議会の議決なく締結した契約に対する地方公共団体の長の損害賠償責任

この記事で扱っている問題

地方公共団体の業者に対する業務、工事などの発注に際しては、その内容、金額などにより、議会の議決が必要となります。
それでは、議会の議決が必要な業務、工事などの契約を、議会の議決を得ずに市長、町長ら当該地方公共団体の長が締結した場合、その長はいかなる責任を負いうるのでしょうか。

ここでは、当該ケースにおける地方公共団体の長の損害賠償責任について、関連法令、裁判例をみながら解説します。

外部との契約に関する地方自治体の長の権限について

地方自治体の長の権限に関しては、次のように、その広範な権限が、地方自治法147条~149条に規定されています。

第百四十七条 普通地方公共団体の長は、当該普通地方公共団体を統轄し、これを代表する。

第百四十八条 普通地方公共団体の長は、当該普通地方公共団体の事務を管理し及びこれを執行する。

第百四十九条 普通地方公共団体の長は、概ね左に掲げる事務を担任する。
一 普通地方公共団体の議会の議決を経べき事件につきその議案を提出すること。
二 予算を調製し、及びこれを執行すること。
三 地方税を賦課徴収し、分担金、使用料、加入金又は手数料を徴収し、及び過料を科すること。
四 決算を普通地方公共団体の議会の認定に付すること。
五 会計を監督すること。
六 財産を取得し、管理し、及び処分すること。
七 公の施設を設置し、管理し、及び廃止すること。
八 証書及び公文書類を保管すること。
九 前各号に定めるものを除く外、当該普通地方公共団体の事務を執行すること。

地方自治法147条~149条

上記の149条6号などから、長は地方公共団体の執行機関として、当該地方公共団体の業務、工事などを企業などへ発注、契約締結する権限を有しているものと考えられます。

議会の議決について

しかし、地方自治法96条1項5号~8号において、一定の契約の締結に際し議会の議決が必要とし、長の広範な権限を一定の範囲で抑制する下記の規定が設けられています。

第九十六条 普通地方公共団体の議会は、次に掲げる事件を議決しなければならない。
(中略)
五 その種類及び金額について政令で定める基準に従い条例で定める契約を締結すること。
六 条例で定める場合を除くほか、財産を交換し、出資の目的とし、若しくは支払手段として使用し、又は適正な対価なくしてこれを譲渡し、若しくは貸し付けること。
七 不動産を信託すること。
八 前二号に定めるものを除くほか、その種類及び金額について政令で定める基準に従い条例で定める財産の取得又は処分をすること。
(以下省略)

地方自治法96条

この地方自治法96条1項各号により、議会の議決を要する業務、工事などの発注契約については、議会の議決を得ずに契約を締結することは原則としてできないこととなります。

しかし、下記のように、地方自治法179条および180条において、一定の場合における長の専決処分が認められています。

第百七十九条 普通地方公共団体の議会が成立しないとき、第百十三条ただし書の場合においてなお会議を開くことができないとき、普通地方公共団体の長において議会の議決すべき事件について特に緊急を要するため議会を招集する時間的余裕がないことが明らかであると認めるとき、又は議会において議決すべき事件を議決しないときは、当該普通地方公共団体の長は、その議決すべき事件を処分することができる。ただし、第百六十二条の規定による副知事又は副市町村長の選任の同意及び第二百五十二条の二十の二第四項の規定による第二百五十二条の十九第一項に規定する指定都市の総合区長の選任の同意については、この限りでない。
② 議会の決定すべき事件に関しては、前項の例による。
③ 前二項の規定による処置については、普通地方公共団体の長は、次の会議においてこれを議会に報告し、その承認を求めなければならない。
④ 前項の場合において、条例の制定若しくは改廃又は予算に関する処置について承認を求める議案が否決されたときは、普通地方公共団体の長は、速やかに、当該処置に関して必要と認める措置を講ずるとともに、その旨を議会に報告しなければならない。

第百八十条 普通地方公共団体の議会の権限に属する軽易な事項で、その議決により特に指定したものは、普通地方公共団体の長において、これを専決処分にすることができる。
② 前項の規定により専決処分をしたときは、普通地方公共団体の長は、これを議会に報告しなければならない。

地方自治法179条、180条

議会の議決を経ずに締結された契約について

上記の専決処分を別としますと、原則として、地方自治法96条1項5号~8号に該当する契約を議会の議決なく締結し、その契約に従い、業務費用、工事代金などを支出しますと、その支出は法的な根拠を欠く違法な支出となり、観念的には、支出をおこなった地方公共団体に損害が生じたこととなり得ます。

