公害訴訟の裁判管轄について

訴訟を提起する場合、どの裁判所で現実の訴訟手続きを行う必要があるかは、原告の訴訟追行の負担に直結する問題となります。遠方の裁判所での訴訟係属は、電話会議等の手段があっても、口頭弁論期日、特に証人尋問期日への原告本人及び(あるいは)代理人の出頭といった時間的な負担も生じますし、原告本人及び代理人である弁護士の裁判所への出頭に要する費用は原告が負担するのが一般的なので、原告の経済的負担にも深く関係することとなります 。

これは、公害訴訟においても変わることはありません。しかし、現在の居住地の裁判所に訴訟を提起し、訴訟手続きをおこなうことが可能であるかは、原則として、居住地の裁判所に土地管轄があるかによって決まります。

公害訴訟の訴訟形態として一般的なのは、損害賠償請求訴訟ですが、公害被害者への救済法が存在する場合には救済対象であることの認定を義務付ける判決を求める義務付け訴訟を提起することもあります。前者は民事訴訟で後者は行政訴訟ということになります。

訴訟では訴訟を提起される側の被告の所在地に土地管轄が生じることから、損害賠償請求訴訟においても被告となる公害原因企業の本支店の所在地に土地管轄が生じます。しかし、損害賠償請求訴訟では、これに加えて公害発生地にも土地管轄が生じることとなります。

代表的な公害訴訟である水俣病訴訟では、近時においては、損害賠償請求訴訟を提起する場合、公害原因企業であるチッソへの損害賠償請求と、国及び熊本県に対する国家賠償法に基づく請求を併合するのが一般的なのですが、その場合、チッソの本社がある大阪と共に、国の普通裁判籍がある東京及び熊本に土地管轄が生じることとなります。尚、国を被告として裁判を提起する場合、訴状の被告の住所は法務省の住所である霞が関1丁目1番1号、被告を国、代表者として法務大臣(法務大臣の氏名)を記載することとなります。

このように、水俣病訴訟で損害賠償請求を選択した場合、土地管轄は比較的多く生ずることとなります。公害原因物質曝露後に水俣病公害地域から転居、その後相当期間経過してから公害病罹患を理由に訴訟提起する場合、必ずしも水俣病公害発生地である熊本あるいは鹿児島の地方裁判所に訴訟を提起する必要があるわけではありません。

一方、義務付け訴訟を選択した場合、裁判管轄はどうなるのでしょうか。

水俣病被害者が、公害健康被害の補償等に関する法律(以下「公健法」といいます。)の救済対象であることの認定義務付けを求めた場合、認定義務付け訴訟は抗告訴訟(行政事件訴訟法(以下「行訴訟」といいます。)3条6項2号、同37条の3第1項2号)となりますが、同法37条の3第3項2号により、元々の公健法の申請棄却処分取消訴訟を併合することとなります(以下元々の公健法の申請棄却処分を「原棄却処分」といいます。)。
そして、原棄却処分取消訴訟も認定義務付け訴訟も行訴法11条1項(認定義務付け訴訟には同法38条1項により同法11条1項を準用)により原棄却処分をおこなった行政庁の所属する公共団体が被告となり(尚、公健法の実際の申請及び認定は国ではなく地方公共団体の熊本県、鹿児島県等がおこなっています。)、同法12条1項により(認定義務付け訴訟には同法38条1項により同12条1項が準用される)、原棄却処分をおこなった県の県庁所在地に土地管轄があることとなります。

ところで、近時の水俣病認定の義務付け訴訟の代表的な事件として最高裁判所の平成25年4月16日判決の訴訟(以下「F氏訴訟」という。)をあげることが出来ます。この訴訟は、原棄却処分をおこなった熊本県を被告として原棄却処分取消し及び水俣病認定の義務付けを求めたものなのですが、第1審は熊本地方裁判所ではなく大阪地方裁判所に係属していました。原告が公健法の申請をおこない、原棄却処分をおこなったのは熊本県なのですから、原棄却処分取消し及び認定義務付け訴訟の土地管轄は熊本ということになりそうです。それにもかかわらず熊本地方裁判所に裁判が係属しなかったのは不思議にも思われます。実は、これには、次のような事情があります。

