判定基準が定められ・・・本件判定基準は、外部の火山学の専門家の意見を募らずに制定されている・・・が、過去の噴火事例での火山活動を踏まえたもので・・・本件噴火後の検証においても基本的に合理性を有するものとして維持されていること・・・からしても、制定当時の火山学の専門的知見に照らし合理的なものであるといえ・・・気象庁火山課の職員は、本件噴火当時、本件判定基準に従い、専門技術的に噴火警戒レベル引上げの判断をすべきであったのであり、かつ、基本的にはそれで足りたはずであると解される。
本件判定基準は、「火口周辺に影響を及ぼす噴火の可能性(次のいずれかが観測された場合)」が認められる場合に噴火警戒レベルをレベル2に引き上げるものとし、「火山性地震の増加(地震回数が50回/日以上)」等の事象(本件列挙事由)を掲げている。この部分のみを文字通り読めば、1日当たり50回以上の火山性地震の発生等の本件列挙事由が一つでも発生すれば、噴火警戒レベルをレベル2に引き上げなければならないと解することもできなくはないが、本件判定基準の欄外には、「これらの基準は目安とし、上記以外の観測データも踏まえ総合的に判断する。」との記載があることを踏まえると、基準の明確性という点から、この記載の当否の問題はあるにしても、少なくとも本件噴火当時、気象庁火山課の職員に本件列挙事由を一つでも観測した場合には、直ちに噴火警戒レベルをレベル2に引き上げるべき職務上の注意義務があったということはできないといわざるを得ない・・・気象庁火山課の職員が、本件噴火当時、1日当たり50回以上の火山性地震の発生が観測された場合に直ちに噴火警戒レベルをレベル2に引き上げるべき職務上の注意義務を負っていたということはできない。
・・・平成26年9月10日に52回、同月11日に85回の火山性地震が発生したことをもって、気象庁火山課の職員が、遅くとも同月12日の早朝には噴火警戒レベルをレベル2に引き上げるべき職務上の注意義務を負っていたということはできず・・・火山課長が噴火警戒レベルをレベル2に引き上げず、噴火警報を発表しなかったことを違法と評価することはできない。

長野地裁松本支部判決令和4年7月13日

ここでは、

  • 判定基準は、外部の火山学の専門家の意見を募らずに制定されたのではあるが、制定当時の火山学の専門的知見に照らし合理的なものである
  • 判定基準の欄外に、「これらの基準は目安とし、上記以外の観測データも踏まえ総合的に判断する。」との記載がある

ことなどから、総合的判断が許容されており、1日当たり50回以上の火山性地震の発生が観測された場合、直ちに噴火警戒レベルをレベル2に引き上げるべき職務上の注意義務を負っていたということはできないとし、原告の主位的主張を退けています。

