自然災害による債務不履行においても損害賠償責任を負うのでしょうか?

この記事で扱っている問題

台風、地震などの自然災害により、契約上の義務の履行が困難となり、債務不履行が生じた場合、損害賠償義務を負うこととなるのでしょうか。
それとも、不可抗力として債務不履行責任を免れるのでしょうか。

ここでは、台風による河川の決壊により発生した債務不履行に関する裁判例をみながら、自然災害を原因として契約上の義務履行が困難となった場合の債務不履行責任について解説します。

自然現象と契約債務

問題点

これまでも、自然災害で人が死傷した事故において、死傷者に対し何らかの契約に基づき安全配慮義務を負っていた者(例えば児童が課外活動で死傷した事故における学校の設置者、ガイドツアーにおける引率ガイドあるいはガイドの所属会社等)が、債務不履行に基づく損害賠償責任を負うケースについてはみてきました。

それでは、何らかの契約に基づき、一方当事者が負った債務が、自然現象により履行できなくなったとき、どのような場合において、債務を履行できなかった債務者は損害賠償責任を負うのでしょうか。

民法415条

契約債務が履行できなくなった場合の損害賠償責任については、民法415条において、

(債務不履行による損害賠償)
第四百十五条 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
2 前項の規定により損害賠償の請求をすることができる場合において、債権者は、次に掲げるときは、債務の履行に代わる損害賠償の請求をすることができる。
一 債務の履行が不能であるとき。
二 債務者がその債務の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。
三 債務が契約によって生じたものである場合において、その契約が解除され、又は債務の不履行による契約の解除権が発生したとき。

民法415条

と定められています。

例えば、食器の保管契約を締結し、食器を預かり倉庫に保管していた債務者が、倉庫を掃除する時にその食器を誤って棚から落とし、粉々に粉砕してしまった場合、保管の契約書に特に損害賠償義務に関する規定を設けていなくても、上記の民法415条から、損害賠償責任を負う可能性があります。

しかし、上記のとおり、民法415条1項は、「・・・損害の賠償を請求することができる。」と損害賠償責任について定めた後に、「ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。」として、契約債務が履行できなくなった場合でも、それが、「債務者の責めに帰することができない事由」による場合であれば、債務者は損害賠償責任を負わないとしています。

そこで、自然災害を原因、あるいは原因のひとつとして、契約債務の履行が困難となったとき、どのようなケースにおいて「債務者の責めに帰することができない事由」といい得るのかが問題となり得ます。

自然災害による債務不履行責任が争点となった裁判例

事案の概要

上記の事例に類似した近時の裁判としては、中古車の委託販売のために販売店に保管されていた自動車が台風による河川の決壊により水没し、中古車相場より相当安価で売却せざるを得なくなったことから、当該自動車(以下「本件車両」といいます。)の水没時の所有者(以下「甲」といいます。)が、委託販売契約に付随する善管義務違反を主張して、自動車販売店(以下「乙」といいます。)に対して損害賠償を求めた事件があります(1審:長野地判令和3年2月2日、控訴審:東京高判令和3年9月9日)。

甲の主張

この事件の1審において、甲は、

乙は,本件契約に基づき本件車両についての善管注意義務を負っていたところ,台風・・・号に伴う大雨により・・・川が決壊し,乙店舗周辺が浸水することは十分に予見できたのであるから,本件車両を高地に移動する,浸水予想地域外に移動するなどの避難手段を講じるべき義務があったにもかかわらず,単に本件車両を乙店舗のピット内に入れただけで,十分な避難措置を講じなかった。その結果,本件車両が水没したのであるから,乙には善管注意義務違反がある。

長野地判令和3年2月2日

と主張しました。

尚、契約では、本件車両を乙店舗に展示、買受希望者が現れたとき、乙から甲に連絡し、甲が直接買受人に本件車両を売却、乙には甲から委託手数料を支払うとされていましたが、具体的な委託手数料額は事前には決められておらず、乙店舗での本件車両の保管中も保管費用や展示費用は支払われておりませんでした。