F氏訴訟は、熊本県に対する公健法認定申請が棄却された後、原告は当該処分を不服として公害健康被害補償不服審査会に対する審査請求をおこなったのですが、当該審査請求も棄却裁決とされたため裁判所に救済を求め義務付け訴訟を提起したのです。このように審査請求の棄却裁決を経ていたことから、F氏訴訟の第一審(大阪地方裁判所平成22年7月16日判決)は、ⓐ国に対する公害健康被害補償不服審査会の裁決取消し請求がⓑ熊本県に対する水俣病認定申請棄却処分取消し及び認定義務付け請求と併合されることとなったのです。このⓑの請求部分に関しては熊本県が被告なのですが、ⓐの部分については国が被告となり、更に、原告の住所地が大阪高等裁判所の管轄内であったことから、行訴法12条4項の特定管轄裁判所の管轄が大阪地方裁判所に生じたのです。

しかし、申請が棄却されながら原棄却処分の不服申立てをおこなわなかったケースもあります。この場合、義務付け訴訟を提起するとなると、F氏訴訟でいえばⓑの部分のみの請求となり、ⓐの部分の請求を併合し得ないこととなります。そうすると、被告は原棄却処分をおこなった県のみとなり、国は被告とはならず、行訴法12条4項の特定管轄裁判所の管轄が生じないこととなります。
ところが、遠隔地に居住されている方は、居住地近くの県の県外の事務所(以下「県外事務所」といいます。)で説明を受け、検診も居住地近くの県指定病院で受けていることが多いことから、原居住地近くの県外事務所の所在地にも行訴法12条3項により土地管轄が生じないかが問題となり得ます。しかし、この点について、最高裁判所の平成13年2月27日決定では、次のように判示されてます。

事案の処理に当たつた下級行政機関」とは、当該処分等に関し事案の処理そのものに実質的に関与した下級行政機関をいうものと解するのが相当である。そして、当該処分等に関し事案の処理そのものに実質的に関与したと評価することができるか否かは、上記の立法趣旨にかんがみ、当該処分等の内容、性質に照らして、当該下級行政機関の関与の具体的態様、程度、当該処分等に対する影響の度合い等を総合考慮して決すべきである。このような観点からすれば、当該下級行政機関が処分庁の依頼によって当該処分の成立に必要な資料の収集を補助したり事案の調査の一部を担当したりしたにすぎないような場合や、申請書及びその添付書類を受理してその形式審査を行い、申請人に対しその不備を指摘して補正させたり添付書類を追完させたりした上でこれを処分庁に進達したにすぎないような場合などは、当該下級行政機関は、原則としていまだ事案の処理そのものに実質的に関与したと評価することはできないというべきである

この最高裁判所の決定の趣旨からすると、県の本庁の公健法に関する担当部署の部長あるいは課長名で原棄却処分の決定通知書が出されている場合、県外事務所が「事案の処理に当たった」とは言い難いと考えられます。そうすると、行訴法12条3項の特別土地管轄が居住地近くに生じると主張するのは相当困難であろうかと思われます。そこで、原棄却処分の不服申立てを行わず義務付け訴訟を提起しようとする場合、原棄却処分をおこなった県の県庁所在地の裁判所に提訴することとなるものと考えられます。

しかし、現在大阪、愛知県、東京等の遠隔地に居住している方が、熊本県、鹿児島県の裁判所に訴訟を提起することは上記の通り時間的・経済的に負担が重いものとなります。

その場合、損害賠償請求訴訟を提起すれば良いとの考えもあるかもしれません。しかしながら、公害訴訟において、損害賠償請求訴訟と義務付け訴訟の立証対象が必ずしも同一となるわけではなく、勝訴可能性も同じとは言えません。そのようなことを考えますと、公害訴訟においては、行政訴訟の管轄については、公害被害者救済の観点からもその範囲を拡大することが好ましいものと言えます。

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