このようにして主位的主張を退けたことを受け、裁判所は、予備的主張に関しては、次のように判示しています。

・・・噴火警戒レベルをレベル2に引き上げるべきか否かの判断に当たっては、本件列挙事由に加え、それ以外の観測データも踏まえ総合的に判断することが許容されていたというべきであるが・・・他の観測データ等も踏まえ総合的に判断することが許容されていたとしても、本件列挙事由が一つでも発生した場合には、火山活動が活発化している状態といえるのであるから、このことを踏まえて、他の本件列挙事由の発生の有無や、噴火の可能性を示唆する他の観測データ等について、気象庁火山課の職員は、静穏期に比べ、高度の注意をもって観測データを評価、解析し、噴火警戒レベルの発表基準の該当性、すなわち、噴火警戒レベルの引上げ、噴火警報の発表の要否を判断すべき義務を負うものと解すべき・・・
技術専門官・・・は、本件週検討会において・・・わずかではあるがGNSSの基線が伸びており、GNSSの変化量をベクトル表示させると御嶽山を中心に放射状に広がっているので山体膨張を示すように見えると指摘した。C解析官、D所長等、気象庁火山課の職員は、本件週検討会において・・・上記指摘について、15分ないし20分程度検討し、放射状に見えるけれども、変化量が1cmに満たないものと小さく、夏場で水蒸気量や雨量が多いことによるノイズを超えるものではないから、地殻変動と断定できないとの結論に至り、結果、噴火警戒レベルはレベル2に引き上げられなかった・・・
同日までに、御嶽山では、①10日、11日に1日当たりの火山性地震の回数が本件列挙事由に掲げる50回を超え、気象庁火山課の職員には、静穏期よりも高度の注意をもって観測データを検討し噴火警戒レベルを判断すべき義務が生じていたというべきところ、②11日、・・・教授から、低周波地震や火山性微動が発生した場合には、次の段階だと思うとの指摘があり、更に高度の注意をもって観測データを検討し噴火警戒レベルを判断すべき義務を負っていた中で、③14日に1回、16日に2回、24日に2回、それぞれ低周波地震が発生していたのであるから、更に他の本件列挙事由の発生の有無や、噴火の可能性を示唆する他の観測データ等について、相当高度の注意をもって評価、解析し、噴火警戒レベルの引上げ、噴火警報の発表の要否を判断すべき義務があったというべきで・・・このような状況のもと・・・山体膨張の可能性を指摘したのである。
本件列挙事由中には、山体の膨張を示すわずかな地殻変動が掲げられている上、山体が膨張するということは、山頂部直下に圧力源が存在することを意味するから、これは噴火の可能性を示唆する重要な指標であると考えられること・・・気象庁火山課の職員としては、噴火の前兆現象として山体膨張の発生を認識していたはずであること・・・噴火が発生すれば、その事象の性質上、国民の生命又は身体に大きな被害が生ずる可能性があることに照らすと、技術専門官・・・が、本件列挙事由の一つである山体膨張を示すわずかな地殻変動の可能性が観測されたと指摘したのであるから、気象庁火山課の職員は、噴火警戒レベルをレベル2に引き上げるべきであったということも十分に考えられる。
もっとも・・・上記指摘があった時点で、同指摘のみをもって、気象庁火山課の職員に、直ちに噴火警戒レベルをレベル2に引き上げるべき注意義務が生じていたとまではいい難い・・・しかし、本項で検討してきた10日の火山性地震の増加から始まる御嶽山の火山活動の状況や気象庁火山課の職員の対応、それらから認められる気象庁火山課の職員が負うべき注意義務の程度・内容に照らすと、気象庁火山課の職員は、山体膨張を示すわずかな地殻変動の可能性が観測されたと指摘された以上は、現に山体膨張を示すわずかな地殻変動が認められるのかを更に慎重かつ適切に検討しなければならず、噴火警戒レベルが防災対応に直結することに加え、・・・教授からの9月11日の電子メールにおいて、熱水の活動は地殻変動に表れにくい旨指摘されていたこと・・・も踏まえると、更に検討しても地殻変動の可能性が否定できない場合には、これを生じていないものとして考慮しないのは不合理というほかなく、山体膨張の可能性を示すわずかな地殻変動という本件列挙事由の一つが発生した可能性があるという限度でこれを考慮した上、噴火警戒レベルをレベル2に引き上げることも含めて検討すべきであったというべきである。
すなわち、1日当たり50回以上の火山性地震の発生、回数は少ないものの低周波地震の発生というこの時点までに生じていた本件列挙事由等、噴火警戒レベルをレベル2に上げる基準を総合的に判断し、噴火警戒レベルの果たすべき役割も考慮した上、気象庁火山課の職員は、この時点で噴火警戒レベルの引上げ、噴火警報の発表の要否を判断し、山体膨張を示すわずかな地殻変動の可能性が否定できない場合には、「火口周辺に影響を及ぼす噴火の可能性」があるものとして、噴火警戒レベル2に引き上げ、噴火警報を発表すべき職務上の注意義務を負っていたと解するのが相当である。
気象庁火山課の職員は、平成26年9月25日に山体膨張の可能性を示す地殻変動が観測された可能性が指摘された時点において・・・わずかな地殻変動が生じたのかを慎重に検討しなければならず・・・地殻変動の可能性が否定できない場合・・・山体膨張の可能性を示す地殻変動という本件列挙事由の一つが生じた可能性があるという限度でこれを考慮した上、総合的に、噴火警戒レベルの引上げ、噴火警報の発表の要否を判断し、山体の膨張の可能性を示すわずかな地殻変動の可能性が否定できない場合・・・噴火警戒レベル2に引き上げ、噴火警報を発表すべき職務上の注意義務を負っていたが・・・更に調査し、その結果に基づく評価、解析をすることもなく、わずか15分から20分程度の検討に基づき安易に地殻変動と断定できないとの結論を出してしまったもので・・・注意義務を尽くしたとはいえず、噴火警戒レベルをレベル2に引き上げず、漫然とレベル1のまま据え置き、噴火警報を発表しなかった・・・火山課長の判断は、その過程及び結果について、その許容される限度を逸脱して著しく合理性に欠けるものとして、国賠法1条1項の適用上違法である。

長野地裁松本支部判決令和4年7月13日

ここでは、

  1. 列挙事由である山体膨張の可能性を示す地殻変動が生じた可能性がある場合、総合的に噴火警戒レベルの引上げを判断する
  2. 当該判断で地殻変動の可能性が否定できない場合、レベル2に引き上げる職務上の注意義務を負う
  3. 火山課長は、更なる調査を実施して評価、解析をおこなうことをせず、安易に15分から20分程度の検討で地殻変動とは断定できないとの結論を出している
  4. 当該火山課長の判断は、判断過程および結果について、その許容される限度を逸脱して著しく合理性に欠けるものと評価される