1審裁判所の判断

1審裁判所は、上記の甲の主張に対し、

・・台風・・・号に伴う大雨で増水した・・・川は・・・の堤防で越水し,その越水と侵食により堤防が決壊したために,河川から氾濫した大量の水が,乙店舗所在地を含む広範囲の地域に流れ込み,本件水害が生じたものと認められ・・・台風・・・号については,事前に,非常に強い勢力を保ったまま上陸する見込みであること,広い範囲で記録的な暴風及び大雨となるおそれがあることが報道されており,11日から12日昼頃にかけての報道では・・・地方についても,多い所では24時間雨量が300mmないし600mmに達するとの予報がされていたことが認められる・・・しかしながら,上記の雨量に関する予報は,あくまで・・・地方というごく広い範囲の中で,しかも,最も多く降る場所(ただし,それがどこであるかは予報されていない。)についての予想であるから,上記予報だけでは,・・・県や・・・市といった,特定の地域に降る雨量を具体的に予見することはできず,しかも,雨量のミリ数だけでは,・・・川の・・・市内の堤防といった,特定の河川の特定の場所で氾濫が起きるということまでを予見することは極めて困難というべきである。実際にも,上記の雨量の予報がされていたことは認められるものの,12日昼の時点で,・・・市・・・など,乙店舗の近くの・・・川の堤防が決壊することが具体的に予想され,そのような報道がされていたとの事実は,全くうかがわれない。・・・事前の報道には,河川が大小問わず氾濫するおそれがあることも含まれていた・・・が,・・・市内に存在する河川は,・・・川だけではなく,市内のいたるところに大小さまざまな河川が存在するのである以上,氾濫するおそれのある河川を特定できなければ,危険な場所と安全な場所を区別することはできない・・・そうすると,乙が中古自動車の販売等を業とする者であることを考慮しても,上記のような抽象的な大雨や氾濫のおそれについての報道がされたことをもって,直ちに,乙が・・・川の氾濫を予見して,本件車両をより安全な場所に移動すべきであったということはできない。
もっとも,・・・市のハザードマップには,・・・川について,1000年に1回程度として想定される最大規模の降雨が「2日間で396mm(流域全体)」であると記載され,その想定最大規模降雨により・・・川が氾濫した場合には,乙店舗の所在地では5mないし10mの浸水が想定されることが表示されていた・・・ところ,甲は,かかるハザードマップの記載によれば,台風・・・号の予想雨量に照らして当然に乙店舗の浸水被害が予想できたと主張する・・・しかしながら,上記ハザードマップは,・・・あくまで想定最大規模降雨により河川が氾濫した場合に浸水が想定される区域及び浸水した場合に想定される水深などを明らかにしたものであって(水防法14条1項,2項参照),当該河川がどの程度の雨量で氾濫するかを表したものではない。・・・12日午前1時から14日午後12時までの48時間の・・・市内の降雨量は,142mmにすぎなかったと認められ,上記ハザードマップに示された想定最大規模降雨を大きく下回っていた。また,・・・川のように流域面積の大きい河川については,当該河川の特定の箇所を流れる水量は,当該箇所付近の降雨量ではなく,むしろ当該箇所より上流域の降雨量の総量に左右されると考えられ・・・ハザードマップに示された想定最大規模降雨は,河川の特定の箇所・・・より上流の流域全体の平均降雨量として定められているが・・・台風・・・号に伴う・・・川の上流域での48時間最大雨量は,・・・村で411.5mmに上ったが,そのほかは,・・・・4か所で300mmを超えたにとどまり,それ自体は記録的な大雨ではあるものの,・・・観測所の上流城における2日間の平均雨量は,186.6mmにとどまったことが認められ・・・台風・・・号による・・・川の氾濫は,そもそもハザードマップの想定最大規模降雨を超えたために発生したものではないと認められるから,ハザードマップに記載された降雨量の数値に基づいて・・・川の氾濫及び本件水害を予見することができたということはできない。
・・・このほか,ハザードマップ以外の資料等において,・・・川の氾濫を予測するための降雨量の基準が設けられ,それが周知されていたことを認めるに足りる証拠はない。さらに,仮に・・・川の氾濫を予測するための降雨量の基準があり得たとしても,前記のとおり,河川の特定の箇所を流れる水量が当該箇所より上流域の降雨量の総量に左右されるものであることからすると,その上流域における降雨量が相当程度具体的に予想され,その総量を見込むことができない限り,その基準に該当するおそれを予見することは著しく困難といわざるを得ない。
したがって,乙が・・・地方において予想される最大の降雨量の情報を得ていたとしても,そこから,・・・川の氾濫を具体的に予見し得たとは解することができない。
・・・市では,12日午前10時56分には,大雨(土砂災害)警報及び洪水警報が発表され,さらに,同日午後3時30分には,大雨(浸水害)特別警報が発表されていたことが認められ・・・大雨特別警報は,数十年に一度の大雨となるおそれが大きいときに,気象庁から発表されるものであり,同警報の発表時には何らかの災害が既に発生している可能性が極めて高いとされていることが認められる。もっとも,前記・・・のとおり,河川の特定の箇所を流れる水量は,当該箇所より上流域の降雨量の総量に左右されるのであるから,・・・市において,数十年に一度の大雨が降ることが具体的に予想され,大雨(浸水害)特別警報が発表されたからといって,そのことから直ちに・・・市・・・の・・・川の堤防の越水・決壊を予見できたものとはいい難・・・(く)12日午後3時30分に・・・市に大雨(浸水害)特別警報が発表されたことをもって,乙がその後の・・・川の越水・決壊を予見すべきであったとはいえない。

