ロードキルと道路管理者の法的責任について

この記事で扱っている問題

自動車運転中に道路に飛び出してきたシカ、タヌキなどの動物との接触により生じる「ロードキル」は近時増加しており、その被害も少なくはありません。

ここでは、ロードキルにより生じた損害に対し、道路管理者がどのような責任を負いうるのかを判例をみながら解説します。

ロードキルと法的損害

ロードキルについて

国土交通省国土技術政策総合研究所の国総研資料第152号の「ロードキル防止技術に関する研究 -哺乳動物の生息域保全に向けて-」では、冒頭の概要において、「動物が道路上で車に轢かれる現象」をロードキル定義しています。

また、同研究には、「道路建設に伴う動物の生息域分断によって発生するロードキル」とも記述されています。
これを前提としますと、ロードキルは、道路により生息域が分断された動物が、生息域を往来する途中で道路を横断することにより生じるものであると考えられます。

近年は、高速道路各社だけでも年間5万件以上のロードキルが発生しており、シカ、クマ、イノシシなどの大型動物のロードキルだけでも年間2000件以上発生しているようです。

ロードキルによる損害

ロードキルによる被害としては、事故の一方当事者(?)である野生動物の死傷が考えられます。

一方、人間側の損害としては、自動車の破損、運転者、同乗者の死傷などが考えられます。

民事の損害賠償に限定して考えますと、野生動物は民事上の権利主体ではないことから、野生動物自身は、自らの損害を請求することはできません。
また、ペットのイヌ、ネコなどとは異なり、野生動物には所有者が観念できないことから、権利侵害(所有権侵害)の問題も生じません。
これらのことから、一般的には、ロードキルでは、野生動物の死傷の結果は民事上の損害賠償の問題とはなりません。

民事的には、ロードキルはもっぱら、動物と衝突した自動車の運転者、同乗者の死傷、自動車の物的損害などに対する賠償責任の問題として扱われることとなります。

ロードキルにより法的責任を負う者とは

上記のように、ロードキルにより生じる法的な損害は、動物に衝突した自動車に搭乗していた人の死傷、自動車の物損であり、人の生命、あるいは身体の完全性への侵害、自動車所有者の所有権の侵害が、民法上、主に問題となります。

それでは、それらの損害の責任を負う者、つまり権利侵害者は、誰になるのでしょうか。

一般的な自動車同士の交通事故と同様に考えますと、衝突してきた野生動物が権利侵害者になるとも考えられます。
しかし、民法上、野生動物は損害賠償義務を負う主体とはなり得ません。

そうすると、民法718条の動物の占有者の責任が問題となりそうです。
民法718条は、

(動物の占有者等の責任)
第七百十八条 動物の占有者は、その動物が他人に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、動物の種類及び性質に従い相当の注意をもってその管理をしたときは、この限りでない。
2 占有者に代わって動物を管理する者も、前項の責任を負う。

民法718条

と規定しています。

しかし、同条1項の「占有者」とは、動物の事実上の管理者とされていますが、野生動物を事実上管理している人は、一般的には観念しがたいものと思われます。
また、同条2項の「占有者に代わって動物を管理する者」は管理代行者を指すとされてきましたが、近時では、管理代行者も1項の「占有者」に含まれるとされ、2項は注意的な規定にすぎないと考えられています。
そうしますと、野生動物に関しては、718条の1項も2項の責任も観念できないものと思われます。

そこで、一般的には、ロードキルによる損害は、道路の設置・管理者の過失、あるいは道路の設置、管理上の瑕疵の問題として扱われます。

道路建設(計画)の過失、道路の瑕疵について

上記の国総研資料第152号に記されているように、ロードキルを「道路建設に伴う動物の生息域分断によって発生する」ものと、とらえるのであれば、ロードキルが発生する危険性が生じ得るような、動物の生息域を分断する道路建設(計画)の行為に過失があったと考えることも可能なようにも思われます。

また、動物の生息域を分断するような道路は、ロードキルが生じる危険性を潜在的に有すると考えることも可能であり、そのように考えると、道路に瑕疵が存在すると考えることもできそうです。

ロードキルに関する裁判について

それでは、実際のロードキルに関する裁判では、どのような法律構成で損害賠償請求がなされているのでしょうか。

タヌキのロードキルの裁判

比較的近時の典型的なロードキルの裁判例としては、高速道路走行中の自動車がタヌキと衝突し、損傷したとして、自動車の所有者が、高速道路の管理者に対し、国家賠償法2条1項に基づく損害賠償を求めた事件があります(大阪地判平成27年1月29日)。
この事件では、道路管理者に対し、道路の設置、保存の瑕疵を理由に損害賠償請求がなされています。