議会の議決のない契約により支出がなされ、その支出が違法な支出であるにもかかわらず、その当該地方自治体が適切な対応をおこなわない場合、当該地方公共団体の住民は、下記の地方自治法242条の2第1項4号に基づき、地方自治体を被告として、長に対し、損害賠償請求をすることを求める住民訴訟を提起することが可能となります。

(住民訴訟)
第二百四十二条の二 普通地方公共団体の住民は、前条第一項の規定による請求をした場合において、同条第五項の規定による監査委員の監査の結果若しくは勧告若しくは同条第九項の規定による普通地方公共団体の議会、長その他の執行機関若しくは職員の措置に不服があるとき、又は監査委員が同条第五項の規定による監査若しくは勧告を同条第六項の期間内に行わないとき、若しくは議会、長その他の執行機関若しくは職員が同条第九項の規定による措置を講じないときは、裁判所に対し、同条第一項の請求に係る違法な行為又は怠る事実につき、訴えをもつて次に掲げる請求をすることができる。
(一~三 省略)
四 当該職員又は当該行為若しくは怠る事実に係る相手方に損害賠償又は不当利得返還の請求をすることを当該普通地方公共団体の執行機関又は職員に対して求める請求。ただし、当該職員又は当該行為若しくは怠る事実に係る相手方が第二百四十三条の二の二第三項の規定による賠償の命令の対象となる者である場合には、当該賠償の命令をすることを求める請求
(以下省略)

地方自治法242条の2

議会の議決がない契約が問題となった裁判例

議会の議決のない契約が問題となった近時の裁判例としては、佐賀地判令和4年11月18日があります。

事案の概要

この裁判は、市がX社との間で締結したシステム構築業務の委託契約(以下「本件契約」といいます。)は地方自治法96条1項5号または8号により議会の議決を経ることが必要であったものであったにもかかわらず、市長のAは、議会の議決を経ずに違法に本件契約を締結したとして、地方自治法242条の2第1項4号に基づき、市を被告として、Aに対して損害賠償請求をするよう住民らが求めたものです。

裁判の主な争点について

この裁判では、次の点が主な争点となりました。

1 本件契約の締結に法96条1項所定の議決が必要か
1-ア 本件契約は「工事の請負」(法96条1項5号、施行令121条の2第1項及び別表第3、本件条例2条)に当たるか
1-イ 本件契約は「動産の買入れ」(法96条1項8号、施行令121条の2第2項及び別表第4、本件条例3条)に当たるか

2 本件予算議決により、実質的に議会の議決を経たものといえるか

3 議決を経ないまま本件契約を締結したことにつき、Aに故意又は過失が認められるか

4 損益相殺が認められるか

裁判所の判断について

上記の1の争点について裁判所は、

争点1・・・について
⑴争点1-ア・・・について
・・・法(注:地方自治法のこと、以下同様)96条1項5号が議会の議決を要求している趣旨は、政令等で定める種類及び金額の契約を締結することは普通地方公共団体にとって重要な経済行為に当たるものであるから、これに関しては住民の利益を保障するとともに、これらの事務の処理が住民の代表の意思に基づいて適正に行われることを期することにあるものと解され・・・施行令121条の2第1項は、議決を要する種類の契約を「工事又は製造の請負」と定めるところ、前記・・・の法の趣旨に照らせば、「工事」とは建設工事(あるいは建設工事の実質を備えた工事)のみに限定されるべきではない。
・・・本件契約において、戸別受信機の設置作業は・・・各ケーブルテレビ回線を分配する作業や、ケーブルテレビ回線を宅内に配線する作業を要するもので・・・作業内容からすれば「工事」に当たる。また・・・受信機の設置作業は・・・システム本体の構築と併せて本件契約の主要な内容を構成し・・・本件契約のうち戸別受信機の設置作業が付随的なものに過ぎないとはいえない・・・そうすると、本件契約は、法96条1項5号、施行令121条の2第1項及び別表第3、本件条例2条の「工事の請負」に当たり、契約を締結する際に、議会の議決を要するというべきである。
⑵ 争点1-イ・・・について
・・・法96条1項8号が議会の議決を要するとする趣旨は・・・政令等で定める種類及び金額の財産の取得又は処分をすることは普通地方公共団体にとって重要な経済行為に当たるものであるから、これに関しては住民の利益を保障するとともに、これらの事務の処理が住民の代表の意思に基づいて適正に行われることを期することにあるものと解され・・・本件契約には、総額・・・万円で・・・購入する内容が含まれており・・・「動産の買入れ」に当たることは明らかである。

