遺言書の偽造と偽造による相続欠格について

遺言書の偽造とは

遺言書の偽造の類型としては、

  1. 遺言者ではない者が遺言者名義の遺言を作成
  2. 遺言者が作成した遺言を遺言者以外の者が変造
  3. 遺言者を利用して遺言者の真意と異なる遺言書を作成させる

などを挙げることができます。

遺言書の偽造と刑事事件

遺言偽造と私文書偽造罪・同行使罪について

遺言書は遺言者の署名があるのを基本としていますので、遺言書の偽造は刑法上の有印私文書に該当します。
上記の1の類型の偽造は、有印私文書偽造罪(刑法159条1項)に該当しうるものであり、同罪の法定刑は3年以上5年以下の懲役刑となっています。

上記2の類型の偽造については、有印私文書変造罪(刑法159条2項)が成立しうることとなりますが、法定刑は有印私文書偽造罪と異なりません。

尚、上記の1あるいは2の偽造により作成した遺言書を遺言として用いると、別途、偽造有印私文書行使罪(刑法161条1項)が成立しうることとなります。同罪の法定刑は偽造罪と同じです。

有印私文書偽造(変造)罪を犯した者が偽造(変造)有印私文書行使罪も犯した場合、両罪は牽連犯の関係となります。
その場合、科刑上一罪として最も重い法定刑、この場合は法定刑が同じことから、犯情の重い罪の法定刑で処罰されることとなります。
両罪を犯しても法定刑の2倍になるわけではありません。

尚、有印私文書偽造と偽造有印私文書行使が牽連犯となる場合、偽造した私文書をなんらかの目的で使用するために私文書を偽造すると考えられることから、前者は後者の手段といえます。
そこで、その場合、犯罪行為全体の目的行為となる偽造有印私文書行使罪の罪の方が、犯情が重いと認定されるようです(神戸地判令和2年11月13日、大阪地判平成17年12月21日参照)。

公訴時効は両罪ともに5年となります。

遺言の偽造などにより有罪判決が下された事件

遺言書の偽造、行使が起訴され有罪判決が下された事件としては、近時では、神戸地判令和2年11月13日があります。

この事件は、相続人から遺産処理の法律相談を受けた弁護士が、相談者である相続人に対し偽造遺言の文案を教示、相続人が教示された内容とおりの偽造遺言書を作成し、その偽造遺言書を弁護士が家庭裁判所の遺言書検認時に真正な遺言書として提出したものです。
この事件では、弁護士に有印私文書偽造罪と偽造有印私文書行使罪の成立が認められ、懲役2年、執行猶予4年の有罪判決が下されました。

遺言書が偽造された場合の相続への影響について

遺言書偽造の相続への影響

偽造あるいは変造(以下とくに断りのない限り、偽造と変造をあわせて「偽造」といいます。)された遺言書は無効となります。
無効とされた場合、遺言はなかったものとして、原則として法定相続分に従って相続されることとなります。

相続人の範囲への影響

相続人あるいは推定相続人(被相続人の死亡により相続人となる地位にある人のことを、被相続人の死亡前には「推定相続人」といいます。)が、遺言を偽造、変造、あるいは破棄、隠匿した場合、それらの行為は相続人の欠格事由となり、その人は相続人になれなくなります(民法891条)。

遺言の偽造に気づいたときに相続人はどうするのでしょうか

遺言書が変造されていること、あるいは元から偽造されたものであることに気づいたときには、偽造以外の理由による遺言の無効が問題となるケースと同様に、相続人間の話し合いで遺言を排除して遺産分割協議をおこなうことを検討します。

それが困難な場合、遺産分割調停の申立て、あるいは遺言無効確認請求訴訟の提起を検討することとなります。

一方、(推定)相続人が遺言の偽造をおこなった場合、当該(推定)相続人に対する相続権不存在確認請求訴訟の提起を検討することとなります。

尚、自筆証書遺言が自書されたものなのかは、筆跡鑑定を証拠として提出すれば容易に証明可能であるとも思われます。
しかし、筆跡鑑定書も自書性に関する明確な結論を記しているものではないことも多く、また、裁判所も筆跡鑑定を必ずしも証拠として重視していないことから、自書性の証明の決め手には必ずしもなりません。

遺言の無効に関しては、下記の記事で解説していますので参考にしていただければと思います。

どのような場合に偽造に関連して遺言は無効と認定されるのでしょうか

遺言書の偽造と欠格事由が認定された裁判例としては、東京地判平成31年3月7日があります。

この事件では、死亡6日前に作成したとされる自筆証書遺言の偽造が問題となりました。

病院のベッド上に仰向けに横たわった状態で、下敷きとなる週刊誌と見本となる文例を被告に支えてもらいながら、被相続人は自署及び押印をしていたと、被告である相続人は主張していました。
これに対し、裁判所は、