事案の概要

この事件は、秋の早朝、自動車が高速道路を走行中、突然タヌキが車両前方を横断し、運転者が急ブレーキをかけたものの、間に合わず、衝突したというものです。
人身損害はなかったものの、本件現場付近で、タヌキの死骸が回収されており、ロードキル事案とされています。
自動車の所有者は、この事故により、自動車に損傷が生じたとして、高速道路の管理者に対し、国家賠償法2条1項に基づく損害賠償を求め、訴訟を提起しました。

裁判所の判断

裁判所は、道路の設置、管理の瑕疵について、

・・・本件自動車道は・・・高速道路であり・・・各区間の開通時から高さ約1.4メートルの立入防止柵が設置され,場所に応じ,追加で下部を塞ぐなどの動物侵入防止対策が講じられた。・・・ICから・・・ICまでの間の区間のうち,本件現場を含む本件道路の・・・から・・・までの間は,・・・橋の部分を除き,すべて,金網フェンス,有刺鉄線,格子型番線,縦番線のいずれかの方式による立入防止柵が設置されており,さらに,下り線については・・・橋に接する部分と,下に一般道路がある部分を除き,動物侵入防止対策として,縦約5センチメートル,横約10センチメートルの格子状の鋼線を地面に突き刺すなどして立入防止柵の下部が塞がれている。ただし,本件現場付近の立入防止柵は,高さが1.35メートルであり,また,その下部は,水路があり,鋼線は側溝の上にまで設置されているが,側溝に緊結されていない。・・・本件道現場では,立入防止柵の一部として設けられた,関係者が通行するためのドアの一部に約17センチメートル四方の開口部があり,また,ドアの下は何らの対策も講じられておらず,開放されている。本件道路のうち・・・PAに上るための階段は,完全に開放されており,立入防止柵の下に溝がある部分は,立入防止柵と溝蓋の間が開放されたままになっている・・・本件自動車道には,立入防止柵の内外に,防止柵より高い位置まで雑草が生い茂っている部分がある。また,立入防止柵に忍び返しは設置されていない。・・・本件道路の下り線の・・・付近には,動物注意標識が設置されているが・・・の間については,動物注意標識は設置されていない。・・本件道路における動物が走行中の自動車に衝突して死ぬいわゆるロードキルの平成18年4月から平成25年3月までの発生件数は,鹿,イノシシ及び猿などの大型動物が60件,狸,イタチ,犬,猫,狐,ウサギ,アナグマ及び蛇などの小型動物が1181件である。ただし,・・・ICから・・・ICまでの間と・・・ICから・・・ICまでの間における発生件数が多く,本件事故が発生した・・・ICから・・・ICまでの間は,上記期間中,大型動物のロードキルが0件,小型動物のロードキルが164件であった。ロードキルの際に運転手等が死傷する事故は,本件道路の開通後,発生していない。・・・日本の高速道路におけるロードキルのうちもっとも報告が多いは狸であり,全体の約4割を占める。狸は,一般に,柵を上ろうとする登攀行動をとること,高さ1.5メートルの柵を,実際に乗り越える能力を有する個体がいること,ただし,柵に忍び返しが設けられた場合には乗り越えることができなかったことが,実験により確認されている。・・・動物の高速道路への侵入を防ぐために開発されたドレスネットには,忍び返し機能を備えたものもある。・・・平成・・・日・・・国道・・・号線で乗用車とトレーラーの正面衝突事故が発生したが,狸の死骸があったことから,乗用車の運転者が,これを避けようとした弾みで対向車線にはみ出したのではないかとされた。・・・
国家賠償法2条1項にいう営造物の設置又は管理の瑕疵とは,営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい,当該営造物の使用に関連して事故が発生し,被害が生じた場合において,当該営造物の設置又は管理に瑕疵があったとみられるかどうかは,その事故当時における当該営造物の構造,用法,場所的環境,利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に判断すべきである。・・・上記・・・の事実によれば,本件道路には,立入防止柵に加え,その下部に,動物侵入防止対策が講じられているものの,物理的に設置が困難である場所や人の通行を目的としている場所には,立入防止柵が設置されておらず,また,立入防止柵の下部の動物侵入防止対策は,完全に狸等の小動物の侵入を防ぐものではなかったといえる。しかし・・・本件道路において,とくに狸等の小動物のロードキルは多数発生していながらも,これを原因とする運転手等の死傷事故が発生していないことによれば,狸等の小動物が本件道路に侵入したとしても,走行中の自動車が狸等の小動物と接触すること自体により自動車の運転手等が死傷するような事故が発生する危険性は高いものではなく,通常は,自動車の運転者が適切な運転操作を行うことにより死傷事故を回避することを期待することができるといえる。他方,上記・・・の各事実によれば,忍び返し機能を備えたドレスネットを設置した場合には,動物侵入防止の効果が上がると認められるが,上記のとおり,道路の構造上設置が困難な場所や人の通行を目的とした場所をも含めて完全に上記ドレスネットを設置できるとは考えられない上,これを設置する場合には,相当の費用を要することが明らかであるところ,本件全証拠によっても,上記ドレスネットを設置するという対策が,高速道路における一般的な対策であるとは認められない。・・・また,上記・・・のとおり,本件現場を含む・・・ICから・・・ICまでの間には,動物注意標識が設置されていないが・・・この区間におけるロードキルの発生件数が比較的少ないこと,距離も約17キロメートルであり,長距離ともいえないことに照らせば,この区間に動物注意標識を設けなければならないとまではいえない。・・・なお,上記・・・の事実については,国道で起きた事故であって,高速道路である本件道路と,設置の規格やその他交通規制等の条件が異なることが明らかであるから,この事実によって,本件道路におけるロードキルに起因して運転者等の死傷事故の発生を推認することはできない。・・・以上の点を総合すると,本件道路が,通常有すべき安全性を欠いていたということはできず,本件道路に設置又は管理の瑕疵があったということはできない。