佐賀地判令和4年11月18日

と認定し、問題となっている契約は「工事の請負」に該当し、予定価格が一定金額以上の「動産の買入れ」にあたり、議会の議決を経ることが必要であると判断しています。

続いて争点2について、

争点2・・・について
・・・・政令等で定める契約の締結や財産の取得又は処分が、その性質としては予算の執行行為であるにもかかわらず、法96条1項2号に規定する予算の議決とは別に、同項5号又は8号において、議会の議決を要する事件として掲げられていることからすれば、法は、本来同項5号又は8号の規定に基づく議決は、予算の議決とは別個の議案について行われることを予定しているものと解され、そのような形で議決が行われることが望ましいというべきである。
しかしながら、独立した議案が提出・議決されない場合であっても、当該契約に係る歳出項目などが計上された予算の審議において、当該契約の締結の適否につき議決することが認識され、当該契約を締結する必要性及び妥当性についての審査を経て議決がされるのであれば・・・法の趣旨は満たされるということができる。
これを本件についてみると・・・定例市議会以降、戸別受信機を市全戸に設置することが必要であるとの意見が述べられていたところ・・・市の担当者は・・・システムの概要を説明したにとどまり・・・無線方式及び有線方式のそれぞれの特徴についての説明はされなかったこと・・・戸別受信機の性能や通信方式(無線方式か有線方式か)はまだ決まっていない旨説明しているとおり・・・通信方式も含めた契約の内容、契約金額、契約の相手方についても未定であったこと・・・本件予算審議後に機種を選定して仮契約を行い・・・月の議会で承認を得る予定であると説明していたこと・・・からすれば、その場に出席した委員は、契約の具体的な内容は・・・月の議会で議案として提出され、議論を経て議決されるものと認識していたものと認められ・・・本件予算審議は・・・月の議会で議決を行うことを前提に、その準備として大枠の予算を通すために行われたものにすぎないというべきであり、本件予算審議において、本件契約の締結の適否につき議決することが認識されていたということはできない。
したがって、本件予算議決により、実質的に法96条1項5号及び8号の要求する議会の議決を経たということはできない。

佐賀地判令和4年11月18日

と判断しています。

そして、争点3については

争点3・・・について
・・・前記のとおり、本件予算審議において市の担当者が・・・6月の議会で承認を得る予定である旨述べていたこと・・・契約の仕様書に本件契約は議会の議決を要するため、議会の承認が得られない場合は本契約として成立しない旨が記載されていたこと・・・を踏まえれば、Aは、本件契約の締結につき法96条1項等により議会の議決が必要であることを認識することができたにもかかわらず、議決を経ずに本件契約を締結したものと認められ・・・Aが本件契約の締結につき議会の議決を要するか否かにつき被告訴訟代理人の意見を徴したこと・・・を考慮しても、Aには議決を経ずに本件契約を締結したことについて、過失があると認められる。

佐賀地判令和4年11月18日

としてAの過失を認めています。

上記の争点4については、被告であるAは、仮に本件契約が違法であったとしても、本件契約により有線方式のシステムが完成しており、市にもシステムの完成による利益が存在しているとして、過失相殺を主張しました。

これに対し、裁判所は、

争点4・・・について
・・・Aには、法96条1項5号及び8号に反して議決を経ずに本件契約を締結したことにつき、過失による不法行為が成立・・・本件契約に基づいてされた公金支出の額は、上記不法行為と相当因果関係のある損害と認められる。
・・・これに対し、被告は・・・が本件契約(変更後のもの)に基づく業務を完了させたこと・・・により、市には利益があるとして損益相殺を主張する。・・・しかし・・・仮に本件契約を締結する時点において、本件契約の締結について議案が提出されていれば、戸別受信機の通信方式は有線方式ではなく無線方式にすべきとして本件契約の締結に係る議案が否決され・・・本件で実際に構築された有線方式の・・・システムとは異なる無線方式の・・・システムが構築された可能性も相当程度あったというべきで・・・有線方式の・・・システムが構築されたことにつき、市に利得が生じているということはできない。
・・・以上のとおり、本件契約によって市に利益が生じているということはできないので、損益相殺を行うことはできない。

佐賀地判令和4年11月18日

と判断しています。

ここでは、無線方式によるシステム構築が議会により議決された相当程度の可能性があることから、無線方式ではなく、有線方式のシステムが完成したからといって、利益があるとはいえないとしています。
明確ではありませんが、不要なシステム(有線方式のシステム)が完成しているとしても、不要なシステムには実用性がなく、実用性のないものである以上、そのシステムには経済的価値を認めることができず、利益があるといえないと考えているものと思われます。

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