会社の休日連絡用携帯電話貸与と賃金

会社貸与の休日連絡用携帯電話(社用携帯・会社携帯)に関する賃金の問題

Aさんの悩み

Aさんは、会社のサーバ管理の担当者なのですが、サーバのトラブルが多発していることもあり、会社から、休日連絡用の携帯電話(「社用携帯」あるいは「会社携帯」といわれることもあります。)を渡されました。
その後、メールの添付ファイルで事故対応マニュアルが送られてきましたが、そのマニュアルからは、休みの日も外出する際には必ず貸与された携帯を持参し、トラブルの連絡があり、緊急度が高い場合には、3時間以内に会社に駆け付けることを義務付けているように読み取れました。
しかし、Aさんは会社にはそのマニュアルの内容を確認していません。
Aさんの上司のBマネージャーも同じように携帯を渡されているのですが、登山好きな人で、月に2回は山に行くようで、時折、「明日はテント担いで1泊で行くので、何かあったらよろしく。」とAさんに言うこともあります。
ただ、休みの日にトラブルが実際に起こったことはなく、Aさんは時折、外出時に会社の携帯を持参することを面倒に思うことがあります。
Aさんとしては、休日もトラブル待機しているようなものなので、待機時間として一定の賃金を払って欲しいと思っています。
Aさんは待機時間の賃金を会社に請求できるのでしょうか。

休日分賃金の請求について

このAさんのように、実際のトラブル対応まではおこなっていない場合、以下のようなことから、一般的には、休日の賃金を会社に請求することは難しいと考えられています。

休憩時間・手待時間について

以前、下記のブログ記事で職場での待機時間の問題として、休憩時間手待時間についてみましたが、休憩時間と手待時間の区別は、主に使用者の指揮命令下に置かれていると評価できるかにより判断されるものと考えられています。
しかし、今回のAさんの場合は、休みの日の待機時間の問題で、少し事情が異なります。

類似の裁判例

Aさんのケースに似た事案の裁判例としては、東京地判平成29年11月10日があります。

この事案では、会社から貸与された携帯電話を休日も持参し、事故等の発生連絡を受けるよう指示されており、自宅の電話番号を記載した連絡網も関係者に配布されていました。
また、マニュアルには、緊急度の高い事故に際しては連絡から3時間以内に職場に集合するようにとの記載もあったと原告が主張していました。尚、原告の自宅から職場までは公共交通機関を用いて2時間以上かかるとされていました。

この事案で、携帯電話持参時の労働時間該当性に関して裁判所は、

労働基準法32条の労働時間(以下「労基法上の労働時間」という。)とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、実作業に従事していない時間(以下「不活動時間」という。)が労基法上の労働時間に該当するか否かは、労働者が不活動時間において使用者の指揮命令下に置かれていたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものというべきである(最高裁平成7年(オ)第2029号平成12年3月9日第一小法廷判決・民集54巻3号801頁参照)。そして、不活動時間において、労働者が実作業に従事していないというだけでは、使用者の指揮命令下から離脱しているということはできず、当該時間に労働者が労働から離れることを保障されていて初めて、労働者が使用者の指揮命令下に置かれていないものと評価することができる。したがって、不活動時間であっても労働からの解放が保障されていない場合には労基法上の労働時間に当たるというべきである。そして、当該時間において労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価される場合には、労働からの解放が保障されているとはいえず、労働者は使用者の指揮命令下に置かれているというのが相当である(最高裁平成9年(オ)第608号、第609号平成14年2月28日第一小法廷判決・民集56巻2号361頁、最高裁平成17年(受)第384号同平成19年10月19日第二小法廷判決・民集61巻7号2555頁各参照)

東京地判平成29年11月10日

と判示した上で、

本件資料のみを見れば3時間以内に現地集合が必要と解釈することができないこともないが、3時間以内に現地集合するための待機の必要性について疑問があれば原告は容易に質問できたはずであり、それを妨げる事実は認められない上・・・待機の必要性の有無を確認しやすい機会が多数あったにもかかわらず・・・行われていない。これは、原告としても本件資料により待機が指示されていたわけではないと理解していたことを推測させる(原告の認識がいかなるものであったとしても、本件資料により休日の待機が指示されていたとは認められない。)。さらに、被告貸与の携帯電話の携帯を指示されたからといって、当該携帯電話に連絡があるのは事故等が起こった場合のことであり、利用者からの問合せのように通常起きることが予測されているものではなく、平成・・・から平成・・・を見ても1件も連絡が必要となる事故等は起きておらず、原告が本件業務を担当している期間にも当該携帯電話にメールや電話があったことはなかったのであるから、業務の性質としても待機が必要なものとはいえず、待機の指示があったとはいえない。・・・加えて、原告はC所長から休日に登山に出掛けると事前に言われることがあり、その時は必ず自分が対応できるようなおさら気が休まらなかったと供述しているが、本件資料によれば原告とは別にC所長も3時間以内に出社となっているにもかかわらず、休日に待機せずに外出していたことを原告は認識していたのであるから、かかる原告の供述は、かえって本件業務の担当者が待機不要であることを原告が認識していたことを裏付ける。したがって、原告は、本件業務を担当していたとしても、休日につき、労働からの解放が保障されていたというべきであり、使用者の指揮命令下に置かれていたとはいえないから、原告の主張する時間外労働は労働時間とはいえない

東京地判平成29年11月10日

として、労働時間該当性を否定しています。

一般的には、携帯電話を貸与され休日の連絡を受けるように求められていた場合でも、休みの日にしばしば連絡があるような場合でなければ、労働時間該当性は認められないことが多く、その点からもこの裁判で、労働時間該当性が認定されるのは困難であったとも思われます。

また、この事例では、マニュアルの内容を会社に確認していない点も裁判所の認定に影響していると言えます。

Aさんの場合

Aさんの場合も、まずは、メールの添付ファイルの内容を会社に確認することが必要です。
ただし、休みの日にトラブルが起こったことはないのですから、休みの日に会社から拘束されている度合いは高いとは言えず、休日の賃金を請求することは難しそうです。

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