大阪地判平成27年1月29日

として、道路の設置、管理の瑕疵を否定し、原告の請求を棄却しています。

この事件では、国家賠償法が問題となり、高速道路は営造物として、その設置、管理の瑕疵が問題となりました。

裁判所は、忍び返し機能を備えたドレスネットを設置すれば、タヌキの道路への侵入は防げるとしながらも、

  • 完全にドレスネットを設置できるとは考えられないこと
  • ドレスネットの設置には相当の費用を要すること
  • ドレスネットの設置は一般的とはいえないこと
  • 本件道路では、ロードキルに起因して運転者等の死傷事故の発生を推認することはできないこと

などを理由として、道路の設置または管理の瑕疵を否定しています。

キツネのロードキル類似事案により生じた自動車事故の裁判

事件の概要

ロードキル類似の裁判として、最高裁判所まで争われた事件としては、最判平成22年3月2日(札幌高判平成20年4月18日、札幌地判平成19年7月13日)があります。

この事故では、道路に飛び出した野生のキツネは死傷していないことから、上記の定義からしますと、ロードキルに該当しません。
しかし、利益関係が類似することから、ここでは、ロードキルの参考判例として取り上げることとします。

この事件は、高速道路(以下「本件高速道路」といいます。)を自動車で走行中、飛び出してきたキツネに驚き、運転者が急ブレーキをかけるか、急ハンドルを切ったため、中央央分離帯に車が衝突、横転したところ(以下この事故を「第1事故」といいます。)、後方から走行してきた自動車が衝突し、横転していた自動車の運転者(以下横転した車の運転者を「A」といいます。)が死亡した事故(以下横転した自動車に後続車両が衝突した事故を「第2事故」といいます。)に関する裁判です。
この事故では、被害者の相続人らは、

  • 第2事故の後続自動車の運転者(以下「甲」といいます。)に対し、不法行為または自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」といいます。)3条に基づき
  • 事故発生当時の高速道路の管理者であった道路公団の地位を引き継いだ訴訟引受人会社(以下「乙」といいます。)に対しては、国家賠償法2条、民法719条に基づき