長野地判令和3年2月2日

と詳細な検討をおこない川の氾濫に対する予見可能性を否定しています。

ここでは、川の氾濫の可能性は、氾濫地点の上流域の降雨量の総量に影響されることから、九州地方、関東甲信越地方、東北地方といった広域の予想最大降雨量からは、特定地点の上流域における降雨量は予測できず、そのような広域の予想最大雨量に関する予報では、特定地域の川の氾濫可能性は予測できないとしています。

また、上記のように、特定地域における大雨による川の氾濫の可能性は、氾濫地点の上流域の降雨総量に影響されることから、川の氾濫が問題となる特定地域に大雨特別警報が事前に出されていたとしても、上流域の降雨に関する警報ではないことから、当該大雨特別警報からも川の氾濫を予測できるものではないともしています。

これらに続き、更に、

・・・市の・・・地区・・・地区には,12日午後6時に避難勧告が出され,同日午後11時40分には避難指示が出されていたことが認められ,特に避難指示が出された時点では,・・・川の氾濫のおそれがかなり現実的なものになっていたということはできる。・・・しかし,当時,既に乙店舗は閉められ,従業員及び代表者は帰宅していたのである・・・から,そこから乙代表者等が乙店舗に戻り,多くの車両を移動させることは困難であり(なお,本件水害当時乙が預かっていた車両の中で,本件車両のみを優先的に扱うべき義務があったとは解されない。),かつ相当な危険を伴うものでもあったと考えられるところ,本件契約においては,本件車両を乙店舗で展示して販売することとされていたこと・・・に鑑みても,本件契約の性質や同契約に係る取引上の社会通念に照らして,乙が上記危険を冒してまで,本件車両を浸水予想地域外に移動させるべき義務を負っていたとは解されない。

長野地判令和3年2月2日

などとして、

乙が・・・川の氾濫とそれによる本件水害を予見できたとは認められず,事前に本件車両を浸水予想地域外に移動すべきであったとはいえないから,・・・川の堤防の決壊により氾濫した水によって乙店舗が浸水し,本件店舗に保管されていた本件車両が水没したことは,自然災害というべきものであって,乙の責めに帰することができない事由によるものと認めるのが相当で・・・本件水没について,乙が甲に対し,債務不履行に基づく損害賠償責任を負うとはいえない。

長野地判令和3年2月2日

として、河川の氾濫の予見可能性を否定し、乙の債務不履行責任を否定しています。

自然災害と債務履行の責任

上記裁判では、契約の附随義務である本件車両保管に関する善管注意義務違反が問題となっており、契約の基本的な債務の不履行が問題となったケースではありません。

しかし、415条1項ただし書きとの関係では、程度の差はあるかと思われますが、本件裁判の判決のとおり、自然災害を原因として、契約債務の履行が不可能となった場合、当該自然災害が事前に予見可能であったといった事情がなければ、当該債務の不履行を理由とした損害賠償義務を負うものではないと考えられます。

ただし、上記判決でも「本件車両を浸水予想地域外に移動させるべき義務」について言及していますように、自然災害発生後に、債務の不履行を回避することが社会通念上可能であったといい得るような場合には、債務不履行に基づく損害賠償責任が生じる可能性があると考えられます。

しかし、そのような回避可能性が認められるケースは、大規模・深刻な影響を及ぼす自然災害では稀であると考えられ、比較的小規模な軽度な影響に留まる場合に限定されるように思われます。

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