・・・死亡するわずか6日前である(被相続人)の身体能力は非常に低下していたものと認められ・・・のような作成状況で単独で自署できたとは考えにくい。
・・・本件遺言書における印影も極めて鮮明であるところ・・・の状態である(被相続人)が・・・のような作成状況で,鮮明な印影が残る形で押印することはほぼ不可能というべきで・・・押印の際には・・・上方で支えている被告の力に抵抗するように,上向きに実印を押し付けなければならないが,押印自体についての介助が全くない状態で(被相続人)がそのようなことを行えるだけの身体能力を維持していたとは到底考え難い。
・・・被告の供述によれば,(被相続人)が押印する際には,押印する場所に(被相続人)の手を被告が誘導したのみで,それ以上の手助けはしていないというのであるが,これは事実に反するものといわざるを得ない。
そして,被告が上記のような供述をしていることからすると,本件遺言書の文章を(被相続人)が全て自署したとの被告の供述の信用性も,極めて疑わしいというべきである。
なお・・・原告ら鑑定書は,少なくとも,被告鑑定書・・・の信用性を相当程度減殺するだけの意味は有していると認めるのが相当である。
以上のことからすれば,本件遺言書を,(被相続人)が自署及び押印したものと認めることはできないから,本件遺言は無効である。

東京地判平成31年3月7日

として、遺言を無効と判断しています。

遺言の偽造の認定について

この事件では、更に、遺言の偽造に関して、

本件遺言書の押印は・・・手助けなしに行えたとは考え難く,そうすると,被告が被相続人の実印を用いて押印したか・・・被告が(被相続人)の手を使って,実質的には被告の動作により押印したとしか考えられず,これは偽造であるといわざるを得ない。
また・・・本件遺言書の文章を・・・のような作成状況で被相続人が単独で自署できたとは考え難く,(被相続人)が全て自署したとの被告の供述の信用性も極めて疑わしいことからすると,文章についても,被告が記載したか,被告が(被相続人)の手を使って,実質的には被告の動作により記載したと認めるのが相当であり,これも偽造であるといわざるを得ない。

東京地判平成31年3月7日

として、遺言書を偽造されたものと認定しています。

ここで留意が必要なのは、身体能力の落ちている被相続人が人の助けを借りて遺言書を作成する場合、被相続人の手を印鑑あるいは筆記用具に添えさせていたとしても、実質的には介助している人が印鑑や筆記用具を動かしたと評価できるような場合、遺言は介助した人が偽造したものと認定され得ることとなるということです。
そのような場合、もはや被相続人の自筆あるいは被相続人が自ら押印したものとはいい難いからです。
尚、偽造、変造と認定されると、遺言は無効となります。

被相続人の意思を実現する偽造、変造と相続欠格の認定について

この判決で、裁判所は更に、

この点・・・平成28年7月12日頃の時点では,(被相続人)は・・・を被告のみに相続させる意思を有するに至っていた可能性が十分に認められるところ,それを前提としたときには・・・の行為は,(被相続人)の意思を実現すべく,平成28年7月遺言書の趣旨を明確にしたにすぎないから,民法891条5号所定の相続欠格事由には当たらないと考える余地がなくはない。
しかしながら,仮に,本件遺言書の内容が(被相続人)の意思に沿うものであったとしても・・・のような被告の行為は,遺言者の意思を実現させる趣旨で行う訂正等の範囲を逸脱したものといわざるを得ず,民法891条5号所定の相続欠格事由に該当すると認めるのが相当である(最高裁判所昭和56年4月3日第二小法廷判決・民集35巻3号431頁参照)。

東京地判平成31年3月7日

と認定しています。

ここで引用されている最高裁の判例(最判昭和56年4月3日)は、

・・・遺言書がその方式を欠くために無効である場合又は有効な遺言書についてされている訂正がその方式を欠くために無効である場合に、相続人がその方式を具備させることにより有効な遺言書としての外形又は有効な訂正として外形を作出する行為は、同条五号にいう遺言書の偽造又は変造にあたるけれども、相続人が遺言者たる被相続人の意思を実現させるためにその法形式を整える趣旨で右の行為をしたにすぎないときには、右相続人は同号所定の相続欠格者にはあたらないものと解するのが相当

最判昭和56年4月3日

として、遺言書の「方式を具備させることにより有効な遺言書としての外形又は有効な訂正として外形を作出する行為」は、偽造または変造には該当するが、相続欠格事由には該当しないとしています。

このように、遺言者の意思を実現する目的で、遺言書の方式を整えるため、遺言書としての外形または有効な訂正としての外形を作出する行為を相続人がおこなったような場合、その行為は偽造または変造と認定されるのが原則ではあります。
しかし、その場合、遺言書は無効となりますが、偽造または変造行為をおこなった相続人の相続欠格事由と必ず認定されるわけではありません。

ただし、東京地判平成31年3月7日の事案の認定では、被相続人は遺言の作成時に印鑑、筆記用具に手を添えていただけで、自らの意思で動かしたと言い得ないとされていることからすれば、被告である相続人の行為は、「方式を具備させることにより有効な遺言書としての外形又は有効な訂正として外形を作出する行為」に留まるとは考え難いことになります。
そこで、その行為は最高裁判所の判例の趣旨には該当せず、相続欠格事由に該当し、相続人とはなれないとしているのです。

被相続人の押印ではないことから無効とされた裁判例

残された自筆証書遺言が被相続人によって作成されたものではないとして遺言書の無効確認を求めた訴訟において、裁判所は、遺言書の本文及び署名は被相続人の自書であるとしながらも、被相続人が本件遺言書に押印した事実を認めることはできないとして、自筆証書遺言の要件をみたさず無効と判断しています(東京地判令和2年12月17日)。

この裁判では、被告が押印をしたとまで認定しているわけではありません。
このように、遺言書の本文および署名が自筆と認定されながら、押印のみは被相続人以外の者がおこなったと認定されるケースもあるようです。

この場合も遺言自体は偽造されたものとして無効にはなります。

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