損害賠償を求め訴訟を提起しました。

ここでは、乙に対する請求を中心にみていきます。

1審裁判所の判断

まず、裁判所は、事故発生の事実経過として、下記のように認定しています。

・・・本件事故地点は・・町・・・市を結ぶ高速自動車国道・・・の下り車線で・・・本件道路は,中央分離帯により往復分離された二車線道路で,路面はアスファルト舗装されている。道路有効幅員は12.1m,中央側路肩1.7m,走行側路肩3.2m,走行車線3.6m,追越車線3.6mである。中央分離帯はガードロープで区分され,100mごとに距離標が設置されて・・・事故地点付近は,ほぼ直線道路で,走行車線,追越車線ともに見通しを妨げるものはない。・・・Aの運転する車両(以下「A車両」といいます。)は・・・線を走行し,B運転の車両(以下「B車両」という。)は,その後方約100mの車間距離を置いて走行していた。B車両の助手席に同乗していたCは,A車両の前方・・・に,A車両の照射したライトに照らされて中央分離帯付近から飛び出した「白い物」を認めた・・・その直後,B車両は,急に左右にふらつきだし,B車両は,危険を感じて,ハザードランプを点灯させながら減速した・・・他方,A車両は,午後・・・分ころ,右斜め方向への横滑り旋回状態となって中央分離帯に衝突し,回転しながら,本件事故地点・・・に,車体を横にして停止し,追越車線の全部と走行車線の一部をふさいだ。・・・横滑り痕・・は,車両が急ハンドルを切ることにより方向性を失って横滑り状態となったときに路面上に印象されるものであるが,B車両が制御を失って,本件事故地点に停止するまでに,本件道路上に円弧状のスカフマーク痕が残されている・・・B車両は,本件事故地点の手前105.6mの地点・・・に停車した。Cは・・・方向20m先の路肩・・・にキツネが1匹いるのを発見した。・・・降車したBは,後続してきた・・・車両に対し,事故発生を知らせるため,両手を大きく振って合図を送り,続いて,甲車両に対しても,同様の合図を送った。・・・甲は,本件道路を札幌方面に向けて,友人の・・・車両に後続して,走行車線を走行していたが,本件事故地点の約2km手前付近で車線変更し,そのまま追越車線を走行していた・・・甲は,200mから300m先でハザードランプを点滅して路肩に停車しているB車両を発見し,その横を通過する際,B車両に目線を送り,同車横で手を振っている人に気づいたが,減速することなくそのまま進行した・・・甲は,走行車線を走行していた・・・車両のテールランプが左右に揺れ・・・車両が急ハンドルを切ったのを認識した直後,A車両が横になって停車しているのに気づいたが,制動措置を講じる間もなく,A車両の左側部に甲車両の前部を衝突させた。

札幌地判平成19年7月13日

続いて、裁判所は、

前記・・・認定したところによれば,中央分離帯の付近から「白い物」が飛び出してきたこと,その直後に,A車両が大きく左右にふらつきだし,車体を斜めにして中央分離帯に衝突し,回転しながら追越車線上に停止したこと,道路上に車両が急ハンドルを切ることにより方向性を失って横滑り状態となったときに路面上にスカフマーク痕(横滑り痕)が印象されていること,Cは,路肩に停車後,「白い物」が飛び出してきた地点に近接する前方路肩にキツネが1匹いるのを目撃したことが認められ,これらの事情を総合考慮すると,Aは,本件道路の進行方向の前方にキツネを発見し,これとの衝突をハンドル操作で避けようとして,急ハンドル操作を行い,自車を制御できなくなって横滑り状態となり,第1事故を発生させたものと認めるのが相当である。

