遺言執行者が裁判の当事者となるケース

遺言執行者の法律上の立場

相続法の定め

相続法(民法の相続編の規定のことで、「相続法」という名称の法令が民法と別に存在するわけではありません。)の改正により、それまで、条文の文言上、「遺言執行者は、相続人の代理人とみなす。」とされていた民法1015条は、

(遺言執行者の行為の効果)
第千十五条 遺言執行者がその権限内において遺言執行者であることを示してした行為は、相続人に対して直接にその効力を生ずる。

民法1015条

と改正されました。

また、改正相続法では、民法1012条に2項が新設され(旧2項は3項に繰り下げられました)、

(遺言執行者の権利義務)
第千十二条 遺言執行者は、遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する。
2 遺言執行者がある場合には、遺贈の履行は、遺言執行者のみが行うことができる。
3 第六百四十四条、第六百四十五条から第六百四十七条まで及び第六百五十条の規定は、遺言執行者について準用する。

民法1012条

となりました。

この1015条の改正と1012条2項の新設から、相続法改正前からの判例、実務上の取り扱いとおりに、遺言執行者は相続人と意見が対立しても遺言者の遺志通りに遺言内容を実現する各種権利を有し、また義務を負うことが条文の文言からも明らかになりました。

遺言執行者の義務と訴訟

遺言執行者は、民法1012条の準用する644条から、善管注意義務を負っており、遺言執行行為に何らかの過誤があった場合、相続人らから、善管注意義務違反を理由として、損害賠償請求の訴訟を提起されることもあり得ることは、下記の記事で触れた通りです。

しかし、遺言執行者は、善管注意義務違反が問題となり訴訟当事者となるだけではなく、上記で触れました遺言執行者の権利および義務に関連して訴訟当事者となることがあります。

そこで、今回は、後者の遺言執行者の権利・義務に関連して遺言執行者がどのような場合に訴訟当事者となるのかをみてみます。

遺言無効確認請求訴訟

遺言の有効性の争い

まず、遺言執行者は、遺言者の残した遺言の執行をおこなうことから、その遺言自体が有効であるかが争われる場合、訴訟の当事者となり得ます。

相続人が、遺言無効を主張して、遺言無効確認請求訴訟を提起する場合、遺言執行者は被告とされ、遺言執行者の義務としての遺言執行のため、遺言の有効性を主張して応訴することとなります。

遺言無効確認請求事件

この類型の近時の訴訟としては、以前の記事で触れました遺言書の相続財産目録に署名押印がないことなどを理由として遺言の無効を相続人のひとりが主張し、遺言執行者と他の相続人を被告として提起した遺言無効確認請求事件(札幌地判令和3年9月24日)があります。

また、法定相続人以外の者に対して相続財産の一部を相続させる内容の遺言が、遺言書作成時に遺言者が意思無能力であったことから無効であるなどとして、遺言執行者らを被告として相続人が提起した遺言無効確認等請求事件(東京地判令和3年1月14日)などがあります。

遺言執行行為に関する訴訟

不動産登記に関する争い

また、遺言執行者の遺言執行行為に対して不服を有する者から訴訟を提起されるケースもあります。

例えば、遺言の対象と考えられる不動産の移転登記に関し、相続人あるいは第三者から訴訟を提起されることがあります。

所有権移転登記請求事件

この類型としては、遺言の対象とされた不動産について、遺言者の生前に遺言者との間で死因贈与契約を締結していたと主張する者が、遺言執行者に対し、当該不動産の所有権移転登記を求めて提訴した事件(東京地判平成23年2月18日)があります。

また、遺言者の生前に遺言者所有の不動産の贈与を受けていたとして移転登記をおこなっていた者が、公正証書遺言の作成時、遺言者は意思無能力であったとして、遺言の無効を主張し、遺言執行者らを被告として遺言無効確認請求事件を提訴したところ、遺言は有効で遺言により当該不動産の所有権を取得したと主張する者らが、当該不動産の登記抹消請求などの反訴などを提起した訴訟(東京地判平成16年9月2日)があります。

遺言対象財産の各種権利に関する争い

更に、遺言の対象とされた不動産の各種権利に関し、第三者から遺言執行者に対し訴訟が提起される場合もあります。

賃借権確認請求事件

この類型としては、遺言の対象とされた土地について、遺言者の生前に遺言者との間で賃貸借契約を締結していたと主張する者から、当該土地の賃借権の確認を求めて遺言執行者と当該不動産を遺言により取得した者に対し提訴された事件(東京地判平成6年10月13日)があります。

遺言執行者が訴訟当事者となる理由

この裁判では、

遺言執行者が就職している場合には、遺言執行者によって管理される相続財産については一切の権限を遺言執行者が有することになるから、右相続財産に関する訴えの被告適格を有するのは遺言執行者である。したがって、本件土地については、被告遺言執行者が被告適格を有するから、被告・・・は、被告適格を有しない。

東京地判平成6年10月13日

と判示しています。

このように、遺言執行者は、「遺言執行者によって管理される相続財産については一切の権限を遺言執行者が有することになる」ことから、遺言対象とされる財産の権利・義務に関する争いが生じた場合、遺言執行者も当該訴訟の当事者となり得ます。

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