として違法性を認定しています。

因果関係に関する裁判所の判断

上記の気象庁火山課職員の違法行為と原告らの被害との間の因果関係について、裁判所は次のように判示して相当因果関係の存在を否定しています。

前記・・・のとおり、気象庁火山課の職員には、平成26年9月25日の時点で・・・注意義務に違反した違法がある・・・
しかし、仮に気象庁火山課の職員が上記注意義務を尽くしていたとしても・・・山体膨張を示す地殻変動の可能性についての更なる検討等のために、噴火警戒レベルの引上げまでに一定程度の時間を要する可能性があ(り)・・・また、噴火警戒レベルがレベル2に引き上げられた場合には、本件関係市町村が立入規制等の措置を講ずることとなっていたが、その対応に要する時間は、最も短い想定でも5時間であり、天候や時間帯により大幅に変動することがやむを得ないこととして想定され・・・関係市町村が地域防災計画に噴火警戒レベルがレベル2に引き上げられた場合の対応を明記していたことを踏まえても、立入規制等の措置が、被害者ら登山者が本件噴火時に火口周辺に立ち入ることがなかったといえる時点までに確実にされたとまで認めることは困難・・・
以上に加え、本件噴火により死亡した原告らの被相続人又は自ら負傷した原告らの本件噴火前の行動は、必ずしも十分に明らかになっているとはいえない
・・・(そうすると、)気象庁火山課の職員が上記注意義務を尽くしていれば、死亡又は負傷の被害が生じなかったと認めることは困難といわざるを得ず、気象庁火山課の職員の違法行為と原告らに生じた損害との間に相当因果関係があるということはできない。

長野地裁松本支部判決令和4年7月13日

ここでは、平成26年噴火が9月27日の正午ころに発生していることから

  • レベル2への引上げ検討の契機となる山体膨張の可能性を示す地殻変動が観測された可能性が指摘された9月25日の段階において、更なる調査をおこなうこととしていても、その調査および分析などには一定の時間を要し、レベル2への引上げまでには、9月25日から相当な時間を要したものと考えられること
  • 噴火警戒レベルがレベル2に引き上げられた場合でも、立入規制等の措置を講ずる関連市町村が対応に要する想定時間は、最短でも5時間で、登山者が9月27日の正午ころに火口周辺に立ち入ることがなかったといえる時点までに立入規制等の措置が確実にされたとまで認めることは困難であること

などから、相当因果関係は認定できないとしています。

県の違法性と被害との間の因果関係について

続いて、裁判所は、県の御嶽山に設置した地震計の維持管理の懈怠の違法性、および違法行為と被害との間の相当因果関係について、

・・・県が、御嶽山山頂及びその周辺に設置した地震計による観測、そのデータの提供ができるよう地震計を維持し管理することについて、本件関係市町村の住民や登山者に対し具体的な義務を負っていたということはできない。
・・・山頂観測点及び滝越観測点の各地震計の維持管理について、・・・県において、原告らに対する職務上の注意義務があり、これに違反したとは認められない。
・・・仮に山頂観測点及び滝越観測点の各地震計が正常に作動していたとしても、その観測データがあれば気象庁火山課の職員が噴火警戒レベルをレベル2に引き上げたということはできない・・・そうすると、仮に・・・県が、御嶽山山頂及びその周辺に設置した地震計についての維持管理を違法に怠ったとしても、そのことと気象庁火山課の職員が噴火警戒レベルをレベル2に引き上げなかったこととの間に相当因果関係があるとはいえず、結局、原告らの損害との間にも相当因果関係は認められない。

長野地裁松本支部判決令和4年7月13日

として、違法性および相当因果関係を否定しています。

御嶽山噴火事故の判決について

このように御岳山噴火事故の1審では、国の国家賠償法1条1項責任の判断において、

  • 噴火警戒レベルの決定には専門的知見、技術を要すること
  • 噴火警戒レベル引き上げをおこなわなかったことは不作為行為としてとらえることも可能であること

などを理由として、その違法性判断において、クロロキン薬害訴訟上告審判決の判断枠組みを採用しているものと考えられます。

一般的には、専門的知見を要する行為の違法性判断に際しては裁量権限が広く認められる傾向があり、また不作為行為の違法性判断は、やはり行政裁量が広く認められ、作為行為の違法性判断より厳格な基準でなされると考えられています。

更に、原則としては、不作為行為の違法性の主張に際しては、被告の法的な作為義務行為(被告がなすべき義務を法的に負っている行為)を原告側で措定し、主張・立証する必要があります。
しかし、そのためには、被告の手元にあるデータ、および専門的知見が必要となることが多く、作為義務行為を措定し、立証していくこに多大な困難が伴うことが少なくありません。

このように、厳格な判断枠組みが採用されたこと、および主張・立証の困難性を一因として、本件裁判では、違法性に関する原告の主位的主張が退けられ、また予備的主張についても、検討された4つの時点のうち、噴火時点に最も近接した、噴火2日前の行為について違法性が認定されるにとどまりました。
このことも、相当因果関係の否定判断に影響していると考えられます。

尚、この長野地裁松本支部の判決に対しは、原告全員が控訴したと報道されています。

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