札幌地判平成19年7月13日

として、キツネの飛び出しが第1事故の原因であることを認定しています。

このように、野生動物の道路への飛び出しが事故の原因となっていることからしますと、利益関係としては、ロードキルと異ならないものと考えられます。

続いて、事故当時、高速道路の管理者であった道路公団の責任について、裁判所は、

・・・A車両が流入した・・・インターチェンジから本件事故地点までの間に,「動物注意」の道路標識が設置されている・・・本件事故地点付近の本件道路は,ほぼ直線道路であり,道路両側は原野と山林の非市街地で・・・本件事故当時,本件道路に設置されていた立入防止柵は,有刺鉄線タイプと金網タイプである。有刺鉄線タイプは鉄線の間隔が20cmであり,金網タイプも金網と地盤との間に約10cmのすき間がある。立入防止柵の点検は,保安要員が柵に沿って歩く方法により年4回実施され,本件事故当時,本件事故地点付近の立入防止柵に損傷はなかった。・・・旧公団,訴訟引受人が・・・内で管理している高速道路は,合計・・・km,上下線に分ければ・・・kmであり(本件事故当時),道路構造は,土工部,高架部,トンネル等多様であり,周辺の地形も市街地,隣地,農地,山地,草地と一様でない。・・・旧公団が管理する高速道路における1993年の動物種類別の事故発生件数は,総事故件数2万2935件のうち,タヌキが一番多くて37%を占め,次いで,ネコ,イヌ,ウサギ,トビ,ハト,イタチ,キツネの順で事故発生件数が多い・・・高速道路別距離(km)当たりの事故発生件数は,道路の通過地域が里山的環境を通過する路線に多く,市街環境を通過する路線に少ない傾向がみられる。なお,本件高速道路の事故発生件数が他の地域の高速道路に比べて特に多いわけではない。・・・他の地域の高速道路と比べると,キツネ,シカの事故発生件数が突出して多いが,他の動物によるものは少ない。また,沿線環境をみると,自然地域を含む区間で必ずしも事故発生が多いということはなく,農業地域と生活産業地域との間に顕著な差はみられない。・・・本件事故区間である・・・間のキツネロードキル(ロードキルとは,道路に侵入した動物が走行する自動車にはねられて死亡すること)の件数は,平成11年が25件,平成12年が34件,平成13年が69件である。キツネは夜行性の動物であり,キツネの月別事故発生件数にみると,7月と8月に多い。・・・一般道路において,キツネを避けようとして急ハンドルを切ったために,対向車と衝突したり,路外に転落して人身事故となった事故例が時折みられ,また,本件高速道路においても,1994年に,キツネを避けようとして中央分離帯に衝突して死亡したとみられる事故例が1件ある・・・旧公団では,1983年から「高速道路と動物」に関する特別委員会を設置して調査研究を重ね,1989年発行の「高速道路と野生動物」と題する本件公団資料・・・には,小動物を含めた野生動物の道路侵入防止対策が示され,その後,旧公団協力で作成された各文献・・・では,原告主張の対策とほぼ同様の侵入防止対策が示されている。・・・本件事故後,旧公団は,・・・間の上下線15kmについて,有刺鉄線タイプの立入防止柵に金網を設置し,金網タイプの立入防止柵に1mのかさ上げを行う改修工事を行った。その費用は9000万円である・・・以上の事実によれば,・・・の高速道路の通過地域が里山的環境を通過する路線部分が多いこと,本件道路付近に立入防止柵が設置されていても,設置されている有刺鉄線タイプの柵は鉄線の間隔が20cmあり,金網タイプのものも金網と地盤との間に約10cmのすき間があり,そのすき間から中小動物の侵入がありうること,・・・では,一般道路,高速道路を問わずに,キツネ等を原因とする人身事故例があることが認められ,本件事故地点においても,キツネ等の中小動物が高速道路上に侵入し,これにより自動車の円滑な進行が妨げられ,ひいては事故発生の原因ともなりうる状況にあったことが認められる。・・・原告ら主張の素材,構造,施工方法による立入防止柵については,侵入防止の対象が中小動物であるだけに,高速道路への侵入を完璧に防止することまではできないとしても,従来の立入防止柵に優る効果があることも認められる。
