寄り道をしたときの事故は通勤災害となるのでしょうか

通勤時のケガでの労災支給の問題

Aさんの妻は趣味の沢登りに出掛けましたが、滑落して足の骨を折り、手術のためにX病院に入院しました。
愛妻家のAさんは妻のことが心配で、毎日仕事の行き帰りに一駅先のX病院に立ち寄っていました。
あと1日で退院という日の朝、病院に妻を見舞った後、会社へ出勤しようと駅に向かう途中、後ろから猛スピードで走ってきた自転車に接触され、激しく転倒してしまいました。
幸いなことに頭部に損傷はなかったものの、足の骨を折り妻と入れ違いにX病院に入院することとなりました。

Bさんは社外の展示会終了後、展示会場近くの夕刻からビールも出しているコーヒーチェーン店でコーヒーを頼み、一時間半ほど反省会をおこないました。その反省会の終了後、ビールとサンドウィッチを追加注文し、同店内で1時間ほど最近の競合他社のネット通販に関する情報交換や自社製品の販売戦略の問題点についての雑談をしました。
その帰り道、Bさんは、駅に向かう途中で後ろから来た自転車に接触され、運悪く足の骨を折り、入院することとなりました。

Aさん、Bさんは労災保険給付を受けることが出来るのでしょうか。

通勤災害の労災保険法適用

労災保険給付の対象事故としては、①業務上の負傷、疾病、障害又は死亡事故を対象とする業務災害と、②通勤による負傷、疾病、障害又は死亡事故を対象とする通勤災害があります。

Aさん、Bさんのケースでは、通勤災害の労災保険給付が問題となりますが、通勤災害の労災保険給付については、労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」といいます。)において、

第七条 この法律による保険給付は、次に掲げる保険給付とする。
(一号及び二号省略)
三 労働者の通勤による負傷、疾病、障害又は死亡(以下「通勤災害」という。)に関する保険給付
(四号省略)
② 前項第三号の通勤とは、労働者が、就業に関し、次に掲げる移動を、合理的な経路及び方法により行うことをいい、業務の性質を有するものを除くものとする。
一 住居と就業の場所との間の往復
二 厚生労働省令で定める就業の場所から他の就業の場所への移動
三 第一号に掲げる往復に先行し、又は後続する住居間の移動(厚生労働省令で定める要件に該当するものに限る。)
③ 労働者が、前項各号に掲げる移動の経路を逸脱し、又は同項各号に掲げる移動を中断した場合においては、当該逸脱又は中断の間及びその後の同項各号に掲げる移動は、第一項第三号の通勤としない。ただし、当該逸脱又は中断が、日常生活上必要な行為であつて厚生労働省令で定めるものをやむを得ない事由により行うための最小限度のものである場合は、当該逸脱又は中断の間を除き、この限りでない。

労働者災害補償保険法7条

と規定されています。

この7条2項1号から、通常の通勤経路を使った寄り道をしない出勤および退社時の事故は、通勤災害として労災保険給付の対象となることがわかります。

一方、7条3項から、出社、退社時に寄り道をした際の事故は、原則として通勤災害に該当しないことがわかります。
しかし、同項但書から、寄り道をした時でも、一定の範囲で通勤災害と認められることがわかります。

そして、労働者災害補償保険法施行規則(以下「規則」といいます。)8条では、

第八条 法第七条第三項の厚生労働省令で定める行為は、次のとおりとする。
一 日用品の購入その他これに準ずる行為
二 職業訓練、学校教育法第一条に規定する学校において行われる教育その他これらに準ずる教育訓練であつて職業能力の開発向上に資するものを受ける行為
三 選挙権の行使その他これに準ずる行為
四 病院又は診療所において診察又は治療を受けることその他これに準ずる行為
五 要介護状態にある配偶者、子、父母、孫、祖父母及び兄弟姉妹並びに配偶者の父母の介護(継続的に又は反復して行われるものに限る。)

労働者災害補償保険法施行規則 8条

と規定しています。
尚、規則8条柱書の「法」とは、上記の労災保険法のことです。
そこで、寄り道をしたのが、「日常生活上必要な行為であって、この1号から5号の行為をやむを得ない事由により行うための最小限度のものである場合」には、通勤災害が認められ得ることとなります。

尚、労働災害一般につきましては下記の記事で解説しています。

通常の通勤経路以外での事故の労災に関する裁判例

Aさんの場合は、妻が入院している病院に立ち寄ったのが、規則8条5号に該当するかが問題となりそうです。

通勤災害が認められた裁判例

Aさんのケースと比較的類似した事案の裁判としては、職場での勤務後、義父宅に介護のために立ち寄り、2時間くらい義父の介護をした後、自宅に帰る途中で交通事故にあった人が提訴した、労働者災害補償保険給付不支給決定処分取消請求事件があります(大阪地判平成18年4月12日)。

この裁判では、介護は日常生活のために必要不可欠な行為であったとして、通勤災害を認定しています
しかし、この事案では、義父が1級身体障害者の認定を受けていたものの、義父と同居していた義兄は仕事で帰宅が遅く、原告の妻も仕事で帰宅が遅くなることが多かったという事情がありました。

Aさんの場合について

この裁判例および規則8条5号からしますと、Aさんが労災保険給付を受けることが出来るかは、妻を見舞っていた理由及び入院状況(他に介護する人がいるのか、完全看護なのか等の諸事情)によるものと考えられます。

終業後に会社の食事会に参加した人の労災に関する裁判例

Bさんの場合は、勤務場所から自宅へ帰る途中で、反省会のために寄り道をしているが、その寄り道をしても労災法7条2項1号の「住居と就業の場所との間の往復」時の事故といい得るのかが問題となりそうです。

通勤災害が認められなかった裁判例

Bさんのケースと比較的類似した事案の裁判例としては、病院の院長が病院職員との食事会に出席し2時間半くらいを過ごした後、一度病院に戻り(ただし、この戻った時に仕事はしていません。)、その後、自ら運転して自宅に戻る途中、車が工事現場に掘られた穴に落ち死亡した事故で、死亡した院長の遺族が提訴した遺族補償給付等不支給処分取消請求事件があります(大阪地判平成20年4月30日)。

この裁判では、食事会に業務性は認められず、帰宅行為は職場から自宅への合理的な経路を逸脱しているとして、通勤災害は認められませんでした

通勤災害が認められた裁判例

また、類似した事案としては、職場の会合が社外の飲食店で開かれ、その会合に出席した会社員が、会合の終了後にその場において開催された懇親会(時間として50分程度)にも出席し、その懇親会からの帰宅途中、自転車事故により死亡した事故の遺族が提訴した遺族年金等不支給処分取消請求事件があります(仙台地判平成9年2月25日)。

この事案では、懇親会自体の業務性については明白な判断をしていないものの、懇親会前の会合と帰宅行為の間の関連性が失われていないとし、「本件会合からの帰宅は、『就業の場所』からの就業に関し」ての事故といい得るとして、通勤災害を認めています

Bさんの場合について

Bさんの場合は、職場の会合が外部でおこなわれた後に小1時間飲食をしながら反省会をしています。
しかし、その間も会社業務と関連した情報交換をしていることから、上記の2つの裁判例のうち後者の事例に近いといえそうです。
そうしますと、裁判例の趣旨からすると、Bさんも通勤災害として労災保険給付を受けることが出来そうです。

尚、テレワーク中の労災に関しましては、下記の記事で扱っております。

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