ところで,国家賠償法2条1項の営造物の設置または管理の瑕疵とは,営造物が通常有すべき安全性を欠いている状態をいい,営造物が通常有すべき安全性を欠くか否かの判断は,当該営造物の構造,用法,場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的,個別的に判断すべきものである。そして,原告ら主張の中小動物侵入防止用の立入防止柵を設置あるいは改修していなかったことをもって,本件道路が通常有すべき安全性を欠くか否かを判断するに当たっては,その原告ら主張の素材,構造,施工方法による立入防止柵が中小動物の高速道路への侵入を防止し,ひいては自動車の事故防止に有効な対策として,相当程度標準化されて全国的ないし当該地域に普及しているかどうか,中小動物の侵入による事故発生の危険性の程度,事故の発生を未然に防止するため上記立入防止柵を設置する必要性の程度,上記立入防止柵を設置する困難性の有無等の諸般の事情を総合考慮することを要するものというべきである。
この見地に基づき本件をみると,以下の諸事情を総合考慮すれば,本件道路において,中小動物侵入防止用の立入防止柵を設置あるいは改修していなかったことをもって,道路としての通常有すべき安全性を欠いているということはできない。・・・原告ら主張の素材,構造,施工方法による立入防止柵を含めて中小動物侵入対策が,研究成果として発表されて,旧公団あるいは訴訟引受人も,高速道路を新設する際には中小動物侵入対策に配慮し,既設道路においても,順次,中小動物侵入のための立入防止柵改修工事を部分的に施工していることは認められるものの,これが全国的ないし当該地域の高速道路に標準的なものとして普及しているとまで認めることはできない。したがって,本件道路は,安全性において,設備面で特に欠陥があるとか,不備であるということはできず,高速道路の一般水準に照らして,是認しうる安全性は備えていたものと認められる。・・・中小動物の道路への侵入による事故は,一般道路においても常に予想されるものであり,実際にも,中小動物の飛び出しが原因とみられる人身事故がむしろ一般道路に多く発生しており,中小動物の飛び出しによる事故発生の可能性は,高速道路にだけ生じる特有の問題ではない。その危険性の程度においても,重大な人身事故につながる事故態様は様々であり,実際にも,山間道路において中小動物の飛び出しが原因とみられる重大な人身事故例があり,一般に事故防止のため,中小動物侵入対策用の立入防止柵に改修することが望ましいことはいうまでもないが,特に高速道路について,中小動物侵入対策用の立入防止柵を設置あるいは改修しなければ,道路の設置又は保存に瑕疵があるとするまでの合理的理由に乏しい。また,本件高速道路は,他の地域の高速道路に比して,キツネ以外の種別の動物をも含めれば,中小動物の事故発生件数は必ずしも多くなく,本件事故地点を含む本件道路においても,キツネ等の中小動物の侵入による人身事故が特に多発して事故発生の危険が顕著となるなど,中小動物侵入防止のための改修工事を,他に優先して実施しなければならなかったとする事情も認められない。・・・旧公団が・・・内で管理していた高速道路は,距離は長く,道路構造は多様であり,周辺の地形も一様でなく,侵入する動物も多種多様であることからすれば,動物侵入の場所,時間を具体的に特定し,予測することは事実上不可能であるから,中小動物の侵入防止対策を実施するとすれば,ほぼ全線について改修工事を実施しなければならないが,これを即時に実現することは,現実には不可能なことである。また,旧公団が管理していた日本国内の高速道路の全線について,この改修工事を実施するとすれば,多大な費用を要することも否定できない。したがって,旧公団が,高速道路における安全対策の優先順位を考慮しながら,中小動物侵入防止のための立入防止柵の設置あるいは改修工事を順次施工していきながら,当面の対策として,「動物注意」の標識による注意喚起,パトロール車による道路巡回,巡回時に動物を発見した場合や利用者からの動物目撃情報があった場合の動物排除作業や利用者に対する情報提供等の対策を実施することが,合理的かつ妥当なものといえ・・・本件道路の設置又は管理につき瑕疵があったと認めることはできない。

札幌地判平成19年7月13日

として、道路の瑕疵を否定しています。

尚、甲の責任は認定されています。

このように、この事故でも、原告は、道路の瑕疵責任を道路管理者に請求しています。

そして、瑕疵に関しては、上記の大阪地判平成27年1月29日と同様、「国家賠償法2条1項の営造物の設置または管理の瑕疵とは,営造物が通常有すべき安全性を欠いている状態をいい,営造物が通常有すべき安全性を欠くか否かの判断は,当該営造物の構造,用法,場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的,個別的に判断」するとしています。

控訴審の判断について

この1審の判断に対し、控訴審は、

・・・キツネの本件道路への飛び出しが,本件道路の設置又は管理の瑕疵に基づくものであるか否かを以下検討する・・・本件事故地点付近には,「動物注意」の道路標識が設置されているほか(争いがない。),1日7回の定期的な道路巡回作業あるいは緊急出動により,本線上に中小動物を発見した場合には,生きた動物は確保を含め,本線外へ除外するように努め,死んだ動物は袋に入れて排除作業を行っていた。そして,上記作業の際には,「動物注意」等の点灯を行い,通行車両の運転者への注意喚起を行っていた・・・本件事故当時,本件道路に設置されていた立入防止柵は,有刺鉄線タイプと金網タイプであるが,金網タイプはごく一部に設置されていたに過ぎず,その大部分は有刺鉄線タイプであった。有刺鉄線タイプは,鉄線の間隔が20センチメートルであり,金網タイプも金網と地盤との間に約10センチメートルすき間があった・・・キツネの侵入防止柵として,有刺鉄線は,間から容易に侵入できてほとんど効果がなく,金網型フェンスが効果的である。金網型フェンスを設置する場合,高さはさほど必要がないが,地面を掘り返して潜り込むことがあるため,下部の隙間を5センチメートル以下とするか,接地面をコンクリート化するのが望ましい・・・国家賠償法2条1項の営造物の設置又は管理の瑕疵とは,営造物が通常有すべき安全性を欠いている状態をいい,営造物が通常有すべき安全性を欠くか否かの判断は,当該営造物の構造,用法,場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的,個別的に判断すべきものである。(最高裁判所昭和45年8月20日判決・民集24巻9号1268頁,同昭和53年7月4日判決・民集32巻5号809頁)・・・なお,被控訴人・・・は,道路の瑕疵を判断するに当たっては,運転者が安全運転義務を果たしたとしても事故が発生したのかという観点から検討すべきである旨主張する。道路に瑕疵があっても,運転者としては,かかる道路状態を前提として安全運転義務を果たすべきであるが,その義務違反運転によって事故が発生したからといって道路管理者の責任が阻却されることにはならない。運転者の安全運転義務違反は,後述するように,損害額の過失相殺事由として考慮されるべきである。よって,被控訴人・・・の上記主張には理由がない。・・・認定したとおり,本件事故の発生した区間である・・・インターチェンジ間では・・・ロードキルが多数回発生し,特に平成13年は,本件事故が発生した同年10月8日の時点で,46件のロードキルが報告されている・・・同じ区間で,本件事故の前後にわたって,キツネなどの中小動物が高速道路上に現れ,交通に支障を生じさせた事例も多数報告されている。前記認定のとおり,高速道路は,法定の最高速度が時速100キロメートルの最高規格の自動車専用道路であり,その利用者は,一般道に比較して高速で安全に運転できることを期待し,信頼して走行していると認められることからすれば,自動車の高速運転を危険に晒すこととなるキツネが上記のような頻度で本線上に現れることは,それ自体で,本件道路が営造物として通常有すべき安全性を欠いていることを意味するというべきであり,前記認定した態様による本件事故は,まさに,その危険が現実化した事故であったと認められる。・・・「動物注意」の標識を設置しているが,これにより,運転者が,速度規制もされていないのに,出没しないかもしれない動物の出現を予想して低速度で走行するのを期待することは現実的ではない。また,頻繁に道路を巡回しているというが,巡回によって高速道路に侵入した動物が本線上に出現するのを防止することは不可能であり,せいぜいロードキルに遭った動物の死骸を片づけてその死骸による事故を防ぐ以上の効果は期待できない。「動物注意」の情報板による情報提供も事故防止の効果的な手段となり得ないことは明らかである。・・・公の営造物が,客観的に見て,ある時点で安全性を欠く状態に至ったとしても,それが管理者にとって予見可能性がなく結果回避可能性もないと認められる場合には,設置・管理に瑕疵はなかったというべきところ(最高裁判所昭和50年7月25日判決・民集29巻6号1136頁参照),上述したキツネ・ロードキル等の事例は,いずれも旧公団が最初に報告を受けた事例であると認められ,本件道路にキツネがしばしば出没することは,旧公団としては十分に予見可能であったということができる。・・・次に結果回避可能性であるが,キツネが地上に生息し地面を移動する動物であることからすれば,高速道路への侵入防止柵を設けることによってかなりの程度キツネの侵入を防止することは不可能ではない。実際に,前記認定のとおり,旧公団では野生動物の侵入防止策を記載した本件公団資料を,1989年の時点で作成しており,その中には,キツネ等中小動物の侵入防止策として,金網型の柵にした上で柵と地面の隙間がないようにし,地盤との間を掘って侵入されないようにコンクリート等を付設するとの対策が記載されている。にもかかわらず,本件事故地点付近に付設された侵入防止柵は,前記認定のとおり,中小動物の侵入に全く役に立たない有刺鉄線タイプが大部分であり,一部金網タイプのものも,地面との間に約10センチメートルの隙間があり,中小動物の侵入を防ぐに足るものではなかった。・・・被控訴人・・・は,・・・内の高速道路は長大であり,キツネ等中小動物の侵入を防止するには,全線について施工しなければ十分な効果は得られないところ,そのためには多大な費用を要する旨主張する。しかし,本件で問題となっているのは,本件事故が発生した本件道路においてキツネの侵入が頻発することであるから,結果回避可能性としては,本件道路においてキツネの侵入を防ぐための措置が問題となるのであって,そのためであれば,一定区間の侵入防止柵設置で足りる。本件事故後9000万円をかけて本件道路付近の侵入防止柵を改修したことから考えても,結果回避可能性がなかったとはいえない。なお,自然公物たる河川等と異なり,人工公物たる道路については,当初から通常予測される危険に対応した安全性を備えたものとして設置され管理されるべきものであって,原則として,予算上の制約は,管理の瑕疵に基づく損害賠償責任を免れさせるべき事情とはなり得ない(前記最高裁判所昭和45年8月20日判決,最高裁判所昭和59年1月26日判決・民集38巻2号53頁参照)。・・・以上によれば,予見可能性,結果回避可能性がなかったから管理に瑕疵がないとの被控訴人・・・の主張には理由がない。・・・よって,旧公団は,本件道路の設置・管理者として,国家賠償法2条1項に基づき,本件第1事故の発生について損害賠償責任を負う。

札幌高判平成20年4月18日

として、1審と異なり、国家賠償法2条1項の責任を認めています。

上告審の判断

この事件では、控訴審判決後、上告がなされましたが、上告審である最高裁は、

国家賠償法2条1項にいう営造物の設置又は管理の瑕疵とは,営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい,当該営造物の使用に関連して事故が発生し,被害が生じた場合において,当該営造物の設置又は管理に瑕疵があったとみられるかどうかは,その事故当時における当該営造物の構造,用法,場所的環境,利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に判断すべきである(最高裁昭和42年(オ)第921号同45年8月20日第一小法廷判決・民集24巻9号1268頁,同昭和53年(オ)第76号同年7月4日第三小法廷判決・民集32巻5号809頁参照)。・・・前記事実関係によれば,本件道路には有刺鉄線の柵と金網の柵が設置されているものの,有刺鉄線の柵には鉄線相互間に20cmの間隔があり,金網の柵と地面との間には約10cmの透き間があったため,このような柵を通り抜けることができるキツネ等の小動物が本件道路に侵入することを防止することはできなかったものということができる。しかし,キツネ等の小動物が本件道路に侵入したとしても,走行中の自動車がキツネ等の小動物と接触すること自体により自動車の運転者等が死傷するような事故が発生する危険性は高いものではなく,通常は,自動車の運転者が適切な運転操作を行うことにより死傷事故を回避することを期待することができるものというべきである。このことは,本件事故以前に,本件区間においては,道路に侵入したキツネが走行中の自動車に接触して死ぬ事故が年間数十件も発生していながら,その事故に起因して自動車の運転者等が死傷するような事故が発生していたことはうかがわれず,・・・自動車道・・・線の全体を通じても,道路に侵入したキツネとの衝突を避けようとしたことに起因する死亡事故は平成6年に1件あったにとどまることからも明らかである。・・・これに対し,本件資料に示されていたような対策が全国や・・・内の高速道路において広く採られていたという事情はうかがわれないし,そのような対策を講ずるためには多額の費用を要することは明らかであり,加えて,前記事実関係によれば,本件道路には,動物注意の標識が設置されていたというのであって,自動車の運転者に対しては,道路に侵入した動物についての適切な注意喚起がされていたということができる。・・・これらの事情を総合すると,上記のような対策が講じられていなかったからといって,本件道路が通常有すべき安全性を欠いていたということはできず,本件道路に設置又は管理の瑕疵があったとみることはできない・・・以上と異なる原審の判断には,判決の結論に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決のうち上告人の敗訴部分は破棄を免れない。そして,被上告人らの上告人に対する請求は理由がなく,これを棄却した第1審判決は正当であるから,被上告人らの控訴を棄却すべきである。

最判平成22年3月2日

として、控訴審を破棄しています。

最高裁と控訴審の判断が異なった理由としては、

  1. 高速道路に野生動物が侵入する危険性の程度
  2. ロードキル対策への財政的制約

の認定の差と考えられます。

2の財政的制約に関しましては、河川、道路、スキー場の順に瑕疵認定において考慮される程度が低くなる傾向があります。
下記の記事でも解説しましたように、スキー場の雪崩事故では、財政的制約の抗弁は認められる余地が狭いと考えられます。

一方、河川の治水工事に関しては、財政的制約の抗弁は、比較的広く認められる傾向があります。
道路に関しては、その中間的な位置づけと考えられます。
この点につきましては、下記の記事でも扱っています。

尚、本件では、乙に対する請求は認められませんでしたが、甲に対する損害賠償請求は認容されており、その損害額に関しては、最判平成22年 1月26日で中間利息控除の方法に関する判断がなされています。

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